第30話 それが答えじゃ
辿り着いた地下都市の一番大きな洋館へと案内されたオレは、早速だがサッキュバス一族において随一の美貌とスタイルを持つとされる、この街で一番身分の高い未婚女性と対面する事になったのだが、そこでシンディとの面会を申し込んだ。
「儂の名はドリゼラ、ドリーと呼んでたもれ。貴殿との逢瀬を楽しみに待っておったぞ」
そこには、つい先ほどこの館までオレを案内をしてくれた女性とよく似た妙齢の美女が真紅のドレスを身に纏いオレを待ってくれていたらしいのだが、彼女の右手の中指に何故かオレがシンディに持たせたはずの赤い宝玉の指輪が嵌められていた。
「あのブタめは、貴殿を裏切りこの指輪を我に差し出してこう言ったのだ。後でこの指輪を持つ我の元に相応しい男が現れるとな。誠に持ってそなたの外見とその立ち振舞いは、高貴な儂に相応しい相手とお見受けする。それに貴殿は次期魔王となるほどの実力と多くの配下も居ると聞いておるので、ここはあのブタでは無く儂の手を受けてはいかがかの?」
(こいつは一体何の話をしているんだろう?)
オレがいつシンディに花嫁候補を探すように頼んだと言うのだろうか? 今のオレは来客の立場ではあったが目の前にいるホストとの会話をここで打ち切り、再びシンディとの面会を希望する旨を伝える。
確かに今目の前に現れたドリーと名乗るシンディの義理の従姉妹の女性は、まじまじと見れば確かにサッキュバスの一族でも類を見ないほど完成された美貌とスタイルの持ち主であるし、その彼女が自慢する大きな胸と細く括れたウェストラインの他、スラリと伸びた美しい二本の美脚についてケチをつける所など全くと言って良いほどダメな所が見当たらない美女ではある。それは認めよう。
もしこの彼女を自分のモノに出来ると知れば、世の王族たちが挙って戦争を始めてもおかしくないレベルの美女だと言っても過言では無く、あれ以上の美しさを求めるなら後は美の女神くらいしか思い浮かばない。
それなのに初めて会ったオレなんかの何処をそれほど気に入ってくれたのかは知らないが、オレが今回この場所を訪れたのはシンディにもう一度会う為だというラインだけは譲れない。
そしてシンディの育ての親であった先代女王の形見の品が無事に修復できた事を伝えて、あの彼女が喜ぶ顔が見たかった。
またこのサッキュバスの街が地下都市だったので、もしかしたらここもダンジョンなのではないか思い時間に余裕があればその調査もしたいので、その許可も欲しいのでこの街の支配者たる目の前の女性を余りぞんざいに扱う訳にもいかない。
「何故それほどまで、あのブタ女めに拘るのか我には判らぬが、ここへあの者を呼んで我と並ばせれば貴殿もきっと正しい判断がどちらなのかハッキリと判るであろう。これ、誰ぞシンディーナめをここへ連れて参るのじゃ!」
すると先程の案内役の美女が一度奥へ入って行ってから、とても『ふっくら』とした女性(?)を伴って現れる。
「どうじゃ、これでも我よりそっちのブタの方が良いと言うのかえ?」
目の前に居るシンディの義理の従姉妹が、自分の右手中指に嵌った赤い宝玉の指輪こちらに見せつけるようにして前へ差し出す。
(早くこの手を取れと言ってるのだろうな)
これは先ほど目の前の美女が言っていたように、オレがこの手を取れば街の仕来たりか何かで婚約が成立しそれを了承した事になるのだろう。
目の前には絶世の美女が颯爽と立ち、その横にはどこか居心地が悪そうな究極のふっくらさんが下を向いて立たされている。何も事情を知らなければ、オレも絶世の美脚を誇るようにして立っている左側の女を選んでいたかも知れない。
だが彼女の右手中指に嵌められた赤い宝玉の指輪は、オレに対して悪意を持つ事を示す赤い光を放っている。
あの指輪にはそれを嵌めた者の身体の異常を防いでくれたりする機能も実装してあるが、もし再会したシンディがオレたち不死者に対して忌避感を持っていて、それを言い出せなかった場合の為に組み込んでいた便利機能なのだが、それがこんな形で役に立つとは思いもしなかった。
