第16話 双子の美女
やはりと言うか、やっぱりというか、オレの様な品行方正で上品な美青年が一人で歩いていると、色々なトラブルは向こうの方からやって来るのが異世界テンプレと言うヤツなのだろう。
最初に出会ったのは少年たちのスリ集団だったのだが、特にトラブルには至らなかった。だってそうだろう? いくらあいつらが凄腕のスリ職人たちだとしても、全ての持ち物を異次元ポケットに収納して小銭一つ持ち歩いていないオレから何かをスリ取るなんて物理的に不可能な話だった。
それにあいつらってドワーフ族の子供だよな? 身体が小さいうちは人間もエルフもドワーフもみんな同じに見えるけど、二次成長期のあたりから種族毎の特徴が現れて来るから、それまではよく判らない。
「さくせんしっぱい!みんなずらかるぞ!」
「お、覚えていやがれ!」
「あはは!おにーさんさいこーまたね!」
「ZZZ・・・」
「あの、その、ううんなんでもない」
「はっくちん><!」
「・・・」
去り際に必ずもう一度会えそうなフラグをキッチリと立てて去って行く律儀な後ろ姿は、見ていて微笑ましいの一言に尽きる。
さすがにまだ幼なすぎて明らかに人生経験が不足しているから、あの子供たちに永遠の生命を授けてやるのは、まだ早いと考えた。
(もっと大きく逞しく育ったら迎えに行ってやろう)
普通に生産系勇者を探して偶然出会える確率を考えれると、ただただ歩いているだけでは見つかる事など無いだろう。
それなのに何故オレが町中をくまなく歩いているかと言えば、それには立派な理由がある。
それはいくら才能や肩書きが優れていても、エルフの勇者になったフーカの例を見れば解るように、その中身は人生経験の少ない子供かニートである可能性が高く、もしこちらの世界で何かを作って自分の才能を認められたりすれば嬉しくなりきっと何かをやらかしてるはずだ。
例えば街の井戸の脇に手押しポンプが備え付けてあるとか、魔法を動力とした自動車があるとか、馬車のシャフト部分にエアダンパーが取り付けられているとか、トイレが水洗式でシャワー付温水便座が備えつけてあるとか、街中でオセロなど明らかに元の世界の玩具が流行っていたりするとか……必ず何かの痕跡を残していると思われるのだが、今のところそれらの製品を見つける事は出来なかった。
(この街はハズレだったか……)
あと街の中で大した事では無かったが真っ昼間からヤクザ者が現れて金品を出せと脅されたり、通り魔が現れて後ろから切りつけられたり、悪質なハンターが居て新人ハンターから女性メンバーを強引に引き抜こうとしていたり、商店の前を通れば強盗らしき男が店員を刃物で脅していたりと、ちょっとした日常のトラブルに巻き込まれはしたが特に被害は受けなかったし、犯人たちは全員まだ辛うじて息はしてると思う、多分。
そしてこの街を粗方見て回ったので、そろそろ城に帰ろうかなんて考えていると街中を巡回している衛士のおじさんに職務質問をされた。
「そこの君、そう君の事だ。この街には何の用事でやって来たのか聞いても良いか? いや別に君の事を逮捕して詰め所までご足労させようって訳じゃないから、ここで少し話をさせてくれ──」
不審者への職務質問にしては、えらく丁寧な言葉を選んで不敬な態度で接して来ないのは、きっとオレの身体から溢れ出る高貴なオーラか何かが影響しているのだろう。
この衛士の話によると、今日町中で指名手配中のヤクザが縛られて道端に転がされていたり、通り魔が通行人を襲いかけた時に黒い服を着た冒険者風の男が颯爽と返り討ちにしたり、女性新人冒険者へのセクハラ男を後ろからの金的蹴りで昏睡させたり、この街の商店を襲っていた強盗をモノの見事に一撃で仕留めた者が居ると連絡があったので、太守の命令でオレを探していたらしい。
もう後は城へ帰るだけだったし、この街の太守は優秀そうだったらか絶対に配下にしておきたいと考えたオレは、この人が良さそうな衛士さんに道案内されて街の中心にある庁舎へと向かった。
(クックック……ネギがカモを背負ってやってくるとは、この事か)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
煉瓦造りで三階建ての立派な庁舎へ案内されると、直ぐに最上階にある豪華な応接間へ通されて暫く相手を待っていると、秘書と思しき女性の方が紅茶のセットを乗せたワゴンと共に入室して来る。
――コンコン!
