逸話#8 エルフの双子・ユナリアの事情(1)
私の名はユナリア。
この名は、今はもう亡くなってしまった私の両親がつけてくれた大切な名前。
エルフとしての『真名』は別にあるんだけど、それは儀式や魔術で使用される名前で普通に使用する事はほぼ無いから、お父さんとお母さんが付けてくれた『ユナリア』こそが私の名前だと思ってる。
だけど私が十歳の時に住んでいた村が突然人間の冒険者たちに襲われて、双子のメイプルと一緒に捕まり奴隷として売られてしまった。
この時、同じ村の子供たちもみんなも一緒に捕まっていたのを見て、私たちの住む村はもうダメなんだって思うと涙が溢れてきた。
村の大人たちを殺した人間の男に名前を聞かれたけど、両親から貰った名前をそのまま教えるのが嫌だったので『ユナ』とだけ答えたら、何故か妹のメイプルも同じで『メイ』とだけ答えていたっけ。
私たちと一緒に捕まった子供たちはみんな奴隷にされて何処かへ売られてしまい、もうメイ以外に知ってる人は誰も居なくなっちゃった。
奴隷にされる時は肩とか背中とかお尻とかに真っ赤っかに焼けたハンコを押されるんだけど、あの痛みは生涯忘れられないと思う。
私の時も、とても怖くて逃げ出したんだけど直ぐに捕まって人間の大人たちに押さえつけられて『ジュッ!』という音がすると、気が狂うほどの熱さと痛みで頭がくらくらした。
まだ子供だった私の右肩に押された大きなハンコの痕は、これから先の未来を大きく変えてしまうだろう。私の次はメイだったけど、そっくりな双子だったからそれを見分ける為、妹は私と反対の左肩に焼いたハンコの痕が付けられていた。
人間って本当に酷い事をするよね。
でもそんな事があったのに、メイはユナと反対の肩で良かったなんて言うので、その理由を聞いた事があった。
「だってもし私が先に死んだらキレイなままの右肩をユナに残してあげられるから!」
とても嬉しそうにそう話すメイを見た私は、とても悲しくて涙が止まらなかった。
私たち奴隷は『だいじなしょうひん』だから、顔とか見える部分を殴られたり蹴られたりはしなかったけど、反抗的な態度や生意気な返事をすると『きょういくてきしどう』を受ける事になる。
でも私は、これからずっとこんな所で生きるくらいなら死んだ方がましだと思ってたから、メイと一緒に村の子供たちを連れて逃げ出す事ばかり考えていた。
あの夜、私たちはみんなで一緒に行動を起こそうとしていたけどそれは未遂に終わってしまった。
仲間だと思っていた子供の一人が恐怖心に耐えかねて、うっかり私たちの計画を大人に漏らしてしまったから。
施設みたいな建物から出ようとした時に声を掛けられてそのまま捕まり、私は『しゅぼうしゃ』として殺されるはずだったけど、オカシラと呼ばれていた男が勿体ないと言ったから私は首ではなく『耳のさきっぽ』を斬られたただけで生かされた。
私たちエルフの耳は他種族とは違う形をしていて、みんなが誇りに思って大切にしている身体の一部。
でも例えその先っぽだけとは言え大切な耳の先を切られた私は、それを失った事実を受け入れられなくて、もう死んでもいいとさえ思うほど落ち込んでいた。
するとある日の夕方、メイが大ケガをして医務室へ運ばれて行ったと聞いたけど、私は部屋の隅で蹲ったまま動く事は無かった。
一週間ほどメイに会えなくて、ますます心が弱っていた私の前に頭を包帯でグルグル巻きにされたメイが戻ってきた。
私はこの時初めて自分が一人じゃなかったという事を思い知った。
「もう大丈夫だから」と言ってせっかく巻いて貰った包帯を取ってしまったメイの耳が、私と同じように先っぽが切断されて失くなっていたから……。
「これでまた一緒だね?」
なんて笑顔で言放ったメイの天然さにはホトホト呆れたけど、こんなに慕ってくれていた妹の事を忘れて自分一人だけ死んでもいいなんて甘えていた私は、可愛いメイの笑顔を正面から見つめる事が出来ずにずっと下を向いたままで床を涙でベトベトにした。
「もう大丈夫だよ」
先に切られた私の耳でもまだ痛くて涙が出そうになるのに、つい最近耳を切ったばかりのメイがなんで笑えるのか? この時の私には判らなかった。
そんなダメな私をメイがギュッと抱き締めてくれたから、私は生きて行こうと思えるようになれたんだと思う。
「メイ、ありがとね……」
これから先も、きっとこの姉思いの妹に支えられて一緒に生きて行けるのなら、例えそれが人間だらけの地獄で奴隷として一生暮らす事になったとしても受け入れようと思った。
耳を切られた傷モノのエルフなんて誰も買ってくれなかったけど、ある日この街のお貴族様がやって来て二束三文で売られていた私とメイを買い求めた。
まだ二人とも小さな子供だったかったから、この大きな建物の中でお掃除とか雑用ばかりさせられていたけど、ここには私たちを虐める人間が少なかったからメイと一緒に生きて行く事が出来た。
毎晩寝る前に神様に祈っていると、ある夜天使様が現れて私の守護天使になってくれると言ってくれたのんだけど、何の後ろ楯も無く不安でいっぱいだった私はその契約を受け入れる事にした。
この天使様が欲しいのは無垢で清らかな私の魂。
それを差し出す条件として私が望んだのは『妹と一緒におばあちゃんになるまで生きたい』だから魂は一括ではなくて寿命が無くなるまで少しづつなら食べてもいいよ、という事にしておいた。
まだ小さかったエルフの耳を髪で隠していたせいか、天使様は私の事を人間の少女だと勘違いしてるみたいだけど、これは内緒にしておいた方がいいよね?
