第70話 フェイとのひととき
――コンコン
「あ、開いてるよ」
「マイロードさま、こんばんわアル」
ショコラが来たのと同じ扉から殭屍のフェイリンが入って来た。
彼女は実家にあった呪いの宝具によってオレたちとはまた別系統の不死者へと至ったが、先の戦いにおいてオレが歯を食いしばった時に口から流れた少量の血液が、彼女の胸の皮膚から吸収されて吸血鬼の能力の一部が開花し始めている。
元々、不死者としての素養があったのか? あの時の少量の血だけでオレと同じ吸血鬼ウィングを背中から生やして、慣れないながらも空を飛んで見せた彼女の素質には驚くばかりだ。
最初の出会い方がマズかったせいで、一時はフェイリンを実家であるナイスミドルの館に残して行こうと考えたが、結果として彼女の一途な想いに癒やされたのは確かだ。
フェイリンの事はまだ良く知らないが、外見だけなら大きなバストを隠しきれていないチャイナドレスを纏った生足美女と呼べばイメージがピッタリだろう。
元から服の左右と背中が大きく開いてたドレスだったから、急に背中からコウモリの翼が生えて来ても特に問題が無かったんだな。
「これを見て欲しいアル」
ディアーネほどでは無いが、それでもかなり大きめでブラを身に着けていない胸元を両手で広げてオレに見せたのは、たわわとしか表現のしようが無い彼女の二つの丘の真ん中辺り。オレは両手で顔を覆っていた指の隙間からフェイリンの胸元をマジマジと見てしまう。
(オ、オレだって男だからな……)
そこには青白い素肌の真ん中に赤い血が広がったような痣が出来ており、それがあの時のオレの血の跡だと直ぐに気がついた。
「それはあの時に流したオレの血で間違い無いか?」
オレの血を皮膚から吸収した時にフェイリンの細胞内にある不死因子の方が弱かったせいで焼付いてしまったように見える。
それでも彼女の意思がオレの不死因子を体内へと受け入れて細胞の一部に改変を齎したが、取り入れた血の量が少なすぎて全身に行き渡らせる事が出来なかったようだ。
「あの時はお前が居てくれて助かった、そしてお前が望むなら今からオレの血を分け与えてやろう」
「うれしいアル」
フェイリンはそい言うと自分からベッドの方へと歩き出し、その途中で着ているモノをみんな脱ぎ棄ててベッドへ横になる。
「これで、いいアルか?」
「いや、良くないだろ……」
何で血を吸うだけなのに全部脱ぐんだ?
それに両手で顔だけ隠したって胸もアソコも丸出しなんだけど、彼女的にそれは良いのか? でも素っ裸にヒールサンダルだけの格好も、何かこう胸にグっと来るモノがあるから良しとするか。
「は、恥ずかしいので、は、はやくシテほしいアル」
勢い良くベッドへ飛び込んだせいで乱れた髪が少し顔にかかって色っぽく見える。
オレはフェイリンが居るベッドに近づくと影の中から漆黒のコートを取り出して彼女の胸から下に掛けてやった。
「余り見せ過ぎるのもダメなんだぞ?」
「お、覚えておくアル……」
まだフェイリンの両手は彼女の可愛い顔を隠したままだが、僅かに開いた指の隙間からオレの事を伺っているのが見える。
「なら始めるぞ、ちょっと痛いかも知れないからな?」
オレは黒いコートを少しだけ下に下げてフェイリンの上乳を露出させると、そこに浮かんでいた血管目掛けて牙を立てた。
「いっ!」
フェイリンの両手で隠し切れていない彼女の頤が少しだけ動いて呻き声が漏れる。
もう既に不死者となっている彼女は自分の意思で痛覚を遮断する術を持っていると思われるので、より心臓に近い位置にある胸の血管に噛み付き、そこから吸血して見ようと思いついたのだが、フェイリンの口から痛みを感じてると気づいたオレは直ぐに唇を宛てがい舌先で優しく舐めるようにして彼女の皮膚に麻痺が広がるのを待った。
