逸話#6 ボンボンの事情
SIDE:ボンボン
僕の名はアルス。
これは、この王国が建国された当時に、初代エルド王を支えた十二騎士の一人から貰った名前だと母上から教えられた。
今はまだ男爵家の我家だけど、僕がいつかきっとこの国に認められて王国十二騎士になってみせる、そう考えながら生きてきた。
僕がまだ小さな子供だった頃に母上が病に倒れてから、僕は屋敷に仕えてる侍女たちに育てられた。
父上はこの街を任されている太守として、昼も夜も責任あるお仕事のせいで庁舎に篭ったまま家へ戻る事はほとんど無かった。
僕の教育についても家庭教師を雇っただけで滅多に顔を会わせる事は無く、たまに会えたと思えば僕の学業や魔法の成績が父上の望むレベルに至っていないと知られて落胆されたりした。
こんな家庭とは呼べない環境で育った僕は、誰かに優しくしたりする事を学ばないまま大人になってしまったんだと思う。
自分では判っているんだけど、他者を見下して上から命令をしないと相手にちゃんと聞いて貰えないんじゃないかと疑ってしまうから、どうしてもこのクセが抜けなかった。
でも、この街の中で暮らすだけならそれでも問題無いと思っていた。
だって父はこの街の太守だから僕が何か悪さをしても大抵の事ならどうにかなってしまうんだ。そもそもこの街には僕の事をちゃんと怒ってくれる人なんて何処にもいなかった。
「父親が太守だからって、そんなの貴方とは何の関係も無いじゃない」
あれはまだ十二歳になったばかりのある日のこと、その日も不機嫌さを隠しもせずに屋敷の侍女を相手に憂さ晴らしをしようと難癖をつけてイジメて遊んでいたら見知らぬ女の子が立っていた。
「お、お前は誰だ、この屋敷で僕に逆らうなら後悔させてやるからな?!」
「太守も太守なら、その子供も子供よね」
「ユナ、そんな言い方したらダメだよ……」
どう見ても僕と同じくらいの歳で瓜二つの姿をしているから、そいつらが双子だと直ぐに判った。
最初は屋敷に勤める使用人たちの子供だろうと思い、その親を調べて後で泣かせてやろうと考えていたんだけど、屋敷中のどこを探してもあの二人の親なんて何処にも見つからず、いよいよ『これはおかしいぞ?』と思い始めてた時、父上が二人を呼ぶ声が聞こえた。
「ユナ、メイ、そろそろ庁舎へ戻るぞ」
「「はい、旦那様」」
この時の僕は気づいてしまった。あの二人の少女が奴隷なのだと。
良く見れば首元のネックレスだと思っていた細いチェーンが、実は奴隷の輪っかだったと知ったのは随分後になってからだったけど、もしかしたら父上が僕に与える為に買ってくれたのかも知れない。
そう思った途端、あの二人の顔と体つきが頭に浮かんできてイヤラシイ笑いがこみ上げて来たのを覚えている。
しかし、いつまで経ってもあの二人の少女が屋敷へ来る事は無く、気になって仕方が無くなり僕の方から何かと理由を作って父上が勤める庁舎へ足を運ぶハメとなった。
庁舎の中で働き始めた二人の少女は、歳嵩の職員たちから様々なイジメを受けていたが、それを見た僕は自分に靡かない彼女たち二人の境遇を何度も笑ってやったものだ。
(僕の所に来ないからそうなるんだ。何故それが判らないんだ?)
