第71話 ドロシーとのひととき
――コンコン
「ロードはん、入るでぇー」
次に部屋へ来たのがドロシーで良かったと言うべきか?
彼女が相手なら今の湿っぽい雰囲気を何とかしてくれるだろう。知り合った時はただの敵対者の一人だったが、今では我軍最凶の魔法使いとなり知らないうちに仲魔のムードメーカーと成っていた。
ドロシーには申し訳無いが、今のオレには彼女の想いに応えるだけの何かが足りていない。だからドロシーが心に抱くその想いにオレが真面目に向き会う事が出来るその日まで、彼女に中途半端な態度を取るべきでは無いと考えている。
もしドロシーを利用する事だけを考えて彼女の想いを受け入れてしまえば、オレたちの関係は遠からず破綻してしまうだろう。だからドロシーとの関係を大切にしたいのなら、少なくとも今夜は彼女の想いを聞くまでに留めておいて決して勘違いさせるような言動と態度を取るべきでは無いと考えていた。
「なんや? フェイリンと何ぞあったんか?」
そう言えばドロシーはフェイリンの事を妹とか呼んで可愛がっていたな。
「そうか、フェイは自分の想いをロードはんに告る事が出来たんやな? それなら良かった。あとな、この菓子なんやけど、芋を薄く切って揚げただけなんやけど知ってるか? メッチャ美味いねんで?」
知ってると言うか、それはオレが元居た世界のお菓子で間違い無い。きっとこれまでに異世界へと渡って来た勇者たちの誰かが、故郷の味を求めて再現した物だと思う。
だからこちらの異世界で育ったドロシーより良く知ってるし、それこそ毎晩のようにネトゲにドハマリしながら食べていたのはペットボトルの紅茶とポテチの最凶コンビが多かったな。
あと冬の寒い時期にはチョコレートがこれに加わって、吸血するヒマも無いくらいイベントで忙しい時はカロリーナントカも良く食べた記憶がある。それに非常食じゃない常食の食料としてカップラーメンとかインスタントうどんも合わせて、ゲーマーなら必ず箱買いする品目だった。
そう思うとここ数年の間は吸血鬼らしい生活を何一つしていなかった事に気づく。
「ドロシー、このポテチも美味しいけど何処で手に入れたんだ?」
「このポテチはウチが作ったんやで。ウチの部屋にある実験器具が調理に使えるってリンが教えてくれたんやけど、その時にオムレツとか唐揚げとかロードはんが好きそうな料理も教えてくれたさかい、このポテチもそん時に教えてもろたんや」
ーーコンコン
「まだドロシーの時間のはずなのに誰か来たみたいだな?」
《お邪魔します、ドロシー様から頼まれたアイスレモンティーをお持ちしました。茶葉はマスターがお好きだと言われていたアールグレイを使用しています。では失礼致します》
やって来たのはショコラで、今はウェイトレスのコスを着ており手に持ったトレーには黄金色した液体と氷が入った縦長のタンブラーが二つあり、それをテーブルに置いてからショコラは無言のまま退出して行った。
「もしかしてロードはんが向こうの世界を思い出して寂しい想いをしてへんかと思て、手軽で楽しいお菓子イベントを考えたんやけど、どうやろ?」
白衣の下にいつもよりお洒落な服を着ているのを見ると、ドロシーなりに何か考えてくれた結果なのだと思う。
「アホか! ポテチと紅茶だけで一時間も会話を持たせるなんて芸当がお前に出来る訳無いだろ? もっと他にも隠し玉があるなら先に見せてくれ」
「やっぱそう思うやろ? ロードはんならそう言うと思て色々と準備して来たさかい安心しときぃ」
そう言いながらドロシーが自分の収納ボックス魔法の中から出してくれたのは、オレが元居た世界で食べた記憶のある菓子ばかり。
さすがに包装紙までは同じではなかったがチョコレートにビスケット、それにコーラとサイダーなんかもあったので驚いた。こちらの異世界にも苺があったとは知らなかったが、まだ冬になっていないこの時期に苺を材料に用いたショートケーキの他に、オレが密かに大好物だったイチゴ大福まで出てきた時はドロシーに抱きついて喜んでしまった。
ドロシーの気持ちは判ってるつもりだ。
だが彼女のその想いは、オレが一方的に与えてしまった不死の血によって引き起こされる感情の発露だとも考えている。
ドロシーを不死者にしたのは単なる思いつきで、魔力が多い配下が欲しかったからと言う理由に過ぎなかった。あの時、敵の冒険者だったドロシーの事を使い潰しても構わない消耗品として考えていたオレには、今さらその価値を見出したからと言って彼女の想いを利用してまで働かせる気には成れない。
何度も言うがドロシーの想いの全てとは言わないが、そのいくつかはオレが一方的に結んだ血の契約による効果によるものであると今も思っている。
これはオレと敵対していた者たち全てに当てはまる事だが、つい先程まで殺し合っていた者が血の契約を済ませた途端に態度が変わってしまうなど普通なら信じられない話だろう。
だからオレはこれから先もドロシーやプリン、それにリンとディアーネたちの想いに対して素直に応えてやる事が出来ないままでいる。
それは彼女たちの落ち度では無くこのオレの狭量さが原因だと判っているのだが、いつかこのオレに忠誠を誓った相手が再び裏切って、敵対される事への恐れのようなものを心の中から追い出す事が出来ていないせいだろう。
「ロードはん、ウチの事なんか気ぃ使わんでも良えんよ? ウチなんか痩せ細ってるさかい女の魅力やと他のみんなに敵わへんしな。ウチには聖女はんみたいな立派な乳も無いし、かと言って双子のエルフ姉妹みたいなキレイなアンヨもあらへん。でも覚えておいて欲しいのは、ウチがあんさんに惚れとるっちゅう事や。ロードはんは色々と気にしてくれてるみたいやけど、ウチにも生前の記憶はあるんよ? それに今はもう敵同士や無いし、不死の身体にしてくれて魔力もぎょーさん増えたさかい感謝こそすれど恨むような事は何もあらへんのやで?」
「そうか、それなら良かった。あんな風にお前を不死者にしたが、この前の天使どもとの戦いでも大いに助けられたし感謝する事の方が多いからな」
オレはドロシーと向かい会って部屋の中央に置かれたソファーへ深々と座り、時間いっぱいまで二人で他愛もない雑談を繰り返した。
「ほな、そろそろ時間やさかい今夜はこれでお暇するわ」
「今夜は話せて良かった。また来てくれよな」
「ぅわあ、ロードはんから夜のお誘いやなんてどないしよ? 次に来る時は勝負下着が必要になるさかい明日にでもフェイを連れて街に買物に行かなあかん」
「……ドロシーお休み、また明日な」
一人でも賑やかなドロシーのおかげで、気分がかなり明るくなった。
厳しい言い方をすれば骨と皮しか無いような彼女には、いまいち吸血欲がそそられる事は無いのだが、彼女が持つ天然の明るさはオレの心を月の光のように優しく照らしてくれる。




