第42話 それは出遭ってはいけない何か
SIDE:モブ傭兵の一人
部隊長から俺たち傭兵部隊への命令では、これから魔の森へ進軍するに当たり見通しの利かない森の中へと入って行く必要があり、それで俺たちの他にいくつかの傭兵団が斥候役として先行しろと言う話だった。
まぁそれなりの前金は貰ってるし魔物が出る森の中という事だから、戦争が無い時は冒険者をやってる俺たちの方が普通の兵士たちより慣れてるっちゃぁ慣れてるから判断は間違っちゃいねぇな。
俺は仲間たちの所へ戻ると一言だけ「仕事だ」と伝えてから、現在は休息のため進軍を停止している本隊から離れて同じ傭兵団の仲間たちと共に魔の森の中へと足を踏み入れた。
この深い森の中は昼間でも薄暗くて見通しが悪く、もしこんな場所で敵から奇襲でも受けてしまったら寄せ集めばかりでロクに訓練もしていない本隊の兵士なら、かなりの損害が出てしまうだろうな。
(ま、そうさせない為に俺たちが居る訳だが……)
森の中へ深く分け入り半時ぐらい経った頃、5体のスケルトンが彷徨っているのを発見したのでこれを撃滅する。
俺と盾持ちのアーディが先行して、その後ろから神官のアリアと彼女を護衛する教会騎士が二人に弓士も一人ついて来る。他の傭兵仲間たちは俺たちの周囲に散らばって、お互いに確認が出来る距離を保ちながら着いて来る。
俺とアーディの二人が前へ進んで骨野郎と闘っているうちに、神官アリアの浄化魔法で一発だったからラクショーだった。
この程度の相手なら俺たち以外の小隊にも、神官か魔術士のどちらか一人は冒険者ギルドから配属されているから心配する必要は無いだろう。
あれから4組のスケルトンを倒した段階で、既に当初の探索予定の範囲より深く侵入してしまった俺たちだが、ここで敵の動きが怪しい事に気づく。
だってそうだろう、出現するスケルトンが何故か毎回必ず5体一組で動いてると言うのも気になるが、一組を倒してからその先へ進めばまた次の一組が待ってるなんて明らかにおかしい。
だから俺たちは近くに敵の死霊術士が居ると考えたんだが、自然との調和を何より大切にするエルフどもが、そんな死者の骸にムチを打つようなマネをするのか?
もしかするとエルフどもに協力する魔族が居る可能性もあるが、根拠のない憶測だけでは判断する事ができない。
索敵を始めてからまだ何の収穫も無いが、敵や魔物の痕跡を求めて深い森の中をひたすらに進む。
エルフどもは別名『森の人』と呼ばれているくらいだから、この暗くて見通しが悪い森の中での戦闘が得意だとは思うが、こちらは普通の人族なので奴らほど視力が良い訳では無いから注意が必要だ。
一説によれば、樹木の精霊たちと心を通わせて周りの木々から情報を得ていると言われているが、もしそれが事実なら俺たちの位置とか小隊の構成なんかも既にバレてると考えておいた方が良いな。
それでエルフどもの集落だが、たかだか数百人規模の小さな村だと聞いているから戦闘が出来る者はそれほど多くなさそうで、村の場所さえ見つける事ができれば勝ったようなものだ。
「ぐあっ!」
「ど、どうした!?」
最初に狙われたのはギルドから紹介された弓士の男で、彼が身につけた軽装鎧の首を狙って一撃必殺の矢が貫通したのが見えた。
「密集隊形だ! 神官を守れ!」
地面に倒れている弓士に対し治癒魔法の行使を試みている神官のアリアだが、誰が見てもその行為が既に手遅れである事は判り切っているのに、それでも決して諦めようとしないのは彼女の経験不足なのか、それとも神に使える者として、目の前の者をとにかく救わなければならないと言った使命感によるものなのか判断が難しい。
だが彼女が治癒魔術を使うために足を止めた事が原因で、俺たちの小隊には全滅の危機が迫っている。いつまでもここに留まり続ける事で敵の標的となる愚を避けなくてはならない。
「神官、そいつはもうダメだ。ここを早く離れないと俺たちも同じ運命を辿る事になるぞ!」
「でも……」
この一分一秒が生死を分ける瞬間なのに躊躇っている時間は無い。今この死地では、判断が遅れたヤツから順番にあの世行きの切符が配られているのだからな。
俺は強引に神官の手を引いて大きな樹木の根元まで来ると、そこを背中に庇うようにアーディたちと一緒に背中の盾を構えて僅かばかりの安全地帯を作る。
「敵は何人だ?」
