逸話#7 七人の子供たち
ボクたちは知ってしまった。
この世には本当の意味で、神様も悪魔も居ないと言う事を。
あの日ボクたちが暮らすこの街で、冒険者たちがお役所を襲う事件が起こったんだ。
原因はいつもボクたちの孤児院に来てお金とかご飯をくれる美人のお姉ちゃんたちが、この街の太守さまを殺したからだとギルドの偉い人が大きな声で叫んでいた。
街の中ではいつもボクらを追いかけて来る衛兵のオッサンたちが、ギルドのオッサンたちと殴る蹴るの闘いが始まっていて、その中には運悪く生命を落とした人も結構居たみたいだ。
あの時、ギルドが事前に冒険者による合同演習をすると言っていたから、まさかその演習で自分たちが襲撃されるなんて衛兵のオッサンたちは思いもしなかっただろうね。
冒険者の集団は衛兵たちだけで無く街のお店とかにも押し入って物を壊したり、通行人に暴力を振るったりとやりたい放題していたから、ボクたちはすぐに孤児院へ戻ってその様子をシスターに伝えると、孤児院に居たみんなと一緒に街の外まで避難する事になった。
シスターの後について孤児院のみんなと街の外へ向かって歩いていると、これも運が悪かったとしか言いようが無いんだけどガラの悪そうな冒険者たちに見つかってしまい、この街の端っこにある区域、そうここは貧民街のそのまた先にある奴隷商たちが店を連ねる場所まで連れて来られてしまった。
孤児院にいた子供たちのうち、ボクたち七人だけはよく見ないと判らないけどドワーフ族の子供なんだ。
ボクたちを見てギルドの偉い人が「コイツらなら人質として使える」とか言ってたけど、この街でボクたちみたいな亜人種の子供なんて人間には価値が無いはずなんだけど……もしかしたらエルフのお姉ちゃんたちの事を言ってるのかな、いやきっとそうだ。
この街でユナ姉ちゃんとメイ姉ちゃん以外に、ボクたちが人質として価値がある人なんて居ないから直ぐに判ったよ。
そして、その悪い予想はいつもの様に当たっちゃうんだ。
ユナ姉ちゃんとメイ姉ちゃんの二人がボクたちのせいでギルドの偉い人に捕まったけど、ユナ姉ちゃんの身体が光って天使様みたいになったのを見て、やっぱりユナ姉ちゃんたちは天使様だったんだなと思った。
すると今度はギルドの偉い人と冒険者のオッサンたちも同じような天使の姿に変身して、黒尽くめの男の人と戦い始めたんだけどオッサンどもの天使からは聖なるオーラみたいな感じは余りしなかった。
その黒尽くめの男の人は、今日の昼頃にボクたちが何もスレなかった凄腕の暗殺者みたいな男の人で、天使様たちを相手に一歩も引かないくらい強かったけど、その強さは天使様たちのような神々しさではなく正反対の邪悪な力を感じたんだよね。
でも神話に出てくるほどの強さを持つ天使様たちだったけど、その男の人も悪魔みたいに強くてボクたちを人質にしていた天使様をあっと言う間に斬り殺してしまった。
そして天使様たちの光の鎧が消えると、そこに倒れていたのはギルドの偉い人と小汚い冒険者のオッサンたちだった。
その後もユナ姉ちゃんが変身した大天使様と黒尽くめの男の人はずっと闘っていたんだけど、どんなに斬りつけてもダメージを負わせなかった男の人が最後に取り出したのは、ついさっき天使様たちを殺した黒い大剣だった。
あれでユナ姉ちゃんが斬られたら死んじゃう!!
あの男の人は最初はユナ姉ちゃんを助けようとして、わざと大天使様の鎧だけを狙って壊そうとしていたんじゃないかな? でもそれがムリだと判ったから、やっぱり殺す事にしたんだと思う。
そして大天使様の鎧ごと真っ黒な剣が身体を貫いてユナ姉ちゃんも死んでしまったんだけど、何の力も持たない子供のボクたちでは天使様でさえ倒されるほどの暗殺者を相手に何か出来るなんて事は無かった。
助かったという思いより、とても怖かったと感じた事の方が多かったボクたちは、お互いの顔を見合わせて頷いてから速やかに街の中へ紛れて姿を隠したのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あの騒ぎが収まってから、ボクたちみんなで孤児院まで戻ったんだけど、いつまで待ってもシスターと他の子供たちは戻って来なかった。
このままここで待っていても仕方が無いので、孤児院に残っていた食料を全部袋に詰め込んでから近くの森の中で暮らす事にしたんだけど、木の実だけでは育ち盛りのボクたち七人がお腹いっぱいとまでは言わないけど、生きていけるだけの食べ物を集めるのは難しかった。
だから時々こうして街まで戻って来て店先に置いてある食べ物を、盗んで逃げ回るのが日課となっていたんだけど、その日も足が速いボクとハピの二人で持ち逃げがしやすそうなお店を探していると……見てしまったんだ。
あの時に見た、黒尽くめの男に連れられたユナ姉ちゃんたち二人の姿を!
