第52話 幻血召喚失敗?!
太陽が沈む少し前、敵軍の攻撃が何故か中断されて今も再会はされていない。
つい先刻までは、必ず今日のうちにエルフ村を攻略すべく必至の形相で押し寄せていた貴族の私兵たちが、夕方頃から急に引き上げてしまったのは敵軍内に何か別の問題が起こったのではと見ている。
リンとディアーネの二人ならもう既に敵の内部へと潜入してる頃だが、彼女たちが何か行動を起こしたにしては少し早い時間だと思う。
まだ戦闘が継続出来る時間帯なのに敵が急に前線から引き上げたのは、何かそれ相応の理由があっての事だろう。
だが、その理由と言うのが勇者と聖女の帰還を知った貴族と教会関係者が一同に接見を求めていたのが混乱の理由だと後で知った時は少し呆れたが、それでもエルフたちの被害が減るのなら理由など何でも良いと思った。
それで勇者と聖女の身柄を隠しておく為に取られた措置が、結果として二人の潜入工作を助けてくれるとは思いもしなかったけどな。
リンとディアーネの二人にもショコラから通信用ピアスが渡されており、彼女たちが間もなく行動を開始して敵軍を混乱の最中へと巻き込むと聞いたオレは、ドロシーとフェイリンの二人を連れて敵の野営地を目指す事にした。
「オレたちは敵に捕らわれたエルフの捕虜を探しに行って来るから、アルフィリオたちエルフ戦士団の皆はここに残って村の防衛と被害者の受け入れ準備を続けろ」
「マイロード様、私とクリディオだけでもお供をさせて頂けませんでしょうか?」
「アルフィリオ、オレの事を信じろ。決してお前たちの事を信用しないから残して行くんじゃない、これは適材適所というヤツなんだ。もしオレたちが捕まってるエルフたちを取り戻して来た時、この村が無事でなければ救助者たちを休ませる場所が無くなるだろ?」
オレが現地入りしてリンとディアーネの二人と合流した後、捕われているエルフたちの保護に成功すればドロシーの転送魔法によって直ぐにでも、この村へと送られて来る手筈になっている。
当面の間は敵軍に混乱が巻き起こせるだろうが、それもいつまで続くか今の状況では判らないし、それでも保護したエルフたちの中には直ぐに動かせない状態の者も居るだろうから、敵の混乱が収まれば朝日が登ると同時に攻撃が再開されるだろう。
だから、それまでの限られた時間の中で救助された者たちを回復させて一刻も早くこの村を離れる事が出来なければ、援軍の望めないこの村の中で最後の一兵が倒れるまで防戦を強いられてしまう。
だが、そんな生きるか死ぬかの状況まで追い詰められればドロシーの転送魔法でエルフたち全員をシルヴァニア城まで連れて逃げれば良いのだが、さすがに200人以上も居るエルフ戦士団のメンバーたちをドロシー一人の魔法で全員を送るとなれば、それなりに時間が掛かる。
それにこの人数のエルフたちを何の準備も無く一度に城へ迎え入れたとしても、彼らの仕事や直ぐに休める住戸など生活の準備が何も出来ていないし、そもそも城には一部の者を除いて不死者ばかりだから食糧の備蓄が全然足りないからな。
それでもオレの城ならショコラたち防衛メンバーたちが居るし、防衛施設もエルフ村とは比べられないほど充実してるから、あの場所でなら万を超える敵軍が攻め寄せて来たとしても持ち堪えるどころか逆に殲滅する事も可能だとは思うが、そうなる前にエルフたちの食料だけでも確保しておかないとお互いが不幸になる未来しか見えない。
「そう言う訳だから、アルフィ。今はオレの命令に従って、必ずここへ戻って来るお前たちの仲間の為に、この場所を守って受入体制を整えておいてくれ」
「了解致しました。マイロード様」(今、アルフィと呼んで頂けた?!)