「多分三人くらいだと思うが良く判らない」
「アンチマジックシールドを展開します!」
エルフたちの驚異は弓だけでは無い。
森の中で認識阻害の魔術を使いながら移動しつつ、敵が見える場所まで近寄ると今度は静かに精霊呪文を唱えてこちらの認識を阻害するのだ。
なので最初にこちらの弓士を倒されたのは痛恨の思いだが、まだ神官が生き残っている状況であれば、ここで防御を固めつて敵の位置さえ掴めれば、まだ形勢逆転のチャンスはある。
敵であるエルフどもが中距離戦を仕掛けて来るのは俺たち人間より腕力が劣っている事を自覚しているからで、敵の位置さえ判れば神官の守りにはアーディ一人だけ残して、オレと教会騎士二人で突撃すれば最低でも一人は倒せるはずだ。
ただし相手が男なら殺してしまっても構わないが、女なら奴隷としての商品価値があるから出来れば無傷で捕らえたい。でもそれが難しいんだよな。
――カツンッ!
アーディが構えた盾によって敵の矢が弾かれた音がする。その軌道から矢を放った射手の居る方向くらいは判るが、今からそこへ突撃しても相手は既に移動しているからその姿を捉える事は難しい。
だが仮に敵が右利きで弓を左手に持っていると仮定すると、精神的に武器を持つ左側を俺たちの方へ向けて歩いてると考えるのが普通だ。だから俺はアーディたちに神官の守りを任せて矢の飛来して来た方向から、左側方角に向い極力足音を響かせないように移動を開始する。
認識阻害の魔術なら神官が俺たち全員に掛けてくれているが、これだけ素早く移動すればどうしても消せない音が出てしまうから効力は弱まる。
それでも極力音が小さくなる様に可能な限り早く進む歩行方法は、本来ならスカウト職が得意とするスキルだが、オレたち傭兵は生き残りに必要なスキルだけは日頃から貪欲に身に付けるよう訓練を重ねているから、普通の兵士より出来る仕事の幅は当然広い。
「ほう、人間の中にも森での戦いに慣れた者が居るのだな、それでこそマイロード様の臣下に相応しい」
「お前は何を言ってるんだ?」
そいつの見た目は間違いなくエルフなんだが、俺のカンがそんな生易しい相手ではないと警鐘をガンガン打ち鳴らす。こいつはヤバイ!
オレより高い身長なのにほっそりと引き締まった体格、それに一般的なエルフとは違い黒く染められた革鎧の上から漆黒のコートを纏い、左手にはエルフィンボウと呼ばれる複合素材で出来た弓を持ちながら腰にはショートソードを帯いてた。
それだけを見ればやはりエルフにしか見えないが、あの不健康そうな青白い肌と紅く輝く瞳はそいつがエルフとは違うもっとヤバイ魔族だと物語っている。
(エルフの魔族なんて聞いたことは無いが・・・)
俺は咄嗟に地面へ転がる事で何かを避ける事には成功したようだが、転がりながら見えたのは別の暗闇から撃ち込まれた数本の矢が地面に突き立った所。一瞬だけ空気を切り裂く小さな音を聞いた気がしたので咄嗟に身体が動いた。
いくら見通しが利かない状況だとしても、何かを感じた瞬間に身体を動かせないヤツはそこで終わる。
今気づいたが俺の後に続いて突撃した数人は皆倒れており立ってるのは俺だけになっていた。今ここで数秒か数分の生命を生き長らえたのだがそれを喜んでる暇などない。俺はすぐに起き上がると、後ろを振り返らずにアーディたちが居たはずの方向へ向かって全力でダッシュした。
(アレはダメだ、きっと闘ってはいけない何かだ。早くここを離れないとオレたちは全滅する)
そう言えば今回の遠征の切欠けとなった前回の遠征作戦について、街の酒場で飲んでた時に別の奴から聞いた話を思い出す。
前回の軍団規模は今回よりずっと少ない二千人くらいだと聞いていたが、あの時も今と同じ感じで村を攻めていたと聞いてる。確かエルフとの戦力比としては4倍以上で、少数の敵が立て籠もる集落を攻撃していたんだよな。
それでも味方の軍が散々に蹴散らされて帰って来たという事だったが、あの時の俺は酒場でその話を聞いて鼻で笑っていた。
だが、もし俺たちがこれから攻めようとしているエルフの村に、先程の化け物みたいな奴らがウヨウヨ居たらさすがにマズイという事くらいはバカなオレでも判る。
俺は背後から迫り来る死の気配から必死に逃げ回るように、それでも頭の何処かでは差し迫る死の運命からは決して逃げられないと諦め始めていたのかも知れない。
――バンッ!!
