第61話 オレの苦悩は続く・・・
『眷属召喚! インプのアズラエルよ出て参るのじゃ!』
『ここに居るのである、マイミストレス。それと堕天した我の名はアズラエル(AZRAEL)では無く、レアザ(LEARZA)と呼ぶのが正しいのであるな。名前の最後にエル(EL)を付けられると天界の犬のような気分になるので勘弁して欲しいのである』
あれほど強大で恐るべき力を持っていた大天使様が、今では子犬くらいの大きさとなって宙に浮かんでいた。
かつては純白色で六枚もあった猛禽の大翼も、今ではたった二枚の黒翼となりサイズもかなり小さくてパタパタと表現した方がピッタリな感じに変わってしまっていた。
『ではレアザ、妾の眷属となったからには妾の主殿にも忠誠を誓って貰うからの。心して仕えるのじゃ、良いな?』
『判っているのである、ロード殿こそ塞がれていた我の目を解き放ってくれた大恩人なのである。これからは同じ二本の御神体を崇める同士として、宜しくお願いしたいのである』
おかしいな……オレは確かコイツを未来永劫に続く魂の辛苦を与え続けててやろうと考えていたのだが、シンディの眷属として生まれ変わった影響か、オレと同じく美脚をこよなく愛する信仰に近い心が芽生え育っていた。
「元大天使のインプとは恐れ入が、そんな簡単に仕える主をコロコロ変えられるものなのか? オレにはお前がいつか裏切ってシンディに襲いかかる未来しか見えないのだが?」
『そうであるな。つい先ほどまでロード殿やミストレスの敵であったこの我を、そう易々と信じてもらえぬのは致し方無い事ゆえ、我は言葉による邂逅は難しいと考えるのである』
まだヤツは今の段階でシンディとオレたちを裏切るかどうか答えていない。
この先も恐らく次々と現れる天使どもを相手にする事になると思うが、そんな時シンディのすぐ近くに裏切り者を置いておく訳にはいかない。
なので例え今はシンディの眷属となっていたとしても、やはりコイツは今始末しておくべきだと考えるのは、もしかしたら暗黒剣の魔力に怯えて眷属のフリをしているだけの可能性もあるから用心するに越した事は無い。
『だが、ミストレスが至高の御神体である彼女の肉体を復元させれば、我が再びあの『年老いた雌牛』めに仕える事など無いと判るはずなのである』
「シンディが元の姿に戻れるのか?!」
『だから、先ほどからそう申しているのである。堕天した我の肉体を構成していた細胞を残らず取り込んだミストレスならば、我の目が塞がれていた時、知らずに壊してしまった至高の御神体を寸分違わず再生する事が可能なのであるな』
シンディの正体は無機質生命体で、それが暗黒剣という形で能力を持ちこれまで生きて来た。
元の世界では共に戦うオレのパートナーとなり、この異世界では吸血鬼の花嫁としてオレの伴侶になってくれるはずだったが、クソ大天使によって肉体を破壊され魂を喰われる寸前にオレの仲間たちがシンディを異次元へと逃してくれたから、今こうして再びオレの元へ戻って来てくれたのだった。
こちらの異世界でシンディと過ごしていなければ、以前と同じ剣のままでも良かった。
だが気がつかなかったとは言え、サッキュバスとして再び生を受けていた彼女と心を通わせたオレには、もうシンディがただの剣ではなくなっていたから、あの指輪を贈った彼女が戻って来るというのであれば、たかがインプ一匹程度の処遇に意識を向けていられる心の余裕など無くなっていた。
『剣から人への变化は妾も初めての経験ゆえ、上手く行かないかも知れぬが失敗しても決して笑うで無いぞ?』
目の前に浮いていた暗黒の剣を、再び漆黒の魔力が覆い隠す。
剣の形のままシンディの身長と同じくらいの大きさとなり、黒い輪郭のうち柄であった部分が丸くなって頭部に、ナックルガードの両端が伸びて両腕に、そして刃の先が二股に分かれて両脚の元となり人の形を作って行く。
分離と変形を繰り返しながら黒い魔力の塊が徐々にシンディの肉体へと変化して行き、形が定まるとそれぞれの部位の質感が決まり最後に色艶が変化し始める。
そして今オレの目の前には、何も纏っていない生まれたままのシンディが姿を現した。
