第4話 床に転がっているアレ
こうして異世界へ召喚されてから、ダンジョンに関する様々な初期設定を終えたオレだが、そろそろ床に転がっているアレ(冒険者たち)をどうにかしないといけない。
結論から言えばオレが召喚される前に、ここにあるダンジョンコアを破壊しようとやって来た者たちだから情状酌量の余地は無い。
よってコイツらを配下にして魂が消滅するまでコキ使ったとしても、他の誰からも文句を言われる筋合いは無いないだろう。
オレは、これまで久しく行って来なかった眷属創造のスキルを使って、その効果を確かめておく事にした。
オレたち吸血鬼が配下を増やす方法は三つある。
その一つ目は『血の契約』によるもので、これは相手の体内にオレが持つ不死の因子を魔力と共に注ぎ込んで契約するのだが、この方法なら配下として最強ランクの不死者を生み出す事が出来るが、この契約行為は異性に対して行われるのが普通だとされている。
(だってオレがオッサンの首筋に噛み付く画を想像して見てくれ……)
次の二つ目は血爪を相手に突き刺し、相手の体内で血液と融合させる事で不死因子を送り込み、体内の細胞侵食して一方的に『血の契約』を行い隷属させるのだが、この方法なら性別を問わず配下とする事が出来るので、この血爪による眷属創造は、元の世界でも良く使用されていたスキルの一つだ。
最後の三つ目は血爪を使用するのは同じだが、相手と契約をしない方法もある。
これは相手にオレの配下となる程の知能が無い場合や、一気に大勢の者を配下にする必要がある場合にのみ行うケースで、この方法で配下となった者は屍鬼と呼ばれる存在となり、前述の方法で生み出された死鬼より下位の存在となる。
先ず最初は大盾を持っていた獅子獣人の男からだが、吸血ではなく血爪による眷属創造を行う。
獅子獣人故にガタイの良い身体をしているから、こいつを死鬼にしてやれば、獣人特有の高い身体ステータスに更なる上昇が見込めるだろう。
オレの右手にある全ての指先から吸血鬼特有の蒼い血が滲み出て氷柱のように固まると、刃渡りが三十センチ以上もあるナイフのような鋭い血爪となる。
そして男の首に爪先を食い込ませてやると、そこからジワリと滲んだ血が流れ出て冷たい床石の上に赤黒い染みを作る。
元居た世界でクリエイト・アンデッドの契約を行うには空間に漂う魔素が薄く、それなりの手間と時間が必要だったが、この異世界には潤沢な魔力があるおかげか、ほんの数秒で終わった。
男の首に食い込んだオレの蒼い血爪は、戦う時は強靭な鋼以上の硬度を誇るが、獲物の体内に食い込んだ部分を融解させて、身体組織や血管から心臓を通って脳と全身を侵食して行く。
全身の細胞へと送られたオレの不死因子は、最初に身体を感染症などから守っている免疫細胞を完全に破壊してから、次々と他の細胞へ侵食して、その核にある染色体の内部へと不死因子を組み込んでいく。
その際に細胞を構成している塩基配列を取り込み、新たなタンパク質を合成しながら、生物の生命に関する記憶領域を現在の情報のまま上書き固定する特性がある。
言ってみれば身体中の細胞が不死因子によって造り替えられ生命の在り方が変貌するのだ。
それは外部から攻撃によって身体細胞が破壊されるなどのダメージを負ったとしても、周囲の細胞から欠損部分のDNAをコピーして、空気中にある魔素を媒体にして自動修復を行ってくれる、とても便利な能力が追加される。
でも死なないからと言って痛覚が完全に無くなる訳では無いが、それでも我慢出来るレベルにはなる。
この痛覚麻痺は不死者の意識レベルと相関関係になっていて屍鬼のように自我の低いモノほど痛覚は無くなるが、逆に意識を明確に持ち、思考能力が高い高位アンデッドになるほど、ある程度の痛覚が残ってしまうのは脳の構造変化によるものだ。
それでも痛みによる怯みが発生しなくなるのは、戦ってる相手にはとても厄介な状態で、斬っても突いても立ち向かって来るアンデッドと戦うのは、コレが理由で忌避される傾向にある。
この様に相手が同性の場合は、オレの血爪を相手の体内へ直接送り込んで無理矢理不死者とするのだが、新たな配下となった者はオレに対して絶対の忠誠心を持ちその命令を無視出来なくなる。
(今この男の心の中は無限の生命を与えてくれたオレに対する感謝の気持ちでいっぱいなんじゃないかな?)