胸にある乳房の外側には心臓から腕へと伸びる腋窩動脈から分岐したそれなりに太い血管が走っており、その分岐する部分にはリンパ腺等の器官もあるので牙の先で首の大動脈よりやや細い血管を探り当ててその内側へと繋がる。
「くぅ、マ・・ロー……さま、こん・・、な、から・ア・」
まだ異性との経験すら無いと思われる未通女のくせに、最初からハダカサンダルなどと言った難易度の高いプレイを求めて来たので、オレも普通なら行わない胸からの吸血行為に挑んでみたのだが彼女の反応はイマイチだった。
でも、しかけた吸血は途中で止められないので、今回はこのまま逝かせて貰う。
オレの唾液が乳房の表面を麻痺させて牙による痛みを拭い去る。首にある血管よりは幾分か細い乳房の外側にある血管から滲み出したフェイリンの血を、チロチロと舌先で舐めるようにして啜る。
「ふぁぅ、マ・ローさ・おね・・アル」
フェイリンが無意識に大きく胸を仰け反らせたので胸から牙が引き抜かれそうになるが、オレも吸血鬼の端くれだから、一度噛み付いた相手からそう簡単に引き剥がされるようなヘマはしない。
それでも近接戦闘を得意とするフェイリンの筋力は凄まじく、オレの配下でも一〜ニを争う力持ちかも知れない彼女を押さえ付けるのはかなりしんどい。
だがこのまま吸血行為を続けるには胸の外縁部にある腋窩動脈の支脈からでは、やはり十分な量の血液を循環させるのに時間が掛かり過ぎてしまう。
これがフェイリンとたった二人きりで行う行為だったならそれでも構わないが、彼女の次の順番を待ってる者が居るからこのまま中途半端な状態で終わらせる訳にはいかない。
「ちょっとだけ、くすぐったいけど我慢するんだぞ?」
フェイリンの上半身が暴れ出さないよう両手で抑え込みながら、オレは胸元から彼女の汗ばんだ首すじへと唇を這わせる。オレの唇が通り過ぎた軌跡が唾液に濡れた一筋ラインとなって見る事が出来る。
「ふぅわぁ!!!!!!!」
首すじの皮膚がまだ麻痺しかかってるタイミングでフェイリンの頸動脈目掛けて牙を突き立てる。
次の時間が差し迫ってるというのもあるが、ほんの少しだけ痛みを残した状態で強引に齧り付いた時の彼女の反応を見てみたかった。
「あふぅ……」
オレの牙がフェイリンの薄い皮膚を突き破り、そこから鮮血が滲み出す。オレは彼女の血を一滴も零さないように気を配りながら、更に深く牙を喰い込ませて頸動脈の奥まで差し込んでやる。
ここまですれば後はいつもの通り相手の血を啜りながら、オレの不死因子を持つ血液をたっぷりと注ぎ込んでやれば良い。
フェイリンの甘酸っぱい血液がオレの口内を満たす中で、彼女の血をオレの中へ取り込みながらオレの血を彼女の体内へと注ぎ込むのを再開する。
オレ以外の皆は自分の血液の中に、自身の想いや記憶を記録する部分がある事を知っているだろうか? これはオレたち吸血鬼が持つ特殊能力の一つなのかも知れないが、オレは血を吸った相手の心の一部を知る事が出来る。
フェイリンが不死者となったのは、吸血鬼となって戻って来たナイスミドルが屋敷の人間たちに対し次々と吸血を繰り返していたのを見た彼女が、父親の悪魔の所業を止めるべく実家の宝物庫の奥で見つけた『死を近づけない護符』を使用したためだった。
蹴っても殴っても全く怯む様子すら無い父親を相手に、最後まで抵抗したのがフェイリンだったが、その彼女が最後に縋った神の力が宿るとされる護符に自身が持つありったけの魔力だけでは足らず、傷つけた父親の返り血が護符に付着した結果、気絶から目覚めた彼女は不死者の一人となっていた。
(これはマズイ事を知った。このままだとフェイリンの細胞が自壊してしまうのでは?)
