第69話 ショコラとのひととき
――コンコン
双子のエルフが退出して行った所とは別の扉からノックの音が聞こえてきた。
「開いてるよ」
《お邪魔させて頂きます》
次にこの部屋へ入って来たのはダンジョンコアのショコラだ。
この前の天使どもとの戦いの時シンディを奪われ失ってしまうミスをしたせいですっかり戦意を無くしてしまったオレの代わりに、まだ戦っていた仲魔たちに指示を与えて最終的に勝利に繋げてくれた彼女の功績は計り知れない。
ただ、あの時のショコラの言動の中にいくつかオレの過去に関する内容を仄めかせるものがあり、それが心に引っ掛かっていた。
「お前とは一度じっくりと話し合っておきたいと考えていたんだ」
《何なりとお尋ね下さい》
「先ず最初はオレの過去について、お前は何を知っている?」
《私はこの地に生み出されてから、ずっと私のマスターとなるべき御方を探していました。そして今から二千年以上も前にその御方を見つけてずっと見守って参りましたが、異世界の情勢を覗き見る為には保有する魔力のほとんどを消費しなければならなかったので、その全てを知ってるという訳では御座いません。ですが、マスターが向こうの世界で様々な敵勢力と戦って生き延び、いずれこちらの世界へ来て頂けると信じておりました。ですから、まだ整備の整っていなかったダンジョンに敵の侵入を許し召喚魔法陣を緊急発動させてしまったのは私のミスです。本来ならこの世界の全てを敵に回したとしても勝利出来るくらいの戦力を整えてからお迎えするつもりでしたので……》
「今のタイミングで、その内容をオレに明かす理由は何だ?」
《シンディ様のご記憶を思い出された事で、その過去に纏わる事柄についてロックの一部が解除されたからです》
「すると、他にもまだオレに隠してる事があると理解すれば良いんだな?」
《はい、まだお話出来ない禁則事項はいくつか御座いますが、それはマスターに対して反意があると言う訳ではありませんから、これ以上は信じて頂くしか無いのが心苦しいです……》
「お前の言動はともかくとして、オレがこの異世界へと召喚されてからお前の行動によって危害や不利益が生じた事はただの一度も無い。だから信用するしか無いのだが言葉でそれを上手く表現する事が出来ない」
《ダンジョンコアの義体として生み出された私の今の身体ですが、その遺伝子や細胞構成においても他の生者と全く遜色の無い完成度になっております。私の肉体の中には熱い血が通っているのですのでマスターならこの意味がお判りになるはずです》
「口では言えないから、お前の血で直接感じろって事か?」
《理由は何でも構いません。どうか私にもマスターのお情けを頂きたいのです》
オレがショコラに与えた黒のロングコートには少し大きめの襟が付いているのでそのままだと吸血がし難い。ショコラが何も言わずコートを脱いで床に落とすと絨毯に触れる前に消えて無くなった。
「便利な機能だな、それ」
《マスターから賜った品を床に落とすなど出来ませんから》
コートを脱いだショコラの身体はほぼ黒に近いダークブラウンのバニースーツを身に纏っており、大きく開いた胸元には形の良いバストが収まっている。
首元にある白い付け襟を外すと細くて美しい首すじに脈打つ血管が透けて見える気がした。
腰骨の上まで切れ上がったハイレグから伸びる長くて美しい二本の脚を少し前屈みにさせて、首すじに垂れかかっていた長い髪をかき上げ、オレを誘う姿はまるで前世の映画で見た高級娼婦のような感じがする。
「何か、こういうのに慣れていそうだな?」
《いいえ、このような格好も、これから行って頂く行為についても全て初めての経験です》
「なら、どんな感じが好みなんだ?」
《出来ましたら、このままマスターにお姫様抱っこをして頂いて、ベッドで優しくして頂ければと考えます》
「何か、こんな時も事務的な話し方なんだな」
オレはショコラの言う通り彼女の身体を両手で優しく抱え上げてベッドまで運び、そこで彼女を横たえて吸血する体勢を取る。
