第43話 フーカの覚悟
SIDE:エルフの勇者フーカ
つい先日にシルデビ様が人間たちの軍隊を村から追い払ってくれて、まだ二ヶ月くらいしか経っていないのに今度はもっと多くの軍隊を組織して私たちの村を襲いにやって来た。
今はまだ魔の森の入口付近で野営をしているとアルフィリオ隊長たちから聞いたけど、今度は敵の数が多すぎて村の防衛は絶望視されてる。村のみんなはここを放棄して、ここからもっと奥地にあるエルフの街へと避難し始めている。
戦える者は最期までここに残って避難する者たちの為に、少しでも時間を稼ごうと皆で話し合ってそう決めた。もちろん私は残留組。これでも風の勇者だし、それなりの力を持ってると思われてるから仕方が無いのは理解してるつもり……。
あの日、この異世界がゲームの中じゃ無いと知った時から、今までみたいに自分の生命を掛けて敵と刃を交えるのが急に怖くなってポンコツ勇者になってしまったのは自覚してる。いくらこの身体にエルフ族では最高峰の身体能力と魔力が宿ってると言われても、やっぱり怖いものは怖い。
今この村では約200名くらいのエルフが臨戦態勢を取っているんだけど、このエルフ戦士たちをアルフィリオ隊長とクリディオ副長の二人が半分ずつ率いてくれてるから、私は風の勇者と言ってもお飾りの状態でそれほどやる事は無いのが現状なのよね。
つい先ほどアルフィリオ隊長たちが村に戻って来て、いよいよ敵軍がこの村を目指して移動を開始したと聞き足が少し震えているのはナイショ。
村人たちの避難状況としては、もう少しで最後の避難者グループが村から出発するので私は何名かの戦士たちと一緒に行動して彼らを護衛する任務を与えられている。
(また勇者の私が逃げ出すことになったけど、これで本当にいいのかな……)
ほんの数日前も『風の勇者』としてエルフの戦士たちを率いて人間の勇者たちと戦った事があるけど、いざ戦ってみると手も足も出なくて結局は命からがら逃げ帰るしか出来かった。
(あの人間の勇者も私と同じ他の世界の者だと思う。だって強すぎるもの……)
だから、あの時戦った人間の勇者と聖女が村までやって来た時は敵襲だと思って村の戦士たちに緊張が走ったんだけど、アルフィリオ隊長とクリディオ副長が今はこの方たちも味方だと証言してくれたから、みんなもそれを受け入れる事にしたみたい。
「ボクの名はリンよろしくね、それとこっちはディアーネだよ」
「私がディアーネです、リン共々宜しくお願いします」
この彼女たちも、今ではシルデビ様のファミリアに所属してるから安心して欲しいってアルフィリオ隊長に言われたけど、実際に刃を交えて戦った事がある私としては素直にその事実を受け入れられない。
(これって罠じゃないよね?)
アルフィリオ隊長たちが彼女たちと知り合いだったのは、この二人もシルデビ様に生命を救われて同じファミリアに入って来たからみたいだけど、今はそれ以外詳しく聞けない雰囲気だった。
もう一人の隊長であるクリディオ副長が言うには、シルデビ様のファミリアはまだ出来たばかりでメンバーの人数は少ないらしいんだけど、彼の仲間たちは全員が一騎当千どころかメンバーのうち誰か一人でも敵対するとしたら、この村に居るエルフ全員どころか本国の騎士団でも勝てないくらいの強者が揃ってると聞いてる。
(いくら何でも、本国にいる騎士団全員でも勝てないってことは……ないよね?)
この村どころか本国の騎士団に所属していてもおかしくない実力を持つアルフィリオ隊長たちだけど、シルデビ様のファミリアだと下から数えた方が早いくらいの実力なんだって……信じられないよね?
