第20話 お前が先に死ね
「幻血召喚! ライフスティーラー、次はお前の番だ!」
先ほどのデスナンチャラとは違って地面から真っ黒な霧が立ち上登り、それが固まって身長30センチくらいの蝶の羽根を持つ人形となる。その背中には体色と同じ漆黒揚羽の蝶羽根が生えていて色さえ黒くなければ誰もがピクシー(妖精族)だと誤認するだろう。
「よく来たなラスティ! 今日は存分に役に立って貰うぞ」
『オッケー、マカセトイテッ!』
黒い妖精の姿が霧化して固まると、そこには刃渡り60センチ程の漆黒の刀身を持つ片刃の短刀が姿を顕す。徐に柄を握った右腕に短刀から幾本もの神経と血管が伸びてきてオレと繋がるのはデス子と同じく幻血武器の仕様だ。
こいつの正体はライフスティーラーと言って、これでも立派なアンデッドの一種でドレイン能力に特化した存在だ。
この刃で斬られた相手は例え傷を負わなくても身体の中から生命力そのものを切り取られてゆくように弱体化していくから、言ってみれば防御完全無視で魂に固定ダメージを与えるチート武器でもある。
しかもラスティのドレイン能力は特殊でオレが望めば生命力以外のモノも盗んでくれるから、今回の目的には丁度良いと考えて召喚した。
でも、こんなに便利な短刀だが刃渡りが他の暗黒剣よりちょっぴり短くて攻撃時に刃へ遠心力を乗せ辛いのだが、そんな弱点もオレの右腕に突き刺さった血管から強制的に吸い上げたオレの血が、刀身を細長く変化させて日本刀の様な見事な反りを持つ一振りとなる。
「ソンナニショボイ刀デ我ニ勝テルト思ッテ居ルノカ、フザケルナ!!」
自尊心が高すぎて、すぐにカッとなり怒り出すのは天使族特有の病気みたいなものだから、ここは完全無視して次の展開に備える。
そんなヤツは刃渡りが2メートルを優に超すオリハルコン製のクレイモアを大きく振りかぶり、オレの首を一点狙いで斬りかかって来るのだが、いくら音速より早い斬撃でも剣筋が直線的で単調だから、光の速さすら見切れる吸血鬼アイと天性の格闘センスを持つオレには通じない。
そもそもユナと繋がったメイの精神感応によって、ユナと融合状態の大天使の思考とか筋肉の動きがイメージで伝わって来るから、今回の戦いに限って言えば100回斬り合っても100%の確率で100回躱せるのは楽で良いな。
何も知らない奴がオレとクソ天使の闘いを見ていたら、何度も何度もあのバカデカイ両刃剣を掻い潜りながら、天使が持つ物理無効化のアストラルボディを相手に、幾筋もの漆黒の刃を煌めかせながら無駄な努力を重ねてガンバってるようにしか見えないだろうが、今はそれで良い。
本当はこんなヤツを相手に時間を掛けるのは業腹なのだが、スラリとしたオレ好みの美脚を持つエルフ美女たちの為とあらば仕方がない。
城の方も心配だがオレから見ても正体不明の謎素材で造られた防御壁が、そんな簡単に突破されるとは思っていないから、まだ大丈夫なはずだ。たぶん。
クソ大天使の温い斬撃を十分な安全マージンを取って回避しながら、オレはすれ違いざまにラスティの黒い刃を何度も、何度も喰らわせてやった。
そう何度も、何度でもだ。
『コレデ108回目ノコウゲキシュウリョウ。あすとらるぼでぃノろっく解除終了~オ仕事オワッター! ホメテホメテー!』
「そうかご苦労だったな、それならもう戻ってもいいぞ」
これでようやく次のステップへと進む事が出来る。
最後の斬撃を命中させてから、オレの右手と繋がっていたライフスティーラーが黒い蝶の形をした霧となり元の次元へと帰って行った。
(なんかデス子の大剣よりラスティの日本刀の方が闘いやすかったな)
あのヘンタイロリ畜生クソ大天使のメチャメチャ硬いアストラルボディを、気が遠くなるくらい何度も繰り返して斬り付けてやったのは、ヤツからあるモノを盗み返すためだ。
自分が繰り出した攻撃が一発も当たらなかったクソ天使が、オレの右手の爪先から長く伸びた血爪を見て左手に持つ金ピカの盾を構えて警戒する素振りを見せているけど、次の相手はお前じゃない。
オレはここで、いつものお得意コンボ攻撃を発動させる。
「テレポ!」
オレが短距離テレポートで背後に回り込むと勝手に勘違いしたクソ天使が、「ココダ見切ッタゾ!」なんて言いながら自身の背後に向けて金ピカのクレイモアを振り回すが、勿論そんな場所にオレの姿は居ない。
(あのドヤ顔でスカったヤツの顔を見てみろよ! ほんとザマァだよな!!)
