第56話 さよならシンディ
SIDE:オレ
あれからずっとクソ大天使一体に掛かり切りになってるが、村では十二体の下位天使どもが教国軍六千人を率いて襲来していた。
天使どもの加護を得た聖騎士たちはとても手強く、防護柵の上から迎撃していたエルフ戦士団のメンバーたちが一人、また一人とその生命を散らされ倒れて行く。
エルフ村の正面では敵の重騎士と屍鬼兵たちによる乱戦が繰り広げられており、教国軍の背後からも新たに屍鬼兵となった元貴族の私兵たちがジワジワと押し寄せているが、天使どもが配下の人間どもに与えた加護のせいで、それ以降は教会関係者にいくら噛みついても彼らが発症して屍鬼になる事は防がれてしまった。
天使どもの加護を受けた聖堂騎士団と教会関係者と屍鬼兵では、個々の力量以前に属性不利が大きく影響をしており、もう夜中でオレたち不死者が最も力を発揮出来る時間だと言うのに逆に圧倒されてしまっているのだから驚きを隠せない。
リンたち味方の働きによってもう既に三体もの下位天使が天界へと還されてはいるが、まだ九体残ってる敵を相手にエルフ戦士たちの善戦も虚しくその被害は一向に止まらない。
村の中にまで入り込まれた下位天使を相手に、クリディオ率いるエルフ戦士団の者たちがシンディとディアーネの二人をフェイリンと一緒になって守っているが、このままでは状況は余り芳しくはないだろう。
そして戦う力の無いエルフたちを城へ転送し続けていたドロシーにも、下位天使の一体が迫っているが彼女は後衛職が専門だから格闘戦には向いていない。
それでもドロシーを守る為に多くのエルフ戦士たちが獅子奮迅の働きを見せてくれてはいるが、その壁はとても頼りなく見える。
それに、やっと倒したと思っていた下位天使どもだが、リンの聖剣によって貫かれて中の人が死んで天界へと戻って行くと、直ぐにまた別の光が天から降って来て別の新たな犠牲者が光の鎧に取り込まれて、新たな天使として現れて来るのだから本当にイヤになる。
倒しても倒しても、また新たな天使どもが降臨して仲魔たちが次々と倒されて行く。きっとこれまでオレたち不死者と戦っていた敵軍の者たちも今のオレたちと同じ様な思いをしていたに違いない。
そんな中、突如として村の中心部で大きな破壊音がしたので振り向くと、その中心にいたシンディとディアーネ、それとフェイリンの三名が天使どもの薄汚い腕に抱えられていた。
辺りには最後まで戦うと誓っていたエルフの戦士たちの屍が散乱しており、不死者ゆえに死んではいないがクリディオも四肢を吹き飛ばされて首も落ちかけており、今はモゾモゾと動いてはいるがあの状態ではそう長くは持たないだろう。
おかしいなぁ……。
元の世界で読んだネット小説を始め、漫画や映画、それにゲームの話だと、こんな状況になれば主人公に隠されていた力が現れて敵をみんなやっつけてしまうのはずなのだが、今のオレにはそんな隠された力など有りそうも無い。
それでも時間を掛けて良く探せば、失われた記憶の中に一つくらいはあっても良いとは思うのだが、昔の記憶を失った今はそんな悠長な事をしている時では無いし、敵に連れ去れたオレの花嫁候補たちを取り返すのが先だ。
オレは目の前に居るクソ大天使を放っておいて、緊急テレポートで天使どもの後を追おうとしたのだが、あのクソ下位天使どもめ! 三体ともが申し合わせたかの様に別々の方向へ向かって逃げやがったのだ! と、とりあえず一番近くのフェイリンを抱えたヤツを追いかけて行くと、その間に別の二体がこの空域から離れて行ってしまう。
「モウ諦メタラドウデアルナ? 貴様タチ不死者ノ敗北ハ覆ラナイノデアル。天使ドモヨ、コチラダ。先ズハソノ魔族ノ女ヲ我ニ捧ゲルノデアル」
飛び去る天使の一体を暗黒の魔力を纏わせた回し蹴りで力任せに吹き飛ばすと同時に、フェイリンの身柄を確保する。
殭屍なのに最後まで天使どもの聖魔力に抗っていたせいで、今も気を失ったままの彼女をこのまま放り出す事も出来ず、シンディの身体がクソ大天使の手に渡るのを指を咥えて見ているしか無かった。
「コノ胸ヲ見ルノデアル! コレコソ我ガ神ニ相応シイ生贄デアル!」
