第33話 そうじゃないかとは思っていた
「おい、そこのお前たち! 止まれ、止まるんだ!」
後ろを振り返ると、そこには三名の護衛と思しき厳つい男たちを引き連れた、まだ若い二十歳くらいの貴族の青年がこちらへ駆け寄って来るのが見えた。
「やっぱりユナリアとメイプルじゃないか? なぜ僕の呼びかけを無視するんだ。まさかこの僕を忘れた訳じゃないだろうな?」
二人は少しだけイヤそうな顔をして、それでも不敬とは取られない程度の笑顔を浮かべながら、互いに目を合わせる。
「お久しぶりで御座います殿下。このような大通りの真ん中で呼び止められましても、それが私たちに対してのものかどうか、判りかねたので御座います」
オレたちの目の前までやって来た殿下とやらは後ろに控える三人の男たちを近くへと呼び寄せ、こちらを威圧するように言葉を続ける。
「僕の父上が先の内乱によって亡くなられたのはお前たちも知っているだろう。だから今このソドモラの街の太守を相続する手続きをするのに王都へ書類を出して来た所だ。それで次の太守はこの僕という事になるから、お前たちの身柄もこの僕の物という事になる。だから今から屋敷に戻ってこの僕に仕えるんだ、いいな?」
「殿下少し宜しいでしょうか、私とメイの二人は以前は確かに大旦那様の奴隷でした。ですがそれも先月までの事で、今はもう別の方に売られてしまったのです。ですからこれから先は殿下では無く、こちらの方にお仕えする事になっています」
「そんな話、僕は父上から聞いてないぞ?!」
「大旦那様からはこれまでの働きに報いて下さり、私たち二人を奴隷から開放して頂けると言って頂いたのですが、エルフの元奴隷が何の後ろ盾も無く、たった二人で生きて行けるほどこの国は甘くありません。ですから私たち二人が次にお仕えしたいと思う方が現れましたら、その方に譲って頂けるという事になっていました。そしてその方が遂に現われたのです」
「そんなバカな話があってたまるものか! 僕は認めないぞ。そもそもお前たち二人が居なくかったら、どうやってこの街を治めて行けばいいと言うんだ?!」
「以前でしたら、確かに殿下が仰るように私とメイが居なければ、この街の統治に支障が生じたでしょう。しかし今では庁舎の職員たちも成長していますから、私たち二人が抜けたくらい何も問題は無いはずです。それでも小さな問題は日々発生すると思いますが、それも職員たちに経験を積ませる為に、少しずつでも彼らが主体となって取り組んで行かなければならない事なのです」
「いやそうじゃない。僕はそんな事を言いたくてお前たちを探していた訳じゃないんだ。それならもう何もしなくて良いから、これからは僕の側に居てくれ、いや居るんだ」
「なら私とメイに、今度は何をさせるおつもりですか?」
「うるさい! お前たちは僕のモノなんだ。だから何処へも行かせないぞ! 護衛たち、その二人を屋敷まで連れて行くんだ!」
「殿下少しお待ち下さい。私たち二人が貴方のモノなら、何故私たちが一番助けを必要としていた時に何もして下さらなかったのですか?! それに私たち二人は既にこの方の奴隷で、もう正式な売買契約書も交わしてありますから今からそれを覆すなど、この国の法律では出来ないはずです!」
このエルド王国はアルニード教国と比べれば、あそこまで積極的に奴隷制度を押し進めている訳では無いが、それでも国として必要と認めており奴隷の所持を禁じている訳では無い。
だからこの国でも奴隷は商品として扱われており、その売買は国王も認める制度なので、たかが一地方の街の太守程度の権力しか持たない目の前の殿下とやらでは、ユナとメイの身柄を今更どうする事も出来ない様に、二人は自衛手段として以前から準備を進めていたと言う事だったのだろう。
それとこの二人を買った覚えは無いのだが、もしかしたら先程受け取った書類がオレとの売買契約書だったのだとしたら、少し気になるから詳しい内容を後で聞いておこう。
「そんなの嘘だ! 父上がお前たちを手放すはずは無い!」
こんなに美人で美脚を持つ上に、街の行政にも携われる高い実務能力を持った奴隷など、この国中……いや、この大陸中を探し回ってもきっと見つからないだろうな。
「それでは太守様のサインが入った契約書をお見せ致します。ロード様先程のアレを……」
アレと言えば、さっき庁舎へ訪れた時にメイから手渡された書類の事だな。
「これでいいか?」
やはり先ほど手渡されたあの書類は、予め太守の精神を操って作らせていたユナとメイの売買契約書だった。
二人の売り主と買い主についての記載があり、そこには何故かロード・シルヴァニアと署名がされていた。
(そういえば二人と城の皆はオレの本当の名前を言って無かったから『ロード』が名前だと思っているんだろうな……まいいか)
「お前も、貴族だったのか?!」
「貴族かどうかは知らないが、自分の城くらいは持ってるぞ」
「なに! 領地持ちなのか?!」
「それほどまでユナとメイに執着しているのなら、何故今まで二人が辛い思いをしてる時に助けてやらなかったんだ? これまでに何度も、そう何度もだ。それはこの間の教国の侵攻や冒険者ギルドの一件まで含めての事だが、あの時お前は何処に居てそこで何をしていたんだ? 答えてみろ」
「ち……」
「ち?」
「父上がまだ存命だったから……貴様も知ってるだろうが当主に逆らえばどうなるか、それが判らぬ訳ではあるまい!」
