第29話 夢魔の街へ
オレは今シルヴァニア城の地下、約300メートルの地点に居る。
最初はこれほど深い場所まで掘る予定では無かったのだが、あぶく銭……いや、あぶくポイントを大量に手に入れてしまったので城の地下に次々と地下発掘用の坑道を削孔していったのだが、気が付けば誰が見ても立派な地下迷宮へと変貌を遂げていた。
(この地下だけでもクロノのダンジョンより規模が大きくなったと思う。それにここは地下資源が豊富みたいだから、ここで採掘した鉱石等を元冒険者のリオンたちに近くの街へ持ち込んで、ここの噂を流せばドワーフどもが冒険者を引き連れてやって来ると思うから、城から離れた場所に入口を設けておこう)
比較的上の層では様々な金属類が埋蔵されており、下へ進むほどそれら以外のレアメタル鉱石の他宝石等の原石も混じるようになった。
だが今回の目的は、あくまで暗黒龍の死骸から翼膜を採取するのが主目的なのでショコラのダウジングを信じてここまで堀り進んでしまったのだが、さすがにこれほど深い所まで掘削するなんてオレも考えていなかった。
それでも次々と発掘されるお宝がオレの心を熱くする。「あと、もうちょっとだけ」なんて考えながら掘削を進めていたのだが、そのタイミングで新たなレアメタルが手に入るものだから途中で手を休める事が出来なかったのだ。
《我の身体を欲するお主は何者だ?》
そんな時、オレの心に精神感応で直接語りかける者が居た。
「オレはヴァンパイア・ロードで、ここのダンジョンマスターだ。そう言う貴様こそ誰なんだ?」
《ほほぅ、この掘り返されて穴だらけになったモグラの巣がお前の住処とは、吸血鬼も昔とは生態が変わっているのだな。紹介が遅れてすまぬが我は既に死して滅びてはいるが、遥か昔は龍王の一族に名を連ねていた者だ。それでも今はここに埋もれた亡骸にこびり付いている亡霊のようなものだと思ってくれ》
かつてこの地で魔王大戦と呼ばれる世界大戦が起こった時、龍王たちは一族を率いて魔王と共に人族連合と戦った。結果として彼らは破れて敗残の兵となり最後の一兵まで決して降伏はせず、死して滅びるまで戦い抜いたとダンジョン・コアの記録には、そう書き残されていた。
《お主の目の前にある、その白い鉱石こそ元は我の牙であった物の化石だ。もう我には必要無いゆえ持って行くがよい。その牙さえあれば暗黒魔法で竜牙兵を生み出す事が出来るだろう》
オレはこの元龍を自称する思念体に暗黒龍の翼膜を探していると告げたが、いくら龍の素材だとしても亡くなってから優に千年以上も経っているから、地中のバクテリアに細胞レベルで分解されているはずだと聞いてガックリと肩を落とした。
《じゃがその暗黒龍の素材で作られたスーツとやらだが、それが真であればエサとなる素材を喰わせてやれば元の姿形へ戻るはずじゃぞ?》
オレが預かっているシンディのハイレグスーツは古代のレア装備で、龍が好むエサ……例えば神龍の花やネクタール、あと高純度の魔石なんかでも良いと聞いて心に希望が戻ってきた。
《お主と話せて良い気分にさせて貰ったが、今日はそろそろ眠くなってきた、また会おうぞ。モグラの主よ……》
「おい、オレはモグラじゃな……って、もう寝たのか。年寄りだけに寝付きは良いみたいだな。色々教えてくれてありがとう、もうこの辺りでトンカンするのは止めておくから、ゆっくりと眠ってくれ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
こうしてオレは地上へと戻り、ショコラの作業室でシンディのボディスーツの修復に取り掛かる。
もちろん高純度の魔石はクロノのダンジョンにもそれなりの量を隠してあったのを見つけたから、ダンジョンポイントと一緒にうば……譲り受けていたから結構な数がある。
最初は『スーツに魔石を喰わせる』なんて聞いた事が無かったので方法が判らなかったが、たまたまニーハイブーツの中に落ちて入った魔石が一瞬で消えて無くなったので、あれから毎日のようにハイレグスーツの中に高純度の魔石を突っ込んで喰わせてやったので、今ではもう元通りどころかピカピカの新品状態まで修復が完了している。
そう言えばシンディからこのスーツの修復を依頼されて少しだけ日数が掛ってしまった気がする。
このスーツは彼女を育てた先代女王から贈られた、とても大切な形見だと聞いていたから、こうして無事に修復が済んだ今、これから直ぐにでも届けてやりたいと思った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それじゃ行ってくる」
「マスター、お気をつけて。いってらっしゃいませ」
オレはあの日シンディが飛び去った方向、つまり城から北北西へと進路を取り背中の吸血鬼ウィングに魔力を込める。今思い返して見ると彼女が帰る際に何度もこちらを振り返えっていた姿が、どこか寂しそうだったのを覚えている。
あの時シンディに渡した指輪には、この城の防衛結界が発動して攻撃してしまわないように『友邦者』として認識する機能が込められており、その他には彼女の現在位置を示すナビゲーション機能も搭載されているのだが、彼女は今もあの指輪を持ってくれているだろうか?
