第21話 繊細な生き物
ドロシーが張った手術用無菌結界の中で行われているのはプリンとディアーネによる肉体治癒魔法で、不死者となった二人の魔力は今や生前とは比べられないほどのレベルに達している。
元々聖女として治癒魔法を中心に修練を重ねてきたディアーネの医療技術は正に芸術レベルと言っても過言ではなく、人体の構造などを正しく理解し体細胞にストレスを与える事無く自然に分裂を繰り返して傷口を溶接するかのように塞いでゆく治療法は、まるで元の世界の現代医学を元に魔法による可能性をプラスしたような印象を受ける。
開始からたった5分でオレが大きく抉った背中の穴が、丁寧にそして素早く元通りに修復されて行く。通常の回復魔法では治癒が出来ないはずの黒い魔剣によって破壊されたユナの細胞に対して、プリンが一定の闇属性魔力を注いで副作用を抑え込み細胞分裂によるテロメアが摩耗しないように固定させておく。
こうする事でディアーネが施す術式が細胞の一つ一つの再生を助け修復を終えた骨格と内臓、それに筋肉と皮下組織を融合し全身に張り巡らせた血管と神経組織が息を吹き返してゆくと、そこには傷跡などどこにも見当たらない生まれたままの素肌を持つユナリアが復活しつつあったが、ここでオレはディアーネに大切な事を伝え忘れていた事を思い出す。
「肩の傷痕は二人の思い出だから今はそのままにしておいてくれ。それと欠損してから何年も経ってるけど耳の方も何とかならないか?」
「はい御方様、そちらの傷も完全に元通りになりますのでご安心下さい」
ディアーネが施す治癒魔法は、ユナがあの時ヘンタイロリクソ天使の力を借りて治した右肩の痕くらいなら完全に消してしまえるのだが、ユナの気持ちを考えるなら本人の意思を確認しないまま消してしまうのは何か心に引っかかりを感じたのではなく、これから悪逆の吸血鬼の配下として生きて行くなら右肩の傷痕は歴戦の証にも見えるし、切られたままの耳では人間と間違われてしまうからな。
先日勇者リンと一緒にオレの配下となったばかりのディアーネだが、普段からとても忠実で言う事も良く聞いてくれるので助かっていが、何と言えば良いのか常に色っぽい仕草を見せて来るし、ベタベタという程ではないが適度にスキンシップを求めて触れて来るから対応に困る。
今もオレのお願いを聞いて頷くだけで良いのに、態々上半身を下り曲げ丁寧なお辞儀をするからローブの胸元が開き大きな深い谷間を見せつけてるような気がするのは、単にオレが自意識過剰なだけなのだろう。多分そうだ。そうに決まってる。
オレは高貴な吸血鬼だから、ディアーネの白い首筋を不意に見せつけられたとしても鋼の自制心でスルーする事ができるが、そんな時こそオコチャマ体型のプリンを見る事によって今にも迸ろうとしていたパトスが急に大人しくなり通常の世界が戻って来る。まさかプリンの姿に鎮静効果があったとは嬉しい誤算だな。本人には絶対言えないけど……。
ディアーネとプリンが二人掛かりで身体の治癒を進めている間、オレはラスティが集めてデス子がユナの中へ注いた108つの魂の欠片を念動力(PK)で集めて温めながら、一つずつ丁寧に時間を掛けて繋ぎ合わせる作業に集中していた。
あのヘンタイロリ天使に貪り喰われてしまった魂の大部分については、もう取り返す事は手遅れでどうしようも無かったが、あのクソ天使との詐欺契約から例え半分弱でも自分の魂を守り切ったユナの知能には感服するしかない。
普通に考えればユナを元通り復活させる方法など無いはずだが、オレたち不死者に生者とは異なった概念で存在するから、ここに居る皆で力を合わせて例え無理だと言われても黄泉路から引きずってでも帰って着て貰うしかないだろう。
(無理を通せば道理が引っ込むのは世界共通の真理だ。きっと何とかなる!)
