第68話 ユウ&メイとのひととき
――コンコン
「どうぞ、開いてるよ」
「ロードくん、お邪魔するね?」
「ロードさま、お邪魔します」
次にオレの部屋を訪れたのは双子のエルフ美女たち。
エルフと呼ばれる種族は人族の美的感覚からすると全員が美男美女ばかりで、人間たちが羨む気持ちが良く判る。
姉のユナリアは既に不死者と成り、この城の中でも唯一無二の能力を手に入れているから、今夜オレの血を分け与えて不死者になる事を希望しているのは妹のメイプルの方だ。
「メイ、不死者になるのは別に今じゃ無くても良いんだぞ? この世には生者にしか出来ない事とか判らない事もあるから、それらを学んだ後でも決して遅くは無いんだぞ?」
「ロードさまのお言葉は最もだと思います。ですが、この前みたいに仲魔全員の力が必要な戦いがまたあった時、今度こそ私もみんなと一緒に力を合わせて戦いたいと思ったのです」
「メイも不死者になれば生者の頃と比べて様々な能力が強化されたり、目覚めたりするから良い事ずくめのように思えるかも知れないが、太陽の光が苦手になったり、味覚を始めとした五感にも大きな違和感を覚えるはずだ。あと不死者になればもう二度と普通のエルフには戻れなくなるんだぞ、それでも良いのか?」
「決して後悔はしませんし、私の心は変わりません。ですから、どうかお願いです。私の全てを捧げますのでロードさまの血族に加えて下さい」
「そこまで決心してるならもう何も言わない。メイプル、いやメイ。これから先も永劫の時をオレと共に生きてくれ。これから行う儀式が終われば、お前の存在は正から負へとその属性が反転して、今後は太陽の光を嫌い逃れる闇の住人になる」
ユナリアがメイの背後から妹の髪をかき分けながら妹の首すじを大きく露出させるため、それまで身につけていた白いブラウスの胸元にあるボタンを外して首元を大きく開く。
「こ、これでいいですか?」
初めて『血の契約』を経験するメイの顔が少し赤いのは、未知の体験を前にして彼女の豊かすぎる想像力によるものだと思う。
決して痛い思いはさせないから大丈夫だと言っても、経験した事が無いメイにはまだ判らないだろうな。
「ちょっとくすぐったいぞ?」
胸元まで大きく開いた白いブラウスの間から、メイの胸元にある谷間から上が完全に露となっており、彼女の白くて細い首筋がオレの目の前に差し出される。
決心はしたがまだ怖いのだろう。
メイの両目はきつく閉じられたままで、彼女の唇が固く強張っているのが判る。
オレは立ったままのメイを優しく抱き寄せ、大き過ぎるベッドの端へ座らせてから、彼女の身体をベッドへ横たえてやる。
オレの吸血鬼イヤーには先ほどから緊張しっぱなしのメイの心臓が、通常の三倍ほどの速さで鼓動を打ち続けるのが聞こえているから、契約より先に彼女の緊張を解いてやるのが先だと考えた。
メイに腕枕をしながら添い寝の体勢を取り、彼女の額にオレの額をくっつけて精神感応でお互いの心を同調させる。
こうする事でメイが言葉にしない、彼女の心の声を聞いておきたいと思った。
メイの記憶に強く残っていたのは、彼女と姉のユナリアが大切に育てられていた頃ではなく、ゴウゴウと強い風に煽られて真っ赤な炎で焼け落ちる村の風景だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