そのファミリアでもシルデビ様を除けばトップクラスのお二人が来てくれたから、この後はもう何も心配しなくて良いとアルフィリオ隊長たちが皆に言ってる。
でも敵兵は一万人以上も居るし、その中には精鋭の聖堂騎士団も含まれているそうだから、やっぱ厳しいと思うんだけど、みんなの士気を上げる為にそう言ってるのなら私も納得がいく。
私たちの村には凡そ500人ほどのエルフが住んで居て、その中で戦士と呼ばれる者は大体200名くらい居る。なので残りの300人弱が避難民となり、今から最終グループである50名ほどが村から出発するから私もこの人達と一緒について行って護衛任務に当たる。
「アルフィリオ隊長! 最初に出発した避難民たちが敵に襲われている !今すぐ救援部隊を出してくれ!!」
村まで駆け足で戻って来たのは避難民に同行していた戦士たちの一人で、今はクリディオ副長の部下をしてる人だった。
「敵の数と兵種は判るか?」
「数は100人ほどだが全員がアサシン系の者だと思う。森の中なのに俺たちと同じくらいすばしっこくて居所が掴めず、防衛網の隙を突かれて避難民たちが直接襲われている!」
私たちエルフは全員が子供の頃からレンジャーとしての訓練を受けているから、例え戦士ではなくてもそれなりには戦えるし身体も動く。
でも中にはまだ幼い子供たちが居るから、人間の兵士でも中には森で行動するのにに慣れてる連中も居るから、まだ戦士ではない子供たちをピンポイントで狙われたらかなり危ない。
それに護衛のクリディオ副長たちが村まで応援要請をしに来るって事は、もうかなりの村人たちが攫われてしまったか殺されてしまうほどの敵がすぐ其処までやって来てるという事だと思う。
「ボクとディアに任せて!」
「わ、私も一緒に行く!!」
リンさんとディアーネさんの二人が先ほど戻って来たエルフの戦士に道案内をさせて村を出て行くのを見た時、何故か私も彼女たちの後を追わないといけないと思い気が付けば身体は駆け出していた。
村の裏手からは特に深い森になっており、昼間でも暗いからエルフでもなければ視界が利かないはずなのに、あの二人は道案内するエルフ戦士の後をピッタリと追従して障害物だらけの森の中を駆け抜けてゆく。
でも足の速さなら私も負けてないよ。
走ってる途中で、背嚢に荷物をいっぱい背負った避難民たちが見えてきたけど、まだこの辺りは敵の襲撃を受けておらず避難民たちと一緒に護衛の戦士も歩いていたけど、緊急事態を知らされた私たちが目指すのはもっとずっと先の方で、そこではクリディオ副長と戦士団のみんなが今も敵と戦っているはずなんだ。
避難ルートは判っているから私たちはひたすら先を急ぐけど、まだこの耳に戦闘する音は聞こえて来ない。私は焦る思いを胸に「きっと大丈夫だから!」と根拠の無い言葉を自分に言い聞かせながら、勇者スキルを使って走る速度を更に早める。
「リンさん、ディアさん、みんなに追い風の精霊魔法を掛けて走る速度をアップするよ!」
走りながら短い詠唱を終えると、リンさんたち二人と私の周りに風の精霊たちが集まってきて気圧に変化が起こり始める。私の後方3メートルくらいの場所で一定距離を保ちながら強烈な風圧を発生させて背後からもの凄い勢いの追い風を作り出す。
風は常に森の樹々を避けて背中を押してくれるから、この流れに身を任せて走っていれば余程複雑に入り組んでいない限り何かにぶち当たったりはしない。平地で障害物が無ければ百メートルを五秒フラットくらいのスピードで走れる自信が私にはある。ただ森の中だと三秒くらいのロスが出るけど、それでも時速に直せば四十キロ以上にはなる計算だ。
それでもいくら早く走れたとしても今も何処かで仲間の犠牲者が出てる状況だと思うと、どうしても心が焦ってしまう。
「フーカさん落ち着いて。村のみんなはまだ大丈夫、ボクたちはきっと間に合うよ」
「この先で今もクリディオが皆を守っていますから、きっと間に合いますわ」
この森での戦闘経験を持っていないはずの二人が、何故かこの先の戦況を知っているかのように落ち着いているのを見て私自身も焦ってはいけないと思った。
「ディア、いつものアレお願い!」
「はい、アンチマテリアルシールド展開します!」
風のうねりが発生する事によって私たちが走る少し前方に、砲弾型の透明なシールドが張られた事を知る。これなら木の枝などの障害物をシールドが防いでくれるから私達は何も気にせず走る事だけに集中出来る。そのまま速度を落とさず突き進む私達だけど、ある時、不意に敵の放った矢が風を切る音を聞いた。
――シュッ!!
不意に放たれた敵の矢は確かに私達の誰かを狙って飛来したはずなんだけど、ディアーネさんのシールドが前方のみならず側面にも展開されており敵の矢はそれに阻まれて私たちのところまで届いて来なかった。
「いた!アイツだ!!」
敵影を見つけたリンさんが一気に加速して私達の列から離れたと思えば、樹木の後ろに隠れていた敵アーチャーを蹴り飛ばす。
「周りにあと五人居るわ! リン、気を抜かないで!」
「判ってるよ、ディア。コイツらはボクに任せて!」
薄暗い森の中から現れた黒装束の男たちがリンさん目掛けて素早く襲い掛かる。先ほど自分たちの仲間が瞬殺されたのを見て、敵はリンさんを最大の驚異と考えたのか全員でその排除をする判断をしたみたい。
暗殺用の黒く塗られた刃が次々とリンさん一人に向かって殺到する。
「耐物理結界、最小面積にて急展開!数五!」
ディアさんが唱える防御呪文を聞いていると、普通ならリンさんが攻撃役でディアーネさんが防御&補助役だと思うよね?