空中に仰向けで浮かんだたままの状態で、身動きひとつ出来ないシンディの胸をクソ大天使の薄汚い掌が這い回り、その感触を楽しんでいるのが嫌でも見えてしまう。
オレは自分でも知らないうちに奥歯を噛み締め過ぎてしまい、口の端から垂れたオレの血が大きく開いたままになっているフェイリンの胸元へポタポタと滴り落ちる。
とにかく今は飛べないフェイリンを一旦下に下ろして一刻も早くシンディを取り返さないと、このままではオレの精神が保たない。
「リン! 聞こえるか!? オレの位置から北方十二時の方向にディアーネを攫ったクソ天使が飛んでるはずだ、至急そちらに向かってくれ!」
「了解! ディアの事ならボクに任せて! 直ぐに取り返して来るからちょっと待ってて!」
今のオレの決断によってアルフィリオ以下100名の未だ生きてるエルフ戦士たちの運命が決まった。
オレはあれほど守ると公言したエルフたちの元から、オレと親しいディアーネ一人を取り戻す為に『勇者』と言う最強のコマを彼らから奪ってしまったのだ。
こうなったら最後の手段も躊躇い無く使う。
「ショコラ、聞こえるか? 城を地下ダンジョン型に切り替えて地上を元あった魔の森の樹々で覆い尽くせ。それからお前とメイ以外の不死者を全員こっちへ呼び寄せるから、オレたちに万一の事があれば、そのまま他のダンジョンコアたちと連絡を取り合ってオレが復活するその日まで身を隠して待つんだ。いいな!」
オレは無造作に自分の左手首を噛み切ると、ドバトバと流れて来る自分の血をそのまま空中に霧散させて、城にいる仲魔たちをここへ召喚する。
「幻血大召喚! みんな来てくれ! もうオレだけの力ではシンディを取り戻せない! 力を貸してくれ、頼む!」
オレが空中から流し続ける涙と赤い霧の中から幾つもの影が現れ、次々と仲魔たちがその姿を現わす。最初にやって来てくれたのはプリンで、その後も次々に集まって来るオレの仲魔たち。
空を飛べないアイゼンは地上で屍鬼兵たちを率いて教国の聖騎士団を相手に突撃を繰り返し、彼の周囲にはその両翼と背後を守る様に配置された七体のリビングアーマーたちとカイのデュラハンがデスホースに跨り戦線を駆け抜けて行く。
勿論そのすぐ近くには炎の姿をしたゴーストが寄り添うように飛んでいて、彼らの周りに近寄る敵兵を地獄の業火で燃やし続ける。
エルフ村の中まで押し入って来た天使どもと教国軍を相手に、いつの間に現れたのかも知らないデスデーモンの戦士たちが、倒れたエルフたちを守りつつ敵兵たちを押し返して行く。
接近戦が苦手なドロシーの直ぐ傍には大きな盾を持ったレオンが立ち塞がり、その後ろからクロウリーが弓矢で援護射撃を開始する。
「ロード君、メイが話があるって言ってたから、城へ戻ったら後で必ず会ってあげてね」
メイの姿になって現れたのはエルフの双子の姉、ドッペルゲンガーのユナリアだった。
彼女にはドロシーの能力をコピーして城の防衛メンバーとして残して来たのだが、接近戦になる可能性も考慮して、大人の頃の自分と同じ身体を持つメイの姿をコピーして来たみたいだ。
滅びかけていたクリディオの元には、城からベルムントがやって来て護衛を行いながら既にプリンによる回復治癒が行われている。
リンが離脱し苦戦を続けていたアルフィリオ率いるエルフ戦士団の者たちだが、そこにはデスロードの他にも多くのデスデーモンたちが加わって被害の拡大を抑えてくれていた。
だが、シンディは依然としてヤツの目の前に捕われたままだ。
オレはヤツの前に浮かんでいるシンディを取り返すべく何度もテレポで接近するが、彼女の身体に触れる事は出来なかった。
「モウ手遅レダ諦メルノデアル。コノ女ノ胸ト魂ハ永遠ニ我ラノモノトナルノデアルカラナ。フハハハハ!」
《マスターへ緊急連絡! 今直ぐその空域から離れて下さい!》
「おい! ショコラ! 何を言ってるんだ! 今ここを離れたらシンディを取り返すチャンスを永遠に失ってしまうだろうがっ!」
クソ大天使の聖力を注がれたせいでシンディの身体が滅びつつあるのか、彼女の身体の輪郭が朧げで存在自体が薄くなり、今にも消えてしまいそうなほど不安定な状態になっている。
オレはこの時、シンディとの別れを本能はで悟っていたのかも知れない。
(もうシンディは救えないのか?!)
