第46話 泣いたら強い爆弾娘
「主殿、これでいいかの?」
自らの襟元を緩めて、うっとりと眺めていたいほどの白く美しい首筋を惜しげもなく差し出してくれるシンディ。
その姿がとても愛おしく、彼女の身体を思わずギュっと抱きしめてしまった。
シンディには前に一度だけ吸血させて貰った事があったが、あれは彼女の魔力を脂肪に変換して貯めておく呪いを解く為に行ったもので、彼女を『吸血鬼の花嫁』とするほどの行為には至っていない。
それでも彼女が望んでくれるなら、いずれ何処かで正式な儀式を行う必要があるが今はまだその段階では無い。
シンディは『夢魔』と呼ばれる魔族で元から長寿であり、エルフより多くの魔力を処理できる脳と身体構造を持つオレの持つ種族なので、不死因子が彼女の身体細胞と結び着いても直ぐに目に見える様な変化は現れないと思う。
もしシンディを魔族から不死者へと生まれ変わって『吸血鬼の花嫁』となって貰うとしたら、他の女性たちより更に多くオレの血を必要とするだろう。
ただし今回はシンディの儀式では無くドロシーを呼び出すのが主目的なので、彼女にはドロシーを召喚するのに必要な分だけ吸血させて貰うに留めておく。
シンディとのお楽しみは、彼女とシルヴァニア城へ戻ってから機会を見てゆっくり行えば良いからな。
そしてシンディの首筋には、オレの牙を押し当てる前に軽く音を立ててキスをしておく。
――チュッ
サッキュバスなのに恥じらう表情が愛おしい。彼女の耳に聞こえるように、ワザと小さな音を立てて口づけてから、お互いを抱き合う腕に若干の力が込もる。
キスした彼女の首筋に唾液跡が残っているのを確認してから、今度はその部分へ強めに牙を当て彼女の頸動脈まで貫き通す。
「ゥウッ」
シンディが小さな声で喘ぐ。
オレは彼女の中に入った牙が動かないよう注意しながら、そこから心臓の鼓動に合わせて湧き出して来るシンディの血を飲み干していく。
魔力を多く含んだシンディの血液がオレの牙から身体の中へ入って来るのが舌に伝わる体温の熱さで感じる。
彼女の血はとても魔力が濃くてオレ好みの味だから、ずっとこうしていたい所だが今はそうも言ってられない。
「うわっと!!」
シンディの血をゆっくりと味わいながら飲み続けていたので気付かなかったが、目を開けるとオレの顔の真ん前にフェイリンの顔のドアップがあった。
そう言えば、この部屋まで案内して貰ってから彼女が出ていく姿を見てないから、ここに残っていても不思議はない。
久しぶりにシンディの血が飲めると思い周囲に対する警戒を怠っていたので、今後は気を付けないといけない。
「もう終わりなのかや?」
「ああ、ありがとう。とても美味しくて可愛かったよ」
シンディに貰った魔力のおかげでドロシーが呼べる。直ぐにでも幻血召喚をすべく集中していると、フェイリンの身体がオレに触れるほどの距離まで近づいて来た。
「どうかしたのか?」
「マイロードさま、どうか私めにも御身の血を分けて頂きたいアル」
もう殭屍という不死者になっているフェイリンだが、彼女を不死者にしたのは父であるバ=ロッティ本人だ。
彼が吸血鬼になったのはオレの血を与えて配下にしたからなので、フェイリンもオレの配下である事には変わりないが、もしオレがフェイリンを吸血すればバ=ロッティの支配下から抜けてオレ直属の配下となってしまう。
「バ=ロッティに承諾を貰ってからにしろ」
「とと様からのご許可は頂いてるアル」
だが、うちにはお前のようにオレの血を待ってる者たちがいっぱい居るから、そいつらの順番を飛び越してまで出会ってばかりの彼女を直属の配下とする理由がオレには無い。
「それでも、お前にはまだ早い」
「お情けを頂く為には、それ相応の働きが必要だと言う事アルか?」
「そう思ってくれても良い」
オレは先ほど中断した幻血召喚に精神を集中させてドロシーを呼び出す。
「ロードはん、お待たせやで! うちが来たからもう何も心配せんでええでー……ん、この娘は誰や? はっ! もしかして新しい嫁か?!」
「はい、ロード様の新しい嫁でフェイリンと申しますアル。以後宜しくお願い致しますアル」
「違うからな、そこ! 勝手にオレの嫁を名乗るんじゃない!!」
カワイイ顔をして全く油断もスキも無いとは、コイツの様なヤツの事を言うんだろう。
アルニード教国の女性は積極的な人が多いとは兵士たちの噂話で聞いてはいたが、それがこんなに可憐そうに見える女性までが肉食系だったとは……オレは恐るべき国を相手に戦っていたんだな。
「では、いつか必ずロード様のご寵愛を得て、ドロシーお姉さまのような立派なお嫁さんになる予定のフェイリンという事で宜しくお願い致しますアル」
「お! ええ子やないか〜w。うちの様な立派な嫁に成りたいとか、アンタ見る目があるでぇ。それならうちに任しとき、アンタもきっとうちみたいな立派な嫁入りさせたるからな〜!」
ドロシーの奴は一体何を言ってるんだ? いつお前がオレの嫁になったと言うのだろうか?