《シンディ様の指輪が示す方向はやや左正面11時の方向で、距離は約1300キロメートル先の地点です》
「ショコラ、ナビをありがとう。これで目標の位置が大体判ったよ」
まだ距離はあるが方向さえ判っていなければ後は時間の問題だ。ある程度の距離まで近づけばオレの肉眼でも見えてくるだろうが、まだ先は長い。これくらいの遠距離飛行なら丁度良い機会なので、教は吸血鬼ウィングに更なる魔力を込めて飛行実験をしながら向かう事にした。
最初は空気抵抗がより少なくする為に一度成層圏の手前まで上昇飛行を行う。空気が薄くなる地表から約50キロメートルくらいを目安に上昇するのだが、上昇するほど空気が薄くなり翼の揚力だけでは体重を支えられなくなり、途中から念動力も併用して身体のバランスを整える。
まだこれくらいの高さなら空気を翼で受け止めて、それを推進力に変えた所で大したスピードは出ない。
吸血鬼ウィングを大きく広げた状態から斜め後ろ方向へ約30度の角度まで畳み前進時の空気抵抗を極限まで減らす。この体勢のまま念動力で翼の後方からジェット気流を吹き出すイメージで暗黒属性の魔力を過燃焼させて噴射する。
(獄炎魔法を後方のみへ限定して噴射すればアフターバーナーみたいに加速する事が出来るのは確認できた。これを本気でやれば音速の壁なんて楽に超えられそうな気もするが今は安定飛行を優先させよう)
結果から言えば最大飛行速度は体感で時速1000キロ以上は出せると思う。何故『思う』のかと言えば、今のオレの魔力量だと全速力を出せるのが30分くらいしか保たなかったからで、進んだ距離を時間で割って算出した結果このまま巡航速度を維持し続ければ、およそ3時間くらいでショコラが教えてくれた場所に到着できるだろう。
そしてもうかなり近くまで来たはずなのに、オレの視界には『魔の森』と呼ばれる森林地帯が何処までも広がっており、地平線の先には山脈が薄い青色に見えているだけでサッキュバスたちが住んでいる街など何処にも見当たらない。
だがサッキュバスたちもオレたち吸血鬼と同じく『夜の住人』と呼ばれている魔族だから、恐らくこの森林地帯の何処かに彼女らが住まう地下都市があるはずで、その場所はショコラに贈った指輪が教えてくれている。
◆◇ ◆ ◇ ◆
目的の場所まで到着したので森の中へと降りると、何故かその場所でサッキュバスの妙齢美女が一人でオレを待っていたみたいだが、もしかするとサッキュバスたちの防空識別圏に侵入した段階でオレがここに来るのを察知されてたのだろう。
彼女たちサッキュバスの一族はその全員が女性であり、子孫を残す為には別の種族の男性と交わって子供を作るのだと聞いていたが、それは異世界でも同じらしい。
しかも妊娠前と産褥後の体型を比べても変化は見られず、逆に子供を生んだ後の方がより妖艶な魅力を持つとも聞いている。
もしサッキュバスの女性を妻に娶る事が出来れば世の男どもの理想とも言える『一生劣化しない嫁』が手に入るのだが、彼女らが子供を身籠ると故郷へ戻ってしまい親族たちと一緒に子育てをするのが一般的らしく、その子が大きくなるまでの期間は夫の元に戻って来ないとも聞いている。
