第45話 教国の不死者
リンとディアーネの二人と別れたオレとシンディは、アルニード教国の主都ソルバルの上空に居た。
主都ではエルフ村へ向けて新たな剣忠軍を派兵していると言うのに、これと言って平時と特に変わったところは特に見当たらず、平穏な街並みがいつもと変わらない日常を営んでいた。
この街の様子から推測すると、この国の人間たちにとって亜人種の奴隷狩りなどは決して珍しくも無い日常の一コマだと言う事が判る。
「主殿がここへ参った用事とは何ぞや?」
「ああ、そう言えば、まだ教えていなかったな」
この教国には以前の戦いの時に何人もの兵士や騎士を配下にしておいたのだが、その中でも貴族として高い爵位を持っていたナイスミドルの元を尋ねて、今回の遠征の真の目的を聞き出す為にここまで来たのだとシンディに説明する。
確かヤツは領地持ちの侯爵だったと聞いているが、今はこの主都にある屋敷に滞在してるのが判っており、ある程度まで近寄れば更に正確な位置などについても自然に感知できるから、後は適当に歩いていればいずれ辿り着けるだろう。
オレとシンディは人目につきにくい街の路地裏へ一旦降りてから大通りを徒歩で進む。
ここは主都でも中心地に近く、高位貴族たちの館が並んでいるから怪しい格好をしていれば街の衛士に職務質問をされると考え、二人とも服装は下級貴族のものに着替えてある。
ショコラのアドバイスを元に、オレはいつもより装飾が多目に施された黒いコート姿で、シンディは彼女の髪に近いヴァイオレットのドレスを纏っている。
魔法を得意とする魔族の彼女は、本来であれば魔力を行使する際に出る身体の熱を発散させる為、肌の露出が多い服装を好んでいるようだが、いつもと違うイメージの彼女も新鮮味があって良いな。
二人揃ってこの出で立ちなら、寄り子が寄り親である貴族の屋敷へ出向いて来たと言えば信じて貰えるだろう。
ショコラから大まかな方向と距離を聞き、シンディの手を取り貴族らしくゆっくりと歩いて行く。
「こうして主殿にエスコートして貰えるとは、まるでデートみたいじゃな?」
もしオレたち二人が人間のカップルだったら、ここらで美味い紅茶を出す店にでも寄って愛を語らうのだろうが、吸血鬼とサッキュバスのカップルがその辺にある店へ入ったとしても、オレたちが本当に口にしたいと思うメニューは置いてない。
街を行く人々がシンディの姿を見る度に振り返り「あのご婦人は何処の貴族家の方か?」と仕切りに小声で囁き合っているが、さすがに天下の大通りのド真ん中で、不躾に声を掛けて来るような考え無しの者は居なかったようだ。
こうしてシンディと二人で手を繋いで歩いていると、幸せな時間と言うものは本当に短く感じるものでもう少し先かな? と思っていたナイスミドルの屋敷が直ぐそこに見えて来た。
オレたちの服装が下位貴族の装いに見える様にしていたおかげで、先触れの従者が前を歩いてなくても特に怪しむ者は居ない。
屋敷の門が侯爵家の物にしては少々立派な造りだった所を見ると、この貴族家は由緒正しい古くから続く名門家の一つだと言う事が伺い知れる。
「ようこそお越し下さいましたマイロード様、当家の主が貴方様のご到着をお待ちしております。このまま真っ直ぐ正面玄関へとお進み下さい、案内はこちらの方がご一緒させて頂きます」
「お初にお目に掛りますマイロード様。私は当家の長女でフェイリンと申しますが、どうかフェイと呼んで欲しいアル」
黒髪のストレートが腰にまで届きそうなロングヘアと、不死者特有の紅い瞳が目を引き付けられる妙齢の美女に先導されて屋敷の中を進んで行く。彼女が纏う衣装は元の世界で言うチャイナドレスのようなワンピース形のデザインで、白地に金糸で刺繍が施されてた高級感と深いスリットから覗く白い太ももが眩しく目に映る。
”のような”と表現したのはデザインとしてチャイナドレスを踏襲してはいるが、それは元の世界で見たものと比べてかなりセクシーなデザインで胴体の横側が縦に大きくカットアウトされており、革紐で交互にクロスして布地を結んではいるが、脇腹から骨盤までの流れるような女性らしいラインが目を引く大人の装いとなっている。
またサイドの紐の間から見える黒いブラと紐パンの一部も見えたままになってるけど、本人がそれを全く気にした様子が無いのは元の世界にあった『見せパン』というものなのだろうか?
それに肩から先がノースリーブになっていて日焼けしてない白い腕を振りながらハイヒールを履いた長い足が動く度に、左右に揺れるドレスからコンニチハするキュートなお尻の形に、つい目が行ってしまう。
――コンコン!