ボクたちはユナ姉ちゃんが、あの男に真っ黒い大きな剣で殺されたのを確かに見たんだけど、でも今通りの向こうを歩いているのは確かにユナ姉ちゃんたちで間違い無い。
ボクは心の底がブルッと震えるのを感じて隣い居たハピの顔を見ると、やっぱり彼女の顔も真っ青になっていた。
「あれって……ユナねえちゃんたちだよね?」
「うん、間違いないよ。アタチがお姉ちゃんたちを見間違えるはず無いもん」
あまり近づいてボクたちに気がつかれるとマズイ気がしたから、ものすごく離れた場所からあの三人を見ていたんだけど森でお腹を空かせてる仲間たちの事を思い出したから、ボクはお姉ちゃんたちが進む方向とは反対へ進みそこで食べ物を探す事にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれから更に月日が過ぎても、ボクたちはまだ森での生活を続けていた。
今は次の新しい太守様が決まって孤児院にも新しいシスターがやって来たらしく、新しく保護された孤児たちがそこで生活を始めていた。
ボクたちも最初は一緒にどうかと誘われたんだけど、食べ物を恵んで貰うだけで良いと言って街に住むのだけは頑なに断った。
ボクとハピ以外のみんなは街の孤児院に帰ろうと言っていたんだけど、ユナお姉ちゃんの事とか最近やけに優しくなった衛兵たち、それにボクたちのような親の居ない子供を見れば食べ物とお金を恵んでくれるヘンな人が現れるようになったんだけど、その人たちのうち何人かはあの混乱で死んだ人だったと知ってる。
それでみんなにも聞いてみると、ボクたちに何かを恵んでくれる人たちは以前からの顔見知りで、あの時この街から避難しようと街から避難する途中で冒険者のオッサッたちに殺されたはずなんだ。
それなのに何故か以前と同じように生活し続けていて、外から見てるだけだと何の問題も無さそうに見えるんだけど、何と言えば良いのかな……その人の印象と言うか、身体を包む雰囲気みたいなものが絶対的に違ってる感じかな。
『まるで死者が動いてる』みたいな感じ、とでも言えばいいのかな。
街で違和感を覚えた相手を良く見てみれば、歩き方とか動きが緩慢な感じがするし髪とか服の一部が汚れていたり乱れがあったりと、必ず何か小さな証拠のようなものを見つけた。
だけど、街の人たちは敢えて気がつかないフリをしているのか、動く死者として戻って来た家族や隣人たちと以前と変わらない交友関係を持ち続けている。
ある日、街のお店で見かけた家族連れの父親が怪しいと感じたボクたちは、一緒に歩いていた奥さんと息子さんに自分たちの父親が動く死体だと教えてあげた事があった。
「変な事を言わないでちょうだい! この人は何も変わっていません。これまでも、そしてこれからもです!」
「うちの父ちゃんがやっと帰って来てくれたのに何を言い出すんだ。お前は自分の家族が居ないから羨ましいだけだろ?」
ボクには孤児院の仲間たち以外に家族と呼べる人が居ないから判らなかったんだと思う。
もし本当に親しい恋人や家族が誰かに殺されてしまって、もう二度と会えないとしたら大抵の人は耐えられないだろうから……。
だから例え生命を失ってしまったとしても以前と同じ姿で愛情を返してくれるとしたら、その人にとっては死の現実より目の前に愛しい人が居てくれる事実の方が大切だったんじゃないかな。
この頃から街で動く死者を見つけても、周りの人たちに『死んでる』と叫んだり教えたりする事を『ヘイト』と言って取り締まる風潮になっていて、動く死者も以前と同じ人なんだからその『人権』は守られなければいけないと言う人も現われている。
この街に新しく出来た新聞社という組織が発行する『新聞』には、生死については言及しないまま個人の人権がとても大切だと言う事とか、今の王様が治めている国々はいずれ議会制という新しい政治形態へと移行するはずだと言った内容の記事を載せていて街のみんなもそれを読んでる。
(死んじゃった人を悪く言うと『ヘイト』と言って怒られるんだ)
ただこの街に古くから住んでる人たちが、後からここに移住してきた人たちと同じ扱いになるのは嫌だって反対意見を言っていたけど、今では移住してきた人たちの方が人数が多くなってて多数決では絶対に勝てない状況になってるみたい。
そしてこの街に新しく出来た教会では、全ての人は平等だとか永遠の生命があると教えてると聞いた事があるんだけど、これらあの教えを聞いた人たちはもう以前のようにお貴族様とか王様たちを特別な存在として崇めたりはしなくなっていく。
今この街では、とても怖い事が起こってる。
最初は動く死者が居ることにイヤな感じがしたんだけど、それは問題の本質では無く死者が生きてる事で利益を受けている人たちの洗脳が進められており、それはやがてこの国……いや人間社会全体を巻き込んで、今の王政社会を根底からぶっ壊すための布石を打ってるような気がしてならない。
もっと穿った言い方をするなら、この街はその為の実験場だと言えるんじゃないかな。
ボクは怖い。
もしボクたちの仲間の誰かが殺されて、それでも生き返って戻って来た時にボクたちはそれを拒否する事が出来るだろうか?
ボクは恐ろしい。
もう決して後戻りの出来ない道を、みんなで一緒に歩み始めてしまった事を知ってしまったから……。