まだ1回しか吸血していなかったが、恥ずかしそうに顔を横向けて細く美しい首筋をオレの口元へと向けてくれた時の、あの笑顔が忘れられない。
不死者にならずとも、ほぼ永遠とも言える長寿の種族なので誰かに殺されでもしない限りずっと一緒に暮らして行けるシンディを、急いで不死者にする理由は無かったのでオレも彼女もゆっくりと同じ時間を共有して行ければそれで良いと思っていた。
ここでもし彼女を失ってしまったとしてもオレにはまだ配下にした皆に対しての責任があるので、もしこの戦いの後も生き残れたなら、その者たちが人間や天使どもに怯える事無く暮らせる国を造ってから、何処かで一人ひっそりと永遠の眠りに就くとしよう。
《ショコラよりフェイリンへ! どんな手段でも構いません! マスターをドロシーの射線から退けるのです! 早くっ!!》
「ショコラお姉さま、わかたアル!!」
まだ救えるかも知れないシンディを前に、あれこれと思い悩んでいたオレは、もの凄い勢いで飛んで来たフェイリンに抱きつかれる様なタックルを受けて数百メートルもの距離を吹き飛ばされてしまう。
「フェイリン! やめろ! 何するんだ!!」
「マイロード様、赦して欲しいアル、これには深い訳がアルのDEATH……」
怒り心頭のオレはフェイリンの腕を掴んで彼女を放り投げようとしていたが、父親のナイスミドルが言っていたようにコイツの格闘能力は凄まじく、簡単に投げられてはくれそうに無い。
それならとフェイリンを飛び越えてシンディの元へ向かおうとするが、つい先ほどまで飛行能力など欠片も持っていなかったはずの彼女が、何故か背中からオレと同じ様な龍の翼を羽ばたかせて進路を阻みオレの心をイラつかせる。
「これ以上邪魔するなら、もう許さんぞフェイ!!」
「ロードはん! ちょっとそこで待っときんさい!!」
オレがフェイリンを撃墜してでもシンディの元に向かおうとした瞬間、エルフ村の奥からまるでクソ大天使が使用した小ブラックホール(SBH)の様な攻撃魔法が撃ち出されたのが見えた。
「ちょ! 待て! あの射線上には、まだシンディが!!」
天災魔術師のドロシーが敵の闇系魔術を見て完コピしたと思われるSBH攻撃魔法が、あそこに居るクソ大天使を狙ったものだとすれば、奴の眼の前に浮かんだままのシンディも一緒に巻き込まれてしまう!
あのSBH魔法は属性どころか物理耐性もまるで無視して、対象となった物質をこの次元の反対座標まで強制転還させてしまうとても危険な性質があり、あの攻撃であれば物理攻撃が一切通じないクソ大天使のヤツでさえ瀕死の重傷を負わせる事が出来るに違いないが……。
しかもヤツがシンディの魂を喰おうとしてジっとしてるこのタイミングを狙って、初めて使うSBH魔法を撃ち込むなど、シンディーが巻き込まれる状況でなければ褒めてやりたい偉業ではある。さすがは天災レベルの魔法の才だと……。
シンディに全く近づけないオレが手を拱いていたせいで彼女の肉体が失われてしまいそうな今の状況から、あのクソ大天使による魂の陵辱から彼女を救う為には、今この場所から彼女もろとも消し去る以外に方法は無いのだが……オレではとてもその判断を下せない。
だからこそ、ショコラを中心とした皆が一丸となり、シンディの魂を守る為に彼女を消し去る為の行動を起こしたと言うのだろう。
確かにあのままだとシンディの魂がクソ大天使に喰われて、未来永劫にヤツのモノとなる運命しか残されていなかったのは確かだろう。頭では判っているんだよ、頭では!
だがそれをオレの心が、魂が、精神が、存在が決して認めはしないし、それを行ったクソ大天使どもはおろか、皆の事も赦せる気がしないんだけどオレはこれからどうすればいいんだ?
真っ黒なSBH魔法がシンディを包み込み彼女の存在を一気に掻き消してしまうが、その様子をはまるでスローモーションフィルムのようにゆっくりと再生された映像を見ている感じがした。