「古き血の契約により、汝に永遠の生命を与える。これより先、永久の時をオレに仕えるならその意志を示せ」
「我ガ名ハれおん、まいろーど様ノ新シキ下僕ニ御座イマス、何ナリトゴ命令ヲ」
こうしてオレと『血の契約』を終えた者には、身体のどこかに契約の証が現れる。この獅子獣人の場合は左肩だったようで、そこに黒い翼と牙を現す入れ墨のような痣こそ、彼がオレとの契約によって不死者となった証だ。
「ではこの城の守りを任せる。オレの許可無き者を侵入させないようにしろ」
「了解致シマシタ、まいろーど様」
レオンが玉座の間から出て行った後で、彼の仲間だった鎧騎士のヘルメットを剥ぎ取り、首筋にある頸動脈へズブリと音を立てて蒼い血爪を食い込ませる。
先程と同じプロセスで鎧騎士の身体の中にオレの不死因子を含んだ蒼い血が混ざり行き渡って行く。
今回は二度目なので、時短の為に男の体内へと注ぎ込むオレの血を多めにしておいたのだが、男の身体の震え具合から見るに、もうすぐ彼の心臓が最期の鼓動を打ち終えて、生者から不死者へと変わって行くはずだと思っていたその時……。
《マスター、その男の体内で不死因子を取り込んだ細胞が次々と自壊しています!》
「なんだとっ!!」
オレは即座に精神感応を使用して鎧騎士の全身をスキャンし状態異常を探ると原因は直ぐに判った。
そこは大脳と小脳の間で脳幹と呼ばれる中枢部のやや上にある中脳と呼ばれる場所で、本人の意思が及ばない自律神経を直接制御している生命の根幹となる部位において問題を発見した。
そこは人が生きる上で意識をしなくても、身体の各所で行われている生命維持活動を制御している場所で、この意識が及ばない場所に、何故か聖属性による『神の聖痕』が刻まれていたのだ。
刻まれていると言っても、それは数ミクロンほどの深さの傷によって記述された神々のスクリプトで、これのせいでオレの不死因子を拒絶するも、それが抵抗出来ないと判断して酸素の過剰摂取と濃縮を行い、男の細胞が自死するようにプログラムされていた。
その傷痕を精神感応で感知しつつ念動力(PK)を使用して、周りの組織から細胞を培養して修復を進める。
オレが修復した細胞には暗黒属性の魔力が宿り、聖属性の傷痕と融合する時に中和反応を示して、神々のスクリプトを消去するが、この男の場合はやや手遅れだったみたいで、彼の細胞組織の自壊を完全に防ぐ事は出来ず、白骨化が進みスケルトン状態となって行く。
「クソッ! このままだと、聖なるアホ神のせいで、オレの配下となる貴重な人材が失われてしまうじゃないか!!」
《マスターご安心下さい、この男はまだ完全に失われた訳ではありません。彼の魂は今も鎧の内に留まっています》
もしかしたら、悪霊からの精神攻撃を防ぐ聖騎士鎧の特殊効果が密閉容器となり、彼の魂が飛散するのを防いでくれたのかも知れないが、今は検証している時間すら惜しい。
鎧の首の隙間から、白い霧のような物質が漏れ出ているのが見えたので、さっき外したヘルメットを元の位置に戻し、その隙間を少しでも小さくしておく。
元は敵だったとしても、今の彼はオレの配下と成る者だ。
異世界のアホ神の嫌がらせと、オレの不注意によって彼の第二の人生が失われようとしているが、このまま簡単に彼を手放すつもりは無い、オレは諦めが悪い吸血鬼だからな。
「ショコラ、肉体を失った彼の魂をこの世に留まらせる方法は無いか?」
《彼の心に何か執着するモノがあれば、それを元に眷属契約を行い、鎧の内側に術式として書き込めば、鎧の中に留める事が可能だと思われます》
