逸話#5 風の勇者フーカの事情(2)
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森の中に入ると何故か心が落ち着く。
こんな時、私って本当にエルフに生まれ代わったんだなとつくづく思う。
以前の『楓花』だった頃も森林浴は気持ちが良かったけど、エルフとなった今はそれとは全然違って……何と言えばいいのかな、まるで母の胎内にでも居るような安心感が精神を優しく包み込む感じ?
さっきまでの恐怖心は徐々に薄れてきたけど今も走るのを止める事は出来ない。
そのせいか森の中を進み続けてかなり深いところまで来る事が出来たけど、それでも安心するのはまだ早いと思った。
私のせいでアルフィリオさんたちが犠牲になった事は知ってる。
私みたいなポンコツ勇者の為に命を掛けて欲しくはなかったんだけど、それでも彼らのおかげで今もこうして生きていられる。
いや、生かされてるのかな。
大体神様もムチャ振りするよね? 私って元はただの女子高生だよ、いわゆるJKってヤツ。
そんなごく普通のJKに殺し合いなんてムリに決まってるよね?
私が住んでた国では戦争なんてこれっぽっちも無い平和なところだったから、リアルで人を傷つけるなんてした事が無いし、ましてや殺し合いなんて出来る訳が無い。
そんな私が一族を代表する『風の勇者』として異世界召喚されたとしても、例えこの身に他の者とは比べようも無いくらい多くの魔力が宿っていたとしても、JKの脆弱な精神が怯えて能力の行使を邪魔するからゲームの様にはいかなかった。
(このまま村まで逃げ戻って敵の事を伝えたらって、私って戦いもせず逃げて来たから敵の情報なんて何も知らないし……終わったな私、もうやだこんなの)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
私がエルフの村まで無事に逃げ帰ってから、村に残っていた皆に人間の軍隊への奇襲攻撃が失敗して、私以外の全員が犠牲になった事を報告した。
何しろ今回の作戦では、村長を始めエルフの村では英雄とされるアルフィリオさんたちまでが帰らぬ人となった事実を最初は誰も信じてはくれなかった。
だけど、いつまで待っても誰も帰って来る様子は無く、その代わりと言っては何だけど太陽が中天を過ぎた頃、私たちの村へやって来たのはエルフの同胞たちでは無く敵軍の足音だった。
私たちの村の正面にずらりと並んでいるのは私を追いかけて来た騎馬兵では無く、ずっしりとした重い鎧に身を固めて大きな盾と長い槍を構えた重装騎士だった。
そんな彼らが槍と盾を打ち鳴らして、こちらを威嚇しながらゆっくりと前進して来る様子は、私の心に深い恐怖と焦りの感情を呼び起こす。
私が何も出来ずに固まっている間も、村の防御壁の上から残っていたエルフ戦士団の人たちが精霊魔法を纏わせた弓矢で迎撃を始めたけど、敵軍からも火矢と火炎系魔法による応酬が続いてる。
味方が放った魔法矢のほとんどは防がれてしまい敵軍に大きな被害を出す事は出来ていないけど、敵の攻撃も今の所は何とか耐える事が出来ていた。
でも目の前には村の大きな入口門を破壊する為に、多くの人数で破城鎚を持った敵の工作兵たちが重曹歩兵に守られながら接近して来たのが見える。
――ズシン!ズシン!
とても大きな音が響く度に門扉が大きく撓んで閂と蝶番を軋ませる。
(このままだと門が破られる!)
私は近くに居る味方に声を掛け、門扉を破壊しようとしてる敵部隊へ攻撃を集中させるべく指揮を取りながら、私も弓を持って敵の狙撃を手伝う。
普通に矢を放っただけだと敵の魔術師が張った結界魔法に阻まれてしまうから、矢に風の精霊魔法を纏わせて回転力で敵の結界ごと貫き、敵兵に重傷を負わせるべく奮闘を続けた。
やがて背負っていた矢筒の中が空っぽになっても、敵軍の攻撃は緩むどころか更に激しさを増して行く。
もしかして今日が私たちエルフの最後の日になるのかな? そんな諦めとも取れる考えが頭の中に浮かぶけど、このまま敵に殺されるのも嫌だけど捕まって奴隷にされるのはもっと嫌だから、最後まで諦めずに戦い続けるしかなかった。
一人、また一人と時間の流れと共に味方のエルフたちが倒れて行くのを目にすると、また私の臆病な気持ちが出てきて私の身体を支配する。
このまま逃げようか? でもどこへ? 私たちエルフが平和に生きて行ける場所なんて、この異世界のどこにあると言うの? でも私は死にたくないし、人間たちの奴隷にされるのも嫌だ……本当にどうすればいい?