逃げ惑う村の人々を、人族の軍隊が追い回している風景が見える。
こに村にも少数ながら守備兵が居た事を、地面のあちらこちらに倒れている彼らの亡骸が物語っていた。
抵抗する者は悉く蹂躙され無惨な最期を遂げており、中でも女性兵士の末路は悲惨という言葉だけでは言い尽くせない惨状を呈していた。
そんな、この世の地獄としか言い様のない状況が、まだたった五歳の女の子でしかないメイの双瞳に焼き付いてゆく。
もう涙も声も枯れ果てて地面に蹲るしかなかった彼女の右手を、隣に居る姉である姉の左手がきつく握りしめていて、普段なら痛いと感じるほどの強さが今はとても心強く感じた。
やがて抵抗する者が誰も居なくなると、今度は軍に雇われた冒険者がやって来て、無抵抗の女子供を縛りあげ次々と荷馬車へ放り込んでゆく。
人間たちの街に着いてから最初の記憶にあるのは、みんなの身体に『奴隷紋』と呼ばれる焼印を押される事だった。
力の強い大人の男に押さえつけられながら、チンチンに焼けた鉄の印を肩に押し付けられて『ジュッ!』という音と共に肉が焦げる臭いが立ち込める。
私たちの番が来た時は、姉が率先して我慢する姿を見せてくれたから、私も泣いてはいけないと思った。
赤く焼けただれた姉の右肩から赤黒い瘡蓋みたいな火傷の痕を見て怖くて足が竦んだけど、体重が軽い私を奴隷商の男たちが囲炉裏の前で押さえつけ焼印を押す。
姉と瓜二つの顔を持つ私たちを見分ける為に、私の焼印は左肩につけられたけど、もし私が先に死んじゃったらキレイな右肩を姉に残してあげられるから、それほど悲しくなかった。
その後、恐怖で一言も口を聞けなくなった私に苛立った奴隷商の男が、手にした木の棒で私を打擲しようとした時、私を抱き抱えるように庇った姉の背中に鈍い衝撃が走る。
「ぐぅっ!!」
必死に唇を食い縛りながら、二度、三度と繰り返される折檻に堪え忍ぶ姉の顔が苦痛に歪む。
幼い子供が泣き叫ぶ姿を見せると相手の嗜虐心を煽ってしまい、ここから更にエスカレートするから、私は姉が、涙を堪えて耐え忍ぶ姿を見てるしか出来なかった幼い自分に無性に腹が立った。
自分と同じ年齢の姉は、いつも私を守るために身を挺してくれた。奴隷として教育を受けてる時も、飲み込みが悪い自分の為に余計に傷を負っていく。あの時、私が数人の男たちに離れにある物置小屋へ連れ込まれようとした時も必死に守ってくれた。
でもそのせいで姉は何度も『きょういくてきしどう』を受けて、その度に身体中に痣をつくって帰ってきた。
「このまま、ここに居てはいけない」
いつしか姉はそう呟くのが癖になり、他の奴隷たちと一緒に奴隷商の館から逃げ出す計画を練っていたけど、奴隷の男の子が怖くなって奴隷商にバラしてしまい姉と数人の奴隷たちが捕まって拷問部屋へと連れて行かれてしまう。
あの部屋で何があったのか誰も教えてくれないけど、戻って来た姉は皆の見せしめにエルフの耳たぶを片方だけ斬られてしまい、それからずっと部屋の隅で丸まって動かなくなってしまった。
普通の人族と違う形をした耳は、私たちエルフの誇りであり自慢でもあると教えられてきた。でも、それを知った人間たちは、姉のように反抗心を持つエルフの耳を斬り飛ばして心を折りにくるんだ。
このままだと姉が死んでしまう!