あのクソ天使が見せたほんの僅かな時間を使ってオレが跳んだのは、先ほどメイを寝かせておいた広場の外れにある樹木の陰。
蒼い夜光塗料が仄かに光る色をしたオレの血爪を、地面の上で眠ったままのメイの左胸目掛けて根元まで突き刺す。
メイの目が何も言わずにオレの目をじっと見つめ、そしてオレが彼女の美しい碧眼を見て優しく頷くとメイが再び目を閉じて、それ以降彼女の身体の力が動かなくなる。
「イャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
メイが亡くなった事を双子特有の感覚で知ったのか、メタトロリの絶叫がここまで聞こえて来る……いや、叫んでいるのはメタトロリの中で閉じ込められているユナ本人だった。
オレがメイを刺し殺した様子をクソ天使の目を通じて見知ったたユナが、手に持っていたクレイモアを投げ捨てメイが眠るこの場所まで飛んで来たが既に手遅れだ。
「よくも! よくもメイを! エルフの村を救った英雄だったから信じて託したのに!! メイ! メイ! 起きるのよ! 私を置いて先に逝くなんて絶対に許さないんだから!! メイーーーー! お願いだから返事して!!」
ユナが天使の中へ取り込まれる瞬間を目にした時、メイの心の中に姉との決別を覚悟するほどの決意が生まれた。
オレは死んだ者たちや死ぬ瞬間が訪れようとしている者、それに死んでも構わないと強く覚悟した者とも心を通わせる事が出来る。
ま、言ってみれば条件付きの精神感応スキルでメイとは今も繋がったままだが、彼女は深い眠りに落ちている。
そしてメイには、ユナがこれまでメイを守る為に行って来たと思われる全ての事を教えてやってから、オレはメイに聞いたんだ「これからどうしたい?」と。
まだ天使との契約をしていないメイ一人だけを生き残らせるのは、ある意味一番簡単な選択だったのだが、メイの半身たる姉のユナを失ってまで生き延びる事に意味は無いと彼女は答えた。
(ま、当然だな。そして、それこそがオレの望んだ回答でもある)
だからオレはユナが救えるかも知れない、たった一つの方法をメイに教えてやった。
これからも二人一緒に生きて行きたいのなら、お前が先に死ね(死ぬ姿をユナに見せろ)と……。
メイがユナの声で語りかけて来るメタトロリの言葉より、今日初めて出逢ったレの言葉を信じたのは、精神感応によって心が繋がっていたのがその理由だ。
オレからメイの心が丸裸に見えるようにメイからもオレの心が丸見えになるから、この時だけは二人の美脚など余計な事は一切考えずにシリアスな吸血鬼を演じきる必要性があったのだが、この高難易度ミッションは正直なところ目の前に居る変態クソ天使を斬り殺すより難しいベリーハードでインポッシブルなミッションだったと言うのは言葉にするまでも無い。
そして神の尖兵どもが纏う光の鎧で守られてるとは言っても、意識を完全にエルフの小娘に取り返されてガラ空きとなったヤツの背中に、再召喚してやったデス子の刃を突き立てるのはとても簡単なお仕事だった。
「デス子、ここでラスティから預かってるアレを吐き出すんだ!」
「えーー!! これって妾への貢物ぢゃなかったのか?!」
「このアホが!! いいからさっさと言う通りにしろや!!」
「わ、わかった、わかったから許すのじゃ!!」
クソ天使の内部で眠るユナのキレイな身体を余り傷付けたくは無かったのだが、これ以上彼女を長く苦しめるのは忍びない気持ちが心の天秤を傾ける。
オレは突き刺したままのデス子の刃をグルリと回して一気に大出血を促すと、ユナの体内から流れ出た血液が彼女の生命の終焉を彩る赤い花の様に広がってゆく。
ユナが生命を完全に失うと、それまで確かに物質としてこの世に顕現していたはずのクソ天使のアストラルボディが、徐々にその輝きを失い幾筋もの淡い光の筋となって天界へと還って行く。
「クソ! 我ノ契約者ガ殺サレタノカ?! ぜぶんそーどメ、コノ屈辱ハ絶対ニ忘レンゾ!!」
(だからオレは『セブンソード』なんて厨二病全開の名前じゃないと言ってるだろーが!)
