第5話 古き血の契約
アイゼンたちとの眷属契約が終わり、あと残っているのは、オレの腹パン攻撃で気を失ったままの魔女っ子と、女神官だけとなった。
いつまでも呑気に寝ている二人の顔を叩いて起こしてやる。この二人をまだ生かしておいたのは、ちょっと確認しておきたい事があったからだ。
「先ず聞くが、お前たちの名前と所属それと何処から来たか言え」
「う、うちらをどうするつもりなんや?!」
「も、黙秘権を行使するの……」
生殺与奪権を持つオレに対して矢継ぎ早の質問をして来るとか、こいつら自分の立場が判っているのか?
それに聞いているのはオレなのに、質問を質問で返すとは全くもって躾が成ってない魔女っ子に対して、少し苛立ちを覚えたので罰を与える事にした。
「うぅ、苦しい、や、ない、か」
普段からあまり身体を鍛えていない後衛職では、反応出来ない速さで魔女っ子の首を無造作に掴み、片手で持ち上げてやる。
彼女が足の爪先で立ち、何とか身体を支える事が出来る高さで固定する。
魔女っこは両手でオレの腕に掴まり必死に身体を支えようと頑張ってはいるが、ふくら脛の筋肉がプルプル震え出したので体力の限界は近そうだ。
ほら、もっと頑張って身体を支えていないと、オレの鋭い爪先が、お前の細くて生っ白い首に食い込み、チョン切れてしまっても知らないぞ?
「ぜぇぜぇ、はぁはぁ……」
結果として、僅か四十秒ほどで口から泡を吐いて目が虚ろになり、ダラリと身体中の力が抜けてしまったので床に下ろしてやる。これで少し静かになったので少しは落ち着いて話が出来るな。
魔女っ子の足元が黄色い液体で少し濡れていたが、オレは優くて紳士的な吸血鬼だから、これは見なかった事にしてやろう。
顔はそれなりに美人なのに、化粧や身なりに全く手間を掛けていない残念な魔女っ子なので、出来れば吸血行為はせずに血爪のみで不死者にしたいとい考えていたが、それだと頑張っても上位クラスの死鬼にしか成れないだろう。
ここは例え好みのタイプでは無くても、あの生っ白くて細い首筋に牙を突き刺し、立派な不死者にしてやれば、貴重な魔法使い系アンデッドに成れそうな気もするが、どうしたものか。
オレが魔女っ子の処遇についてイロイロ考えを纏めていると、床に倒れたままの彼女を、自分の背後に庇うようにして女神官が立ちはだかる。
「神託は本当だった。魔王候補はここに実在した。いや、もう既に魔王クラスの力と残虐さを持っているかも知れないの……」
まだ自覚も無いのに一方的に魔王認定されてしまったが、オレは元の世界に居た時も、自分から進んで『王』になりたいなんて考えた事は無かった。
だがこちらの世界では基本的人権なんて無さそうだし、オレ自身の自由を守る為には、自治領の一つくらい持ってないと不便な事も多そうだから、そこは吸血鬼らしく『伯爵』程度なら目指しても良いかなぁとは考えている。
(もう自分の城を建てた後だから、ここを伯爵領とするか)
この女神官は彼女が所属する天主教会から派遣されて来たようだが、彼女と教会騎士の二人以外の三名は近くの街の冒険者ギルドへ護衛依頼を出して雇ったBランクパーティだと、既にアイゼンたちから聞いている。
天主教では、オレのような魔王候補(教会では特異点と呼ぶらしい)が同時にいくつも出現した事を女神の神託で知り、教会神官と聖堂騎士たちが手分けして対処している最中らしい。
それでも人属の勢力圏からやや離れた地方にあるダンジョンなんかだと、人手不足の中、少ない人数をやり繰りしても神官と騎士を合わせて三名しか捻出する事が出来なかった。
そこで不足した人員を冒険者ギルドに依頼して、Bランクの人材を揃える事が出来たので、今回こうして地方巡業の旅を続けていたみたいだ。
「もし私が戻らなかったら、ここに強力な魔族が居た証拠となって、教国から軍隊が派兵されるから覚悟するなの……」
こんな小娘に脅されて、素直に「ハイソウデスカ」なんて返答する気などサラサラ無いが、もし聖堂騎士の面々がこのダンジョンに来てくれると言うなら、オレの配下を一気に増やせるから逆に喜ぶべきだろう。
ダンジョンポイントで下位アンデッドを召喚して育てても良いが、それだと時間が掛かるし、経験値稼ぎのためにより多くの冒険者どもを倒す手間も必要になる。
なので上手く育成できなければ、低レベルのザコが増えるだけになってしまうから面白くない。
ザコでも数が多ければ、新人冒険者を対処する程度には使えるが、もし本当に何処かの国とか巨大組織、それに別のダンジョンマスターと抗争するなら配下がザコばかりでは少々心許ない。
だから生きてるうちにきちんと勉強や修行を行い、それなりの実力を持つに至った者で無ければ、態々オレの血を分け与えてまで配下にする価値が無いのだ。
だが、もしこの女神官を助けに来た騎士たちをまとめてアンデッドに出来るのであれば、将来的にそれなりのインテリジェンスを持つ、強力な配下を揃える事が出来そうだな。
聞いてもいない事を次々と喋ってくれる便利な女神官だが、コイツから引き出せる情報としてはこんなものか?