そんな恐怖心に駆られた私は調理場の包丁を持ち出し、納屋の裏で姉と同じ耳になるように片方の耳たぶを掻き切った。
死ぬほど怖かったけど、このまま何もせずに姉がこの世から居なくなってしまう方がずっと怖かったから躊躇する事なく、勢いを付けて一気に切り離した。
ものすごい量の血が出て他の奴隷たちが騒いでくれたので、奴隷頭の男が飛んできて医務室に居る女奴隷たちに止血するよう命じてくれたから大事には至らなかった。
「ちっ、何て事してくれやがる。耳の無い傷物エルフなんて二束三文にしかならねぇじゃねぇか」
とてもとても痛かったけど、姉を失う事を想像した胸の痛みと比べたら、これくらい何とも無い。
止血の当て布を押さえるために頭ごとボロ切れでグルグル巻きにされたけど、耳の血は直ぐに止まったので、その足で姉の元へと向かう。
早く私の切れてしまった耳たぶを見せて、エルフの誇りを失ったのが姉一人では無いと早く教えてあげないと……でも姉と向き合って初めて気がついたんだけど、姉は右側の耳たぶが切れてるのに対し、私の耳たぶは反対の左側が切れて無くなっていた。
「まちがっちゃった・・・でも、これでまた一緒だね?」
切れてしまった耳たぶがまだ痛いけど、ここで泣いたら姉を悲しませてしまうから、私はグっと我慢してへっちゃらな顔をし続けてると、姉が大粒の涙を流して笑ってくれた。
「もう大丈夫だよ」
咄嗟に出てきたその言葉は、自分の耳たぶの事を言っているのではなく、これから何があっても一緒に居るからねという意味だったんだけど、姉にはちゃんと伝わったみたいで安心した。
「メイ、ありがとね……」
これまでずっと話しかけても返事をしてくれなかった姉が、やっと心の籠もった返事をしてくれたのが、とても嬉しかった。
これから先も、きっとこの妹思いの姉と一緒に生きて行けるのなら、例えそれが人間だらけの地獄で奴隷として一生暮らす事になったとしても大丈夫だと思った。
姉たちの脱走が頓挫して計画に参加していた男奴隷が処分されて、女の奴隷たちも何処かへ売られてしまい見かけなくなったが、片方の耳たぶが半分無くなってる私たち双子は売れずに居た。
でも読み書きと簡単な計算が出来たので、この街を収めてる太守に二人一緒に買われて役所での雑用をする事になった。
最初のうちはお仕事に慣れていなかったので役所の人たちのお邪魔にならないよう、私たちに出来る事からお手伝いをし始めた。
それは、お掃除に、お洗濯に、買い出しに、水汲みなどの雑用ばかりで、慣れないうちは本当に大変だったんだけど、徐々に要領を覚えていくと周りの大人たちから褒められるようになっていった。
私は生まれた時から周りに居る人たちの感情というか、心の中で何を考え、また思っているのかについて、明確に言葉として解る訳じゃないけど、ぼんやりと朧気に感じる事が得意だったので、割とどのようなお仕事でも上手にこなせた。
でも姉には私のように他の人の心を感じる事は出来ないけど、私より頑張る事で結果を出して周りの大人たちに認められるのは素直に凄いと思う。さすが私の姉だ。
最初は雑用ばかりだったけど、私と姉が大きくなるにつれてお仕事の内容も頭を使う事が増えていくようになる。でも私たち姉妹には体力仕事より、こっちの方が合っていたから特に問題は無く、より上手に役所のお仕事を熟していくようになった。
その頃になると多くの大人たちから大切にされようになり、以前のように粗雑な扱いを受ける事はほとんど無くなった。それは私たちが十五歳になり、周りから一人前の大人として認識されるようになると顕著になるんだけど、それは私たちの身体が大人に近づいたという事でもある。
私たち亜人の女奴隷が大人になるって、それがどうゆう事だか知ってる?