「ただいま……で良いかの、主殿?」
オレたち吸血鬼の目に涙を流す機能が備わっていた事を、この時のオレは初めて知る事になった。
『マイミストレスの至宝とも言える、この二本の御神体がある限り、我の信仰の灯が消える事は無いのである』
「信じるよ……ああ、信じるとも」
オレがもしあの美脚を持つ主人に仕えているとしたら、絶対に裏切る気になんかかれないからな。お前の事を疑って本当に悪かった。信じるから早くシンディに何か着せてくれ。
「主殿の前なら何も隠す必要は感じなかったのじゃが、そうまで言うなら母より賜った暗黒竜のスーツでも纏っておこうかの?」
薄紫の皮下組織がほんのりと透けて見えるほど白く艶めかしいシンディの裸体を、黒くて艶のあるラバー素材のスーツが包んで行く。
彼女の背中には以前は二枚だったはずの蝙蝠の翼では無く、アズラエルが堕天した時と同じ漆黒の猛禽が持つ六枚の翼が広がっていた。
「主殿、これで良いかの? この姿なら、また一緒に暮らせるのじゃ」
万事全て終わりさえ良ければ全て良し……とはきっとこんな場合の事を指すのだろうが、この戦場ではまだやり残した事が多くあったのを思い出す。
エルフの捕虜たちも既に全員が救出されていて一人の犠牲者も居なかったのは喜ぶべき事だったが、エルフ戦士団のうち約半数の百名ほどが生命を失い、これから先は死鬼としての人生を歩んで行く事となった。
そして彼らデッドエルフとなった者たちはアルフィリオたち吸血エルフの指揮下に入り、これからも人間たちの侵攻から村と森を守って貰う事になる。
また復活したクリディオが後からフーカを連れて村まで戻って来たので、彼女の無事な姿も確認出来て一安心した。
それとエルフ村に配備してあった屍鬼兵たちとスケルトンソルジャーは全滅寸前までその数を減らされていたが、プリンの復活再召喚によって元の人数くらいまで戻せると思う。
そしてアルニード教国軍のうち貴族の私兵約二千人も新米屍鬼兵となっていたが、そのうち百体ほどが既に死鬼へとクラスアップしていたので、彼らには屍鬼兵とスケルトンソルジャーの部隊をまとめる役目を与えておいた。
オレが自分の血と魔力の全てを垂れ流して行った幻血召喚によって呼び出した眷属たちのうち、クロノやカイたち別のダンジョンの者たちには礼を言って先に帰って貰った。
彼らもエルフの救出やシンディ救出の為に色々と尽力してくれたので、また彼らのダンジョンを訪れて謝意を伝える事としよう。
オレの作戦がマズかったせいでシンディとリンとディアーネ、それとフェイリンにも危ない目に遭わせてしまった。色々とごめん。後で何かこの埋め合わせが出来ればいいのだが、まだ何も思いつかなくてな……。
フェイリンも仕方なく連れて来たはずだったのに、もし君の助けが無ければ事態はまた違っていた可能性があった、助けてくれてありがとう。
最初に出会った時のイメージが最悪だったので心に距離を置いていたオレがバカだった。でも、これからはお前とも真摯に向き合うようにしたい。
ドロシーにはいつも助けられてるけど恥ずかしいからなかなか言葉で伝えられていないが、いつも感謝してる、今回もありがとう。
ユナリアもソドモラの街での活動が忙しいのに態々来てくれて大変な思いをさせてしまったな、大天使を堕天させるのに君の美脚がとても役に立ったよ。ありがとう、そして今日もキレイだ。
プリンもアイゼンもレオンもクロウリーもベルムントもみんな来てくれてありがとう。
そして最後にショコラ、チミには言っておかなければいけない事がある。
ダンジョンコアがマスターの意思を無視して、色々な判断や決断が行えるなんてオレ聞いていなかったよね? でも良いんだ。
その結果、それでシンディが助かり天使どもを一掃する事が出来たし、エルフたちも何とか守れた。
だけど君とは一度、二人だけでじっくりと話をしておかないとダメな気がする。
いや、そうじゃなくて、これは色っぽい話じゃないから赤面しないでくれ、ほんとに頼む。
だからオレの話を聞けって、これはお前が今想像しているような疚しい話じゃないんだって、おい聞いてるか?