さっきのユナの時みたいに両脚で挟まれて動けなくなるといけないので、仰向けで横たわるショコラの上から四つん這いで重なる格好で、彼女の頭部の下に片腕を這わせて首すじへと唇を近づける。
《ふはぁ!》
「ま、まだ何もしてないぞ?」
《マスター、これヤバイです! こんなにヤラシイ事を他の方にもされていたのですか?》
「だから、まだ何もしてないだろ?」
《私の首すじに息がかかるだけでシステムにエラーが発生しています! これ以上されたらどうなってしまうのか私にも判りません》
「なら止めておくか?」
《その選択こそ絶対に有りえません! どうか私にもこの先の体験をさせて頂きたいのです》
「なら我慢しろ、ちょっとくすぐったいからな?」
オレは往生際の悪いショコラの上半身を横から抑え込むような体勢で彼女の首すじに唇と牙を宛てがい、ゆっくりと白い皮膚に牙を突き沈めて行く。
《くぅう……》
そう言えば、ショコラから血を貰うのはこれが初めての経験だったな。
ショコラの肉体は兎人族の遺伝子を元に受肉された義体だと聞いていたが、オレの中へ入って来る彼女の血液は生命力の溢れた生者のそれと全く遜色が無い。
それなのに途中から注ぎ入れたオレの不死因子を持つ血と反作用が起こる事も無く、再び分別する事が不可能なほどキレイに混ざり合ってお互いの身体の中を循環し始める。
《はぅぅ……》
ショコラのスラリとして美しい二本の脚がきつく閉じ合わされて左右に揺れる。
胸から上はオレの両腕に抱えられ動きが制限されている分、彼女のお腹から下は艶かしく動き続けるのだろう。
ショコラの血がオレの中へ入って来て心臓を経由し身体と脳の中を巡る。
彼女の口からは教える事が出来ないと言っていたオレの記憶に関する事柄のうち、いくつかの内容については映像が脳裏に直接送り込まれたような感じがした。
オレは失われた過去においてショコラと直接会っていたようだ。
向こうの世界に居たオレとこっちの異世界に居たはずの彼女がどうして出会えたのかは謎のままだが、オレの記憶野には彼女が涙を流しながら笑顔を向けてくれた過去の映像に覚えがあった。
もしかしたらショコラもシンディと同じく、オレが嘗て無くしてしまった記憶の中で大切な相手だったのかも知れないが、今はそんな事より彼女との行為に集中する。
(ショコラ、お前もオレの大切な存在だったんだな、今まで気づかなくて悪かった)
そんな想いを込めたオレの血がショコラの中へ入って行くと、きつく目を閉じたままのショコラの顔に涙の筋が流れる。今は言葉を発する事が出来ないショコラにオレの想いが届いたのだと信じたい。
オレとショコラの二人の血がお互いの身体の中を巡り続ける。
オレは思いを寄せてくれる皆と心だけでは無く、身体の中にある血液まで通わせる事の出来る存在で本当に良かったと思う。
他の生物たちが行う体液交換の様に『たった数分か数十分』で果ててしまうような短い肉の交わりでは無く、こうしてお互いが望む限り決して終わらない永遠の関係で居られる今の自分にとても満足している。
オレはさっきから揺れ動くショコラの膝下に腕を差し込み、ベッドへ運んで来た時と同じお姫様だっこの姿勢でベッドに座り直してそのまま吸血を続ける。
オレの両腕の中に居る愛しい存在をオレ以外のモノに触れさせてしまうのが勿体ない気がしてショコラの身体を優しく抱き続けた。
〈システムアラームよりお知らせします、現在三時五十五分です。これよりシステムを再起動し通常業務へと戻る準備を致します〉
《あ、もうこんな時間?! もうちょっと待って!》
〈ダメです! もうフェイリン様が自室を出て廊下を歩まれています!〉
《そんなぁ、まだチョットしかイチャってないし!?》
〈いいえ、●●●様はもう十分にイチャコラされてました! もう次のフェイリン様がマスターのお部屋前に到着されていますので、強制送還させて頂きます〉
《え? ちょ、ま……》
もしかしたらショコラの中の人は二人居るのか、それもと多重人格障害なのか?
オレは大切な存在だと想い出したショコラが目の前から消えて行くのを見つめながら、居住まいを正してベッドのシーツのシワもキレイに直し次の来客に備える事にした。