それからアルフィリオを始め、周りに居たクリディオやその他のエルフ戦士たちも揃って頭を垂れたまま、オレたちの出立を見送ってくれた。
「ほな行くでロードはん、そろそろ行くさかいウチに捕まっとくんや。フェイたんもちゃんと連れてったるさかい、心配せんでもええから。ほな行くで?」
「ドロシーお姉さま、宜しくお願いアル」
ドロシーに手を引っ張られて彼女を正面から抱き抱えるような格好となるが、彼女のお尻へ回った手のやり場が無くて困っていると、フェイリンがオレの背後からしがみついて来たから女性二人の身体に挟まれ、イロイロと当たってる状況へと追い込まれた。
これからエルフたちを救いに出撃する大事なシーンだと言うのに、前後からガッチリと抱きつかれたままの姿で、転送魔法陣の光がオレたち三人の姿を掻き消して行く。
(アルフィリオたちが下を向いたままで助かった、それとショコラに今すぐ食料の備蓄を増やしておくように頼んでおかないと……)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
敵の野営地へ着いた瞬間、奥の方にある天幕の一つから眩いばかりの光が溢れ出して一瞬とは言え真昼の太陽が姿を現す。
反射的に腕で顔を覆ったが既に遅く、一瞬だが網膜を焼かれてしまい、この後数秒間の視界を奪われてしまった。
『我ガ名ハAzrael、女神あるみだ様ノ使徒ナリ。我ラ天界ニ仇ナス者ドモヨ、コレヨリオ前タチニハ地獄ノ未来ガ待ツノミト知ルノデアル!』
中空に現れたのは背中に三対六翼を持つ大天使が一柱。
闇夜に浮かぶ6枚の白翼と全身が白金色の聖鎧を纏うあの姿は、オレが元居た世界からずっと戦い続けた天魔の一体で間違い無い。
「これは不味い事になった! ショコラ、通信用ピアスで皆に呼びかけてくれ! 作戦変更だ!!」
ヤツとは元の世界で何度も出くわした仇敵とも呼べる大天使で、オレたち不死者と同じく『死』を専門とする天魔で、この前戦ったメタトロリとは比べ物にならないくらい強力な『神の尖兵』だった。
その圧倒的な天聖力を誇るヤツに対抗出来るのは、オレが持つ暗黒剣以外だとリンが持つ聖剣くらいしか思い浮かばない。
いくらドロシーやフェイリンが戦闘に特化した能力を持っていたとしても、闇を切り裂く聖なる光が相手ではかなりの属性不利は否めない。
闇は全ての属性に対して有利だがそれは光も同じで、しかも光は闇にも強い。
聖光属性とはこれほどチートな能力だが、核の光を受けても完全には滅びなかった今のオレが相手ならあの大天使も少しは手こずるはずだ。
ここはオレ一人でヤツを食い止めている間にリンとディアーネ、それにドロシーとフェイリンとシンディの力を借りて敵に捕まってるエルフたちの救出と村までの退避、それから城までの転移を頼むのでは無く『命令』とした。
「御方様、あの大天使が探しているのは私です。だから私もここに残らせて下さい!」
「ボクもディアと同じ意見だよ。アイツの契約者を殺したのはボクだから、ボクが村へ戻ればアイツも一緒に来てしまう!」
そんな事は絶対に許可出来ない。
今のリンとディアーネが二人で戦えば、あの大天使を相手にしても瞬殺はされないだろうが、二人に天使が持つ絶対的な防御力を突破するほどの力があるかと言えば、それには疑問が残るとしか言えない。
最初に出会った時は何故かムカついたので、二人の事情を無視して不死者にしてやろうと行動したのだが、その後の付き合いでこの二人にはとても高潔な精神が宿っており、友人として尊敬出来るほどの人格を備えている事実を知ってしまった。
そんな大切な二人を、たかが『死の大天使』が現れて、絶体絶命くらいのピンチで皆を危険に晒せる訳など無い。
最悪オレ一人だけなら、もしここで敗れてたとしても、いつか必ず蘇って皆の元へ戻って来られるはずだ。
だから、もしオレがここで敗れたらショコラには城を元の地下迷宮モードへ戻してオレが復活するまで息を潜めて待つように命じておいた。
「もう二度と御方様と離れるのは嫌です!」
ディアーネと出会ってからそんなに長く離れていた記憶が無いのだが、もしかしたら短い期間でも別行動をする事が多かったのでその事を言ってるのだろうか?