私たち姉妹のうち、最初に太守様に夜のお勤めを命じられた私だけど、呼ばれたお部屋へ行ってみるとそこには誰も居らず、だからと言って奴隷の私が勝手に自室へ戻るなんて許されないから、朝までずっと太守様の寝室で過ごした。
次の日の朝になっても太守様が来なかったので、今日のお仕事が始まる時間までに一度自分たちの部屋まで戻ると、そこには姉が居て私の帰りを待ってくれていた。
姉は『もう大丈夫だから……』と言って私の身体を大切に抱きしめてくれたけど、この時に感じた違和感の正体を、この時の私は正しく認識する事が出来ていなかった。
いつもと同じ姉と抱き合った時、私の人一倍敏感な感覚が姉の異常を悟る。それは上手く言葉に出来ないけれど、姉の存在が薄くなってしまったかのような不思議な気持ちがした。
もしかしたら姉はこのまま消えて居なくなってしまうのではないか? そう感じた私は、彼女が私を守る為に何か大切なモノを差し出し、そして失ってしまったのだと感じた。
私が昨夜、太守様に呼ばれたにも関わらず、無垢な身体のまま戻って来られたのは姉のおかげだと判ったけど、それがどのようにして為されたのかが判らない。
いつも一緒で、それはお互いが死ぬまで変わらないと思っていた私には衝撃的だった。
姉には私が知らない秘密がある。
それを私に告げてくれないのは、その事実を共有すると私の身に何か良くない事が起こるからだと思い至るのに時間は必要無かった。だって私が逆の立場になったら、多分同じ行動をするはずだから。
でも姉から「太守様は私たちの味方になってくれた」と言われたけど、その後に会った太守様からは生気が消えて邪気や人格も失われた、それこそ死者か傀儡としか思えない存在に成り果てていた。
でもそれを今ここで糾弾したとしても姉を困らせる結果にしかならないと考えた私は、目の前の事実を現実として受け入れ、姉が行った何かを人知れず応援する事しかできなかった。
次の日から、私が太守様の寝室へ呼ばれた事は役所に居る人間たちには知れ渡っていたから、姉と私の肩にあった焼印を皮膚ごと切り取って、お互いに治癒魔法を掛け合って直したんだけど、まだ慣れていなかったせいで火傷のような痕が残ってしまった。
また切られて無くなっていた耳たぶについては、姉が幻影魔法を刻み込んだピアスをくれたから、他の人から見ても片方の耳たぶが無くなってる事に気づかれなくなった。
こうして偽物の太守様を、私たち双子の姉妹が愛人兼秘書として支えるようになるんだけど、これまで私たちが街の為に頑張って来た事を知ってる人たちからは蔑みではなく、哀れみの視線を向けられるようになり、今までより優しく接してくれるようになった。
そして何故か傀儡となった太守様を役所の人たちが見ても何も言わないのは、太守様が人と合う時は姉が幻影魔法を使って生きてる時と変わらない姿を見せてるからだと思う。
私に幻影魔法の才能は無いけれど、魔法を行使する姉の様子を見てると、彼女が今何をしていて何をして欲しいのかが解るから、さり気なく姉のフォローをするのが私の仕事となった。
姉が太守様の名前と実権を使って街の発展を望んだのは、私たち二人の居場所を守る為だったんだけど、今の私では姉を本当に助ける事が出来ない事も理解していた。
姉と一緒に街の仕事を熟していくうちに、役所や街の人たちが更に優しくなっていくのは、彼らが姉の施策によって自分たち生活がより良いものになった感謝の気持ちを返してくれているから。
街が発展し人々の幸せが増えてゆく度に姉の中の何かが失われてゆくけど、それを悲しむ事で姉に異変があると気づかせてはならない。多分だけど、私がそれを知ってしまう事が何か次の悲劇に繋がると私のカンがそう告げているから。