あれから何年もの月日が経ち、ただの子供だった彼女たちの身体が少しずつ大人へと近づいて行く。
その頃になると、庁舎の職員たちの中には真面目に働くユナとメイの事を応援するヤツラが現われて、陰ながら彼女たちをイジメから守ったり、二人で運ぶにはどう考えても重すぎる荷物を三階にある執務室まで運んだりする姿を見つける度に、何故か判らないけどイライラする日が多くなって行った。
その日も庁舎の職員たちの目を盗んで、あの二人の奴隷をどうやってイジメてやろううかと頬をニヤケさせていたが、その日はどんな嫌がらせをしても、いつものように逆らって来な無かったので彼女たちの様子がおかしい事には気づいた。
それは何というか、そう『死』を覚悟した人間があんな顔をするんじゃないかな。
「どうした、まるで死人みたいな顔をしているぞ」
「奴隷なんて生きてても死んでるみたいなものよ。働かせるだけ働かせて、それでやっと身体が大人になりかけたと思ったら今度は夜の相手だと言われたわ。私たちエルフは妊娠しにくいから丁度いいんだって……」
僕は最初、彼女が何を言ってるのか判らなかった。
あの厳格な父上が僕と同じくらいの、まだ大人と呼ぶには早すぎる少女たちに何かするとは思えなかったからだ。
それから僕は二人を誂うのも忘れて、雨の中屋敷まで走って帰った事すら、もうどうでも良かった。
次の日、前日にあれほど思いつめていたはずの二人だけど、まだ庁舎で働いていた。
但し彼女たちの左右の肩に焼き付けられていた奴隷紋は、下手クソで不器用な治癒魔法によって火傷みたいな痕が残るのみで、それを見た僕は父上が彼女たちに何をしたのか判った気がした。
昨日の夜、ユナとメイの二人はきっと父上のモノにされたのだろう。
今まで見下して決して口には出さなかったけど、この二人はかなりの美少女で能力と性格も申し分が無い。
恐らく僕と同じ歳なら今年で十七歳くらいだから、あと何年かすれば例え王都の女優でも比べる事が出来ないほどの美女へと成長するのは誰の目にも明らかだった。
彼女たち二人の肩にあった奴隷紋が消されたのは、父上の内縁の妻になった証だと本人たちから聞かされた。
父上ほどの方が、いつまでも奴隷女と致してるなんて噂を立てられれば街の運営に支障が出るかも知れないからな。
父上は母上を亡くされてから決して後添えを娶る事も無く、ずっとお一人でこの街を任されて来たのだから、それくらいは仕方が無い……仕方が……無い事なんだ。
父上があの二人と関係を結んだ夜から屋敷に一切戻って来なくなったのを良いことに、僕は初めての自由を謳歌していた。
朝は僕を起こしにに来るメイドをベッドの中に引きずり込んで可愛がってやり、外に出て気に入った娘が居れば、護衛たちに命じて強引に屋敷まで連れ帰って好き放題してやった。
そして夜は夜で繁華街へと繰り出し、商売女を相手に逢瀬を重ねて朝帰りなんて当たり前の生活を繰り返す様になっていた。
幸いな事に街の運営とか税収も良くなっていて、今は僕がいくら浪費しても父上に呼び出される事は無かった。
そして屋敷に仕える若い女のメイドたちがついに一人も居なくなり、街を出歩けば若い一人身の女どもは急いで姿を隠してしまう様になっていた。
今の僕に残っているのは、これまで一緒に悪行を重ねてきた護衛と称するゴロツキたちと、いくら遊んでも家からキッチリと支払われる金に集る商売女たちだけだった。
それでも寂しくなると何故か庁舎へ自然と足が向いてしまい、この頃になり僕はやっと自分のイライラした感情の正体に気づいたけど、その時はもう全てが遅かったのだと思い知った。
それはあの時に二人を助けてやれなかった事もそうだし、あれからもうずいぶんと年月が流れて元は奴隷だったにも関わらず、この街で仕事の成果を上げ続けてきた彼女たちの実績と比べると、今の僕には何かを成し遂げたり自慢出来る事が一つも無い事に気づいた。
いくら太守の息子だからと言っても、それしか取り柄の無かった僕は、どうしても面と向かって二人の前に立つ勇気が無かったんだ。
そんな時だった。街で騒ぎがあり、父上が亡くなられたと知らせを聞いたのは……。
あの時の僕はたった一人の肉親である父上が亡くなった事より、父の遺産を相続する事よって二人が手に入る事の方を喜んでいたのだ。