「頼む、ここは素直にオレの《命令》を聞いてくれ。あんなヘナチョコ大天使を相手に、このオレが敗れるなんて本当にそう思っているのか? この命令はオレの生命より大事なお前たちを万一にでも失いたくないから頼んでるんだ」
オレはもう二度と大切な仲魔たちを失ったりしない。
5名の配下たちと捕われたエルフたちがまだ脱出していない状況だと言うのに、大天使の結界がエルフの村と教国軍の野営地を含む一帯を完全に包み込んでしまい、オレたちは袋の鼠のように完全に閉じ込められてしまった。
シンディ以外の4人には先に捕まったエルフたちの救出へと向かって貰うが、オレが何故あの大天使を最大の驚異と考えているかについて、通信ピアスを通して皆に少しだけ話しておこう。
アイツの名前はアズラエルと言って、こちらの世界だと下級天使以外を全て大天使と一括にしてるが、本当ならもっと位階の高い天魔として認識しないと足元を掬われてしまう危ないヤツなんだ。
それでも普通の大天使であれば、これまで戦ったメタトロリたちの様に相手の聖属性に対して不利だとされる闇属性を、より強い力で捩じ伏せて相殺させる事で何とか凌いで来たのが実情だ。
だがヤツの名であるアズラエルとは『死を告げる天使』という意味なんだ。
そう、ヤツこそ遥か古の時代にオレたち不死者を滅する為だけに生み出された天魔であり、その後に全宇宙を賭けた戦いに勝利した神の使徒でもある。
だから数多に存在する天使どもの中で、唯一と言っても良いヤツの能力とは光と闇の両方の力を使いこなす恐るべき天使で、オレたちが持つ闇の力をアイツの闇で対抗しつつ、それと同時に光の力を使って別の攻撃を繰り出して来るから、リンとディアーネの完全上位互換の能力だと言える。
だから皆にはアイツと戦って欲しくない。
もしここでまた仲魔を失ってしまえば以前の様な……以前って一体いつの事だ? ほんの数十年前までオレには多くの仲魔たちが居たはずだが、元居た世界での戦争と二度に渡る核攻撃によってその仲魔たちとの記憶を完全に失ってしまっていた事を思い出す。
とにかく今は時間が惜しい。
オレの思い出など後回しにして今は俺たち全員で捕まったエルフたちを救い出し、ここから無事に立ち去るのが最優先目標だ。
「シンディ、またオレに血を分けてくれ」
「主殿、妾はいつでもそなたを受け入れるから、遠慮などせず必要なだけ持って行くが良い」
シンディが自身の右手でその長い髪を掻き分けて、オレが吸血し易い様にと首を少し傾けてから目を閉じる。
オレは少しドキドキしながら彼女の血とそれに含まれる多量の魔力を飲み込む。
「ぁあぅ……」
目蓋をきつく閉じてオレの吸血行為によって感じてしまう愉悦の渦に逆らうように、シンディの身体が少し震えながら長く美しい両脚に力を込める。
オレはシンディがこのまま崩れ落ちてしまわないように、彼女の背中へと回した両腕に力を込めて支え続けてやる。
そして、もう十分に力を分けて貰ったから、シンディにはこのまま後ろに下がっていて貰おう。
オレは彼女から受け取った血と魔力を消費し、オレが持つ最強の暗黒剣を呼び出す。
「古き血の盟約において幻血を捧げし盟友たる存在の召喚を命じる! 死を与えし暗黒の大剣よ、我が呼びかけに応えここに顕現せよ!」
オレの身体を漆黒の闇の光が覆い、いつもの様に左手の平を突き破って暗黒剣の長い柄が現れ……ない。
……なぜだ?!




