第18話 ちょっとした野暮用
オレが街の中心部に辿り着くと、突然街の中央にある庁舎から大きな爆裂音が聞こえてきた。
庁舎では内部に立て籠る衛兵隊と職員が必死の覚悟で防戦を行っているが、建物を完全に包囲し全ての入口に攻撃を仕掛けていたのは何と……この街のギルドに所属する冒険者たちだった。
「壊せ! 壊せ! 壊すんじゃ! 太守はもうあの奴隷女たちに殺されたぞ! 早くひっ捕らえてワシの前までしょっ引いて来るのじゃ! 元々あのエルフどもはワシのモノだったのじゃから絶対に返して貰うぞぃ! うひひひひ!!」
冒険者たちの後ろで偉そうに指示を出してる下卑た人物こそ、裏で奴隷商たちの顔役をしてると聞いたギルド長本人で間違いないだろう。
あのイヤラシイ笑いはユナとメイの二人を捕らえてから、彼女たちの美しい肢体をどうやって味わい尽くそうかなんて下卑た悩みで頭がいっぱいだな。
庁舎の構造はオレが壊してきた民家と同じ煉瓦造りだが、冒険者たちの攻撃魔法を受けてもまだ建物としての強度を維持出来ているのは魔法で強化されてるからだと思うが、このまま一方的に攻撃を続けられたらちょっと危ない感じがする。
そしてオレが庁舎に到着した時、一階のロビーは既に冒険者たちによって占拠されており、現在は二階へと続く大階段の踊り場で衛兵たちとの攻防が続いていた。
この庁舎の中なら太陽の日差しが強く差し込まないから配下となった者たちに有利な戦場となりそうだ。オレは近くに転がっていた死体を見つけて何体かの屍鬼を蘇らせ、配下となった者たちにまだ生きてる者たちを保護するように命じておく。
彼らはいずれも深い恨みを持ったまま亡くなった庁舎の元職員たちで、死んでから少しだけ時間が経ってしまっていたので魂の一部が損壊してはいたが彼らの自我はまだ十分残っており、彼らの親しい恋人や友人たちの記憶を元に知人の見分けが出来るだけの知能があると考えた。
また太陽の光を遮ってくれる建物の中なので、時間が許す限り屍鬼から死鬼へとクラスアップさせておいたから、これで少しでも数的に劣勢な状況を何とかしてくれると思う。
「早く行って大切な誰かを守るんだ。もう二階も突入される寸前で余り時間が無いぞ!」
「了解DEAHTまいろーどサマ、コレヨリ逝ッテMYリマス」
身体の動きが少しおかしな者も居るが、今は緊急時だから身体の治癒にまで時間を掛けていられない。今回のように不完全な魂のまま呼び戻した死者たちでは死ぬ直前の望みが叶ってしまうと輪廻の輪に戻る者がほとんどだろうが、それでも今はそんな者たちの協力が欲しかった。
今も二階から三階へと後退する庁舎の衛兵たちをギルドの冒険者どもが追い詰めて大階段を駆け上がって行く。だが、その後ろからオレが黄泉路から呼び戻した死鬼たちが追い付いて三者三様の乱戦状態を繰り広げてゆく。
大混雑となった階段が使えないと知ったオレは一旦外へ出て、背中から生やした吸血鬼の翼を大きく羽ばたかせ一息で三階まで上昇すると太守の執務室を探した。
(多分オレがさっき通された応接室の近くにあるはずだ)
そして外部から窓を蹴破りそれっぽい部屋に飛び込むと、見覚えのある二人の美女が同時にこちらを向く。
「「な、何しに来たの?!」」
「さすが双子だ、こんな時も声がピタリとハモってるんだな。あぁ、ちょっとした野暮用を思い出したんだよ」
「貴方やっぱり教会の回し者だったの? それともギルドの方?!」
「どちらもハズレだ、ツベコベ言ってないでついて来い。この部屋に留まっていても階下から攻撃されたら防ぐ手段が無いからな」
彼女たちはこの騒動が起こってから、直ぐに職員たちから執務室に避難するように言われて閉じ込められていた。外で大きな音が響いたので窓から下を見て、本当に冒険者ギルドが攻めて来たと認識したようだった。
執務室の廊下には彼女たちを守るべく当直の衛兵らが決死の覚悟で固めており、隣の応接室には戦う力を持たない一般の職員たちが押し込められていた。
「ここで防戦していても事態は良くならないぞ? 一階からお前たちの仲間が助けに来てくれるはずだから、こちらも移動して相手を挟み討ちにするんだ」
オレがこの庁舎へと呼ばれたのは、確か午後三時頃でお茶の時間だったと記憶している。
あれから一時間くらい彼女たちとおしゃべりしてから、ここを離れて街の西側まで飛んでまた戻って来たから、そろそろオレたち不死者の力が満ちる日没前のあの時間がやって来る。