そして戦場のように破壊され冒険者たちに荒らされまくった後の庁舎を見て、あの二人の身を案じたのだが何処にも居なかった。
亡くなった父上の遺体が三階の執務室で見つかったと聞いていたから、もし二人が生きていればその近くで隠れてると考えて何度も探したけど何処にも見つからなかった。
生き残ってた職員の一人から、見た事も無い男に連れられて外へ逃げて行ったと聞いたから、てっきり冒険者ギルドにでも捕まって監禁されているのかと思ったが、それから数日後に街の大通りで二人の姿を見つけて神のご加護に感謝した。
二人の直ぐ近くには黒尽くめのコート姿をした護衛らしき男も居たが、その細いの体つきから想像すると戦士など到底荒事向きな職種では無いと考え護衛たちに排除を命じたが、五人も居たはずの護衛たちが何の抵抗すら許されないまま、腹部に一発ずつ殴打されただけで白目を剥いて倒されてしまった。
これはマズいと思った僕は、懐の中から警邏の笛を取り出して思い切り吹く。
すると偶然この近くを巡回していた衛兵たちが近寄って来たので、黒尽くめの男を今直ぐ拘束するように命じたんだけど、男は袖の内側に隠していた青い毒々しい色をしたダガー(もしかして爪の暗器か?)を衛兵の腹に突き刺したと思いきや、その切っ先が背中から生えたのを見て僕は焦りを覚えた。
「おい! 何やってんだ! 衛兵殺しは重罪だぞ!!」
その男は大声で叫ぶ僕の声が聞こえていりにも関わらず、右手のダガー(?)を更に深くまで衛兵の腹へと押し込んだ。
「おい、何か言えよ、僕を無視するんじゃない!」
しかしダガー(?)でお腹を刺されたはずの衛兵は死んでおらずピンピンしていて、何故か男では無く太守の息子であるこの僕を捕まえて警衛所へと引っ張って行くのは何故だ?
こうして警衛所の牢屋へ入れられてから二時間くらい過ぎた頃になって、ようやく僕をここへ押し込んだゲイルという名の隊長が戻って来て、今度は牢屋から開放してくれた。
「もうこんな所に来るんじゃないぞ」
「お前が僕を連れ込んだんだろ? 後で絶対に吠え面をかかせてやるからな!」
「はい、お待ちしておりますよ。次期太守様(笑)でしたっけ? それまで生きておられるといいですね、フヒヒw」
その瞬間、ほんの一瞬だけゲイルの顔がミイラみたいに干からびた死人の様に見えてしまった事を僕は今でも忘れる事が出来ない。
もしかしたら、この街にはあんな死神みたいなヤツがいっぱい隠れ潜んでいて、今もあのゲイルたちみたいに人間のフリをしながら生活してる者たちが居るんじゃないのか?
そんな馬鹿な事があるものかと冷静に考えて否定してみるが、何故かその事が今も頭から離れない。
僕の頭は一体どうしてしまったのだろうか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれから僕は王都から次の太守へと無事任命されたので、庁舎の三階……つまり父上がこの街の行政を行っていた執務室へと通うようになった。
しかしユナとメイの二人に育てられたと名乗る職員たちは皆が優秀で、僕がする仕事なんて部下たちが上げて来る書類に目を通して押印するだけとなっていた。
いや、本当は目を通す必要すら無くて本当に判子を押すだけと言っても過言では無いんだけどな。
それに父上が生きていた頃にはユナとメイの二人も居たから、今から思えばあの厳格だった父上の仕事って一体何の仕事をしていたんだろうかと考えてしまう事がある。
それはさて置き、今の僕には使命がある。
そうこ、の街には人ならざる者たちがいっぱい隠れ潜んでいて、いつもは人のフリをしながら生きてるけど、きっと何か後ろ暗い疚しい事をしているはずだから僕はしょっちゅう街中へ視察と称して出歩く事にしている。
先ずは警衛所に居るゲイルと、その仲間たちの動向確認だ。特に隊長のゲイルの顔は、あの時確かに人のモノでは無かった。
だがこいつらは知能が高いせいか、なかなかボロを出さない難敵で、今日も街中の巡回警備の後を付け回して何か決定的な証拠が無いか目を皿のようにして監視を続けたけど、特に怪しい行動は無かった。