そんな時だった。
「エルフ戦士団よ結束しろ! 敵軍はもうすぐ撤退するぞ!」
絶望に支配されて力無く最後の抵抗を続けていた私たちを叱咤する声は、いつも村を守ってくれるアルフィリオさんのものだった。
これまで何度も私を守り、そして助けてくれた恩人の声を聞き間違えるはずなんて無い。
「エルフ戦士団! 希望はまだあるぞ諦めるな!」
アルフィリオさんだけではなく、そこにはベルムントさんやクリディオさんも居て、三人ともフード付きの黒いロングコートを纏っていて顔は良く見えなかったけど、あの声は私たちエルフ村の英雄たちに間違い無い。
でも彼らは確かにあの時、そう、私たちが敵の奇襲に失敗して敗走していた時に私一人を逃がす為に生命を散らしたはず。
でもその三人が無事な姿で戻って来てくれて、今も私たちを攻撃してる敵軍の背後から攻撃を始めるたみたいで、自分たちが挟み討ちにされたと気づいた前線の敵兵たちに動揺が広がって行くのが見えた。
でも敵兵たちが動揺したは、確かにアルフィリオさんたちが背後から斬り込んでくれた事が切っ掛けだけど、敵兵が通る地面の中からゾンビみたいな腕が生えて来て、敵兵たちの足を掴んで転倒させた。
ゾンビの腕に捕まった者たちは、まるで気が狂った様にその腕から逃れようと必死に藻掻くけど再び自由になれた者はいなかった。
中には本当に気が狂ってしまったのか、地面から生えた腕に捕まった自分の足を切り離す者も居たけど、その瞬間また別の腕に身体の何処かを掴まれて結局その場所から逃げ出す事は叶わなかった。
そんな感じで何とか自分を奮い立たせて頑張っていると、気が付けば敵軍が撤退行動に入っているが見えたので、私は防護柵の内側上部に設けられた通路の上でヘナヘナと座り込んでしまった。
やっぱり私には、こういった生命を掛けた荒事は向いていないのだと感じた。
これまで何度も『この世界はゲームなのよ』と自分に言い聞かせて来たけど、この身体で感じる痛みとか悲しみは決して仮想現実では無く正真正銘のリアルだったし、ゲームの中で自分のアバターが被弾してもその痛みを現実と同じレベルで再現する事は法律で禁じられていたから、この異世界で実際に怪我をして、その激痛にビビってしまったんだと思う。
でも今日の戦いが一区切りとなったので、これで一度家に戻って身体を清める事が出来るし、そうと判れば安心した途端に急にお腹も空いてきた。
その夜はアルフィリオさんたち三名が交代でエルフ戦士団の人たちと一緒に村の見張りを勤めてくれると言ってくれたので、私や他の女性たちは家で寝る事が出来ると思ったら急に嬉しくなった。
それと、アルフィリオさんから「今夜は何があっても家から出てはいけない。
それと、どんなに大きな音がしても家の中で待機して欲しい」と言われたので、これから何が起こるのかとても興味があったけど、ここは彼の言葉に素直に従い疲れた身体を回復させる事にした。
あと明日の行動に支障を来さないようにと自分に言い聞かせたけど、そんな心配なんて必要無かった。
だって本当に疲れていたし、精神的にも限界だった私は睡魔に逆らう事なんて出来なかったから、まだ村が敵軍に囲まれた状況だと言うのに朝までグッスリと眠ってしまい、途中で起きる事は無かった。
(危ない危ない。もし昨夜に敵の襲撃があったら、私死んでたかも……)
そして次の朝日が昇った事を知った私は敵の動向が気になったので、イの一番で村の防護柵の上まで駆け上がり、森の向こうを見渡したけど敵軍の姿は何処にも見られなかった。
でも、まだ安心するのは早いと思い直してその場に立ち周囲の監視を続けていると、この防護柵の通路にエルフ戦士団や村の人たちまでが集まって来て、みんなの手には今も弓が握られていた。
(わ、私は風の勇者だから弓じゃなくて、魔法で戦うからいいのよ……)
周りの人々が一夜明けた今も臨戦態勢のままなのに、私一人だけ手ブラでここへやって来てしまった罪悪感は、自分にどんな言い訳をしても無くなりはしなかった。
それでも緊張を解かないまま森の向こうをずっと見ていると、黒いコートを纏った男の人が一人でやって来て、人間たちの軍隊が撤退して行ったと教えてくれた。
その人が言うには、敵の司令官と直接会ってエルフの村を攻める事を止めて貰うように必死で説得したらしいのだけど、多くの金銭と食料を使ってここまで派遣されて来た軍を、そんな簡単に説得なんて出来るのかしら?
でも、その話は私以外にアルフィリオさんや村の長老たちも一緒に聞いていたから、信じてもいいんだよね?
