第75話 サクヤはお楽しみでしたね!
長らく連載を休止していましたが、これまでの小説に挿絵を追加すると共に、文章にも校正を加えて不定期連載を再開させて頂きます。本当に不定期ですので期待されないようにお願いします。
もう朝と呼ぶには遅すぎる時刻になってから、先ほどまでずっと一緒だったディアが自室へ戻って行く後ろ姿を見送る。扉が閉まる際に、こちらを一瞬だけ振り返った彼女の顔が今も瞼の裏に焼き付いて離れない。
オレはそんな彼女と過ごした甘い時間の余韻を惜しみながら一階にある執務室へ向かうと、昨夜の別れ際にかなり取り乱していたショコラが部屋の前の廊下でオレを待っていた。
(平常運転に戻ったようで、よかった)
「マスター、おはようございます」
「おはよう、ショコラ……と言っても、もう昼前だけどな」
目の前に居るショコラだが、一見すると普段と何の変化も起きていない感じがするが、それでも彼女がオレの失われた記憶の中で大切な存在だった事を知り、もう以前のように只のマスターとコアの関係には戻れない気がする。
そう言えばオレが吸血していた最後の方で、ショコラの内部でシステムエラーがどうとか言っていたが、あれはもう復旧出来たのだろうか? 何となくその話題に触れてはいけないような気がしたので、今それを彼女に聞くのは止めておこう。
オレはショコラが準備してくれたハーブ入りの紅茶を啜りながら、眼の前の空間に開かれた四角い情報ウィンドウに目を通す。
(今朝の茶葉はアールグレイっぽいが、こっちの異世界にも同じような茶葉があるのか?)
人間より繊細な味覚を持つ吸血鬼だが、オレの好みに合った紅茶を毎回のように準備してくれるショコラには感謝の思いしかない。
「先ずは、この城に居る女性たちの能力発現についてのご報告です」
シンディは元サッキュバスのはずだったが、今では無機生命体が堕天使の細胞を取り込んで元の体型を再現しているに過ぎず、その正体は? と聞かれてもオレにはサッパリ判らない。
確かに容姿とスタイルは以前と変わりなくサッキュバスのままだが、シンディの背中から生えていた蝙蝠の翼が堕天使の黒い翼に変貌しており、その数も2枚から6枚に増えていた。
だが昨夜行った『血の儀式』の後で、彼女が翼から新たに六本の魔剣を生み出す所を見せて貰ったので、これらの新しい魔剣については正式にオレの娘たちとして認知し、これから何処へ出しても恥ずかしくないよう立派に育てていかなくてはと考えている。
次にユナとメイだが、この二人に関しては身につけてる服の色が若干暗めになったくらいで以前とほぼ変わっていない。
ユナは妹のメイの姿をコピーして以前と変わらない姿のままだが、ドッペルゲンガーの能力で仲魔たちのスキルをいくつもコピーしており、能力の多様性という面から見れば彼女の右に出る者は居ないと思う。
なのでユナには任務や戦況に合わせて必要となる能力を他の仲魔たちからコピーして貰い、様々な局面に対応して貰う事を想定している。
それとメイが新たに『吸血鬼の花嫁』となった事で、既にその能力もコピーしてるはずだから、花嫁に与えられるオレの能力ギフトも使えるなら、かなり厄介な実力者になっているはずだ。
それにメイも終に不死者となった事で、エルフとして元から持っていた魔力が強化されて才能を大きく伸ばしている上に、彼女の悲しい過去がそうさせたのか……強力な精神感応の他に、微弱ではあるが未来予知まで発現しかかっているから、ただの吸血鬼の範疇には収まらない異能力者になった。
(メイの額に第三の目が……)
そう言えば元の世界に居た頃、インターネットを使って世界情勢を探っていた時の事だが、オレが隠れ住んでいた極東の島国にはもう滅びてしまったが『悟り』と呼ばれる妖怪が居て、未来予知めいた能力を持っていたとの記録があったな。
その次はフェイの事だ。
