第2話 異世界転移なう
オレの身体を覆っていた光が徐々に弱まると、少しずつだが周りの状況が見えて来た。
「○■%▲#@!?」(誰だ、お前は!?)
オレが転移したのは古い石造りの部屋の中。それはまるで異国の地下墓地にあるような、玄室みたいに広い空間の中だった。
部屋の一辺が二十メートル程もある、それなりに高い吹き抜けの室内には、玉座に見える豪華な意匠を施された椅子が、一段高い床の上に据え付けてあり、その反対側にある部屋の入口付近には、ネトゲでお馴染みの冒険者らしき一団が武器を構えて立っていた。
冒険者パーティのメンバー構成は神官らしき少女を中心にして、身の程もある大きな盾を構えた獅子獣人と、冒険者としては珍しい全身に金属鎧を纏った騎士が先頭に立ち、その直ぐ後ろには軽装鎧の女が槍を構えて立っている。
少女神官の後ろには黒いローブを纏った女魔術士の他に、後方を警戒しながら弓を構えた皮鎧の男も居た。
女魔術士の範囲探知スキルで周囲の確認を行いながら、それと同時に突然現れたと思しきオレに対しても警戒する様子から、かなりの経験値を持つ熟練者パーティである事が見て取れる。
元の世界で、もうやる事が無かったオレはネット小説などを読み漁っていた知識を元に、現在の状況を瞬時に、そして正確に把握した。
(まず行うべきは安全の確保と敵の無力化だろう)
獅子獣人の大盾持ちが、自身の背後にパーティの仲間たちを庇いながら前進して来る。それに合わせて、全身鎧の騎士と槍を持った女がそれに続く。
吸血鬼は魔族の中でもかなりのパワーとスピードを誇る種族なので、とかく近接戦闘が得意と思われ勝ちだが、オレのようにロードクラスにもなると呪いや念動力(PK)まで使えるようになるから、不用意に近づくのは悪手だと知っておくべきだろう。
玄室の壁にある、ゆらゆらと灯るランタンの薄暗く淡い光が、室内に居る者たちの影を幾重にも床に描き出す。
オレは近づいて来た獅子獣人の影を踏んで男にこう囁く。
「これでもうお前の足は動かない」
オレが居た国では遥か昔に『魔物に影を踏まれたら動けなくなる』と言う伝承があり、それが今も子供たちの遊びとして残っているのだが、この異世界の者どもはその話の起源を知ってるだろうか?
これはオレたち『鬼』が持つ特殊能力で、相手の影を踏む事によってその存在を縛る呪い(のろい)の様なものだ。
力の弱い眷属たちが使用するのなら呪い(まじない)程度の効果しか発揮しないのだが、オレの様に高位の不死者が使用するとなれば話は別だ。
オレは最初の出現場所から一歩も動かずに、身動き出来ない獅子獣人に対して右手を翳し、相手の首筋にある頸動脈を握り潰すイメージと共に手の平を閉じる。
「▲▲▲、#▽&*、■■、^、◎●……」(ううっ、く、首が、絞まる……)
獅子獣人が構えた大盾の後ろに自分を隠してオレの攻撃から逃れようとするが、相手に向けた手に更に力を込めて圧迫を続ける。
例え直接見えなくても、相手の首と血管の位置を脳内でイメージしながら念動力を行使しているから、盾の後ろへ隠れた程度ではオレの念動力を阻む事は出来ない。
獅子獣人の脳へ酸素を供給している血液を遮断してから、ほんの数秒で彼が両手で構えていた大盾と片手剣が地面に落ち、ガシャンと乾いた音が室内に響く。
すると男の身体も突然電源スイッチが切れたロボットのように「ドサリ!」と音を立て崩れ落ちる。
このように、いくらガタイがデカくても最小限の力を使って相手を無力化出来るのは、オレが元居た世界で学んだ人体に関する知識があったからだろう。
先ほどから何やら意味不明な言葉で罵倒されているようだが、今は気にせず次の標的を定める。
異世界転移直後に言葉が通じないケースなど既にマンガやラノベで学習済みだから、今さら焦るような事ではない。
「▽●■2$*+†§Ω!」(レオンしっかりするんや!)
「▽●■‰!」(レオンさん!)
後に居る黒っぽいローブを纏った女と、大きな弓を構えた男が、倒れた獅子獣人に必死な様子で声を掛けるが、それも無駄な努力に終わる。
彼の意識は当分の間は戻って来ないだろう。
「†^*+=!▽●■#■%$&!!」(この魔族め!レオンに何をした!!)