「判った。いや、お前の事情じゃなく、お前の性根が良く判ったよ」
このボンボンは自身の恋心を拗らせて、以前から父親のお手付きだと思われていたユナとメイに執着していたのだろう。
しかし父である太守が怖くて、それを言い出せなかったという訳だ。
それで父親が死んだと知って、今まで抑圧されていた二人への欲望が抑えきれなくなったのがよく判ったよ。
「どうしても二人の身柄を引き渡せというなら、こちらにもそれなりの用意があるが、後悔はしないだろうな?」
「お、脅すというのか、この街の次期太守であるこの僕を?!」
「もし今ユナとメイの二人をお前に任せたとしても、お前の親父より強い奴が現われて二人を差し出せと言って来たら、お前は彼女たちを守れるのか?」
「ま、守るに決まってるだろう、そんなの当たり前だ!」
嘘つけ。
このボンボンはきっと二人を差し出して、自分の身を守るに決まってる。
もしそれほどの勇気と覚悟があるなら、これまで何度もそのチャンスはあったはずだが、それをしなかったという事は結局そういう事なんだろう。
「そんな口先三寸の言葉など信じるに値しない。この二人はオレのモノだ、欲しければ奪ってみせろ」
「たった一人で意気がるなよ! こっちは護衛が三人も居るし、何なら街の衛兵たちを呼び寄せて牢屋に放り込んでやる。おいやってしまえ!」
やるも何も、もう勝負はついてる。
冒険者ギルドの建物は街の中央付近にあり、その南側にある庁舎から正面方向に伸びる大通りで結ばれているから南向きに建っている。
そして庁舎から、ここまで歩いて来たオレたち三人の後ろからやって来た彼らの影が、既にオレの足元にあるのだが果たしてこれがどう言う意味なのか、ヤツラが知る事はないだろう。
「おい、どうしたんだ、早くそいつをやっつけるんだよ!」
オレの魔眼に睨まれて、顔から脂汗を垂らしながら全く動く様子がない三人の護衛たちにシビレを切らしたボンボンがしきりに喚き散らす。
たかが言い掛かりを付けられた程度で、相手の生命まで貰うというのはちょっと気が引けるから、ここはオレ得意の腹パン一発ずつで赦してやろう。
そしてあっと言う間に三人の護衛たちが、文字通り何も出来ないまま地面を舐める結果となり、全員が白目を剥いて口の端から泡を垂らしているが、この程度なら生命に別状は無いだろう。
「どうだ、これでもまだやるのか?」
「お、覚えてろよ! 今すぐここに衛兵を呼んでやるからな!!」
なるべく大きな音を立てず、それと大怪我をさせないように気を付けてやった事が、結果としてオレとボンボンたちとの実力差を逆に判りにくくしてしまったのだろう。
ボンボンが懐から警邏の者たちを呼び寄せる笛を取り出し、大きな音を響かせて町中を巡回している衛兵たちを呼びつけると、丁度近くを巡回していた者たちが懸け寄って来る。
「おい、お前たち、僕はこの街の太守であるアグリース家の者だ。今すぐこいつらを縛り上げて屋敷まで連行しろ!!」
しかし、集まって来た衛兵たちはオレたち三人の前まで来ると、キレイに整列して敬礼姿勢のまま立ち止まる。
「おい! もうそのエルフ奴隷は父上の秘書官でも何でも無いんだぞ、だから早いとこ縛り上げてオレの屋敷へ連れて来いと言ってるだろ、これは命令だぞっ!!」
すると、集まってから一言も口を開かなかった衛兵隊長らしき者が言葉を発する。
「ゴ帰還ヲオ待チシテオリマシタ、まいろーどサマ、何ナリトゴ命令ヲ!」
もしかしたら、そうじゃないかとは思っていた。
彼らはこの街の庁舎がギルド冒険者たちに襲撃されて生命を落とした時に、オレが急いで造った下位死鬼の衛兵たちで、あれから事態が終息して街に普段の生活が戻った後も、こうして自分たちの街を守り続けているのだろう。
「今までよく頑張ったな。そのままだと生活するのに色々と不便だろうから、ここで不死者のレベルを上げておいてやろう」
「オオ、アリガタキ幸セDEATH」
オレは無造作に右手の先から伸ばした蒼い血爪を、ズブリ!と音を立てて男の腹目掛けて突き刺してやる。
「おい! 何やってんだお前!? 衛兵殺しは、じゅ、重罪だぞ!!」
ボンボンは相も変わらず煩いが、彼が自分の手を汚してまでオレに何かして来るとは思えなかったので、このまま無視して男の腹中へ不死因子を注ぎ込んでやる。
「おい、何か言え、僕を無視するんじゃない!」
するとボンボンがオレに敵意を剥き出しにして近づいて来るが、それはきっと悪手だぞ? つい先ほど自分の護衛たちがどんな末路を辿ったか見てなかったのか? オレに影を踏まれたボンボンがそれ以上前へ進めずにこちらを睨んでいるが、そんな薄っぺらい殺意なんてそよ風くらいにも感じない。
「これでいいだろ、お前の名前を言え」
「ロード閣下、小官の名はゲイルであります、サー」
「ではゲイルに命じる。そこでアホ面を晒してるボンボンを警衛所の牢屋にでもブチ込んでおけ、オレが良いというまで絶対外に出すんじゃないぞ。それとお前の仲魔がコイツを噛まないように言っておけ。絶対にこんなアホを不死者の仲魔とする事の無いようにな」
「了解であります、サー!」
「ロードくん、ごめんね。私とメイのせいでまた面倒な事に巻き込んでしまって……」
「気にするな。ああいったアホは何処にでも居るからな。それより中へ入ろうか──」