オレは迷わず絶世の美女……ではなく、その隣で下を向いたままのシンディの手を取り、俯いたままの彼女を連れて部屋から出ようと歩き出す。
「何故じゃ、何ゆえ我ではなく、その呪われたブタ女を選ぶというのか?」
失礼な! シンディはブタじゃない……はずだ、たぶん。
ただ少しだけポッチャリというか『ふっくら』しているだけで、この脂肪の塊の中には目の前にいる絶世の美女すら霞んでしまうほどの魅力を持つ女性が隠されている……はず。
「何故も何もオレは最初から、この人に逢いに来たと告げたはずだが?」
「我のどこがそのブタ女に劣ってるというのか教えて貰わねば、ここから出す訳には行かぬ! マトモな思考能力を持つオスならば必ず我の方を欲っするはずじゃ!」
「では逆にオレから聞こうか。シンディのどこがお前に劣ってると言うのだ?」
オレの脳裏には今もあの時見たシンディの御美脚がクッキリと、しかもその輪郭の一ドットに至るまで詳細に記憶されている。
確かに目の前に居るこの女も、確かにシンディに勝るとも劣らないほどの美脚の持ち主ではあるが、最初にシンディの『真の究極』を見てしまった後では、たかが『絶世』などただの類似品にしか見えない。
「どこを見ても我の方が優れておる! 顔も、胸も、腕も、腹も、腰も、尻も、脚も全てじゃ!」
これほど食い下がって来るのなら仕方が無い。あの女には言葉では無く現実を見せてやる必要があると考えたオレは、シンディと向かい合って彼女の薄紫色をした瞳を見つめる。
「シンディ、オレは最初何も知らずにお前の右手中指に指輪を嵌めてしまった。だがお前の母の形見であるスーツを直すための素材を集めている時や実際に修復作業を行っている時、そして今日この街までそれを持ってお前と再開しあの時の笑顔をもう一度見たいと心から思った。オレにはまだ配下たちが安心して暮らせる国を造っている途中だからお前一人だけを見てる訳にはいかないが、お前さえ良ければオレの元へ来て欲しいと本気でそう考えている。もし良ければ今ここでお前の本音を聞かせてくれないか?」
「わ……妾は……妾はお主と共に行きたい。ここには母上との大切な思い出はあるが、それら全てと離れてでもお主と共に生きていきたい。それが答えじゃ」
「このブタめが! 言うに事かいて、これまで一族から受けた恩をここで捨て去るというのか!?」
「お前な……さっきからオレの女にブタだ何だと少し煩いんだよ。それならここで少し面白いモノを見せてやろう。自分たちがイジメていた『みにくいアヒルの子』の正体をとくと見るが良い!!」
オレはシンディの丸々と太った身体を出来るだけ優しく抱き寄せ、彼女の首に唇を当ててキスをする前に目で語りかけると、彼女はその太くて短くなった首を少しでも傾けて何とかオレの目の前に頸動脈が埋まってるはずの白い肌を近づけてくれた。
シンディが痛みを感じない様に最初は唇だけを押し当てて軽くキスをする。
オレたち吸血鬼の唾液には相手の皮下神経を麻痺させる効果があるから、それから優しく牙の先を押し当てて彼女の柔らかい皮膚を刺し貫いた。
「ぅうぁ……」
小さな吐息を漏らしたシンディの巨体を支えるべく、きつく抱き直した体勢でオレの牙が根元まで突き刺さり皮下脂肪の下にある頸動脈を貫通させると、彼女の血液が内圧に押し出されて口内いっぱいに流れ込んで来る。
今はまだ彼女を不死者にするつもりは無いが、シンディの身体がこのままだと目の前の女がどうしても納得しない様子だったので、ここで彼女魔力を全て吸い出して本当の美しさを見せてやろうと考えた。
血液を出来るだけ吸い出さずに血中に含まれた魔力だけを一気に吸い上げる事で、一時的に魔力欠乏症と同じ症状を引き起こす。一気に大量の魔力を失う事によってシンディの血圧が一時的に下がり体温も少し冷たくなってゆく。
そもそも脂肪とは何だ?