その男の人の話を聞いていて気づいたんだけど、あの人は以前に私が敵の騎馬兵たちに追いかけられていた時に、敵の暗殺者と間違えた人物だった。
そう言えば、あの時もあの人と出会った後で敵の追撃から逃れる事が出来たから助けてくれたんだと思う……そして相手の顔をじっと見ていると、もっと大切な事に気がついた。
「あの、もしかしてシルデビ様じゃないですか?」
「え、そうだけど君はもしかして?」
世の中には本当に数奇なめぐり逢わせがあるのね。
「私、森野楓花です。ほら、あの何て言うんだっけ? とーっても長い名前のネトゲでお会いした事があると思うんですけど覚えていませんか?」
男の人の髪の色が銀髪だったので、もしやと思いその人物の前まで近づいてみる。
以前にネトゲで見かけたアバターとは少し雰囲気が異なっていたから気付くのが遅れたけど、あの人は私の知り合いと言うか、元居た世界のネトゲで同じクランに所属していたフレンドの一人に間違いない。
もしかして彼も私と同じ様に、あのゲームの世界からこちらの異世界へやって来たんだとすれば、彼のアバターは吸血鬼だったと思う。
(なんか、めっちゃロン毛でイケメンなんだけど?)
もしかして、昨日この村に攻めて来た敵兵の足元から生えて来たゾンビの腕は、彼のスキルか魔法だったんじゃないかな?
もしそうだとしたら、今回の敵軍が撤退して行ったのも彼がやってくれたんだと思った。
元居たゲームの世界ではフレンドのフレンドさんとして知り合った程度で、それほど親しい間柄ではなかったんだけど、それでも同じクランに所属していた私の事を、友人の一人として助けてくれたのだとしたら、ちょっと嬉しいかも?
それならこっちの異世界でもフレンド申請しておきたいけどダメかな?
「シルデビ様は、今何処かのクランに参加されているのですか?」
めっちゃイケメンの彼を『銀髪悪魔』と呼ぶのはちょっと違和感があったけど、もしかしてこっちの異世界だと彼の正体である『吸血鬼』アバターを、そのまま正直に村のみんなに明かしてしまうのは得策じゃないと思った。
「今回は他人同士の寄せ集めの『クラン』ではなくて、もっと仲間同士の絆を深めてお互いを家族のように護り合う『ファミリア』を作ってるところだ。フーカも良かったら今度うちのファミリアに来てくれ」
これってもしかしなくても彼のファミリアへのお誘いだよね?
私の思い違いで無ければ彼のクランがある街へ来てくれと言う意味では無くて、元居た世界の仲間である私を、彼のファミリアの一員として迎えてくれるって事で合ってるよね? デュフフ……。
「ええ、是非伺わせて下さい!」
私は二つ返事で彼の申し出に了承した。
こちらの異世界の時間で1年前、私はあのゲームの世界で使っていた『エルフ戦士のアバター』の姿と能力を持って召喚された。
そして身寄りが無くエルフの森を彷徨っていた所をエルフたちに保護され、それから彼らの客人として最初の村で受け入れて貰えた。
そして精霊樹に宿る風の精霊王様と契約して風の勇者と呼ばれるようになったけど、最初の村を救う事が出来ず、村の子供たちと一緒にこの村まで逃げて来た。
本当の私を知らない次の村の人たちからは、エルフの伝承にある『風の勇者』として必要以上に大事にされるけど、その誰からも心の一定距離を持たれるようになったと感じた。
そんなタイミングでめぐり会った相手が、実は同じ世界からやって来た知り合いで、その相手が少しでも私の事を気に掛けてくれたと判った時点で私の心は決まっていたのかも。
その後は彼の他にアルフィリオさんたちや村の長老たちも加わって、この村を今後どうやって守ってゆくのかと具体的な話へと移行して行くんだけど、ここで彼のアバターが吸血鬼であると正直に話しても良いのかと考えた時、私の頭にある考えが閃いた。
「彼は死霊術師をされている一族の方で、人族の間ではマイナーではありますがれっきとした魔術師です!」
人族の間で死霊術師なる者たちがどのような立場に居るのかは知らないけど、せっかく私たちの村を救ってくれた相手を、エルフ族では怨敵だとされる吸血鬼と言うだけの理由で彼の手を拒否するなんて出来なかったから、ここは特に力を込めて言い切った私スゴイ!
それに村の英雄であるアルフィリオさんたちも既に彼のファミリアの一員となっていて、これからはシルデビ様の仲間たちがこの村を守るお手伝いをさせて欲しいと言ってくれたから、中には反対意見の者も居たけど最後は多数決で村の防衛協力をして貰う事になって安心した。
シルデビ様の街から村へ派遣して貰う人員としては、死鬼と言って彼の眷属契約をした人たち数名の他に、彼がスキルで生み出したスケルトンソルジャーが200体くらい居るらしいんだけど、見た目がちょっとアレなので村のみんなには『ボーンゴーレム』だとウソの説明しておいた。
アルフィリオさんたちの話だと、それら以外にも防衛戦力となる者たちを待機させておくと言う話だったけど、それ以上は聞かない方が良さそうな感じだったので気にしない事にした。
これで当面の間は村の防衛に神経を尖らせなくても良くなったので、お礼を言おうと思いシルデビ様の姿を探したんだけど、多くのメンバーを擁するファミリアを運営している彼は忙しく動き回っているらしく、もうここには居なかった、残念。