オレは渾身の力でしがみついてついて来るフェイリンに対して、仰向けに寝ている彼女の上に馬乗りとなって彼女を組み敷くような体勢で抑え込みながら吸血を続ける。
フェイリンの脳裏の奥に刻まれた神を自称する輩の呪いが発動する前に、その場所を探し出して癒やしてやらないと彼女の身体が滅びてしまうかも知れない。
(フェイリン、神の呪いを受けたお前が何故、父親と敵対もせずオレに思慕の想いを持つに至ったのか判った気がする。父親と家族を失いたくないお前の想いが神々の祝福を無意識に阻んだから殭屍となり、スクリプトが休止状態になったのか。でもその状態をずっと維持できるとは限らなかったから、最初に出会った時にオレの不死因子を持つ血を欲しがったんだな)
あの天使どもとの戦いの中で、オレが滴らせた不死因子を持つ数滴の血がフェイリンの胸の皮膚を焦がしたのは、それを欲した彼女の心と自身が持つ細胞を守るアホ神の防衛システムが起動して、オレの不死因子を体の奥へと取り込むのを拒絶したのが原因だろう。
オレは過去にプリンやアイゼン、それにディアーネたちの脳裏に刻まれた『祝福』と言う名の疵痕を直した経験があるから、どのような状態からでも救いの手を差し伸べる事ができると思う。
だからフェイリンの脳で休止中のプロテクトなどいとも簡単に解除して、彼女の脳と魂に刻まれたそれを大した手間もかけずに消してやる事が出来るので、彼女の脳幹の最深部と魂の奥底まで入念な精神感応によるスキャンを行って見たが何処にも問題は見当たらなかった。
これはあくまで希望的推測だが、一定以上の魔力を持つ個体を選別して神の尖兵を創り出す宝具には、元から聖なる刻印を刻みつけるほどの高度な術式は仕込まれていなかったのでは無いか?
(まだ時間が少し残ってるな?)
結果としてフェイリンの身体の何処にも神の呪いは見当たらなかったが、次に彼女と吸血する機会がいつになるか判らないので、このまま時間が許すまで吸血行為を続ける。
今までの行為がフェイリンの人命救助みたいなものだったので、これからの時間は彼女の身体と魂を癒やす為の行いであると考え、心を切り替えて臨む。
フェイリンの中へオレの血が入り込み、彼女の全身を隈なく巡って体内から取り込んだ魔力を含んだままオレの中へと戻って来る。
お互いの身体の中を相手の体液が交錯するこの状態を、果たして吸血行為と呼ぶのが正しいのかどうか今のオレには判らない。ただ、今の状態を続けて行けば、いずれはフェイリンとも精神の接続が可能となる同調レベルまで到達する事が出来ると思う。
快楽とか悦楽とか、そんな簡単な言葉では言い表す事が出来ない精神と心そして身体の同調は、この世で自分がたった一人きりの存在では無いと思い知らせてくれる幸せを与える事ができる。
オレとフェイリンが望むのはただ一つ。今の繋がった状態がいつまでも続けられる事だけど、お互いに終わりの時間が来るのも理解している。
最後の瞬間まで繋がったままでも良かったが、最後の数分間は彼女の首では無く唇へと吸い付く場所を変えてみた。理由なんて無い、ただそうしていたかったから。
何も言わずにベッドから身体を起こして、床に脱ぎ捨てていた自分の服を拾い始めたフェイリンの裸体にはまだオレの黒いコートが纏われている。
漆黒のコートから時折見えるフェイリンの白い手足がとても眩しく見えて、彼女を背後から抱きしめたい欲望に駆られるが、オレは自制が出来る吸血鬼だ。
フェイリンとの本当の関係は今始まったばかりで、さすがに毎日という訳にはいかないがオレたち不死者が安全に暮らせる街さえ完成すれば彼女との時間もそこにあるはずだ。
だから今はフェイリンの後ろ姿をこのまま見送ろう。『彼女が』では無く『オレが』彼女にとって掛け替えの無い存在になる為には、これからまだ多くの時間が必要だと思うから。
部屋を出て行くフェイリンが、一度もこちらを振り返らずに出て行った理由は判っている。相手の顔を見なくても彼女の顔に二筋の涙の跡が残されているのを知ってるから。その涙が悲しみでは無く、喜びの感情から流れたものだとしたらオレも嬉しい。
今回のオレの吸血によってフェイリンの存在そのものを変化させる事になるとは思うが、これから彼女の身に起こる進化の先までは判らない。
だがその徴候は既に現れていて、それは彼女の父親が漏らした『泣いたら手がつけられないほど強くなる』事と無関係では無いはずだ。オレたち不死者には相手の死を泣いて教えてくれる存在がいたと思う。
尤もフェイリンの場合だと、その死を与えるのが彼女本人である可能性が極めて高い訳だが……。
オレは気持ちを新たにしてフェイリンの事を引きずらないよう次の来客を待った。




