第73話 リンとのひととき
――コンコン
「ロードくん起きてる? 良かったら一緒に食事でも……って、この場合はボクが朝食になるのかな? なんて……」
「朝から勇者様の血が飲めるなんて贅沢な話だな」
いつもはお互い忙しくてなかなかゆっくりと話し合う時間が取れないから 、たまにはこんなイベントがあっても良いなと思う。
「それでボクに何か話しでもあるのかな?」
「リンには一度ちゃんと聞いておきたい事があったんだ 、それは……」
あの時リンが天使に殺されてしまってから 、オレの”血の契約”式によって甦った事になっいるが、もしかしたら何もしなくても光の勇者スキルによって復活していたのではないかとオレは考えている。
「お前は一体何者なんだ?」
「え、ボク? ボクは正真正銘の結城凛音だよ。こっちの異世界へ転生した時に『光の勇者』として生を受けた。そして教会の孤児院でディアと出会って色々あったけど、ロウザ師とアビゲイル団長に出会って勇者パーティで亜人たちの迫害をしていたんだけど、ある日ロードくんと出会って自分たちの行いが間違っていた事に気づいて、今度は本当の意味でこの世界の為に働きたいと思って今ここに居るんだけど?」
「今お前は『世界の為に』と言ったが、オレがこれから造ろうとしてる不死者の街は近い将来必ずこの世界に大きな災禍となって多くの者たちが血を流す事になるだろう。オレが歩もうとしてる道はそんな血塗られた道でもある。だからお前にちゃんと聞いておきたいんだ。お前はオレたちがこの世界に新たな秩序を打ち立てようとする時、もしかしてこの世界の古い体制を守る最後の守護者として立ち塞がる者では無いのか?」
「ロードくんは今までそんな事を胸に秘めて、それでもボクの事を信じたくて悩んでくれていたんだね。もしここでボクがロードくんの言う通り、この世界の神々の隠された神の尖兵だったと言ったらどうする? またボクと殺し合いでもするのかな? ボクも自分の中に何が潜んでるのかまでは知らないけど、今は君と一緒に生きて行きたいと思ってるんだけど?」
オレは別にリンを疑いたい訳では無く、ただ、彼女の事を味方だと信じていたいのだとい思う。でもオレが血を別け与えた者たちのうち彼女だけがオレの完全な支配下になっていないのも事実で、オレにはリンの正体が全く判らない。一応は不死者となってるみたいだが、リンのステータスは人間のそれを示している。
「ボクが覚えてるのは転生する時に真っ白な部屋の中で光の力を貰った事と、黄泉の坂道を下ってる時にロードくんの声を聞いて闇の力に目覚めた事くらいかな? 勇者の力は魂の奥底に記憶されるみたいだから一度それを受け取れば自分のモノになるっぽいからね。でもその力をどう使うかは自分で決めて良いみたいだよ」
「それで闇の勇者となった後も、光の魔力が使えるのはそれが理由なんだな?」
「ロードくんは吸血した相手の精神と体内のスキャニングが出来るんだよね? ボクはあの時まだ生き返っていなかったから君に吸血された記憶が無いんだ。だから今回の吸血が初めての経験なんだから優しくしてくれるよね?」
勇者の血には想像を絶するほどの魔力が込められていて、オレたち吸血鬼からしてみればこれほどのご馳走はないと断言出来る。
リンは身体を動かすのが好きだから、彼女の血液には酸素を多く含んだ甘酸っぱいフルーティな風味と白と黒の魔力が溶け合うクリーミーな味覚が合わさった稀有な味がするだろう。
オレは、まだ飲んでいないリンの血の味を想像して「ゴクリ!」と喉を鳴らせる。
「それなら遠慮無く頂くとするか、ちょっとくすぐったいけど我慢してくれ」
オレはリンの手を引いて強引にベッドへ連れ込み、そのまま押し倒して彼女が着ている白いランジェリーの首筋に顔を近づける。