穏やかな日々が過ぎてゆく中、日毎に心の焦りが降り積もっていき、いつしか私たち二人の心から余裕が失われていく毎日が続く。
一見平和で何事もなく過ぎてゆく日々の中で、私と姉は呼吸に苦しむ閉塞感のような気分を味わいながら、この数年間を過ごして来たけど私にはある予感があった。
これは決して夢見がちな幼い少女の夢では無い。
姉に言っても絶対に信じてくれないけれど、いつか近い将来に私たちの前に真っ黒な天使様が現れて、この行き詰まった街の中から私たち姉妹を連れ出してくれる。
そして、その日は近い。
その天使様は私にこう言うの「これからどうしたい?」と。
姉を失ってまで生き延びる事に価値なんて無いから、無理を承知のダメ元で姉の救済を望んだ私にニッコリと微笑みを返してくれたのは、それこそが彼の望みでもあったらからだと私は知ってる。
私たちを救ってくれたのは天使様じゃなかったけど、私にとっては大切な天使様で合ってる。そして今、姉と私を救ってくれた彼の家族になれる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
メイの首の下にオレの左腕を差し込んで彼女の首が少し斜めになるように支えてから、頸動脈のある首の筋肉の内側にそっと唇を押し当てる。
「んぅう……」
きつく閉じたままのメイの唇から絞り出すような声が漏れる。オレは彼女の首すじに押し当てたままの唇を少し開き、今度はゆっくりと舌先を彼女の皮膚に這わせて唾液を纏わせ次に牙を突き立てる部分の神経を麻痺させていく。
「ぁふぅ」
まだ吸血すらしていない前段階だと言うのに、メイは首筋がとても感じやすいのか身体全体を力ませてオレの腕の中で小さな動きを繰り返すと、オレの冷たい唇からメイの体温と彼女の匂いが伝わってくる。
(そろそろ始めよう)
オレはメイの暖かい首に鋭い牙の先を軽く押し当ててから一気に突き刺す。
「くふぅ」
オレの牙がメイの薄い皮膚を突き破り彼女の頸動脈へと達する。
もう十分に麻痺が効いているから痛みでは無く、それ意外の感覚としてメイの脳に伝わっているはずだ。
メイとはメタトロリに身体を支配されたユナと戦う時、ラスティの幻血召還を行う為に少しだけ血を貰った事があるが、まだ彼女の体内に入り込んだオレの不死因子は活性化していない。
オレの血を少量だけ与えるなら特に問題は無いが、今回のようにメイの身体そのものを創り変えるほどの不死因子を注ぎ込む場合には、予め相手の血液を吸い出しておかないと血圧に大きな変動が起こりショック状態を引き起こしてしまう。
オレはメイの首から彼女の血を貰いながら、最初は少しずつ、そして段々と注入する血の量を増やしていく。
「ぁはぅ」
首の頸動脈からメイの頭へと送られたオレの血が、彼女の脳を始めとした様々な器官へと行き渡り周囲の細胞内に不死因子を残しながら侵食してゆく。
彼女の細胞内へと侵入した不死因子が、細胞膜を通り抜ける時にDNAやRNAの情報を自身の中へ取り込みながら、新たな蛋白質を生成して不死因子を持つ細胞を増殖させてゆく。
こうして作り出された新しい不死細胞が身体の各所にある元の細胞と全て入れ替わった時、生命の変革が完成する。
それまでポンプの役割をしていたメイの心臓だが、徐々に細胞が生まれ代わり自身の魔力で動くモーターへと機能が刷新される。
ポンプとして最後の鼓動を打ち、一際大きく「ドクン!」と胸を仰け反らせるほどの反応が終わった時、メイの新しい人生が始まる。
今のメイは自身の細胞を構成する原子核の中にある陽子が電子と入れ替わり反物質へと変質する事によって、この世界にある様々な物理法則と魔法則から解放される存在となっている。
「メイ、目は覚めたか?」
「はい、ロードさま。これで私も本当のお仲魔になれたのですね?」