その音が響いた瞬間、頭の中が割れそうなほどの傷みと胸の右側から火傷をしたと錯覚するほどの熱さで目眩を覚えた。
それまで水平に見えていた周りの景色が急に横倒しになり、俺を中心に真っ赤な何かが飛び散っているが意識を保てたのはそこまでで、傷みすら感じる前に絶命するとはこういう事かとまるで他人事のような事を考えながら俺の生命は唐突に終わりを告げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「アルフィリオ、こいつで最後か?」
「ああ、そのようだ。味方に被害は出ていないだろうな?」
アルフィリオと呼ばれたエルフの一人が自身の隊長らしき人物へと戦果の確認を行う。
すると森の暗闇の中から他のエルフたちも各々集まって来るが手にした弓を下ろしている事から、今の一射で最後の敵兵を葬りここで戦闘が一区切りとなった。
ここに集まって来たエルフたちの数としては総勢で12名くらい。その全員がエルフでは定番のカーキーグリーンに染められた革鎧とマントを纏っているが、アルフィリオとクリディオと呼ばれた隊長格の二人だけは漆黒の革鎧とオーバーコートが際立ったいる。
「死体を全てここへ集めろ」
アルフィリオがそう命令すると周りのエルフたちが直ぐに動き出し、傭兵や冒険者のなりをした男たちの死体を引き擦って次々に並べられる。
「は、離して下さい!!」
そこにはムダな抵抗をしたせいで顔を殴られたのか、左頬を赤く腫らした若い女性神官が腕を引かれながら連れて来られた。
「わ、私をどうするつもりですか?!」
「お前たちこそ、我らエルフをどうするつもりだったのだ?」
「そ、それは……」
人間たちの軍隊がここへ何しに来たのか知らないはずの無い女性神官が、ここで言葉を詰まらせる。もしそれを言葉にしてしまえば、自分がこれから同じような扱いをされると思い浮かんだからだろう。
「この女は聖属性が扱える貴重な素体になるからマイロード様の判断を仰ぐまで眠らせておけ。それとこれらの死体は屍鬼にして自分たちが元居た部隊まで帰投し、そこで待機潜伏するよう命じておけ」
数名の元傭兵ゾンビたちが、のそのそとした動作で立ち上がり歩き始める。その動きは生前と違って生彩を欠いていたが、それが身体の負傷だとか疲れによるものだと考えれば復隊してもバレる可能性は低そうだ。
これらゾンビ兵の怖いところは良く観察さえすれば感染者として特定するのは難しくないのだが、戦場と言った極限状態が作り出す非日常感の中で、誰もが緊張しており日頃と違った行動をしても普通に見過ごされてしまい、気が付けばもう手遅れな状態になっている事だろう。
こうして先行させた元傭兵たち偵察部隊が戻って来たのだが、その全員が極度の疲労状態となっており救護班の天幕から出てこれない状況だと報告を受けた軍の上層部が、今度は正規軍に所属する斥候部隊を放ち再び付近の捜索が行われたが敵影は確認されなかった。
こうして周囲の安全が確保されたと考え、ここで全軍に前進命令が下された。