これで全てが終わり後の事は配下たちに任せてオレは城へ戻ろうと……ん、何か忘れてるような気がするな?
はて、何だったっけ?
「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく……」
そう言えばエルフ村の物見櫓の上に、敵の女神官を縛り付けていたっけな。
「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく……」
ええいうるさいな、誰かアイツを下ろしてやってくれ。もう戦いも終わった事だし開放してやれば良いだろう。
え、一人ではお家まで帰れない? それなら仕方が無い、誰か飛べる者が送ってやれ。空から行けば今日か明日には送り届けてやれるだろ。
何? もう教会には戻りたくないのか。ま、そうだよな。つい先ほどまで自分たちの信じる神から遣わされた天使どもが、信者の身体を次々と乗っ取って皆の魂を喰い散らかす衝撃シーンを見てしまったからな。
なら仕方ない、うちの城へ来るか?
心配するな。お前程度の中途半端なスタイルなら決して誰からも見向きされないから安心しろ。その決して小さくはないが大きいとも言えない微妙な胸も、若干しかクビレていないウェストも、決して太くはないがバランス的に絞られるべき所が引き締まっていない足……そう、お前のはただの『足』であって、決して『脚』では無いから勘違いするなよ。
それに不死者なら異性の身体に対する性欲なんて持ち合わせていないから、お前程度のスタイルの女なんか絶対に大丈夫だって。
で、何で泣いてるんだ、お前?
オレは泣く子と女は苦手なんだよ、誰かコイツを何とかしてやってくれ。
そこに来てくれたのはリンとディアーネか、いやぁ本当に助かったよ。コイツが自分の身体の事を心配をしていたみたいだから、オレたち不死者がそんな人間みたいな酷い事はしないって今も教えていたんだけどさ、何故か泣き出して困っていた所なんだ。
え、コイツが泣いてるのはオレが原因なのか? ウソだろ……。
でも二人がコイツと知り合いだったのなら助かったよ。え、コイツじゃなくてアリアだって? それがコイツの名前なのか? オッケーオッケーもう覚えた、大丈夫だ、心配ない。
だからこのアリアってヤツは二人が教会で暮らしていた頃に色々とお世話をしてくれたヤツで、え、ヤツじゃないの? 女性として扱えって? え、コイツを?! だからコイツじゃなくてアリアなのは理解したから、今度こそこのオレを信じてくれ。
教国軍一万以上を撃破して数多の天使どもを率いたクソ大天使すら下したオレだが、何故か今頃になってこの戦い最大のピンチを迎えているような気がする。
誰か、誰か居ないのか、誰でも良い、我が援軍要請に応えよ!
あ、レオン! 丁度良い所に来たな、あ! おい貴様! 何処に向かってダッシュしてるんだよ!……畜生、レオンのヘタレめ、今度からアイツの事はヘタレオンと呼んでやるからな、覚えてろよ。
お、そこに居るのはアイゼンだな? リンとディアーネが、あそこに居るチンチクリンの事でオレを口撃して来るから守ってく……返事が無い。ただの屍のようだ……っておい、なんで動かない。寝たフリなんかするんじゃない!
本当に役に立たない男どもばかりで腹が立つ! 我軍に本物の『漢』は居ないのか? 誰でも良い、誰かオレを助けてくれ。
オレの苦悩は続く……。
多くの方々に読んで頂きありがとうございます。大天使との戦いに決着が付き次は後日談をとなりますが、そこまでで一区切りとさせて頂きますので宜しくお願い致します。