それは生物が生きる為に体内に貯め込んだエネルギー塊の事だが、オレたち不死者が飢えで死ぬことは無いのでエネルギーを脂肪に変換して貯めておく必要は無い。だからオレの不死因子はシンディの身体細胞を作り替える為では無く、彼女の身体中にある脂肪細胞を死滅させて容積を減らすためだけに活動し続ける。
するとどうなったのか……? あれほど丸々と肥え太っていた脂肪の塊が、みるみるうちに痩せ細っていくが、それはまるで脂肪の塊の中から『真の究極の美』を彫り出し、徐々にその姿を顕わすような作業と少し似てる気がした。
シンディの本当の姿を見せつけてやれば自称『絶世の美女』と、その取り巻きたちの顔が引きつって行くのが判かった。
オレがシンディの首筋にキスをしてからゆうに五分ほどが過ぎ去ると、最初は脂肪でパンパンだった彼女の体型が出るべき所は十分に大きく膨らんだまま、引っ込むべき所はほっそりと引き締まり、あれほど丸々としていたシンディの身体の中から不要と思われる脂肪細胞が完全に消え去っていた。
そこに現れたのは『絶世』を超えるほどの『真の究極』の美(脚)。
その匂い立つような艶かしくも若くて健康的な色香は、その両者が互いを高め合う事によってよりハイレベルな芸術作品として完成し見る者の心を捕らえて離さない。
シンディが持つ『神の至宝』とでも表現すべき腰骨から下にスラリと伸びた長く美しい二つの御神体は、彼女の均整が取れた上半身がそこに在るというだけで、全身のバランスをこれ以上は望むべくも無いという比率で完結させてしまう。
それはまるで美しい海を守る為には、より美しい山河が必要だと言われる様な、それとも実り多き作物を育てる為には土壌作りから行わなければ成らないと言われる様な、その理由を知らなければ例え組み合わせを思いついたとしてもシナジー効果を発揮させる事が極めて難しい、そんな奇跡をオレは今この目で観ているのだった。
「そんな、シンディの呪いは、それこそ死にでもしない限り解けないのではなかったのか?」
「これでもう気は済んだだろ? オレもそれほどヒマでは無いのでこれで失礼させて貰う。あと何か他にも言いたい事が有るのならオレの城にでも来ればいい。シンディがお前たちに会いたいと言うならオレも邪魔はしないからな」
こうしてオレは、シンディの実家を後にしたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
もしサッキュバスたちとの邂逅が上手く行ったら、その場で地下都市の調査を願い出てダンジョンコアの有無などについても調べておきたかったのだが、こんな結末となってしまったので今回はもう諦めた方が良さそうだ。
オレのテレポはドロシーの転移術とは違って、自分一人だけと言った制約があるから今はこうしてシンディと二人一緒に城まで飛んで帰る事にした。
「実家からこんな去り方をして後悔はしていないか?」
「後悔なぞするものか、これから妾には新しい人生が待っているのじゃからな?」
こうして誤解から始まったオレとシンディの出逢いだが、オレがこちらの異世界へとやって来て以来初めて自分から女性とのお付き合いを申し込む結果となったが後悔はしていない。
思い返せば今オレの元に居る配下たちは皆元は敵だった者たちばかりで、彼ら彼女らが示すオレへの忠誠心や敬愛の感情は全て血の契約によるものだと思っている。
そんな中、自分の意思でオレの元へと来てくれたシンディには好意以上の感情が芽生えてしまっており、そんな彼女がシルヴァニア城で暮らす仲魔となってくれたのは本当に嬉しく思う。
しかしこのシンディに対して行ったオレのアプローチが、これまで何かと問題の多かったシルヴァニア城の中の危ういバランスを崩してしまう切欠となるなど、この時のオレはまだ知る由も無かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「マスター、お帰りなさいませ」
「ショコラ今帰った、何か変わった事は無いか?」
「あの、それがですね……」
ショコラの報告では、配下の中でも女性陣の皆に問題が出たという報告を受けた。
ただその問題というのがシルヴァニア城内にある各自の部屋割りだと聞き、一体何が起こっているのかオレにはさっぱり判らなかった。
だって問題があると聞いたから女性陣の皆に話を聞いて回ったのだが、誰一人として問題など起こっていないと口を揃えて言うから、さすがのオレも起こっていない問題など解決のしようが無く、オレはシンディを空き部屋となってる一室へと案内し、ショコラに頼んで彼女の生活用品を揃えて貰うように頼んでおいた。




