第17話 キナ臭い状況
今この街が直面している問題の一つは、隣国であるアルニード教国から正式に天主教を布教する許可を求められてそれを拒否した事が発端となっているが、だからと言って国内で天主教を弾劾してる訳でもない。
でも宗教組織が徐々に力をつけて、嘗ては普通の王制だったアルニード王家が教会に膝を屈して教国へと至った歴史の流れをずっと横で見ていたからか、国民全員が宗教というものに対して一種のアレルギー的な何かを感じるようになっていた。
いくら彼女たち二人が偽りの太守を通して防衛の為の騎士団派遣を本国へ送っても、それが明らかな侵略行為と議会で認定されない限り『宗教を信じる自由』を掲げる貴族らの反対によって阻まれる結果が続いていた。
(本来なら真っ先に責任を負うはずの王族や貴族院による妨害とは難儀な事だ)
古くからこの街はアルニード教国からの侵攻を防ぐ為の最前拠点であったにも係わらず、毎年決まった今頃の時期にほとんど被害を出さない侵攻作戦が繰り返されてきた状態が固定化され、今では真夏の一大イベントとまで言われるようになった事で、国境防衛の重要性については以前ほど話題に上がらなくなったと言う。
(この紛争が一見ただのイベントになったのは、誰かの作為的な意思を感じる)
以前に戦争行為には中立の立場であるはずの冒険者ギルドを通じて、戦闘で消費される物品の納品や募集人員の受け入れ先まで行われている事を指摘されてた事もあったが、冒険者ギルドは今も中立の立場を堅持しており「ギルド証を持つ者の出入りは国際法によって保護されている」のを理由に、応募して来たのが例え敵国である教国人であっても「何者も差別してはならない」の一点張りで応じようとしなかった。
そして、この事を問題として取り上げ、議会で審議に懸けようと奔走していた若い貴族が病死した事で、それ以降ギルドの方針に口出しをする者は声を潜めるようになった。
この街にあるギルドも同様の政治的圧力をこの街の行政にも掛けてきており、街一つを治める太守の力だけでは抵抗するのも難しく、二人ではどうにもならないくらい追い詰められている現状だと知らされた。
そんな時、明らかにこの街の様子を窺っているオレを見つけたと報告を受けたので、何とかして正体を見極め、もし本当に敵のスパイなら捕らえて拷問してでも知ってる事を吐かせようと考えていたらしいが、ほんと怖い姉妹だ。もし仮に彼女たちの正体がエルフではなく、悪魔か何かだったとしてもオレは驚かないと思う。
(確かに小悪魔っぽい可愛さはあるけどな…)
更に言えばこの街のギルド長は裏で奴隷商人たちの顔役的存在でもあり、ユナとメイの二人が居たエルフの村を襲って子供と女たちを拐うように指示していた人物で、この街の冒険者ギルドに所属する破落戸どもによってこの街まで連れて来られたエルフの奴隷たちは、もうみんな殺されたか別の街に売られてしまったらしく、今残っているのはユナとメイの二人だけとなっていた。
(その話が本当ならユナの耳を切り落としたのは、この街のギルド長だと言う事か……)
表向きには太守を傀儡にした今でも『彼の寵愛を受けてる奴隷』という事にしており、今は美しく成長したお互いを守る事はできているが、いずれこの街の太守より力を持った者が現れて二人の身柄を寄越せと命令されれば、最後は夜逃げするくらいしか選択肢がない状況とも言える。
この街の中でなら二人には重要な仕事もあり普通に生きて行けると思うが、街の外へ追い出されてしまえば二人はただのキズものエルフとして扱われて、街のゴロツキたちがまた奴隷として捕獲しに来るのは間違い無いだろう。
以前のように年端も行かぬ幼子であれば売られるだけで済むかも知れないが、これほど美しく成長してしまった二人に何もせず、そのまま売り物にするかどうかなんて火を見るより明らかだな。
(この街の冒険者ギルドが違法スレスレの奴隷狩りをしても大事にならないのは、顔役であるギルド長が関係してるからか……)
しかし不死者では無い二人に対して、これ以上詳しい事情を打ち明ける事が出来ない今の状況でオレの城へ無理矢理保護したとしても二人からあらぬ誤解を受けて反感を持たれても困る。……かと言って耳を切られた余所者エルフ二人を快く受け入れてくれる場所なんて他にあるのだろうか?