「失礼します、お茶をお持ちしました」
お茶を淹れてくれた美女が何故かその後も退室しようとはせず、天気の話とかこの街の噂話を織り交ぜながらオレの事をどうにかして上手に聞き出そうと話題を替えながら間を持たせるのが上手かった。
でもオレが彼女との会話を十分に楽しめなかったのは、彼女(の美脚)から目が離せなかったからでは無くて、普通こんな尋問されるような会話なら嫌悪感が先に来るはずなのに何故かそんな気にはならず、こうしていつまでもお喋りしていたいと思わせる相手に対して、魅了魔法などの警戒心を抱いていたからだ。だから脚線とか関係ないからな。セーフだぞセーフ……。
さすがに人間の感性に鈍い吸血鬼のオレでも、目の前の相手が普通一般的な秘書では無い事くらいもう判っている。さすがに目の前の美女が太守本人だったなんてサプライズは無いと思うが、何か特別な地位にあり多忙な太守を助けている人物だと予想するくらいはできる。
こんな風にやんわりと要所だけは上手くボカシながら、こちらの正体をそれとなく探ろうとする彼女との会話はとても楽しく思えて、まるで言葉鬼ごっこをしてるみたいだと考えていたら、また部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
――コンコン!
「どうぞ」
別にオレの部屋では無いが、今は来客のオレが答えるのが適当だと考えた。
すると扉を開けて現れたのは、この部屋に居る美人秘書と見分けが付かないくらい良く似たもう一人の美女が現れて、その後ろには恰幅だけは立派だが、どこか生気の抜けた心ここに非ずといった感じの中年男性がオレの姿を一瞥しただけで、何故か部屋には入って来なかった。
そして最初に部屋へ来た女性がメイプルで、後から入室して来たのがユナリアだと名乗った。
また最初にこの部屋へやって来たメイプルとはやはり双子という事らしく、オレはその事実を確かめるべく再び吸血鬼スキャンを実行して彼女らの全身を(というか主に美脚を念入りに)調べる事に勤しむ。
結論としては、遺伝子レベルで同一と言っても良いくらい同じ身体(それもかなりの美脚)を持つ二人だが、姉のユナリアの頭の中は結界で守られてるのか精神感応スキャンが通らなかった。
(このエルドラン王国に神の使徒はまだ居ないと思ってたが、そうではなかったみたいだな)
あと向こうの廊下で何も言わずに突っ立ているオッサンこそ、この街の太守で名前をナンチャラとか言っていたけどハゲデブ中年の男の名前など元から覚えるつもりが無いからな。
それに多分聞いてもオレ的には価値を感じないから、オレの貴重な記憶領域を節約するために脳が勝手にスルーしたのだろう。
一見すると二人の美女秘書を金の力で囲ったエロオヤジにしか見えない彼だが、先程から一言も言葉を話さず何かがおかしいとオレの妖怪センサーが先程から警告を発しており、目の前に居る二人の美女よりも廊下でこちらをジっと凝視してるオッサンの方に強い違和感を覚えた。
それなりに身なりが良く風体も恵まれてるはずなのに、何故か生気が乏しくて鬱病のような症状が見て取れるし皮膚の色艶もまるで死人のそれだ。
このままいつ死んでしまってもおかしくない状態を、何かの力によって恣意的に保たれているような気がして、それが心に引っ掛かる。
(これはオレたちアンデッドが昔から良く知ってる症状の一つと、とても良く似ているな)
彼女たちはオレが教国方面から入って来た事を衛士たちから連絡を受けて、それから直ぐオレに子供たちの監視を付けていたらしい。
(そう言えばスリの少年たちが居たな)
