第40話 何故それが判らない
(そろそろ来るぞ)
不死因子と魔素が結合し、彼女の心臓が筋肉のポンプから永続的に回り続ける魔石型モーターへと变化する。
「ドクン!」と一度だけ大きく脈動すれば、それによって生み出された遠心力よって彼女の魔力が循環して不死の細胞が維持されるようになる。
だがこの時点において彼女の生命は不老不死にはなっているが、まだ吸血鬼ではなく死鬼の状態であると言える。
オレの高貴な血を分けてやったから、死肉に貪りつくような飢餓感は抑えられていると思うが、彼女の食事の好みとして今後は生肉の肉料理を好むようになるだろう。
それと、まだオレとの主従契約は行っていないから精神的にも自由な状態だ。
「お前の名を言え」
「私の名前はゲルダといいます、以前にこの街を治めていた太守の娘でした」
「お前の望みを言え」
「望みなどありません、このまま安らかに眠らせて下さい」
ゲルダの体内にはオレの血が混ざっているから、彼女の心が本当に望んでいたモノが安らかな死では無い事を感じていた。
「お前の本当の望みは何だ?」
「本当も何もありません、安らかな死こそが私の願いです」
(なかなかしぶといなコイツ……)
「勇者カイ、いや甲斐祐介という男を知らないか? たった一人でこの街を守れずにおっ死んだ間抜けの事だ」
「…………」
「その間抜けが自分の生命を掛けてまで守りたかったモノが何だったか知らないか?」
「その方は間抜けではありません」
「好きな女も守れず、無駄死にした勇者など笑い話にしかなりはしない。ただの間抜け以外に何と言えばいいんだ?」
「誰が何と言おうと、あの方は私の勇者様で、そして大切な方でもあります。異世界から来られたという事で私の家族からは反対されていましたが、将来を誓い合った私の夫となる方でした」
やっと自分が何を願っているのか判ってきたみたいだな。
「お前の大切な者を殺し、お前の身体を汚した者たちはもうとっくの昔に死に絶えているが、お前の本当の願いは、そいつらの復讐だけで良かったのか?」
「私の……私の本当の望みはもう二度と叶いません。私が敵に捕まったせいで彼は左目を抉られてしまい、私の街の者たちが己可愛さで彼の背中を刺してしまいました。全て私が馬鹿だったのです。もう二度とカイに合わせる顔がありません。ですから私の魂を早く輪廻の輪に戻して下さい」
「大方次に生まれ変わったら一緒になろうなんて誓い合ったのだと思うが、お前たちがこれから先、あと何度生まれ変わろうと二人が出会う事は永久に無いぞ。だって奴の魂は今もこの場所に残ってお前の亡骸を守り続けているんだからな。それとも今度また生まれ変わって次はまた別の男と一緒になるのか? お前と奴が同じダンジョンに存在しながら今まで出会えなかったのは、お前の心に深い悔恨の念があって彼に会いたくないという思いがあったからだと思うぞ。カイ以外の男にボロボロにされた心と身体では奴に申し訳なくて会えないと考えてるお前の心が原因なんだよ。あの間抜けが今も大切にお前の亡骸を後生大事に守り続けているのは、お前を守れなかった事を今も悔やんでいるからだ。二人とも何故そんな簡単な事が判らない?」
女は汚された自分を彼に見せたく無いと思い、男は彼女を守れなかった事を悔いて会わせる顔が無いと考えている。
これでは何千年経とうとも会えないはずだ。
「ゲルダ、いいか良く聞け。お前の身体は全てオレの仲魔の手によって治癒が終わっている、それも生まれたままの状態まで戻っている。その意味が判るな? あとお前の心については『ほぼ』としか言ってやれないが、壊される前の状態にまで戻ってるはずだ。だからあそこに置いてある鎧をよく見て何が見えるか教えてくれ」
「あ、あれはもしかしてカイの鎧? いいえ、そこに居るのはカイ、貴方なのね?」
「アア、げるだズット君ニ会イタカッタ。ズット君ダケヲ待ッテイタ、コンナニ嬉シイ事ハ無イ」
「ええ、カイ、貴方がこれまで過ごして来た時が見えるわ……」
カイのくすんで灰色になった鎧をゲルダが抱きしめ、二人を包んでいた青白い光が黄金色へと輝きを増す。
「ちょっと待ったー! ディアーネ! あの二人とこの部屋の中全体を結界で封じ込めるんだ! 早くしろ!」
二人とも勝手に昇天しようとするんじゃ無い! オレたちのこれまでの苦労を何だと思ってるんだ。
二人が出逢えたのが何千年ぶりかなんてこっちは知らないけど、お前たちはやっと出会えたうちのダンジョンの中ボス候補なんだぞ?