隠れ村に居るフーカに頼めば何とか居させて貰えるかも知れないが、子どもの頃から街で育った二人が古い仕来たりが息づく村の暮らしに馴染めず孤立する未来しか見えない。
かと言ってまだ仲魔でも何でも無い二人の姉妹に、オレたち不死者の情報を何の条件もつけずに教える訳にも行かないから困ったものだ。
「これで身の潔白は証明出来ただろう。そろそろ帰らせて貰うがいいよな?」
これほどの覚悟を持ち二人で支え合い気高く生きているユナとメイを、このままこの街に置いておくのは心配が尽きないが、二人はもう大人で自分達の事を自分たちで考えられるくらいには十分に強い心があり、オレが頼まれもしないお節介を焼いたところで喜んではくれないだろう。
それにオレたち不死者は、彼女たちみたいに生命を燃やして今を背いっぱい生きてる者たちとは根本的に相容れない存在で、本来なら捕食者と獲物の関係に近い。だからオレが良かれと思った行いが、必ずしも彼女たち生者にとって良い結果を齎すとは限らないから、ここは自重する事にした方が良さそうだ。
(オレが不死者として正体を隠したまま協力しても説明出来ない事が多いし、相手が生者である以上不死者であるオレの存在が発覚した時にその弁明が難しい。何しろオレたち不死者はこの異世界でも一般的には『邪悪』として嫌悪されてるからな)
オレが二人に挨拶をしてから扉を開けると、廊下には彼女たち二人の事情を知らないにも係わらず少しでも不穏な気配があれば突撃しようと身構えていた職員らが大勢居たのを見て、彼女たちのこれまでの生き方が間違っていなかった事を知り少し嬉しくなった。
《マスター、緊急報告です! 現在所属不明の魔族の小隊がシルヴァニア城に向けて侵軍中です。敵部隊の飛行速度が予想より早く、城までの到達時間は約15分後だと思われます》
今シルヴァニア城には、デスアーマーのアイゼンとプリン以外だと当直のベルムントしか居なかったな。
今からでもダンジョンポイントで召喚出来るスケルトン・ウォリアー程度ならいくらでも呼べるが、相手が高位魔族となるとザコばかり揃えても時間稼ぎすら出来るかどうか……と言ったところだろう。
「リンたちはまだ戻って来られないのか?」
《既に先程連絡致しましたが現在魔族領にあるダンジョン内において戦闘中であり、帰還するには若干の時間を要する見通しです》
「オレが今直ぐ戻るから、むやみに出撃せず城で大人しく待ってろとプリンたちに伝えておけ」
城から離れて時間を使いすぎてしまったな。ショコラが優秀な子だから安心して城から離れていたのはオレのミスだとい言える。一見平和に見えたとしても、ここは異世界。ちょっとした神の気まぐれによって核で滅ぼされかけた過去の事を思い出す。
ショコラが態々緊急連絡してくるくらいだから、今すぐに戻らければオレの城が魔族の攻撃に晒される危険があるのだろう。城に残してきた配下たちの実力を疑う訳ではないが、とにかく急いだ方が良いのは確かだ。
《マスター、今そちらの街の西側地域からアルニード教国軍の侵攻が開始されました。兵力は二万を越えており例年のイベント行軍とは規模も装備も違っていますので、ご用心を!》
一体全体何がどうなってるんだ。
何故、今このタイミングでシルヴァニア城と、このソドモラの街が同時に攻撃されるんだだ?
ただの偶然にしては見計らったように時間がピッタリ合いすぎるな。当然の事ながら、この街にも衛兵たち守備隊が駐屯しているから何とかなるかと自問するが、さすがに万を超える敵軍に対して何か出来るほどの兵力を今すぐ集められるとは思えない。
シルヴァニア城では残された配下たちがオレの帰りを待ってる。
この街のエルフ姉妹と庁舎に勤める職員たちの姿勢には共感する所も多いが、彼らはまだ生者でありオレたち不死者と共に永遠の人生を歩んでくれる友人だと決まった訳ではない。
だから迷うな。
オレが今すべき事は一刻も早く城へと戻って自分の配下たちを安心させる事であって、オレの城へ断りも無く侵攻してきたヤツにキッチリとその報いを受けさせる事であるのは理解している。
それでも必死で生きてきた彼女たちと二人を受け入れてたこの街の人々を、今ここで見捨てた未来とはどのようなものになるだろう? ……もしオレが城の防衛を終えてから再びこの街まで戻って来た時に、二人の惨状を目にしても平常心を保って居られるだろうか?