「ああ、今のメイはオレと同じ不死者となった。これから先の長い未来の先まで一緒に生きてくれ。もちろん、そこで姿を消したままこちらを見てるユナも一緒にだ」
「ロードくん、私にはご褒美タイムは無いのかな?」
「ユナはもう不死者になってるだろ?」
ドッペルゲンガーという極レアな存在となっているユナに、今さらオレの血を別け与える意味は無いと思うのだが、彼女に聞いてみるとオレに血を吸って欲しいらしい。
「別にユナが血をくれると言うのなら断る理由は無いけどな」
つい先ほどメイの血をいっぱい飲んだばかりなので、それほど喉が乾いている訳など無いのだが、スラリとした美脚を持つ妙齢エルフの美女(身体は10歳)が血をくれると言ってるのであればそれを遠慮するつもりは無い。
「それなら遠慮なく吸わせて貰うとするか」
普段のユナは知的でプライドも高く、そのうえ仕事も出来る性格だったので、以前から他の誰かに甘えるのが苦手な印象がある。
こんな時ユナなら少し情熱的というか、やや強引に彼女を奪い去るような感じが好きなんじゃないかなと思ったので、一方的に抱き寄せて、そのままベッドに引き込んでやる。
「メイの時はもっと優しく扱っていたように見えたんだけど?」
「ユナは強引な方が喜ぶと思ったんだけど、こんな感じは嫌だったか?」
「ううん、嫌じゃないわw」
メイの時は壊れ物を扱うような繊細さで常に優しく心掛けて、吸血する時も相手の方から首すじを差し出してくれるのを待っていたが、ユナの場合は反対にオレの方から力強く抱きしめて、奪い去るような仕草で彼女の美しい首筋のラインを露出させる。
メイの姿をコピーしている今のユナは生前のとほぼ同じ姿をしているが、ノースリーブから見える彼女の肩の疵痕はメイとは反対の右側に付いている。
「ちょっとくすぐったいぞ?」
「んふぅ」
ここまでの手順はメイとは違ってユナをわざと強引に扱うフリをしたが、ここから先はゆっくりと優しく愛撫するように吸血を始める。
ユナの身体の中を流れる不死者の血をオレの中に取り込むと同時に、オレの中にある不死因子を持つ血を彼女の中へゆっくりと注ぎ込む。
「くぅう」
ベッドの上で仰向けになってるユナの身体に、上から覆いかぶさる姿勢で吸血を続ける。
オレの身体の下に組み敷かれたままのユナが、オレの身体にしがみつくように両腕に力を込めながら、彼女の美しい両脚がオレの腰に絡みついてギュっと締め付けてくる。
「私の、……を、ぁげる。貴方の、……をちょうだぃ」
オレたち吸血鬼は自分の配下となった者の血を介して、その能力の一部を貰い受ける事が出来るし、また自分の能力の一部を相手に与える事も可能だが、それは血の契約による一方的な支配では無く、お互いが相手に自分の一部を別け与えたいと心から通じ合っていなければ成功しない。
口の中で蕩けるほど甘いユナの血が直接オレの身体の中へ入って来て、脳と心臓を巡るのを感じ取っている。
これは人間で例えるならアルコールを摂取した脳と似たような症状を引き起こし、酩酊状態とまでは行かないが、ホロ酔い気分くらいにはなる。
「ユナ、もっとお前を貰うぞ」
「もっと貴方をちょうだい」
オレとユナはお互いにきつく抱き合ったまま吸血を続ける。
吸血と言っても、正確にはオレとユナの血をお互いの体内で巡回させているだけなのだが、オレの脳や心臓を通った血液がユナの体内に入り、彼女の脳や心臓を始めとした様々な器官を巡ってから再びオレの中へと戻って来る。
これこそがオレたち吸血鬼が行う本当の吸血行為であって、一方的に相手の血を吸い尽くして配下にする行為とは根本な違いがある。
「ユナちゃんばっかりズルイ!」
ユナの首すじに噛み付いたままのオレの頭部にメイが両手を添えて、突然オレの首すじに牙が突き立つ。
「いっえぇ〜」(痛てぇ〜)
「おえんえ?」(ゴメンね?)