せっかくこうして現世で逢えたんだから、輪廻の輪へ還るのはアンナコトとかソンナコトとか色々と楽しい事をいっぱい経験してからでも良いんじゃないか?
こっちはその合間の時間でいいから、うちのダンジョンでチョコっと働いてくれれば良いだけなんだから。何なら中ボス部屋の裏に二人で暮らせる生活スペースも提供させて貰おうじゃないか。
最初は3LDKくらいでいいだろ? 勿論バス・トイレ完備の良物件だ。あぁ判ってる心配するな、バスにもトイレも温水シャワー付きでカイが元居た世界の生活レベルを再現してあるから、な? それと仕事は完全週休二日制で、九時から十五時まででいいぞ。勿論昼休みは一時間以上取って貰っても構わないし、有給休暇も年間四十日以上やるから気にせず持ってけ! これは君たちの配下となる、あの七体の騎士たちにも適用する、これならどうだ?
でもカイの身体が鎧のままでは色々と楽しむ事が出来ないって? そんな些細な事は心配しなくても良いから。だってうちには魔法と魔術に関してならMADが付くほどの天災研究者が居るからな。
カイの鎧の内側にこびり付いた肉片とか血痕が少しでもあれば、ホムンクルス創生魔術で培った技術を元に、生前と寸分違わぬ義体を用意してやるから自室に戻る時はそっちを使ってくれればいい。
ちなみみにだが、アレも寸分違わぬ出来になると思うぞ? あぁ勿論サイズに関しては後日相談には乗るからな。判ってるってカイ、その事はゲルダには内緒にしておくよ。
こうしてお互いが出会えた事で、カイとゲルダの二人がこの場所に縛られる事が無くなり、うちのダンジョンで働いて貰える話がまとまった。
また二人の他にも最初のボス部屋に居た七人の騎士たちと、ここに居る元冒険者たち五体も含めると一気に十四体ものアンデッドがうちの戦力となったが……。
「ショコラちょっと出て来てくれ、あそこにある半壊したコアを直す事は出来ないか?」
《マスター、このコアは機能の約七十パーセントを失っていますがまだ完全に死んではいません。ダンジョン・ポイントに糸目を付けなければ、この状態でも修復は可能だと思われます》
実はさっきカイと話していて思った事がある。
この塔がダンジョンになったのは今から約千年前だと言うのに、階層が30フロアしか無いのはその年月に対して少なすぎるのではないかと。
それにこの都市全体がダンジョンと化してから、地上の人間たちが次々と生命を落としていったと聞いたんだけど、それでも以前は三万人以上もの人々が住んでいたらしい。
ダンジョン化したこの街の中で、人間たちの生命がカイの呪いによって次々と奪われて行ったんだとすれば、それって全てダンジョン・ポイントに換算されているはずだよな?