生きる希望をコナゴナに踏みにじられて表情が苦痛に歪み、死ぬまで繰り返された凌辱行為によって魂がボロボロになるまで擦り減らされた、美しかった二人の身体の何処か一部でも失われて真っ赤に染まった骸となった姿を見て、これで晴れて仲間になれると喜ぶようなオレではない。
あの気高く美しい魂は、同じく清らかで美しい美脚を持つ身体だからこそ宿っているのではないのか?
そんな世界全てに恨みを抱えたまま死者になった二人にオレの血を分け与え、仮にアンデッドとして復活したとしても、せいぜい魂を失った亡霊にしかなれない可能性が高く、そうなると美しかった二人の美脚が永遠に失われてしまう。
(亡霊に足が無いのは致命的な欠点だと思わないか? それと、なぜ城か街のどちらか一方しか選べないと思うんだ? オレはアンデッド最強の吸血鬼の王だぞ!)
それも異世界デビューのニワカ吸血鬼じゃなく、正真正銘元の世界に居た頃からのれっきとした由緒正しき吸血鬼の王だ。それなのに、こんな後進国以下の文化れべると技術力しか持たない異世界の者どもの一体何を恐れろというのだ? ここにはオレたちを散々苦しめた核兵器や対処するのがとてもメンドウな現代兵器の類いは一つも存在しないというのに……。
(そう、恐れる事など何も無い……)
オレはこれからアルニード教国の軍勢を一瞬で薙ぎ払ってからそのまま城まで戻り、不埒な魔族の首から全ての血をチューチューしてやろうと決意し、黒くて大きな吸血鬼の翼を広げて街の西側を目指し一気に飛び去る。
《敵軍は部隊を一万ずつ二つに分け交代で攻撃しています。また対空法撃が可能な魔術士の姿も少数ですが確認しています》
まだ街の外壁には守備隊が多く残っており、今回の敵侵攻もいつものように被害が出ない訓練か何かだと思っていたらしいが、それが今年は違っていたと言うなら去年までの侵攻は今回の為の布石だったという訳だ。
これほど何年にも渡って計画されていたとすれば、もう攻撃が始まった時点で街側の敗北は確定事項だと言っても良い状況だろう。これは、これほど長い時間と掛けられるだけの財力と人材の両方が揃っているという証で、アルニード教国にこれほどの実力があるとはオレも知らなかった。
オレは太陽の光の下でも能力の制限を受けない吸血鬼だから、昼間でも能力が下がったり弱体化する事はないが、もし今が夜なら昼間以上の力で敵を殲滅出来るのだが……。
防壁の上から街の守備隊がバリスタと弓で応戦しているが、防壁の長さに対して今配置されてる人数では全く人手が足りてないのが一目で判かる。そして守備隊の人数不足は既に弊害が出ており一部敵兵が防壁を乗り越えて街の中へ侵入を始めていた。
また防壁の後ろへ回り込んだ敵国の兵士たちだが、今度は内側にある階段を使って防壁の各所を守る衛兵たちを背後から急襲して、これから乗り込もうとして来る味方の援護を行う。
こんな戦況では、目についた敵兵を片っ端から殴り飛ばすくらいしか衛兵たちの損害を減らす手が無い厳しい状況になっていた。
オレたち吸血鬼は全体的にステータスが高く、強い筋力と音速に近い速度で闘い続ける事が可能な万能系の戦士ではあるが、エルダーリッチであるドロシーの様に戦略級の攻撃魔法を連続で駆使して、一度に多くの敵兵どもを一瞬で壊滅させるような便利スキルは持っていない。
(け、決して使えない訳じゃないぞ! ただ今はタイミングが悪いというだけで……)
黙って見ていても衛兵がどんどん倒されていくので、もう周りの目など気にはせず吸血鬼の翼を大きく羽ばたかせて一気に防壁の上まで舞い上がり、今度は上空から敵兵目掛けて急降下を開始する。
陸上生物の死角とも言うべき真上からの急降下突撃は、やはり相手の認識外から一撃を加えるには適した戦法だと言えるが、今のように多くの攻撃対象が存在する場合は多少のアレンジが必要となる。 飲み込みの悪い君たちに簡単に説明するなら、敵兵の頭蓋骨を真上から血爪でブっ刺してからそいつを踏み台にして次の目標へと飛び移り、連続で敵兵の頭蓋を破壊して回るといった具合だ。