「▽●■!&*$@!」(レオン!今助ける!)
倒れた獅子獣人を助ける為に、全身鎧の騎士と軽装女騎士の二人が、止せば良いのに攻撃を仕掛けるが、二人の方かた近づいて来る影を踏みつけてやると、そこから進めなくなる事に気づき大声をあげる。
(うるさいゴミどもだな)
左右の手の平を二人に向けて、先ほどと同じく頸動脈の辺りを締め付けてやると、ほんの数秒で同じ運命を辿る事になる。
「●◆‰!%&*‰@%■~*+▲=□&*‰@%■@?!」(アイゼンはん!それにイリアも一体どうしたんや?!)
「;odis&*‰@%■fhpg」kgre54?」(攻撃魔法が使われた形跡は無いぞ?!)
相手のパーティにしてみれば、これから戦闘が始まると思ったその矢先に、信頼している前衛の者たちが、相次いで倒されてしまった事に焦りを感じているところか。
その証拠に後衛のメンバーたちは、誰一人として前衛への援護行動を起こせていない。
まだオレの立つ位置からは離れているが、弓士、神官、魔術士の三人は全く想定していなかった事態に対して混乱しているのか、その一瞬が生死を分ける事になる。
平和な世界でのうのうと生き永らえてきたオレだが、目の前に迫る敵意を感じたおかげで頭脳の奥が永い眠りから目覚めたような気がしていた。
オレが前衛の三人を相手に、久しく使っていなかった念動力に集中している間に、後衛の三人は一目散に逃げるべきだったのだが、今となってはもう遅い。
そして四人目の犠牲者と定めたのは弓士の男で、もしあの弓矢にオレの知らない強力なスキルでも付与されて身体を貫かれたら痛そうな気がしたのと、何よりオレの一張羅に穴でも空けられたらイヤだと思ったのが理由かな。
「眠れ!」
たまたま目が合った瞬間に、弓士の瞳孔の奥にある網膜から彼の脳へ直接語り掛けると、その男は何の抵抗も無く、そのまま石の地面へと倒れた。
(いくらオレの身体が不死身であっても衣服はそうじゃないからな。だが魔女っ子を後に残したのは少し判断をミスったか?)
「$◎*†□+%∞≒●■FIRERANCE●!!」(これでも喰らえや!ファイアーランス!!)
相変わらず奴らが何を言ってるのかちっとも理解出来ないが、最後の魔法名は何故か元居た世界の発音と似ていたので何となく判別が出来た。
ネトゲの中から、こっちの異世界へ呼ばれたせいで、オレの外見はどっから見ても立派な吸血鬼となっているから、初見でそれを見抜き弱点属性の炎系攻撃魔法を唱えたのは正しい判断だと言える。
そして詠唱を終えた魔女っ子が、高貴なオレ様に向かって燃え盛る炎の槍を投じる姿が見える。
ここはリアルの密閉空間なのに、そんな場所で火炎系の魔法を迷わずブッパするとか、ちょっと頭おかしんじゃないか?
それとも異世界あるあるで、こちらの世界の住人たちは正しい科学知識を学んでないとかだろうか?
いずれにせよ射出された攻撃魔法はそこそこ速かったが、吸血鬼の反応速度と身体能力を持ってすれば避けるのに然したる苦労は要らなかった。
(例え戦艦並みの攻撃力があろうとも、単発の攻撃魔法など当たらなければどうという事は無いからな)
それにもしあの攻撃魔法がもっと速かったとしても、元の世界で銃器やミサイルなどの現代兵器を持つ敵と戦って来たオレなら、対処法などいくらでもあるからな。
そして前衛を失った後衛など容易く倒せると言うのはチーム戦の常識で、魔法発動後の隙をついて接近し、そのまま腹パンしてやれば一丁あがり。黒ローブの女は、白目を剥いて口から胃の中のモノをブチまけて派手に倒れた。
あと残っているのは白っぽいローブを着て、フードで顔の上半分を隠した少女だけ。
だがここで吸血鬼のカンが警鐘を鳴らし出す!
「●▲∞!HOLYSHINE!!」(出るの!ホーリーシャイン!!)