オレは精神感応でアイゼンの心の中を覗く。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アイゼンが騎士となったのは、まだ若かった彼が戦争で亡くなった父親の後を継いで、騎士爵を継いだからだった。
騎士である彼が仕えていたのはシパリティエ子爵家で、エルド王国ではそれなりに古く名家の一つとされていた。
アイゼンが子爵家へ訪れた時、紹介された子爵家令嬢の姿を見た彼は、一目で恋に落ちてしまう。だが、主家の令嬢と騎士の自分では身分が違うと考えた彼は、自分の心を殺して一生の忠誠を誓う事になる。
その後、彼の高い忠誠心と騎士としての実績を買われたアイゼンは、子爵家の親戚筋に当たる騎士爵家の娘を勧められるが、初恋相手の面影を忘れる事が出来なかった彼はその後も独身のまま過ごす。
しかし忠勤に励んだ彼の想いも虚しく、シパリティエ子爵家は政敵の罠によって没落し、その後は貴族家としての歴史を閉じる事となる。
その時、子爵令嬢は他家へと嫁いでいたが、実家が没落した事で離縁されてしまい娘と一緒に返されて来た。
その時、自分の娘を守る為に、没落した実家では不十分だと考えた子爵令嬢が頼ったのは天主教会だった。
その後、子爵家が取り潰しになる前に出家させておいた赤子は、その後に母親が亡くなった後も、教会で育てられて生命を繋いだようだった。
アイゼンは子爵家を守れなかった後悔を胸に、これまで生き永らえてきたが、子爵令嬢の娘が教会でまだ生きている事を知ると、その子を守る為に新たに教会騎士となった。
(その娘というのが、あそこに倒れている少女神官と言う訳か……)
「古き血の契約に従い、お前の望みを叶えてやろう。お前が守りたいと望んでいる娘が不死者として、オレの配下となる事だけは承諾しろ。その代わり、ロンド王国の貴族どもには必ず復習する機会を与えよう。その条件で承諾するなら、鎧に取り憑いて起き上がって来い」
鎧の隙間から漏れていた白い霧が段々と暗い色に変色して最期は真っ黒になり、黒くなった霧が鎧を包み込むように広がり、今度は隙間から中へと吸い込まれるように入って行った。
立ち上がった鎧の胸には、オレとの契約を示す証が現れ、仄かに青い光が浮かび上がっていた。
「まいろーど。ぷりん様ヲ宜シクオ願イ致シマス」
「ああ、任せろ。後で会わせてやるから、それまで下で待ってろ」
こうして、リビングアーマーとなったアイゼンの他に、従騎士のイリアと、まだ名前を知らなかった弓士のクロウリーも無事に不死者と成り、先に配下となった獅子獣人のリオンと共に城の守りを命じる。
アイゼン以外の二人も吸血の儀式は行わず、血爪によって不死者となったので、まだ吸血鬼には成っていないがそれでも生前の記憶と人格が残ったまま死鬼と呼ばれる存在になった。
吸血鬼と比べると能力の多様さでは比較にならないが、近接戦闘能力だけを見るなら決して見劣りはしないはずだ。
死鬼は吸血鬼のように喉の渇きに悩まされる事も無く、雑食性で永遠の時を生きる彼らは高い知能を持ったまま生前と同じ生活を送る事が出来る。
兵士となれば、それなりに高いインテリジェンスを持ち、ただの戦闘のみならず潜入工作なども出来るから、これほど配下に適した種族は居ないのではないかと思う。
こうして、オレの配下となった彼ら(と彼女)は、普通の冒険者が正面からマトモに戦っても、ほぼ太刀打ちできないくらいの強さになってるはずだ。