時々コイツの頭は本当に大丈夫なのかとイロイロ考えてしまうが、ドロシーを不死者にする時にオレの血を一気に与え過ぎたのが原因で脳神経が焼き切れてしまったのが原因ならオレの自己責任という事になるが……。
そう言えばこのドロシーにも吸血した苦い思い出があり、もしコイツの脳内で『吸血行為』=『求愛行動』だと記憶されているのだとしたら、それはそれで場合にもよるが丸っきり否定は出来ないのでどうしたものか……。
うーん、やっぱ疲れそうだからフェイリンはここに残して、オレとシンディの二人だけで転送してもらおう。
ナイスミドルの奴には悪いけど、いくら戦闘能力が高くてオレの役に立てて欲しいという彼の願いでも、こんな風にグイグイ来られるのは「好みじゃ無い」と彼には後で伝えておこう。
「やっぱりフェイリンはここに残ってろ。後はオレたちだけで行くから、お前は親父の元でその役割を果たすんだ」
「マイロード様、どうか私めも一緒にお連れ下さいアル、お願いで御座いますアル」
「いや、お前にはこのまま教国で働いて貰う事にする。不満があるならナイスミドルをここへ呼べ」
フェイリンが大声で泣き出すのと同時に、この応接室までバ=ロッティの奴が飛んで来てオレの前で頭を垂れる。
「マ、マイロード様! 私めの娘が何かご迷惑をお掛けした様で誠に申し訳御座いません! この罰はいかようにも承りますが、出来ましたら私にその責任を取らせて頂きたいと思う所存で御座います!!」
「お前の娘は既に不死者となっているのに、何故オレの血を欲しがる? これはお前の差し金なのか?」
このナイスミドルにもやや多めにオレの血を分け与えてあるから、自分の娘をオレに差し出してまで更なる血を求めて来るなら何か理由があるはずだ。
「わ、私の娘をマイロード様の元へ送り出しますのは、偏に当家の全てを貴方様のお役に立てて頂きたいとの思いからで、それ以外の私心は御座いません。ただフェイリンには事ある毎にマイロード様の素晴らしさを語って聞かせましたので、娘が自分の想いを抑えられなかった未熟をどうかお許し下さい」
平身低頭を繰り返すナイスミドルの姿を見て、精神感応によって相手の嘘が見抜けるオレの能力が彼に二心が無い事をオレに知らせて来る。
彼が手塩に掛けて育てた自慢の娘が、オレを目の前にして何時もなら口にしない想いを言葉にしたのは何故なのだろう?
「それとフェイリンは私めが吸血したのでは御座いません。娘は当家に伝わる宝具の魔術によって自ら不死身へと至ったオリジナルの殭屍で御座います。ただ、その儀式には私の血、いわゆる『マイロード様の不死因子』を少しだけ使用させて頂きましたので、もしかしたらその因子が真祖であるロード様の血を求めたのやも知れません」
自身と同じDNAを持つ相手に対してより親近感を抱き易いという現象の事か、それともフェイリンの体内にあるオレの不死因子による回帰願望だったとでも言うのだろうか?
ナイスミドルの話ではフェイリンは普段は物静かで口数も少なく、愛想も良くて格闘能力が高い自慢の娘だと言うが、もし先ほどのようにグイグイとアピールして攻めて来るので無ければ、この場はナイスミドルの希望を飲んでフェイリンを連れて行っても良いと考える様になったのは、彼が交渉人として優秀だったからなのだろう。
「嫁では無く、あくまで一兵卒としてなら一緒に連れて行ってやるが、それでも良いか?」
「フェイリン、今度はちゃんとお仕えするんだぞ!」
「はい! ありがとう御座いますアル、とと様、マイロードさま!」
これから向かうエルフ村の状況が心配だったのでこれ以上細かい事は口にせず、この新しい仲魔を連れてリンたちの元へ向かう事となったが、ナイスミドルからはフェイリンを戦闘以外の時にはなるべく泣かせないようにと頼まれた。
フェイリンは少し泣き虫で普通の娘さんなのだが、彼女が泣いて暴れると聖堂騎士団をも壊滅させる程のバーサーカーとなるのがその理由らしい。
以前にも彼女の身体が目当てで近寄ってきた者たちが居て返り討ちにした事があり、その後でもっと大勢の正体不明の剣士たちが寄ってたかって彼女を襲ったが、その者たちも全て殲滅させた過去を持っていた。
相手の男たちが使用していた剣技がどう考えても聖堂騎士か、それに連なる者だとしか考えられなかったが教会からは一切関係無いと断言され、それ以降はユーディス侯爵家の者全員が教会のミサにすら参加していないのだとか。
だがナイスミドルよ、いくら自分の娘が可愛いからと言っても、その爆弾娘をオレに預けようとするのは、ちょっとどうかと思うんだ……。