オレの頭上から、闇を切り裂くように真っ白な光が降り注ぐ。
聖属性魔法など、この異世界へ来て初めてお目に掛かったが、この聖なる光がオレたちアンデッドに対して、直射日光と同じくらい甚大なダメージを負わせる事はネトゲで学習済みなので、その対処方法を直ぐに思い付くのは、オレが不死者として優秀だからだろう。
これは推測だが、この手の範囲魔法は敵の位置を目視して攻撃すべき座標と範囲を指定し、その後に結界を発生させてから信仰する神の力を借りて限定的な効果を発生させるのではないかと考えている。
だから攻撃対象が座標を飛び越えて移動した場合まで想定されていないのは、瞬間転移能力そのものが一般的ではないからだと思う。
「テレポっと!」
『テレポート!』と最後まで念じてしまうと、かなり離れた場所まで跳んでしまうので『テレポ』と短く切るように念じる事によって、この短距離転移が可能となるのは、我が一族に伝わる秘術の一つ。
これでホーリーサンシャインの魔法に魔力を注いでる最中で、身動き出来ない女神の使徒にも腹パンを食らわせて戦闘終了となる。
◆◇◆◇◆
さてと、これで目の前の脅威は排除したので、召喚魔方陣から聞こえて来た声の主を探すが何処にも見当たらない。
《ありがとうございます、おかげで助かりました》
その声はオレの後ろ、玉座の更に向こう側にある壁に埋め込まれた白く透明に輝くクリスタルから聞こえて来た。
「確認するが、ここは地下迷宮でお前はそのコアで間違い無いか?」
ダンジョンにはコアがあって、それが意思を持っているなど、ネット小説なら鉄板レベルの異世界あるあるだ。
《はい、私はこのダンジョンのコアユニットです……名前はまだありません》
昔の小説に出てきた猫のような受け答えに少しニヤけてしまいそうになるが、例え不死者と言えど第一印象は大切な事なので、ここはポーカーフェイスのまま質問を続ける。
「オレをここへ呼んだのはお前か?」
《そうです。この場所で生まれてからずっと活動を休止していたのですが、つい最近になり、付近の人間たちに発見されてしまい緊急召喚の魔法陣を作動させて頂きました》
どうやらダンジョンがその存亡の危機を感じて、異世界からマスターとなる者を召喚したという事らしいが、ダンジョンマスターとはダンジョンの運営を行う者の事で、実務的にはその防衛責任者という意味でもある。
ネット小説ではダンジョンにやって来た冒険者を倒して、経験値やポイントのようなものを貯めて、その引き換えにダンジョンの拡張等を行っていたと記憶しているが、本当にそれでやって行けるのだろうか? とりあえず細かい事は後回しにして今は状況確認が先決だろう。
「するとオレはこのダンジョンのマスターとして召喚されたのか?」
特に目標も無く行き永らえてきたこの身だから、元の世界には既には未練など欠片も無く、まだ見ぬこの異世界で何かを成すのも良いかと思った。
だがいくら太陽の光が届かないとはいえ地面の下でずっと過ごすのは何か嫌だな……。
《ダンジョンには『地下迷宮タイプ』の他に『城塞タイプ』というものも御座いますが?》
「それだ!!」
思わず即決してしまったが、吸血鬼ならやっぱり古びた城に住んでないと、オレのアイデンティティーが許さない。
それには先ずコアに命名して、ここで正式なマスターとなる必要があるらしいが、何か良い名前はないだろうか?
元の世界でプレイしていたネトゲでも最初のキャラクリには時間を掛ける方だったのだが、声が女性っぽくて自律型に見えるAIをそのまま『アイ』と名付けるのはさすがに安易すぎる。
男性ユニットの執事なら『セバスチャン』一択なんだが、オレが元の世界で遊んでいたゲームのサポートキャラに因んで『ショコラ』と名付ける事にした。
《命名ありがとうございます、これからはショコラとお呼びください。それとマスター登録が完了しましたのでこのピアスをお持ち下さい。それでこちらの世界の言語を同時翻訳によってご理解して頂けるようになっております》
これでこのダンジョンのマスターとして登録が終わり、初期設定や機能変更が可能となったので、ダンジョンのタイプを望んでいた『城郭タイプ』へと変更する。
外装は勿論古くて歴史を感じさせる荘厳なものを選んでおいたが、今回のような初回設定時にはダンジョン・ポイントは不要という、親切設計となっていたのは良心的だと思う。
「ではショコラ、最初にこの異世界の説明と、その後でダンジョンマップと現況一覧を表示してくれ」
《はい、では先ず初めにこの世界の事柄についてご説明申し上げます・・・》