メイはまだ吸血鬼になったばかりだから、自分の唾液に麻痺毒が含まれている事を知らない、と言うかまだ教えていない。
メイの牙にもオレと同様に血管が通っており、拙い仕草で恐恐とオレの血を吸い始めたが、メイの吸血行為はオレの血を吸うばかりで、彼女の血を戻してくれないからオレの血圧が急激に下がり始める。
(メイ、吸ってばかりじゃダメよ。あなたの血もロードくんの中に還してあげないと、ロードくんが気絶して気持ちイイのが終わっちゃうでしょ?)
(わかったわ、やってみるね)
ユナが不死者となって使えるようになった精神感応で、メイに循環吸血の仕方を教えてくれたので、オレが血圧低下によるショックで意識を失う事態は避けられた。
オレがユナにしているように、メイがオレと彼女の血を循環させ始める。
ユナとの循環によって彼女の中から戻って来る血が情熱的なイメージをオレの脳に描き出すのとは対称的に、メイの中から送られて来る彼女の血は、限りない優しさでオレを包み込んでくれる感じがする。
(いつまでもこうしていたいな)
オレは二人との吸血行為に時間を忘れて没頭していった。
しかし時間の流れとは、その時間をどう過ごすかによって流れる早さに違いが出てくるもので、オレの体感ではまだ十分くらいの感覚だが、もう二人がこの部屋へ来て二時間になろうとしていた。
「ユナちゃんはズルイです。これまで私に内緒で、こんなに気持良い事をしていたのね?」
「私も初めてだから心配しなくて良いよ。それとメイ、ちょっと私の瞳を見てくれる?」
ユナがドッペルゲンガーの能力で、再びメイの姿をコピーするが外見的には全く変化は見られない。
「うん、これでいい。これで私もメイと同じ『吸血鬼の花嫁』になれたわ。この身体ならもっと気持ち良い事も出来そうだよね?」
「ユナ、さっきより気持ち良い事って、一体何をどうすればいいの?」
「ストップだ! ストーーープ! それ以上の会話は真祖として【禁則事項】に指定するからな!」
まだ『吸血鬼の花嫁』になったばかりのメイに、ここで耳年増な情報を与える事が得策では無いと直感したオレは、上位権限者の一方的な命令によって議論を封殺する事にした。
ユナはこれまでメイを守る為に太守や天使と色々あったかも知れないが、まだ世俗の汚れを知らないメイにそんな話をして欲しくないと思ったからだ。
「私もまだ純潔のままだよ?」
つい先ほどまで血の循環を行っていたせいか、ユナにオレの思考を読まれた気がして少し焦る。
「も、もちろん、知ってるよ?」
ユナがさも疑わしいとばかりにオレの顔を正面から見つめるが、抜け目の無い彼女の事だからこんな時もオレの瞳の奥を覗いて能力によるコピーでも試みてるのだろうからオレも試しに聞いてみる。
「どうだ、上手くコピー出来たか?」
「何かダメみたい。何故かしら?」
普通なら相手の能力を写し取る等といった行為には疚しさが伴うものだが、もうオレに対してそういった事を隠そうとはしないユナの性格を好ましく思う。
「多分だがレベルの問題じゃないかな?」
「レベル?」
オレも配下にドッペルゲンガーを持った記憶が無いから正確な事は言えないが、もし無制限に相手の能力とかスキルをコピー可能な存在が居たとすれば世界そのものに影響が出てしまうから、きっと何かの制約がなされていると思うんだ。
それで一番最初に思い浮かんだのが『レベル』だったと言う話で、それ以外にもオレとユナのように契約上位者に対しては発動しないとか様々な要因が考えられる。
「でもいいわ。もうロードくんからはイロイロ貰ってるから、あと私が欲しいのは……また今度教えてあげる。それと、そろそろ時間みたいだから、またの機会にするわ」
「ロードさま、また参りますね!」
後ろを振り向かずに部屋を出ていくユナと、扉を締める時までこちらを振り返っていたメイの二人を見て、どちらも愛おしい存在だと思うようになってる自分に気づく。