最初の出会いではオレが彼女の事を誤解をして最悪な印象だったが、昨夜の吸血の儀でそれも解けた。そしてフェイはこれまで殭屍と呼ばれる教国の不死者だったが、オレの不死因子を身体に取り込み新たな存在へと進化を遂げた。
普段は泣き虫で、これで近接戦闘のエキスパートだと言うから信じられないかも知れないが、泣きながら暴れまわるフェイの正面に立つ事は『死』を意味すると彼女の父親であるナイスミドルが断言していた。
フェイは恐らくだが、相手に『死を宣告する』存在へと進化してる。
(尤も、泣きながら襲いかかって来る彼女の拳や蹴りによって訪れる死が殆どだとは思うが……)
オレの血を与えて吸血鬼の能力を手に入れた殭屍だから、『ヴァンシー』とでも呼べば良いだろうか。
尤もバンシーと言えば相手の死を泣いて教えてくれる不死者の事だが、フェイの場合は彼女を泣かせた相手に確実な死が訪れるという意味になるが……。
ドロシーはもう地獄の賢者と呼ばれるほどのエルダーリッチへと至っており、これ以上の存在進化となると多少の努力では難しい。
それでも、彼女が日々行っている様々な研究成果を元に自身の能力向上を行っており、その努力によって手に入れた魔法知識と技術は実力者揃いの配下でもトップクラスの才を誇るのだが、日常生活がだらしなく有能そうには見えない所が彼女の魅力でもある。
ただドロシーに対しても、まだ恋愛感情のようなものを抱いておらず、今でも親しい友人のような関係だと思っている。
これまで何度もオレの窮地を救ってくれた彼女にも、愛情めいた気持ちはあるものの性差を感じさせないドロシーの言動は、気兼ね無く何でも話せる友人みたいな感じがするから、これからもこの関係を大切にしたいと思う。
プリンも子供体型で幼く見える外見のせいで、恋愛対象と言うより、目が離せない妹的な存在として受け入れてしまっているが、吸血鬼の花嫁候補となった彼女との、これから先の付き合い方については今も思案してるところだ。
オレにもメタトロリのようなロリ属性があれば、身長とスタイル以外は美少女と呼んでも差し支え無いプリンに対して、何かしらの感情を抱けていたのかも知れないが、今のところそんな能力に目覚める予定は無いので、これからもプリンの事を大切に扱うのは変わらないが、彼女の想いには応えてあげられそうも無いというのが現状だな。
それからリンについてだが、結局のところ彼女の正体は判らなかった。
オレの血を授けた不死者である事は間違い無いみたいだが、それがどういった存在なのかを確かめる事は出来なかった。
それでもオレと同じ世界からやって来たのは間違い無く、オレと同じ価値観を持つ貴重な存在だから、もうその辺りの事は気にしないでおこうと決めた。
(リンは光と闇の勇者でオレの友人、それでいいじゃないか)
オレはリンとの間にある微かな親愛に似た感情と、それと同時に同郷の仲間意識が混ざりあった今の気持ちをどう言い表わせば良いか判らなかった。
最後にディアの事だ。
つい先ほどまで彼女と交わした抱擁を、今も全身の感覚で覚えている。
昨日までは『ディアーネ』と呼んで、敢えて彼女の想いには気づかないフリを続けて来たが、ディアの血の中に眠るオレの大切な存在を知った時から、彼女の想いを無視する事が出来なくなってしまった。
オレにはシンディという二千年前から縁のある恋人のような存在が居たはずなのに、オレが失った過去の記憶においてはディアも大切な存在だった事を知ってしまったら、もうどうしようも無く彼女の事が愛おしく思えてしまった。
(あれほど小馬鹿にしていたハーレム野郎に自分がなってしまうなど複雑な気分だ……)
元の平和な世界で暮らしていた価値観が邪魔して、複数の女性たちと想いを交わした今の自分がどうしようも無いダメ男にしか思えず胸に蟠りを覚える。
吸血鬼と吸血鬼の花嫁とは本来そういった一対多数の関係なのだが、どうしても自分が吸血した女性たちを配下のコマとして扱う事が出来ない。
(これは吸血鬼の主としての弱点となるのか? それとも……)