あとはサクッと殺して二人とも配下にしてしまおうと考えていると、ショコラがやって来て、少女神官に関するアドバイスをくれた。
《マスター、そちらの聖属性の魔力を持つ少女も、アイゼンと同じ聖痕を刻まれている可能性が高く、そのまま何も対策をせず配下にすれば、彼女も滅びてしまう可能性があります》
それにしても、オレが持つ不死因子が相手の脳幹に刻まれた聖痕に活動を阻まれ、生命再生プロセスがキャンセルされると同時に、せっかく増殖した不死細胞が自壊してゆくのは厄介だな。
だけど、ここは少し面倒だが今後の為にも、手間を惜しまずにキチンと不死者にしておく必要がある。
「こ、これでもくらうの、ホーリーサクリファイス!! なの……」
もう人生を諦めた感じの少女神官だったが、不意に聖属性魔法を使ってきたので少し驚いた。
それは聖職者のみが使えるとされる自己犠牲の魔法で、術者が己の生命を掛けて敵対者を道連れにする禁忌の呪文だったのだろう。
勿論だが聖職者というだけで誰もが気軽に使える魔法ではなく、これは少女神官がただの雑魚ではなく、将来は大神官や聖女などの上位聖職者になれる資質を持っているという証明だ。
だが悲しいかな女神官の魔法は発動せず声だけが虚しく響く。
「ど、どうして!! なの……」
「聖属性魔法とは、清らかなる精神と身体を持つ者のみが神の力を借りて発現させる、聖なる魔法で合ってるか?」
先ほど腹パンを食らわせた時、二人の腹部に例の血爪の先っぽを毒針のように尖らせチクリと刺しておいたから、そこから少量だがオレの血液が熔けて体内へと侵入を果たしており、それが彼女たちの細胞を少しずつ侵食し始めており、もう今頃は遺伝子情報を書き換えてる最中だろう。
この少女神官も、このまま放っておけば死鬼となる前に滅びて消えてしまうだろうが、先ほどのアイゼンとの契約もある事だし、キチンと最後まで面倒を見てやるとするか。
「プ、プリの中に魔族の血が!? なの……?」
本当は、相手の首に牙で噛みついての吸血行為など、心に決めた相手以外とは極力やりたくないのだが、お腹を抱いたまま泣きそうになっている少女神官の顔を、両手で挟んで動けないように固定し、魔眼の能力で相手の身体と思考の自由を奪う。
不死因子を持つオレの血によって、これから彼女の身に起こる細胞自壊プロセスを防ぐには、少し手荒になろうとも急ぐ必要があった。
身動き出来ない少女神官の首筋に唇を押し付ける。唾液に含まれた麻痺毒が彼女の皮膚表面の痛覚神経を侵して麻痺させると、オレの鋭い牙の先端がチクリと皮膚の薄い膜を突き破る瞬間を感じても、それは痛みというより、むしろ快楽に近い信号となって脳へ伝わる。
オレたち吸血鬼が持つ牙には魔力器官が備わっていて、吸出された血液が失くなった血管内を通じて、不死の因子が注ぎ込まれ、細胞変化を通じてアンデッドへと至る。
詳しく説明すると、少女の首筋にある頸動脈から、脳へ向かう血管に不死の因子がたっぷりと含まれたオレの闇属性魔力が送り込まれ、ドーパミンやβエンドルフィンと言った脳内麻薬と同等の多幸感を引き出し相手の脳を支配する。
瞼を閉じて、少女神官の脳の最深部にある記憶野の一番古い根幹部分をスキャンするため、テレパス(精神感応)能力をフルに使って聖なるアホ神が彼女の頭脳の最奥深くに刻んだ傷痕を探し出す。
そこには、この少女神官が人として生を受けるより以前の記憶が眠っていて、且つ魂との繋がりを持つはじまりの場所。
そこに、この世の聖なるアホ神に刻まれた『聖なる呪い』とでも呼ぶべき生命のスクリプトがあるはずだとショコラがサポートしてくれる。
(つい先程、アイゼンを不死者にした経験が、早速役に立ったな)
少女神官の首からオレの魔力を更に注ぎ込むと、彼女の口から苦しいような、それでいて艶のある声で何かを必死に噛み殺したような、くぐもった小さな嗚咽が漏れ出す。
オレたち吸血鬼に一度でも血を捧げると、人の身では決して抗えない快楽がこの世にある事を知ってしまう。