最初のうちは目立った効果を発揮しないジミな戦法にしか見えないが、蘇った敵兵が次々とオレの配下となって蘇り、それまで味方だったはずの敵兵の身体に噛みつき始めたからさあ大変! オレの配下となった屍鬼たちは聖属性の物が大嫌いだから、教国兵士たちが身に着けた鎧や武具を見ただけで何も考えずに破壊したくて堪らないんだ。
「早く対処しないと2の倍数で屍鬼が増えてしまうぞ!」
ある程度まで配下が増えたのを確認し防壁上の戦いはこれである程度の時間を稼げると判断したオレは、阿鼻叫喚の騒ぎとなっている街の方へ向かう。
その途中に一般の市民に狼藉を行ってる敵兵どもを見たのでヤツらが居る通りへと飛んだ。
街中に入り込んだ敵兵どもがパーティの力で対抗する冒険者たちを警戒したのか、あちらも数人から十数人の小隊規模で徒党を組み二人の姉妹がこれまで守ってきた美しい街並みを思い思いに破壊しながら、着の身着のままの姿で逃げ回る市民たちをまるで鬼ごっこでも楽しむような感覚で追い回して殺害する様子は、残虐を旨とする不死者のオレから見ても表現する言葉が見つからないほど下劣だ。
高貴なオレがそんな下劣な雑兵をいちいち相手にするのもどうかと思い、より効率的に敵兵どもを死者の列に加える方法は無いかと考えていると……通り沿いにある建物に火がかけられて人々が逃げ惑うすぐ後ろから、お下劣な敵兵どもが追いかけ回して遊ぶ姿が目に入った。
敵兵に地面へ引き倒されて乱暴され、涙で曇った瞳で自宅が家財ごと炎に巻かれて焼け落ちてゆくのを見るのはどのような気分だろうか。
オレは上空から片手を建物に向けて得意の念動力を発動させる。燃え盛る外壁や屋根材など破壊された部材を丸ごと空中まで持ち上げてやれば、消火活動などしなくても逃げ惑ってる街の人々を火事の炎と煙から遠ざける事ができる。まだ燃てない家具や道具類も残ってると思うが、それについては諦めてくれ。
もつろん悪逆非道な不死者としては、この行為はあくまで人道救済を主目的としたものではなく、近い将来にオレたち不死者の仲間入りをしてくれる善良な市民たちが、人生の最後に何も思い残す事が無いようにする為の先行投資で、その他の理由としては空中に持ち上げた瓦礫の塊を敵兵の頭上から落として攻撃手段とするための準備段階に過ぎない。
一旦街の上空30メートルの高さまで持ち上げた大きな木片やレンガ等の瓦礫類を、敵兵の頭上から雨霰のように降らせてやると、まるで虫ケラのように逃げ惑う敵兵の姿が余りにも哀れで楽しくなってきた。
当然だがオレの完璧なコントロールによって、一般市民の皆々様には一ぴき……一人の犠牲者も出してはいない。
瓦礫の下敷きになった敵兵どもの被害だが、手足の骨が折れるくらいならまだ良い方で運が悪い輩は首が千切れたり背骨が折れて即死するなど深い損傷を負う姿が見れて爽快な気分だ。
こいつらは防壁で勇敢に戦っていた敵兵とは違い、何も武器を持たない一般市民を一方的に嬲り殺した最低のクズ野郎どもだから、こんなヤツラをオレの配下にするなんて冗談ではない。
もう大丈夫だと思って防壁上には多数の屍鬼|を残してきたが、オレが街中へ侵入した敵兵どもを始末してる間に教国の神官どもがしゃしゃり出てきて、オレの大切なアンデッド軍団に大きな被害が出ていた。
既に防壁上にはこの街の衛兵たちの姿はほとんど居なくなっており、もう集団として纏まっている部隊は目で見て数えられるくらいしか残っていなかった。
オレは防壁上に残ってる配下たちに敵兵を倒す事より、身体の何処かへ噛みついて手傷を負わせるのを優先するように命じておいて、その間に街の衛士隊の手が回り切れていない所を飛びながら、街中へ侵入した敵兵どもを部隊ごと瓦礫の山で埋め殺して回ってはいるが、そろそろ街の中心部がキナ臭い感じになってきた。
敵兵どもに放たれた炎が街の外周部から徐々に内側へ向かって燃え広がって行く。もう街の防壁だけで敵の侵攻を止める事が出来ていないと考えたオレは再び庁舎へと戻る決断をした。