「『サクヤはお楽しみでしたね?』って言うんだっけ?」
「え?」
ディアとの邂逅で知ったばかりの記憶を失う前のオレの名前を呼ばれた気がして、何故その名前をリンが知っているのか疑問に思ったが何の事は無い。
きっとリンは元の世界で一時期流行っていたRPGのセリフから、『昨夜は~』と何気なくオレに声を掛けてくれたのだと気づいた。
それより執務室にはオレとショコラの二人しか居なかったはずだが、扉が開かれた音も無くリンが突然目の前に姿を現した事の方を問題にすべきだろう。
「これがロードくんに貰ったギフトだよ?」
「もしかして、リンもテレポが使えるようになったのか?」
「ボク以外のみんなも使えるんじゃないかな?」
「そうなのか?」
「だって、この前みたいにロードくんの身に何かあった時、すぐに跳んで行けるスキルが欲しいって、みんな願っていたからね」
オレが血を授けた配下はオレが持つスキルを与える事が出来るのだが、もし仲魔たちがオレと同じテレポを使えると言うのなら、これは朗報以外の何ものでも無い。
目に見える範囲までしか跳べない近距離テレポート能力だが、これはこれで便利な事には間違い無く、オレはこの能力のお陰で天使どもとの戦いを常に有利に進めてきた。
しかし、この眷属ギフトには少しだけ問題があって、それは与えられた側の能力に若干の劣化が起こってしまう事だった。
「リン、テレポは魔力じゃなくて精神力を消費するから、慣れないうちに多用すると頭痛がするから気をつけるんだぞ?」
「ロードくん、それ早く言って……もう、さっきから頭痛と吐き気が……ぅえっぷ」
美少女と呼んでも差し支えのないリンが、慌てて自分の口元に手を当てながら部屋から消えて居なくなる。
あの様子だと今頃は自室のトイレにでもテレポしたのだろうが、間に合ってる事を切に祈る。
「ショコラ、エルフの民たちの生活はそろそろ落ち着いて来たのか?」
「マスターと皆様のご尽力によって、もう普通の生活くらいは送れるようになっています」
まだ食料については輸入に頼っているが、植物の栽培に詳しいエルフたちなので心配しなくても良いと言う事だった。
それと今はオレの土地で農業に従事して賃金を支払っている者たちだが、将来的には田畑を買い取って貰ってこの街の住人になってくれたら良いなと考えてるが、彼らが魔の森の向こうにあるエルフの街へ引っ越したいというのであれば、護衛隊を組織してそこまで送り届けてやろう。
また魔法具の生産も軌道に乗り始めたらしく、彼らが作った品々を一度城で買取り、食料を仕入れに街へ行く時に、ついでに売りに行く予定だと聞いている。
こうして徐々にだが、この街にも通貨を流通させて貨幣経済を導入する計画が順調に進んでいるのを見て喜ばしい気がするが、これから一番頭を悩ませるのは生きて行くのに食料などを必要としない不死者たちを、この消費社会の中にどう馴染ませるかについてだが、今のところ有用な解決策は見つかっていない。
他国の通貨を流通させる危険性を排除するため自国での通貨造幣も始めたが、これは少しずつ流通させて行けば良いと考えている。
このオリジナル通貨にはオレの血を混ぜ込む事で偽造防止策としているのが特徴で、これはオレが血を授けた者たちなら貨幣の真贋が判るので後々何かの役に立つはず。
そして、天使どもとの戦いの時に女性たちから希望された、新たにオレの血を分け与える儀式も無事終わったので、次はあの時オレたちを助けに来てくれたクロノとカイのダンジョンへお礼に行こうと思う。
彼ら二人のダンジョンにはドロシーが虹色に輝く転移魔法陣を設置してくれたので、いつでも行けるようになっているから、もうご近所さんみたいなものだ。
画像生成AIなら簡単に挿絵を作れると聞いたのですが、キャラクターの一貫性を保ったまま衣装やポーズそれにシチュエーションの変更など、まだまだ試行錯誤の毎日が続きますね……。『簡単』だと言ったヤツ出て来い!!