下品で金ピカな鎧が光となって失われた跡には、一切れの布すら纏っていない生まれたままの姿で息絶えたユナが残されていた。
(※良い子のみんなのために下着を着ています。)
時は一刻を争う。
雪のように真っ白な素肌を持つ細身の身体を中心に、真っ赤な花弁が咲き誇ったかのように地面に染みて広がり続けている。
彼女の身体の至る所に飛び散った、大小様々な大きさの血飛沫が花びらのようにユナの裸体を彩る。
その花弁はこれまで必死に生きてきたユナの人生の最後を飾るに相応しい、とても綺麗で美しい花であったが、それは同時に彼女の生命が今完全に喪われた事を物語っていた。
「さて、ここから先はオレ以外にも助けが欲しいところだが……シルヴァニア城はまだ大丈夫なのか?」
《現在も敵勢力と交戦中ですが、先ほど勇者パーティの皆様が戻られて全員で防戦に当たられています》
そうか、リンたちが城へ戻って来てくれたのなら安心してこっちに集中出来るな。
「ショコラ、こちらに応援が欲しい。聖属性の完全復活魔法が使えるディアーネかプリンのどちらか1名で良いから、今直ぐここへ来るように準備して欲しいと伝えてくれ。本当に時間が無いんだ。頼む!」
《なんでやー! なんでウチを呼ばへんのや! 適性なんか無くてもウチなら根性で聖属性回復魔法くらいなんぼでも使て見せたるわー!》
《マスター、ドロシーがどうしても行くと申しておりますが如何致しましょうか?》
《ウチやー!ウチが行かんとあかんのやー! 巨乳でも美脚でも勝てへんさかい、ここは行動力でアピールせんとアカンのやー!》
本当なら聖魔両方の属性を併せ持つ人材に来て貰うのが最善なので、魔法攻撃最強のドロシーにはこのまま城で敵の迎撃を任せたいのだが……。
《ほな敵さんを全部シバイたったらええんやな? それならカンタンや、今直ぐにでも行けるでー!》
《マスター! ドロシーを今直ぐ止めて下さい! 彼女がアルマゲドン級広域殲滅魔法ミーティアの詠唱を始めました! しかも高速詠唱モードを使用していますので、あと30秒もすれば城の周囲半径数十キロの範囲は確実に焦土となってしまいます!!》
(いつもは冷静はショコラがあんなに焦っているところを見ると、ドロシーのやつ相当力が入ってるな)
オレの城は、出来れば荒野の砂漠ではなく奥深い森の中にひっそりと慎ましやかに建っている方が情緒があって良いから、ここは仕方がない。
「ち、本当に仕方が無いヤツだな!」
吸血鬼でも最高クラスのロードとなれば、血を分け与えた配下のアンデッドを呼び出すくらいは朝飯前なのだが、うちの幹部クラスとなればレベルが高い上に魔力も多いか今の様に消耗した状態では簡単に何度も呼び出せない。
なので今回はディアーネかプリンを1人だけ幻血召喚して、こちらに来て貰うつもりだったのだが……あのバカを呼び寄せないとオレの優雅で上品なシルヴァニア城が台無しになる。
オレは自分の中にある、残り少ない魔力を使って呪文詠唱中のバカを呼び寄せる。
「幻血召喚! 出よ地獄の賢者ドロシー!」
「メテ……て、あれ? なんで目の前にロードはんが?!」
初めて幻血召喚を経験したドロシーがオレを見て固まり、つい広域殲滅魔法の詠唱を忘れてしまう。
「オレが今ここにお前を召喚したんだ、判るよな?!」
ドロシーはもの凄い早さで首をカクカク上下に何度も振ってオレの言葉に完全に理解を示した。
それでお前には適性がない聖属性最高位の完全復活魔法パーフェクトリバイブだけど、お前なら根性で使えるんだよな? そこんとこ間違い無いんだよな? 大事な事だから二回は聞かないといけないが、さっきまで元気いっぱいだったドロシーの顔から急に大量の冷や汗が垂れてきて目が左右に泳いでるから、多分ダメだなこれは……。
オレの貴重で残り少ない魔力を使ってまでドロシーをここへ呼んだのは、ただ単に彼女の要望を叶えて喜ばせる為だけでは無い。
ドロシーは普段からこんな感じだから誤解されがちだが、魔法に関する知識と技術なら我が軍随一を誇り、その実力はオレのテレポを見様見真似で独学してオリジナルの転移魔法を完成させたほどだ。
オレの転移スキルは魔法では無く吸血鬼固有の超能力で、これで他者を転移させる事は基本的に出来ない。
それ以外だと勇者リンが持つ【リターン】スキルなんかはパーティ全員を対象とするが、自分が最後に睡眠から目覚めた場所にしか戻れない片道通行な能力に対して、ドロシーが編み出した転移魔法は行きたい場所の風景をイメージすれば基本的に何処でも跳べるらしい。
だから今回遠く離れた遠征先のダンジョンに居た勇者パーティの皆が、これほど早く城まで戻って来られたのはドロシーのおかげだろう。
だから彼女の役割は今直ぐ城へ戻ってから、景色を覚えたこの場所までディアーネかプリンを連れて戻って来る事だと伝える。
「ほらサッサと行け! そして早く戻って来るんだぞ!」
「わかったから、ちょっとそこで待っとき!」
ドロシーの足元から円と六芒星が組み合わされた図形の中に、神代文字で綴られたスクリプトが次々と浮かび上がり青白い光と共に彼女の姿が消え失せる。ドロシーが居なくなっても魔法陣をそのまま消さずに残しているのは、ゲートを閉じてしまうとまた最初から詠唱をやり直す手間を省くためだろう。
そしてディアとプリンを連れたドロシーが戻って来るまで、それほど時間は掛からなかった。
確かどちらか一人で良いと言ったはずなんだけど、なんで二人とも来てんだよ……城の防衛は本当に大丈夫なんだろうな? とりあえず光闇の聖女と暗黒神官の二人が揃ったから、これでユナの心と魂それと身体も同時修復を行う事ができるな。
メイの方は暫くあのまま寝かせていても大丈夫なので、オレは二人の聖職者と残念賢者の助けを借りながらユナの身体と魂の復旧作業に取り掛かった。