ただ通常の大人の魂と比べると、約半分ほどしかオリジナルの部分が残っていなかったユナの魂を、どの様な方法と手段で元に戻すかについては三者三様で意見が別れた。
第一案は生命の術式でスクリプトを組上げた不活性のマナを元に、魂と同じ配列で構成されたエーテル体を合成してその不足を容量的に補うというもの。これは時間さえ掛ければ、いつかユナの魂が成長してエーテル体を吸収し置き換わって行くと思うが、何分オレたちも初めての試みなので彼女が目を覚ますまでにどれくらいの時間が掛かるか全く予想が付かないのでボツとなった。
第二案は容量的に半分しか無い彼女のオリジナルの魂を脳や心臓など重要な臓器が集中する上半身の辺りへ集中して固定するというもので、この案であれば直ぐに目覚めたユナと意思疏通が可能となる可能性は高いのだが下半身と手足がどの程度動くのか不明な事と、やってみなければ結果が判らず意識が戻ったとしても魂の自然治癒が進んで手足が動くまでどれくらいの時間が掛かるのか予想がつかないと言う事でこれもボツに……。
第三案と言ってもこれが最後の案なのだが、我が軍で最高の魔術を習得しているが普段の言動からアホな子にかてごらいずされてるドロシーが、ここにきてエポックメイキングな発言をしたのだ。
「魂が半分なら身体も半分でええんとちゃうの?」
それならどう半分にするのかと言う点において会議は紛糾する。
ある者は上半身だけあれば良いと言う者や前半分ではどうかと言う者も居るが、もしそれが自分の身に起こるとしたら絶対にやらないであろう怪しげな意見が飛び交う。
「脚なんて飾りです。無くても浮遊すれば良いし両手も精神力で動かせばオールレンジ攻撃も可能な超兵器になりますわ!」
「うん、意義なし、プリもそれに賛成なの」
(みんな、ユナをどんな機動戦士にするつもりなんだ。それと脚は決して飾りなんかじゃ無いぞ? エロい人じゃないとそれは判らないと思うが……)
何故かディアーネたちが美しいユナ脚を切除する件について異常ともいえる執着を見せているが、ドロシーの言う半分とは斬り飛ばして半分という意味ではなかった、当然だよな。
「えーとウチな、聖属性魔法が苦手やからずーっと細胞とかの研究を進めとった時にテロメアっちゅう細胞がある事に気づいたんや。それをこうビーーーて伸ばしたったら若返るんちゃうかと思ってやってみた事があるねんけど……」
やっぱりドロシーは天才だった。但し限りなくアホに近い方の……。
天才ではなく天災レベルのアホ的発言ではあったが今のドロシーの思い付きが突破口となり、次々とアイデアが集まり、それがまた誰かのアイデアを発展させて進化が加速される。それは元居た世界の大学等で行われるブレーンストーミングというヒアリング手法で、まさかこれほど一般教育が遅れた異世界においれそれが再現されるなんて考えてもみなかった。
結論としては、最初に完全修復させたユナの身体を今の年齢の半分である10歳くらいまで若返らせてから、傷つきすり減ってしまった彼女の魂を身体へ戻して吸血の儀を行い不死者として復活させるのが一番確実だろうと言う事で意見が一致した。
ディアーネとプリンが治療を終えたユナの身体を、今度はドロシーが持つ時空間魔法を応用して細胞の状態を10年前まで巻き戻す。そこまで年齢を遡ってもユナの右肩にあるアザが消えなかった理由はよく判らないが、このままでも彼女の生命と魂に影響が無いという事でそのまま復旧作業を続けた。
ドロシーの謎魔法によって、あれほど大人の色香をプンプンさせていたユナの身体が本当に小学生くらいまで小さくなっていくが、それでもやはりあの8頭身のスタイルと美脚のラインは健在で10歳の少女にしてはやけに脚が長く子供の読者モデルみたいな容姿に仕上がったのは順当な結果だと言える。
ちなみにプリンは5.5頭身くらいな。
ここまで来れば最後はオレの番となるが、ここで手の空いた三人の配下にはオレが反魂の儀を行ってる最中に邪魔が入るといけないから、まだ街の中心部の方で続いてる戦いで守備側の兵士たちを助けてアルニード教国の軍隊を撃退しておくように命じておく。
そしてあの三人が居なくなるってからオレはドロシーが治療の為に地面を盛り上げて作った簡易台の横にしゃがみ込み小さくなってしまったユナの首に唇を近づけた。
こうして近くで見てみると子供に若返ったユナの首はとても小さくて、細くなった頸動脈を探して牙を差し込むのも気を使う作業になる。彼女の魂は天使に喰われてダメージこそ負っているが、プリンやディアーネたちの様に魂の奥底に聖なる呪いが刻まれていなかったのは幸いだった。
彼女の細くなった首筋の頸動脈を牙の先で探しながら先端で薄い皮膚突き破る。大量に失ったはずの彼女の血液が血管から流れ出てオレの唇を濡らす。先の治療によって輸血された血液がユナの身体から失われていくと同時に、流れるものが無くなった血管の中にオレの不死因子をもつ暗黒属性の魔力が流れ込む。やがて心臓へと達したオレの不死因子が彼女の心臓を造り変えて身体全体に物理的な変化を齎す。
――ドクン!