彼女たちの子育てが終わるまで10年以上もの間戻って来ないのも珍しく無いから、育児が終わってから再会した夫が既に別の女性と一緒に暮らしていた場合も多く、長く家庭を維持出来ないのが種族共通の悩みらしい。
またサッキュバスが身籠る子供はそのほぼ全員が女の子として産まれて来るが、ごく稀に男の子が産まれる事もあって、その場合はインキュバスと呼び『忌み子』として森に捨てられる。
「ようこそいらっしゃいませ、私はナーシャ。我が一族の長が地下都市の館にて貴方様の到着をお待ちしております」
若くて美人のサッキュバスに挨拶されて相手をまじまじと見たがシンディと余り似ていない。それはシンディは先代女王の娘で、母親が亡くなってからその妹にあたる伯母たちと一緒に暮らしてると聞いた事を思い出す。
「今日は、シンディから預かっていた品物の修復が終わったので届けに来た。案内を宜しく頼む」
オレは案内役の美女にそう用件を告げてから、彼女の後ろについて少し離れて歩く。
彼女たちサッキュバスの翼はオレたち吸血鬼とよく似たコウモリの形をしているが、オレの翼が太い鉤爪がある龍翼なのに対し、彼女たちの翼の形状はどちらかと言えば蝙蝠のそれに近い。
オレは前を歩く美女の背中に小さく折りたたまれた蝙蝠の翼を見ながら歩いているのだが、彼女が意識してやってるのかどうかは知らないが、歩く時にお尻を左右に振って揺らすような歩き方は元居た世界で外国の女優さんが流行らせていたのを思い出す。
(まるでモンローウォークみたいだな)
森の中にある一際大きな樹と樹の間にかなり大きな【ゲート】が作られており、ここからダンジョンの内部みたいな真っ暗な坂道を下へ向かって歩いて行く。
下りの坂道は少し距離があり途中で何名ものサッキュバスたちとすれ違うが、どのサッキュバスたちも全員が抜群のスタイルをしていて大きな胸と括れた腰それに魅惑的なお尻と、まるで美術館に展示されている女神の彫刻のように均整の取れたスタイルをしていた。
(どうしてオレはサッキュバスロードじゃなかったのだろう?)
そんな哲学的思考を続けながら、オレは目の前を歩く美女の太ももを後ろからチラ見しながら、ひざの裏側にある膕の窪みが動く様子や脹脛の筋肉が収縮する動きを見ながら、人生哲学について深い考察を続ける。
もしオレがサッキュバスロードとして生を受けていたなら、この楽園とも呼べる地下都市の中で死ぬまでひっそりと過ごしていた可能性はかなり高い。
気がつけば下っていた坂道が終わり、そこから更に地下迷宮みたいな通路を歩いて行くのだが地下にあるはずの街がやけに明るいと感じた。
それもそのはず地上にある光葉樹と呼ばれる種類の樹々が太陽の光を吸収して地下に伸びた根っこから地上の光を届けてくれていたのだった。
(これは便利な植物が居たものだ。正直驚いたな)
是非これらの植物をうちの城にも持ち帰り、今は薄暗いうちの地下迷宮を少しでも明るくしてやれば、冒険者たちの間で大好評となり来場者数が一気に増えるかも知れない。
そしてこの地下都市にある一番大きな屋敷まで案内されたオレは、サッキュバスの一族において随一の美貌とスタイルを持つとされる、この街で一番身分の高い未婚女性と対面する事になるのだが、そこでシンディとの面会を申し込む事になるのだが……。