それは元の世界では『逢魔が時』とも『大禍時』とも呼ばれる時間帯で、日没前に陽光がその力を失う寸前に冥界とこの世が交わる一刻にも満たない僅かな時間が訪れる。それはこの世に存在する全ての影が最も長く伸びる瞬間でもある。
オレは二人を閉じ込めていた執務室の扉を内側からこじ開けて、二人を背後に庇いながら長く続く廊下を真っ直ぐ歩いて行く。
廊下の行き止まりにある大階段では、下階から攻め登って来た冒険者たちがゾロゾロと通路幅いっぱいに広がって歩いて来るが、そいつらがオレの後ろを歩く二人の美女を見つけると下卑た笑みを見せてニヤニヤしながら近づいて来た。
「オイ、そこのお前、その後ろにいる女たちは太守殺しの大罪人だ。大人しくこちらに渡せ!」
あのニヤケ顔は、とびきりの獲物を見つけた時のライカンスロープどもに良く似てるな。
後で貰えるご褒美が待てなくて、今にも理性のタガが外れてしまいそうな顔だ。
でもそんな言い方をすれば、あれでも自分たちの事を誇り高いと思い込んでるライカンたちから抗議のお手紙が届くのは間違いない。
「ちょっと煩いな。お前たちみたいにカスの魂しか持ってない奴らは、廊下の端に寄ってオレたちの邪魔をするんじゃない」
オレは廊下の向こう側にある夕陽が差し込み、彼らの長く伸びた影を踏みながらそう命令する。
すると、それまで偉そうにしていたギルドのカスどもが、何故か素直に命令に従って廊下の両端へ寄り敬礼をしたままの姿で固まるのを見て二人のエルフが首を傾げる。
「ね、これってどうやったの?」
「企業秘密だから簡単には教えられないな」
ただの吸血鬼が核兵器を始めとする現代兵器で溢れた時代をタフに生き抜く為には、色々な引き出しを持っていなければ直ぐに滅ぼされてしまった事だろう。実際にヤバかったしな。
オレの様な高貴な吸血鬼ともなれば【影の呪い】や【魅了の魔眼】といった便利な能力があって、相手の瞳の奥にある脳へ直接働きかけてその行動を支配する事も可能だ。
また相手の数が多く一度に処理が出来ない場合は、その影を踏む事によって動きを封じる事も可能で結果はご覧の通り。
(ただし、余り長い時間は無理だけどな……)
以前に風の勇者であるフーカが言っていた事だが、この異世界にはネトゲと同じく『レベル』と『ステータス』の概念があって、オレよりレベルが低くロクな耐性スキルを持ってない相手なら魔眼だけでも楽勝してしまうが、この能力を使い過ぎると眼球の裏側から頭の芯が痛くなる副作用が起こるので、使用には用法・容量を守って正しく運用する必要がある。
これで階段を上って来た冒険者ギルドのカスどもを片っ端から影踏みの呪いで動きを止めてから、後ろの二人から見えないように魔眼で命じて同士討ちをさせつつ、倒れた奴らが階段を塞ぐからそれらを蹴飛ばして安全な通路を確保しながら下へ降りて行く。
こうして何事も無く一階まで降りて正面玄関まで辿り着くと、オレが最初に配下にしてやった死鬼たちに襲われて二次感染した冒険者どもが新たな屍鬼となり更なる犠牲者を増やして戦っていた。
(ここの冒険者どもは素行が悪くて、オレの配下に要らないから後で処分だな)
こうして俯瞰して辺りを眺めると庁舎の一階は完全に集団感染状態となっており、もうここは放っておいても不死者となった元職員たちが戦況を有利に戦ってくれるだろう。
オレたちは多くのアンデッドが残り少ない冒険者どもを圧倒する庁舎内を後にして、宵闇のヴェールが下りようとしている中央通りを東に向かって歩み続ける。
すると通りの後ろからアルニード教国の敵兵どもがオレたちを見つけて走って来るが、通りの横手から襲い来る屍鬼のせいでなかなか近寄って来られず急いで逃げる必要性までは感じなかった。
オレはユナと右手を繋いで歩くメイの左手を引いて歩き続け、奴隷商どもが軒を並べる不衛生で死臭が漂うあの区画を目指して進んで行く。
街の西側にある防壁まで様子を見に行った時、街中には多くの死者たちを黄泉帰らせておいたから、そろそろみんな元気になる時間だと思うのだが、それにしてはここに集まって来る配下の数が少ない気がする。
通りの西側から迫る教国の兵士どもや冒険者がパニックに陥って大声で叫び出したり、何者かが暴れ回る喧騒の音がほとんど聞こえないのは、オレたち不死者を滅ぼせる戦力が相手側に居たという事の証だろう。
(これは、もしかすると聖属性魔法で全滅されかかってるパターンもあるのか?)