最後に残った血液を身体の外へ追し出すかのように、ユナの心臓が最後の鼓動を刻むと彼女の身体が一度大きく跳ねるように震えた。これでオレの不死因子がユナの心臓を魔石に変えて今後は全身へ不死因子を循環させるモーターの役割を果たすようになる。
そしてユナの体内へ入ったオレの不死因子が、彼女の身体中にある血管を通って全身まで行き渡るようになり、その過程でオレが持つ不死因子が細胞内部に取り込まれる事で全く新しいタンパク質が創り出される。
この新しく創造された不死細胞は次々と自身を複製分割を繰り返して増殖を続けながら周りの細胞を次々と侵食し、彼女の身体構造そものを生者から不死者へと変貌させてゆく。そのタイミングで血の契約を持ちかければ姿形はそのままに中身は不死者となり、これからはダークエルフとして新たな人生を送る事になる。
不死因子を取り込んだ細胞が分裂を繰り返し侵食する最中は一時的に発熱するが、やがてそれが引いて体温が下がれば今回の処置は成功したという目安になる。
処置が終わってそのまま経過観察を続けていると、ユナがゆっくりと目を開いたオレの顔をじっと見ついめる。最初は意識が混濁していたのか徐々にしれが覚醒すると、そこで初めて自身が素っ裸だった事に気づいて治療台から飛び出すと、地面で眠ったままのメイへと駆け寄り顔を覗き込む……が、何も起こらない。
ユナが自分の頭を抱えながら考える事、暫し一分。
急に何か閃いた彼女がメイに自身の顔を再び近づけると、相手の蓋を両方とも押し上げて意識の無いメイの瞳の奥を覗き込む、すると……。
ユナの真っ白で薄い紫色が透けて見えそうなくらい透明感のある素肌が黒く変色して影のような霧となり、不安定でモヤモヤしていた霧状の物質が形状変化を繰り返して身体の輪郭を大きく引き伸ばす。
それは輪郭だけを見ていると10歳に戻ってしまった小さな身体を、元の20歳まで成長させようと必死で引き伸ばしてるようにも見える。そして元の身体のサイズまで大きくなったユナの全身の皮膚から黒い影が消えると、そこにはオレが初めて出会った時と全く同じ大人の姿をしたユナが、メイと同じ服を着て立っていた。
但しユナの右肩にあったはずの治療痕が何故かメイと同じ左側へ移動していたり、何よりディアーネが完全に治療したエルフ耳がまた短くなって髪の下に隠れてしまっているのに気づいたオレは、彼女がとれも珍しいURランクの不死者になった事を知って嬉しくなった。
「ロード君ただいま……で良いのかな? これで私もキミの仲魔だよね?」
「ああ、ユナはもうオレたちの仲魔だ。あの時キミたちに聞かれても答えられなかった事も、今なら全部教えてあげられるよ」
「ありがとう、それと今なら私にも判るわ。まだメイは生きてるんでしょ?」
そう、あの時メイの心臓に突き立てたオレの血爪は彼女の身体の表層それも皮膚の表面へと到達する瞬間に血液へと戻していたので、彼女の身体は無事だ。ただ、デス子を召喚する為に吸血した時に予め仮死状態となる呪いを掛けておいたので、これを切っ掛けにしてユナの自我を暴走させてメタトロリの支配を打ち破りあのクソ天使を倒す事が出来た。だからメイの体内には極少量のオレの血が入っているが、今はまだ休眠中にしてあり、まだ不死者には至っていない。
そうでもしないとあのヘンタイロリ天使の目を欺くなんてとても出来なかったし、あのまま千日手の様な戦いを続けていれば、いずれ魔力を消耗したオレの方が先に滅ぼされていたからな。
だからオレは天使の目を通してユナの自身の半身であるメイが殺すシーンを演じて見せる事で、彼女の意識が強制的に覚醒してくれる事を祈りながら双子の絆を信じる事にしたんだ。