それなら私たちエルフの寿命は人間と違って五百年以上はあるはずだから、私がおばあちゃんになるまでにはまだ十分な時間があるし、それと妹も一緒に護って貰えるような契約内容にしておいたから、これでメイも大丈夫よね。
もし後から私がエルフだと知られても契約した後なら多分心配は無いと思う。だってこの契約って女神様の名前で交わされるはずなので天使様がそれを自分から破るなんてありえないから。なのでこの契約は一方的に私が有利になるはずだった。
天使様が契約通りルールを守ってくれさえすればね……。
その後に私たち二人が美しく成長して、人間の国では成人とされる十五歳になると別の仕事をやらされる事になったんだけど、その仕事って……。
その日の夜、メイがお貴族様の寝室へ連れていかれると知った私は、天使様と二度目の契約を試みた。
それはまだほとんど残っている私の魂のうち、半分を今直ぐに差し出すという条件だったけど、それだと最初の契約で決められた『妹と一緒におばあちゃんになるまで生きる』事が出来なくなり契約違反になると言われて、それは叶わなかった。
それでも私がどうしようかと困っていると、別の天使様と契約する事も提案されたけど、その別の天使様は私の守護天使様の双子の弟みたいな方で私たち二人と同じだと思った。
でもその弟天使様は以前の戦いで負った傷がまだ癒えてないから、すぐには来られないと言われたけど、私とメイが履いたサンダルをお供えにあげたら良いと言われた。最初は新品を買ってお供えするって言ったんだけど、それだと弟天使様の加護は貰えないんだって。
ほんと天使様ってみんな変り者ばかりよね?
それで契約前交渉というタテマエでメイの純潔は守ってくれる事になったんだけど、天使様が『後々の事を考えて』私たちの純潔を奪おうとしたお貴族様の魂を地獄の悪魔たちに与えてやったから、脱け殻になったお貴族様は自我を失って動けなくなってしまった。
でもこの状態では太守として振る舞う事が出来なかったので、私が太守様の精神を模倣した命令を身体に与えて操る練習をしたから、公人として最低限の業務を熟す振りくらいは出来るようになった。
それから後も私たち二人を狙って来るバカな男どもから自分たちの身体を守るために、私たち二人はお貴族様のいわゆる『お手付き』という事で内縁の妻を演じる事にすると、これで奴隷じゃ無くなったから、その証だった二人の肩にある焼印を削り取った。
アルニード教会の治癒魔法を使えばもっとキレイに治ると思うけど、私はこれまで奴隷として扱われてきた過去との決別として、それを忘れないようにわざと痛みを伴うナイフで切り取った。
めちゃくちゃ痛かった。
そしてメイが私の右肩にある傷を直してくれたんだけど、まだ治癒が出来る水の精霊魔法を上手く使えなくて傷痕が残ってしまったんだけど、それはメイも同じだったから私たちは「また一緒だね」と言って一緒に喜び合った。
でも本当の地獄が待っていたのは、この後からだった。
太守様を傀儡にした私たち二人は『彼の愛妾兼秘書』という肩書きを得て、これで生活も安泰で何の心配も無いなんて安易に考えていたんだけど、この街の情勢がまさかここまで悪くなるなんて本当に思いもよらなかった。
先ず何より必要だったのはお金、それに尽きる。
この街は隣国からの侵略に対する防衛拠点だったはずなのに、何故か国からの支援がほとんど貰えない無い状態になっていて、敵の侵攻がある度に近隣の街から守備隊が駆けつけるなんて悠長な事をやっていたから、私は太守様の名前と権限をいっぱい使って街の経済と防衛力を少しでも良くする政策を次々と実行していった。
もちろんその財源はお貴族様がたっぷりと私腹を肥やしていたので、彼の私有財産を遠慮無く使わせて貰ったわ。
その次に街の衛兵を増やして治安を少しでも良くして、市民と商人たちの経済活動を環境面から更に後押しする為、国から常設の守備隊を置いて貰えるように根回しをして無事実現まで漕ぎ着けた。