特に脅威とは感じなかったので、そのまま気にせず放してやったが、あれはオレから教会関係者の証拠を盗みたかったのだろう。でも何も持っていなかった事で逆に太守たちの注意を引いてしまい、途中から大人の工作員に交代して今日のイザコザを起こすしたのが真相だという訳だ。
(そう言えば、あの犯人たちも何故か殺意が感じられなかったから、おかしいなとは思っていたんだよな)
今日巻き込まれた数々のトラブルは、あの間抜けな工作員たちがオレと目が合って気づかれたと勘違いした結果、その場の思い付きで犯行まがいの行動を行い、周囲に居る誰かが衛士を呼んでも不自然に見えないようにする猿芝居だったようだ。
それならあのオッサンたちを殺さなくて本当に良かった。もし一人でも殺していたら今頃はこの街の警邏隊を相手にドンパチが始まっていたと思うし、それにオレが教会の手の者だった場合を想定して庁舎三階の廊下には武装した警備の兵が待機しており、室内で何か異常があればすぐに室内へ突撃して太守と美女二人の安全を確保する準備が整ってるみたいだな。
「それでオレをここへ呼んだ『本当』の理由は?」
目の前の優秀な頭脳を持つ美女たちと話すのはとても気分がいいので、このまま日が暮れるまで茶番劇に付き合っても良かったのだが、この街にはオレが探していた生産系勇者は居なさそうだと分かり、これ以上ここに長く留まる理由が無い。
「確かにオレは教国方面からやって来たが、教国とも教会とも一切関係は無い。信じるかどうかはそちら次第だが……」
教国には既にオレの配下を潜り込ませているが、教会関係者などオレが大嫌いなあの神を奉る者たちとは敵対こそすれ協力する関係では無い。それどころか教国の北にあるエルフの隠れ村を守って戦ったと説明すると双子の美女がこの話題にメチャメチャ食いついてきた。
(同胞たちと離れて暮らしてる彼女たちには、故郷の話を聞いたらどうしても興味を惹かれてしまうのだろう)
「そ、それでロード様はエルフの隠れ村を護って下さったのですか。でもどうして? 人間はエルフを見れば必ず捕まえて奴隷にしようとするはずなのに……」
とりあえず城のみんなから「ロード様」とか「マイロード」と呼ばれていたのを思い出したので、彼女たちには「ロード」と名乗っておく。
フーカがオレを呼んだ「シルヴァーデビル」はネトゲのキャラ名で本名ではないので、こちらの異世界では余り名乗らない方が良いと思った。
彼女たちは細身だがスタイル抜群でオレの大好きな美脚の持ち主ではあるが、まだ知り合ったばかりでお互いの事情なんてほとんど知らないから、どこまで話して良いものか一瞬だけ考え込んでしまった。
だがエルフの特徴である長い耳が、オレの言葉を聞き逃すまいとピクピク動いてるのを見たら警戒してるのが馬鹿らしくなったので、ある程度……そう不死者に関する事以外なら話しても良いと考えた。
長い耳と言ってもショコラみたいなウサギ耳の事ではなくて、あくまでファンタジーな物語に必ず出てくるエルフの美しい耳の事だぞ? オレは過去に安易な考えで『長耳族』と表示してあったボタンを、何も疑わずにタップしてしまった経歴を持つ男だ。
少し話が反れたが、オレがエルフの村と風の勇者を救い今もその村を配下たちが守ってると知った彼女たちはお互いを見つめ会った後、居住まいを正すようにして詳しい事情を話し始めた。
先ほど双子美女の名前はユナリアとメイプルだと聞いていたが、エルフを救ったオレにはユナとメイと言った愛称で呼んで欲しいそうだ。それと彼女たちの耳が長くないのは奴隷として売られた時に反抗的な態度を見せたので、他の奴隷たちの見せしめとしてユナの耳が切られてしまったと聞いた。