「とと様はこの部屋アル」
玄関を入って少し長い廊下を進んで行くと、応接室の前でフェイリンがノックをしてから室内へと案内してくれる。中に入ってみると、そこには既にナイスミドル吸血鬼が起立姿勢のままオレたちの到着を待っていたようだった。
「マイロード様、お久しぶりで御座います。先ずはこちらへお掛け下さい」
こうしてナイスミドルから上座に当たる、奥側の席を勧められて、シンディと隣同士でソファーに座る。
今回の遠征軍による目的と軍団規模、それと聖堂騎士団についてはナイスミドルから先に説明を受ける事が出来たが、その内容はオレがここへ到着するまでの間に予想をしていたものと、ほぼ同じ内容だった。
やはり今回の遠征についてもエルフ村を制圧してから更に奥地にあるエルフたちの街を占領し、その後に魔族領を侵略する為の橋頭堡を確保するのが主な目的で合っていたようだ。
それと行方不明になったままのリンたち勇者パーティの捜索についても今回の遠征任務に含まれており、特に勇者と聖女の生死については必ず確認し教会本部まで報告するよう命令が出されていた。
今回の遠征に派遣された軍団規模は聖堂騎士団ニ千人と教会関係者の約五千を加えた七千人の他、貴族たちからも三千人ほどの兵士が供出されているが、それ以外に冒険者ギルドと傭兵ギルドにも出兵依頼を出しておりこちらの人数については把握が出来ていないと言う事だった。
(ざっと見て一万一千人から二千人といったところか?)
最期にナイスミドル吸血鬼の名前がバ=ロッティ侯爵だと知った事と、この屋敷に居る者たち全員が彼の手によって既に不死者になっている事を聞いた。
そう言えば先ほどこの部屋まで案内して貰った彼の娘さんも人外の雰囲気を纏っていたから、多分そうじゃないかと思っていた。
ただ、この教国では死鬼の事を殭屍と呼ぶらしい。
「私めは戦闘技能に関するセンスに恵まれていませんので、マイロード様の元で戦っても大したお役には立てません。
その代わりと言っては何ですが当家には戦いの才能に恵まれた娘たちが揃っておりますので、これから戦地へと赴かれるのでしたら、是非このフェイリンをお連れ下さい」
このナイスミドルの娘ならアルニード教国の軍事にも詳しく、相手の軍旗を見ればそれがどの組織に属する部隊なのか助言が貰えるらしいので何かの役には立ってくれそうだ。
それと自分の身は自分で守れるくらいの武術は身につけているとも聞いているが、この申し出には一つだけ問題が一つだけあった。
殭屍では死鬼と同じく空が飛べない。
有翼人種のように元から飛行能力を持っている者で無ければ、死鬼クラスの不死者では飛行能力が発現する事は無い。
これは元から飛行能力を持っていない種族の脳構造によるもので、吸血鬼など高位の不死者となる事によって脳の処理能力がアップグレードされて三次元方向への立体認識能力を始め、飛行に必要な様々な情報を脳が自然に感覚として処理出来るようになり、その段階で初めて飛行に関する能力が手に入る。
だから翼さえ生えていれば空が飛べる訳では無く、脳が進化する事によって飛行制御する機能を持つと言うのが正しい認識だ。
不死者ゆえに肉体限界を遥かに超えた力を持ち、この国の魔術士である『道士』と呼ばれるほどの魔力を有しているフェイリンらしいのだが、彼女に確認したところ飛行能力までは有していなかった。
「もしかしてナイスミドルの配下の者は、みんな飛べないのか?」
この国の者たちは不死者になると屍鬼や死鬼ではなく、何故か殭屍になる呪いでも受けている様で、もしかしたらご先祖様から受け継いだDNAの影響かこの国の風土に何か理由が隠されているのかも知れない。
ナイスミドルがオレの血で吸血鬼となったのは、彼が別の国からこの貴族家へと入婿としてやって来たのが原因で、この土地が持つ呪の影響を受けずに育ったからだろう。
ナイスミドルには、この国と教会が次に派兵する計画の有無と今後も内密に不死者を増やしておくように命じておく。まだまだ話を続けたそうなナイスミドルだったが、フーカたちの居るエルフ村に大軍が迫っている今の状況では、いつまでもここに留ってる訳にはいかない。
「それじゃドロシーを召喚して皆でエルフ村へ向かうとするか。バ=ロッティ、開いてる部屋を一つ貸してくれ」
幻血召喚には多くの血と魔力を必要とするから、魔力を持つ誰かに血を貰って術式を発動させればオレの負担を減らす事ができるが、吸血鬼にとって食欲と性欲が合わさったような欲求である行為を第三者が見てる前で行うなんて普通はしない。
この幻血召喚は最悪自分自身の血を消費してセルフ召喚と言う手もあるが、出来ればそれは最期の手段として残しておきたい。
オレは再びフェイリンに案内されて、応接室から更に奥まった場所にあるゲストルームへシンディを伴って歩いて行った。