だから被害者であるはずの彼女たちは自ら進んで、その美しい首筋を惜し気も無く吸血鬼の前へと晒してくれるのだ。
震えが酷くなり、自分の足で立っている事が出来なくなった少女神官の身体を抱き抱えながら、不意に倒れて牙が彼女の細い首筋を、誤って切り裂いてしまわないようにと、優しく支えながらオレの魔力を彼女の身体の隅々まで注ぎ続ける。
時折りピクリと小さな痙攣を起こすが、白くて綺麗な彼女の首筋に刺さったままのオレの牙が、傷口を更に広げてしまわないようにと細心の注意を払う。
やがて少女神官の全身から力が抜けて、グッタリと身体を預けてきた事により、今回の施術が最終段階まで進んだ事を確信する。
「古き血の契約に従い、汝を我が一族として迎えよう。オレと共に永遠の生を歩むなら目を覚ませ。待ってるからな」
少女神官の目は大きく見開いたまま焦点も定まっておらず、瞳孔も広がったまま動く様子も無い。
目の粘膜が乾かないようにと、緩んだ涙腺から溢れ出た涙がいくつもの透明な筋を作り出す時、少女が生命の選択を終えた事を感じた。
オレは、この世界の聖なる神とやらが刻み付けた、魂の根源に対して闇の癒しを与えて傷痕を修復したが、その痕跡だけは残してやった。
その傷の上からもっと深く大きな傷を追わせてから修復する事で、聖痕を完全に失くしてしまう事も出来たが、それをしてしまえば、この少女の人間性に深く関わっている根幹部分にエラーが残ってしまうと考えての処置だった。
それでも聖なるアホ神の影響を無力化する事は出来たので、オレの不死因子と結びついた少女の不死細胞によって、新たな生命体として生まれ変わって行く。
あくまで方法論としてだが、この少女を不死者とするだけなら、先ほど述べたような大きく深い傷を聖痕の上から刻んでも良かったが、それをやってしまうと聖なるアホ神とやらが行った、あの下劣な行為と変わらないと感じて嫌気が差したのかも知れない。
そんな事を考えながら少女神官の身体を抱えていたのだが、固い石張りの床に寝かせるのは可哀想な気がしたので、ショコラに迷宮内の別の部屋にある、傷病者用の病室のベッドへと運んで貰った。
これであと残ってるのは魔女っ子だけだが、コイツはこのまま長所である魔力を伸ばす方向に特化して鍛えた方が良い気がする。
別にオレの吸血行為で一気に注ぎ込まれた不死因子によって、脳が少々イカレたところで構いはしない。それならそれで別の使い道があるからな。
先ほどの少女神官とは違って、俗世にまみれて生きてきたみたいだから、洗no……教化にそれほど多くの時間は掛からなかった。
「ウチの名はドロシーよってマイロードはん、これからもあんじょうしたってやw」
元々ただのB級冒険者だったから特に期待はしてなかったが、不死者としてはレア度と魔力の高いリッチへと成長したドロシーは、今後の育成が楽しみな配下の一人となった。
オレとの契約の証がある右手の甲に左手を添えて嬉しそうにしているが、配下となった者が始祖を慕うのは、分け与えた不死因子がそう作用するからで、それが彼女の本当の意思だとは考えていない。
そしてドロシーには、彼女の有り余る魔力を使い、出来立てホヤホヤの城郭の外側に防御城壁を造るよう命じておいた。
「大きさは城を中心に半径二キロメートルくらいの円に内接する六芒星形で、高さはとりあえず十メートルくらいで頼む。厚さは上辺が四メートルで底辺が十メートルの片勾配で内側に階段を頼む。階段の設置間隔は任せるがその外側に深さ四メートル程の掘を設けるように造ってくれ。それと外部への通行は防壁の窪んだ所が六ヶ所出来るからそこに開閉可能な大型の通用門も必要だ、やってくれるか?」
ちょっと要求レベルが高かったような気もするが、IQが高いリッチならこれくらいは十分に理解して良い仕事をしてくれると思う。
それと長さなどの単位については元世界のメートル法で説明をしておいたけど、ショコラがくれた翻訳ピアスによって、こちらの世界の単位へと自動翻訳されているから大丈夫だろう。