またそれが理由で塞ぎ込んでしまったユナを元気付けるため、メイは自分の耳をナイフで切り落としてしまい「これでお姉ちゃんと一緒だね」と、血を流したままの耳を見せて微笑んでくれたと話は続く。
「今は治癒魔法で直して貰ったから、もう大丈夫なんだけど……」と言って、美しいブロンドの髪を左手で少しかき上げて見せてくれたが、そこには無造作に切り飛ばされた耳たぶを治癒した痕があり、普段はエルフの幻影魔術で目立たなくしているらしい。
その事でメイはユナにシコタマ怒られたそうだが妹を怒る事で元気が出たせいか、それからのユナは塞ぎ込まなくなって以前のように明るく振る舞うようになったらしい。
あと廊下で突っ立てる太守はやっぱりというか、オレの思った通り九分九里死んでる状態で、エルフの秘術によって自我を崩壊させて二人の意思で動かせる傀儡として生かしてるそうだ。
だがオレたちアンデッド以外の種族でその系統のスキルが使えるなんて聞いた事が無かったから、こちらの異世界にある過去のデータから『傀儡』を検索ワードにして調べてくれとショコラに心の中で命じると、返答は直ぐに返ってきた。
《天使たちが遥か昔、天魔族と呼ばれていた頃に同様の術式があったと記録があります》
普通ならこんな罪は許されないと思うが、何しろまだ子供だったのエルフの少女奴隷を二人も買って庁舎の地下で飼っておこうなんて企んだのが運の尽きだったようだな。まさかユナが秘術スキルの使い手で、耳が切られていたせいで特価で売られていたなんて本当ならありえない確率の話だからな。
だがそれを可能としたのは二人が生命を奪われる前の夜、お互いの肩に刻まれた奴隷紋をナイフで肉ごと削ぎ落としてしまっていたから。
この奴隷紋とは身体のどこかに魔力が込もった魔法陣が焼き印で押されていて、焼けた鉄を押し付けられてまだ火傷で皮膚が爛れて血が滲んでいるうちに服従の呪いを施術する事によって完成する魔封じの一種だとショコラが教えてくれた。
だが、それを自分の意思の力だけで何とか出来るなど、普通なら考えられない事だ……普通なら。
(右肩の皮膚を魔法で治療した痕が薄く残っているのがユナで左側がメイか。それなら見分けがつきそうなものだが、普段は見えない場所だな……)
奴隷紋はそれなりに大きいが身体のどこかに焼き付けられるのが一般的で、一種の鬱状態も術式に組み込まれているから奴隷本人が自分の意思で切り落とすなんて絶対に出来ないと考えられている。
それを目の前の美女たちは成し遂げたのだ。その話を聞いて、オレは目の前の二人をもう一度見つめ直した。今オレの目の前に居る二人の美女には才能がある。それはどのような不幸に見舞われようとも必ず生き残り、最後の時まで希望を捨てずに二人で一緒に乗り越えるという覚悟だ。
この二人ほど生に執着し、その為なら迷わず自分の飼い主さえ呪い殺してしまえるほどの意思を持つ者など、なかなか巡り会える機会はない。
それが無ければ今頃は、彼女たちの後ろで突っ立てるだけのエロオヤジにイイようにされる未来しか残されていなかっただろうからな。
この世は諸行無情で常者必衰が摂理だから、力が強い者が弱いものを虐げるのは生命淘汰の本質だとオレは考えている。
だから彼女たちは虐げられる側から自分たちの力で虐げる側となったが、それは自分たちの生命を守るための行いでもあったはずだ。
だから彼女たちが生き残る為に誰かを犠牲にしたとして、それが人間社会では決して許されざる行為だったとしても、これから創る不死者の国では何も問題にはならないから安心してくれ。
なのでオレは彼女たちの話を真摯な気持ちで聞きながら、ある提案をする事に決めた。