この街では、これまで行政が上手く回っていたおかげで犯罪者の数も他の街と比べて少なく犯罪率も低く抑えられているが、それでもゼロでは無い。
今日は大通りで暴走した馬車からお婆さんとそのお孫さんを助けてから、ギルド前でケンカをしていた馬鹿な冒険者たちの仲裁をしてから、商店街の皆に何か異常は無いかと訪ねて周る。
それから裏通りを歩き回って親に捨てられた子供が居ないか見て回ったりと、どこにも怪しい輩どもが居ない。
それでも僕は知ってるんだ。
彼ら衛兵たちの正体は、その全員が人ならざる者たちで今もこの街を侵略する糸口を探しているのだと。
しかし僕が太守になってから隣にある教国からの侵略戦争は無くなったけど、その代わりに街の行政は他の事で忙しくなってきた。
先ず最初は教国にある教会から天主教の布教に関する願書が来たんだけど、これは無視して下さいと職員たちが教えてくれたら、そのように決済しておく。
次は街中の奴隷の扱いについての陳情書が回って来てたから読んで見れば、奴隷廃止を訴える類のものだった。
これには過去にユナとメイとの苦い経験があったので、いきなり廃止と言う訳には行かないが善処する旨だけ伝えておくと、今度は奴隷商たちが集団で庁舎まで押し寄せて来たので玉虫色の返事をしておいた。
僕って……もしかしたら無能なのかな。
そうして何とか日々の揉め事を収めていると、今度はこの街にロード新聞社と名乗る重大事件のニュースを報じる会社が出来ていた。
僕はこんな会社が出来たなんて全然知らなかったんだけど、もしかしたら僕がこれまで中身も読まずに押印してきた書類の中に設立を許可する書類でも紛れていたのかも知れない。
僕って……もしかしなくても無能なんじゃないかな。
こうして街で何か事件が起こったり、誰かが行方不明となったり、この街の行事なんかも新聞によって周知されるようになると最初は良い事ずくめのようにしか思えたんだけど、今では市民の人権についてのコラムが連載されりようになり、その新しい考え方について街の知識層を中心に浸透が始まり徐々に一般市民へも広がりを見せている。
この街には先祖代々からここで暮らして来た旧市民たちと、後から移住して来た新市民たちがそれなりに上手くやって来たはずなのに、それが段々と意見が別れて対立をするようになり今ではヘイトだ何だと言い合っていつ暴発してもおかしくない状態が続いている。
あと庁舎の職員たちが良く教会の話をするようになったので、天主教は敵国の宗教だから注意しようとしたら別の神様を祀っている教会だと説明を受けた。
その教会の経典では、この世界に住む全ての者は、その身分と種族を問わず全員が家族としてお互いを支え合う事を教義とする『世界統一家族教会』と言うモノだった。
その新しい宗教に入って功徳を積んで(お布施を行えば)一定の功績(金額)を収めると、彼らの聖地とされる地下聖堂への門が開かれて、そこで教祖様に認められれば永遠の生命が貰えるかも知れないという眉唾な話だった。
(そんな馬鹿な話があってたまるもんか、もしそれが事実ならこの世に死者なんか居なくなってるはずだ)
僕は職員たちから詳しい話を聞いて直ぐその教会がある場所まで行ったんだけど、何とそこには『太守様公認』の看板が……。
ほんとに僕ってつくづく無能だよね、きっとこれまでに押した盲印のどれかが公認を許可する書類だったという事だよね、
もうダメかも。
気がつけば僕にはもう庁舎の職員を始めとして屋敷の使用人たちや、この街の住人たち誰一人として信じられる者なんて居なくなっていた。
だって僕ですら、今だに信じる事が出来ないんだ。
昨日まで僕と一緒に馬鹿な事をしていたヤツらがある日突然教会のミサへ出かけて行き、そこから戻って来た時には、まるで別人みたいになっていたんだから。
今も目の前で真面目に働いてるこの街の人々の中には、きっとこの世ならざる者たちが何人も紛れ込んでいて、次々に街の人達の身体を乗取っているのは間違いない。
その証拠に毎日誰かが居なくなって何日かして戻って来ると、家族や友人たちとも会わなくなり一人で部屋に閉じこもってしまうケースが増えていると聞いているが、太守である僕の所にそういった内容の報告書は、これまで一枚も上がって来ていない。