「ちょ、ちょっと待って、そんなに急がなくてもボクは逃げたりしないから!」
「リンがまだ完全な味方とは限らないから、ちゃんと逃げられないように抑え込んで全身を隈なくスキャンするんだよ」
リンをベッドに押し倒したままの体勢で上から体重を掛け、彼女をオレの身体の下に組み敷いてやる。
「お願いだから、もうちょっと優しくしてよ。ボクが意識がある状態で血を吸われるのはこれが初めてなんだよ?」
勇者スキルで身体の超絶強化を行えばオレの体重など物ともしないはずのリンが、そうはせずに涙目でお願いして来るのは、オレとの吸血行為を経験したいと言うのが本心だからなのだろう。
「悪かった、ちょっと強引なシチュエーションが良いかなと思ったんだけどダメだったみたいだな。優しくするとなるとお姫様抱っこでもするか?」
「え、他のみんなも、お姫様抱っこして貰ったのかな?」
「ああ、何人かはそれを希望してたからな」
リンが下を向いてそこに居ない誰かとブツブツ話してるような感じがするが、あれはきっと異性であるオレが見てはいけないモノのような気がしたので、急遽ドロシーが置きっぱにしていた紅茶のカップを片付けるべく、ベッドを立ちリンとの距離を少しだけ離しておく。
「ロードくん、ボクも決心がついたよ。みんながお姫様抱っこまで進んでいるのなら、勇者のボクも負けてはいられない。だから是非、そのお姫様抱っこの状態でボクに吸血して欲しいんだけど?」
「判った、勇者の君がそう望むのなら、オレも全力でお姫様抱っこをさせて貰おう。世界中の何処に出しても恥ずかしくない、最高のお姫様抱っこをしてやるから任せておけ!」
オレはベッドに座っているリンを両手で抱き寄せるるようにして彼女の身体を抱えて持ち上げる。
「両手が塞がってしまったから首すじをこっちに向けて、髪を耳の後ろにかき上げてくれ」
「わ、わかった、こうかな?」
「ああ、それじゃ、ちょっとくすぐったいぞ?」
オレはリンの白いうなじに軽く唇を押し当てキスをする。
「ぅわはははw!?」
リンは首が弱いみたいで、キスをした瞬間に全身の筋肉がギュっと力んだままになってるのが判る。
キスした唇を開いて舌先を使いリンの首すじに舌を這わせる。これは彼女の皮膚にある神経を麻痺らせるためなのだが、事情を知らない者が見たらきっとイヤラシイ想像をするんだろうな?
「んふぅ……」
リンの首すじに押し当てている唇を開いて牙の先で彼女の頸動脈の位置を確かめる。柔らかくて弾力のあるコリっとした部分があればその場所で間違い無いはずだ。
もし判らなくても牙を宛てがったまま少し待てば、心臓の鼓動が血管の外側を脈動させるから簡単に確認する事が出来る。
こうして目的の場所を探り当てたら、皮膚が麻痺るのを待って一気に押し込めば、オレの牙の先が相手の頸動脈内側に到達する。
ここまで来れば後は血を吸うだけだ。
やはりリンの血は想像した通り、いや想像以上に美味だった。それと魔力の含有量についても申し分無い。
「くぅぅぅぅぅぅぅ……」
リンの頸動脈から注ぎ込んでやった不死因子を含むオレの血が、彼女の心臓をと通って全身へと送られて行く。
もうリンの細胞にはオレの不死因子が取り込まれているから、彼女の心臓は魔導モーターへと役割が変化しているから、今の『血の契約』によって新たな変化は見られない。
ある程度の量の血を先に吸い出してオレの中へと取り込みながら、同時にオレの不死因子を持つ血液を彼女の中へと注ぎ続ける。
「くはぁぁぁぁぁぁ……」
リンの体内と魂に神の呪いが残っていないか精神感応も併用して、隈なくスキャンをしておくのも忘れない。
《リン、どこか苦しいところは無いか? 何でも良い、何か違和感のようなものがあればオレに教えてくれ》