それで結果はご覧の通り。
これで後はメイが目覚めるのを待つだけとなったが、ここでユナから思いがけない提案を聞く事になる。
「ねぇ、どうせならメイも私と一緒にロード君のモノにしちゃおうよ! メイもきっとその方が喜ぶと思うわよ?」
オレは高貴な吸血鬼だから本人の同意もないまま、誰でもかれでも良いから美女の血が吸いたいという訳ではない。デス子を呼び出す時のアレは、デス子とラスティの二人を合計三回も幻血召喚するのに必要な措置だったから、オレの中ではノーカウントという事になっている。
それにもし本人がそれを望んだとしてもメイには初めての吸血経験になる訳だから、せめて目が覚めている時にするべきだと思うのだが、メイの姿をした悪魔がオレの耳元でこう囁く。
「ロード君ってさ、あの時も私たちの生脚ばかり見てたよね? それほど好きなら自由にしてくれても良いのに。それにこのままメイを野放しにして、もし足首フェチの大天使に見つかったらどう責任取ってくれるのかしら? ほ~ら見てごらんなさい、このスラリとした長くて美しい脚線美を。あ、なんでここで目を逸らすかな、こ~いうの大好物なんでしょ? 恥ずかしがらなくていいから、太腿の付け根から脚の爪先までちゃんと全部見てあげてよ。今なら限定一名様にもれなく差し上げるって言ってるんだから。ねぇちゃんと聞こえてる?」
ユナがメイの姿でメイのスカートを絶対領域を遥かに超える限界水域まで捲り上げる。
そのゆっくりとした仕草が何故か妙にエロくて視線を向けるのを躊躇ってしまう。決してスカートを一気に全部たくしあげるような事はせず、あくまでオレの目線が移動する速さに合わせるように、ゆっくりと焦らすようにスカートの裾が徐々にずり上がって行く仕草はとても艶めかしい。
(この女、漢心が解るのか!?)
今のユナはメイの姿になってるから、彼女がオレの目に晒してくれてるメイの脚線美は自分と同じ形の脚だと理解してないのか惜しげもなく妹の下半身を露出してくれるのは、もしかして今の自分もメイと同じ姿をしている意識が無くて行動がより大胆になってるのかも知れない。
今はメイの姿に変身しては居るがメイの下半身はあくまでメイ自身のものであり、自分とは関係無いとでも考えているのだろうか? もしそうでもユナとメイは一卵性双生児だから、そこで見えてる美しい脚線美が例えメイのモノだとしても、それは同じDNAを持つユナの脚とそっくり同じ輪郭だから間接的に考えてユナの脚を見せてるのと同じ事なんだぞ?
もう何度も説明したが、オレたち吸血鬼に取って相手の血を吸うという行為は、ただの食事とは意味が違うのだ。
オレたちの吸血行為は、確かに血液中に含まれる各種の栄養素やビタミン・ミネラルの他に、血液以外の魔力も同時に奪い取る事によって、それらがオレたちのエネルギーとなり永遠の生命を繋ぐ糧となるとされているが、元来寿命を持たない吸血鬼にとって生殖行為とは必要が無く、吸血行為そのものに性的な意味も含まれているから今みたいに第三者にじーっと見守られながら「ハイどうぞ!」と言われても、そこで素直に「ハイソウデスカ」なんてとても言えないのだ。
気がつくと、いつの間にかディアーネとプリンとドロシーが広場まで戻って来てユナと一緒に期待を込めた瞳でこちらを見つめていた。そんにうるうるした目で訴えてもダメなものはダメだと言ってるだろ? 頼むからオトコとは繊細な生き物なんだと理解してくれ……。
それでも何とか皆のプレッシャーを跳ね除けて、とりあえずドロシーの転移魔法でシルヴァニア城まで戻ってみると、そこではまだ戦いが続いていた。何かいろいろあったから完全に抜け落ちてたわ……みんな待たせてスマン。