「「うわっ!」」「「ぎゃぁっ!」」「ぐぁっ!」
大きさが一メートルくらいある八角形の光り輝くシールドが次々と現れて、敵兵の攻撃からリンさんを守った……と、思った瞬間、そのシールドがエッジ方向を敵に向けて急速回転を始める。すると次の瞬間、次々と敵たちの身体を切り裂いて薄暗い緑の森の中に真っ赤な鮮血の花弁を次々と咲かせて行く。
「実は、ディアってボクより強いからね……」
五つの光り輝くるシールドが今度は二つずつ分離して合計十枚となり、次の敵影を探す間はディアーネさんの周囲をくるくる回り防御シールドに戻っている。
(いいなぁー、あれ。私にも使えないかな?)
「リン様、ディアーネ様、ご助力に感謝致します!」
ディアーネさんの周囲で光輝くシールドを頼りに、クリディオ副長たちが近くまでやって来た。
「こちらも十名ほど倒しましたが敵は今もまだエルフの避難民を狙っています。敵兵の隠形スキルが少しやっかいで手こずっているのですが何か良い手はありませんか?」
風の精霊魔法なら、周囲に潜む敵を見分けて探知出来るかも知れないと思い精神を集中させる。
精霊魔法に明確な呪文などは存在しないので、魔力を元にそれをどのような力へと変換させるのかを脳内でイメージ化して自分に力を貸してくれる精霊へその意思を伝える。
すると私たちの周囲に存在する空気が時計方向に回り始めて、それが段々と大きな渦となり人や樹木等の障害物を横切る時に空気の抵抗が生じて気流の乱れが発生する。
この時に実体がある人や物の周りで空気の流れが阻害されるのは当たり前なんだけど、少し離れた場所で”何も無いはずの場所”なのに気流の乱れがあって、この不自然な風の流れは、そこには目に見えないけど、何かの実体が存在すると私に教えてくれる。
私は手に持っていた弓に矢を番えて、その気流が乱れる場所を狙って射ってみれば「ギャッ!」と言う声が聞こえる。そこでは黒尽くめの男の首に矢が刺さっており、その場でのたうち回っていたがすぐに動かなくなった。
「さすがフーカ様、風の精霊魔法で敵の位置がお判りになるのですね?」
クリディオ副長はエルフ村では五本の指に入ると言われている戦士なんだけど、他のみんなと一緒で風の勇者である私にはいつもこうして優しく声を掛けてくれる。そして前回の戦いの時には私一人を逃がす為に二百騎の敵兵に立ち向かってくれた英雄みたいな人だ。そしてあの時、死にかけていた彼をシルデビ様が救ってくれてその縁で彼のファミリアに所属する事になったと聞いてる。
「二人、三人、四人……」
敵が目に前で私に殺意を向けるので無ければ、殺される恐怖を忘れて攻撃に集中する事が出来る。
ディアーネさんが私の近くまで来てくれてあの光るシールドで守ってくれているから、ひたすら弓に風の魔力を乗せて敵兵を狙い続けた。私が狙撃してる間もクリディオ副長率いるエルフ戦士団の者たちと、リンさんが森の中に潜む黒尽くめの敵兵たちを次々と倒して行く。
しばらくして相手からの反撃が無くなった事で、敵の暗殺兵たちがこの辺りから撤退したと考えた。
「リン、次は急いで村へ戻らないといけないわ」
「そうだね。でもこれって明らかに村の防衛戦力をこっちに割かせるための作戦だよね。非常事態だから空から戻ろう。ボクたちは先に戻ってるから後はヨロシクね!」
お二人の背中から漆黒の天使の翼が出現し、それが大きく羽ばたいて一瞬で上空まで飛翔して行く。彼女たちが空中でエルフ村の方向へ向かって大きな翼を羽ばたかせると、一気に加速して見る見るうちにその姿が小さくなって行く。
普通の勇者とか聖女なら純白の天使のような翼をイメージしていた私だけど、お二人が持つ漆黒で艶のある堕天使の翼は一度目にすればなかなかそれから目が離せない不思議な魔力を纏っていて、二人が見えなくなるまで眺めていた。