「ロー・く・コレ……ヤバ・・すぎ」
リンが譫言のような声音で何かを教えてくれようとしているが、彼女の中に何かヤバイモノが見つかったようだ。
《どこだリン、ここなのか? それとも……》
「ダメ、そ・なに・激・く・しちゃ……ダメだよ」
リンの大脳から中脳へ、そして脳幹と海馬の奥へとオレの精神感応が更なる深淵部を探して彼女の中へと潜って行く。
「ぅう、お願い……あまり……見な……いで」
リンの脳には特に異常は見当たらなかったが、ここでオレは彼女の下腹部の奥に熱源を探知したので、今度はそちらを重点的にスキャンする事に決めた。
「ぅう、こんな……もう……お嫁に・・行けない……よぅ」
両腕が塞がったままでは、これ以上の措置が行えないと感じたオレは背中にある吸血鬼ウィングを広げて、その翼でリンの膝下と背中を包み込むようにしてお姫様抱っこの体勢を保ったまま両腕をフリーにする事に成功した。
(リン、もう少し我慢してくれ、必ず聖なるアホ神の呪いを探し当ててやるからな)
つい先ほどまで行っていたように両手の先から血爪を伸ばしてリンの下腹部へと突き刺し、彼女の中へ注入する血の量を更に増やしてやる。
これだけの量を送り込んでやれば、もしリンの体内の何処かにオレが見過ごしてしまった聖痕でもあれば何かの反応が起こるはずだ。
(どこだ、どこにある? 何故まだ見つからない、きっとどこかにあるはずなんだ)
「もぅダメーー!!」
リンの身体から眩い光が煌めき、オレの視界を真っ白な光でホワイトアウトさせてゆく。
「何かミスったか?! リン、どこだ? リン頼むから返事をしてくれ!」
《マスター、リン様は今自室のトイレに居られます》
「え、なんで?!」
そもそもオレたち不死者にトイレなど必要無いはずだが、現に今リンがそこに居るのなら、今すぐにでも彼女を助けに行かないと!!
《マスター落ち着いて下さい、リン様のお体に異常はありません。リン様が緊急でリターンの魔法を発動されたのは、彼女の尊厳に関わる問題ですので私の口から申し上げる事は出来ませんが、今リン様がトイレの籠もられているのはマスターが原因です!》
「え、オレが?」
《ちょ、ストップ! ショコラさん、それ以上はストッーープ!!》
リンから通信ピアスによる緊急回線で叫び声が聞こえて来たが、彼女の無事を声色で確認出来たのでとりあえずこれ以上は心配しなくても良いと判った。
「リン、身体は本当に大丈夫なのか? これはアホ神の聖痕によるアクシデントじゃないのか?」
《ロードくんの心配するような事は無いから大丈夫。でも初めてなのに、あんなにスゴイ事するなら最初に言ってくれないとダメだよ……》
オレにはまだリンの言ってる内容がさっぱり理解出来ていないが、リンとショコラの二人から脳と身体の状態に異常は無いけど今は大丈夫じゃないと聞き、とにかくこれが神の呪いによる惨事では無いと聞いて胸を撫で下ろす。
それと先ほどは不死者にトイレなど必要無いと言っていたが、それはあくまで男性に限った事であって、女性の場合は色々と必要と言う事で彼女たちの個室にはシャワー室とトイレの二つが完備されている事を今更ながら思い出した。
(だから女性用の個室を整備するのにダンジョンポイントがあんなに沢山必要だったんだな……)
リンの状態を気にしつつも、女性の身体に関する事柄についてはどのような言葉を選べば良いのか判断が難しかったので、最終的にはショコラに任せて放置するしか無いと言う結論に至った。
いよいよ「ディアーネとのひととき」を残すのみとなりました。その後も大天使との戦いの後日談がありますが、まだ最後まで書ききっていないのでキリの良いところで一旦筆を置こうと思います。