だからこのままダンジョンを廃棄するのは少し勿体ないと思い、あのコアを直してからショコラの下位権限を与えてやれば、これまで貯まっていたダンジョンポイントでここの整備費用の他に、シルヴァニア城の地下にカイたちの居住スペースを増築出来ると考えた。
それとこのダンジョンの付近にはエサとなる人間たちの街が一つも無くなってるから、新たに冒険者を呼び込む事は難しいが、コアの機能さえ回復すれば基本ポイントは貯まっていくから、カイとゲルダの生活費の足しにはなるだろう。
あと二人がうちの城まで通勤するのに必要な転移魔法陣なら、ドロシーを幻血召喚して直ぐにでも作って貰おう。
そう言えば転移魔法陣はクロノのダンジョンにも設置を頼んであったから、そろそろ向こうにも行けるようになってると思う。
《マスター、シルヴァニア城のダンジョン・ポイントを使用してここにあるコアの修復を行います》
「ああ、やってくれ」
今は二億ポイント以上もあるから気前良く返事をしたのは良いが、目の前でみるみる減っていくDPゲージを見ていると、途中でイヤな汗が背中を伝ってきた。
最終的には6500万くらいは残ったけど、まさか、三分の二以上も持って行かれるとは考えもしなかった自分の浅はかさに腹が立つ。
だが、これくらいの事でいちいち顔に出ていたのでは吸血鬼の王の名が無く。
オレは後輩に奢ると行ったは手前、思っていたより会計金額が高くなり心で泣きながら顔で笑うといった元の世界に居るリーマン戦士たちの哀愁を少しだけ知ったのだった。
(今思えば彼らも皆、偉大な戦士たちだったのだろう)
《マスター、コアのハード部分の修復を完了しました。続いて新たな管理AIシステムのダウンロードを開始します。現在空いているシステムは309となりますが、こちらで宜しいでしょうか?》
宜しいも何も、他にどんな選択肢があるのかも知らないし聞くのも面倒だから無言で頷く。
すると修復が終わったコアの正面に進行ゲージが表示されて、このバーの進み具合を見てダウンロードの完了を見届ける。
《システム309、アドミニストレーターにご挨拶なさい》
〈はい、アドミンさま、アタシがシステム309です、コンゴトモヨロシクなのです〉
そこに現れたのは以前にクロノのダンジョンでも見た狐人族の女の子だったが、その耳と尻尾はショコラたちと同じ白一色だった。
(白狐とは……また懐かしいのが出てきたな)
この子の着ている服装もショコラたちが着てるのと同じハイレグのボディスーツだったのだが、スーツの色は白銀色でツヤツヤしており、まるで何処かのイベントコンパニオンみたいに見えるのは、この異世界の神が決めたルールでも存在するのだろうか?
妙に大人びてセクシーな出で立ちだが、その割には体つきが十代後半くらいにしか見えず、親に内緒で危ないアルバイトをしているJKみたいな感じがする。
《マスター、システム309に命名をお願い致します》
「310がミントだったから、309ならミルクと呼ぶのが妥当だろう」
〈アドミンさま、ありがとうです。アタシの事はこれからミルクとお呼び下さいまし〉
《ではミルク、上位権限者としてショコラから命令します。現在所持しているダンジョン・ポイントを全て開示しなさい》
〈え! ショコラお姉さま、それだけは……〉
それは前にもクロノのダンジョンでショコラとミントがやっていたような一幕が思い起こされるシーンの連続だった。
悪徳代官ショコラが要求する年貢ポイントに対して、百姓組頭ミルクの抵抗は凄まじいものがあり、ミルクのマスターであるカイの居住スペースをうちのダンジョンに整備する費用や七騎士たちの装備更新などの諸費用、それに元冒険者たち五体の処遇について様々な協議が行われた。
結果としてミルクが所有するダンジョンポイントのうち、こちらのダンジョンの維持費と将来必要と見込まれる設備投資費、それにミルクが必要と考える最低限の経費を除いた全てのポイントをショコラが巻き上げてしまう。
〈ショコラお姉さまは鬼ですか?! それだとこっちのダンジョンが干上がってしまいますぅ……しくしくしく〉
その他の条件のとして以前にここのコアを破壊しかけた元冒険者たちの身柄については、このままこちらのミルクのダンジョンに残して強制労働をさせる事となり、ワイトとなった彼らには今後も自分の死体に取り憑かせてダンジョンで働かせて、彼らの魂がすり減って無くなるまでそれを続ける事が決定された。
それと七体の騎士たちのうち、リンたちが蒸発させてしまった三体については復活するまで時間がかかりそうなので、とりあえず隊長と別の三体を含む合計四体のリビングアーマーたちは先にうちのダンジョンへ来て貰う事となった。
あとミルクを守る為に元冒険者たち五体だけでは不安が残るので、オレの血を地面に垂らして呪いをかけておいたから、少し待てば約三万体ものスケルトンやゴーストたちがダンジョンの中を犇めき合って賑やかになるだろう。
その後にドロシーを幻血召喚して、彼女に転移魔法陣を設置して貰ったから、これでカイとゲルダと三騎士たちには先にシルヴァニア城へと向かって貰った。向こうでの事はショコラに一任しておいたが、現地での説明や彼らと同じ鎧騎士アイゼンとの顔合わせについてはドロシーに頼んでおいたので大丈夫だろう。