増えた衛兵たちの衣食住などを始め、彼らの生活を街で面倒を見てあげる事を条件にしたから、この街の税収を何が何でも増やさないといけなくなったけど、以前より確実に良い街になって行くのを確信したのも、この頃だったと思う。
(私って契約とか交渉とか、そういうのが得意みたいなんだよね)
その頃から街の運営と経済が上手く回り出したんだけど、まだ私たちの手に負えない組織がいくつかあって、その一つが冒険者ギルドだった。
それ以外にも亜人種撲滅を掲げる秘密結社だとか、隣国で猛威を振るう天主教会だとか、今の私たち……と言うかこの段階だと『私たちの街』と言った方が正確かしら……では力が及ばない敵が多くて困っていたの。
それでも私とメイの二人が安心して暮らせる場所なんて、この街以外では考えられないから、その思いだけを胸にメイと二人で必死に働いて、この街が少しでも良くなるように頑張って生きてきた。
でも私たち二人が大人に……いえ、大人の身体へ成長する頃になると状況が変わって行く。
先ず良い変化としては街の経営状態がとても良くなって、孤児院などの福祉施設にもお金が回せるようになった。
私もメイも毎日ずっと忙しかったけど、何とか月一くらいのペースで施設を訪問する事が出来て子供たちには懐かれていたと思う。
次に私の守護天使様が、最近は余り姿を見せなくなった。
これは普通に考えると加護が弱くなって悪い知らせだと言えるんだけど、毎晩のように現れては着ているものを全て脱がされて、全身を舐められたり撫で回されるのはホントに嫌だった。
でも嫌がる素振りを少しでも見せると天使様が興奮してもっと嫌な事をしてくるので、じっと我慢を続けるのが辛かった。
やがて私の胸が膨らみ始めて手足が長くなり身体が成長していくと(天使様は取り繕っていたけど)私には判ってきた。
この天使様はもう私(の身体)に興味が無くなって、また次の契約者(少女)が欲しくなったんだろうなって。
でも私と天使様が交わした契約は、まだずっと先まで残っていたから何とかして私の方から破棄させようと頑張ってたみたいなんだけど、何の後ろ楯も持たない私が、これから先も無事に生きて行く為には天使様との契約を、ここで失う訳にはいかなかった。
それと、ちょうどこの頃から隣国の軍隊が毎年のように攻めて来るようになったのは、もしかしたら天使様の差し金だったのではと考えるようになった。
何故って、それはこの街の庁舎に隠れて政治の場でも常に太守様を前面に押し立て私たち二人の事が外へ漏れないように気を配って生きてきたはずなのに、私たちの事を知るはずの無い別の街のお貴族様から愛妾を譲り請けたいといった要望が届くようになったのが、この頃からだったから。
勿論、全て断ったわ。
もし私が自分の意思で純潔を失ってしまえば天使様との契約が効力を失ってしまい、そうなると契約不履行となり一方的に私の魂を奪われてしまうからね。
そんな天使様が考えた次の手は、私を脅して誰かにこの身体を汚させる事だったんだけど、私とメイを守護する義務が契約内容に含まれていたので別の作戦を考えたみたい。
あの時、私が咄嗟に考えて天使様を出し抜いたと思っていたのだけど、私が天使様と交わしている契約については誰にも言ってはいけないのでメイにも知らせていなかった。
こんなところに抜け穴があったなんて私もバカよね……。
私との契約内容で間接的にメイも護られているけど、それを知らないメイを脅して自殺に追い込んだとしても天使様には契約不履行のペナルティは発生しないから、そのメイの生命を人質にして別の誰かから私の身体を要求されればそれに応えるしかなくなる。
そして私との契約を失効させた天使様は私の魂の残り全てを奪ってから、また別の誰かの魂を契約によって縛り、そして奪っていくのだと思う。
その男がこの街へやって来たのは、そんな時だった。