「待っていたぞ! 冒険者ギルドに逆らうゴミめ!!」
「フォッフォッフォッ。この場所なら其奴らと同じ様な亜人奴隷どもが沢山捕まってるから、そいつらを解放すれば仲間を増やせるとでも考えたのじゃな?」
なぜ彼がここに居たのか理由は解らないが、あのギルド長が指摘するようにこの地区には多くの獣人の他にもエルフやドワーフたちの奴隷が多く捕まっており、その事はこの辺りを歩いていた時に奴隷商たちの話し声を聞いて知っていた。
そしてあの男が指摘したように、ここに居る奴隷たちを一斉に解放すれば中には必死に戦って逃げ延びようとする者も居るから多少の戦力にはなるだろが、今それを行うのはちょっと手間が掛かりすぎるからボツ案とした。
「これを見るがいい!」
ギルドの冒険者たちに連れて来られたのは男女合わせて七人の子供たち。こいつらは今日の昼頃にオレが街の通りを散策していた最中にすれ違ったスリの子供たちで、年齢はみんな10歳前後の少年少女たちだと思われる。
「そんな少年のスリ集団なんか連れて来たってオレには関係無いぞ?」
「そりゃないぜおにーさん!」
「つめてー!せけんのかぜはつめてー!!」
「あはは!あたちたちみすてるの?!」
「ZZZ・・・」
「あの、その、また、おあいできて・・・」
「ふえっくちん><!」
「・・・・・・」
「こいつらを殺されなくなかったら大人しく投降して、その女たちをこちらへ渡すのじゃな」
何でこんな子供を連れて来たくらいで勝ち誇った態度が出来るのだろう、なんて考えているとユナたち二人が前に進み出て人質の交換に応じると勝手に申し出てしまうから困ったものだ。
あの七人の子供たちは、以前から太守名義でユナたち二人が予算を投じて運営されている孤児院の子供たちで、この街でたった二人しか家族の居ない姉妹には心を開ける数少ない相手として大切にしているのだとメイプルが繋がったままの手を通じて心の声で教えてくれた。
あの子供たちはドワーフ族で、人間からはエルフと同じく迫害されて奴隷とされていた過去から同じ境遇の仲間みたに感じていまい放っておけないと言う。だがちょっと待て。お前たちは今までこんな世間の荒波くらい何度も乗り越えてきたはずだよな? 何で今さら他人の……それも種族すら違う子供なんかの為に身代わりになろうとしてんだよ!
お前たち二人はこれから先ずーっと長く人生を楽しんで背いっぱい生きてから、その稀にしか出遭う事のない高貴な魂(と美脚)を、これから更に磨きあげて最後に満足して人生の終わりが来たらオレが迎えに来る予定なんだよ。もう脳内の予定表にはバッチリとその事が書き込んであるから今さら変更する気なんてないぞ。
この異世界ではエルフの寿命は最低でも500年くらいあるらしいから、あと480年後のオレの楽しみを勝手に奪わないでくれ、淋しくなるだろ?
オレはこのお気に入りとなった姉妹の未来を守る為、絶対に負けられない戦いに挑む準備を進めているが、ショコラAIが弾き出した今の作戦成功率はまだ80パーセントのくらいしかない。
この状況で戦いを始めても十分な勝率ではあるのだが、オレの新しい仲魔となってくれる二人の為には出来れば95パーセント以上の確実性は欲しいところだ。
その為に刻々と迫るタイムリミットの中、少ない残り時間を削りながら今までこんなケチ臭い脚本しか書けないヤツの茶番に付き合って来たのだが……それも終わりにしよう。




