逸話#3 聖女ディアーネの裏事情
私には秘密がある。
私は父と母が愛し合って産まれた存在ではない。
それは両親の仲が悪かったとかそういった話ではなくて、そもそも両親が存在しないのです。それが幼く年端もいかない子供にして見れば、どのよ様な意味を持つか判るかしら?
この生命は先代教皇(絶対に『さま』なんて付けてやるもんですか!)がお伽話に出てくるくらい昔の聖女さまの『でぃーえぬえー』(で合ってたかしら?)が保存された宝玉を見つけたのが始まりだと聞いたし、そもそも玉の中から外を見ていた頃の記憶があるから大体の事は覚えてるわ。
その玉の中に封じてあった私の魂魄と細胞片を元に、何か謎の実験をして産まれたのが私。
最初は青いスライム状の物体で見る事も話す事もできない生命として産まれたけど、そんな私を見て教会の研究者たちは最初の成功を喜びあった。でも神様を崇めるはずの教会の奥で、こんな風に生命を弄り回す実験が普通に行われているなんて聞けば、普通の人が聞いたらゾッとするんじゃないかな?
私たちが生きる今の世の中には倫理とか人権なんて考え方は概念すら存在しない世界だから、言ってみれば何でもありの世界なのよね。
それから培養プールと呼ばれる水槽の中で順当に細胞分裂を繰り返し、徐々に人の形へと近づいていくと私の身体は約1年くらいで完成した。
ある時新しい身体で目覚めた私は水槽から出る事を許され、その後は先代教皇の孫として教会のずっと奥の方で飼育……育てられたんだけど、私が三歳になった頃に教会の孤児院へ移されたのを今でも覚えてるわ。
あのエロジジィ(先代教皇)が教会内の権力闘争で破れてから、その身内だと思われていた私も一緒に処分……というか、儚くされる運命だったのだけど、私の事を本当の子供のように大切にしてくれたシスターたちには今でも感謝してる。
その当時はまだ小さかったので何も出来なかったけれど、その分頭の中ではいろいろな事を考えていたわ。
例えば私は何の為に生を受けたのか? とか、これから上手に生きて行く為には何をすればいいのか? とか他にもいろいろね。
そして五歳の時にに孤児院のみんなと一緒に洗礼の儀を受けに行くんだけど、いつも私と同じ部屋に居た女の子が急に大泣きしてシスターが困ってた。
その彼女こそ今代の勇者様だと認定された……それも伝説では最強ランクとされている光の勇者で名前はリンと言った。
せっかく誰もが羨むほど極レアなギフトを女神様から授かったというのに、彼女はそんな事より勇者になったせいで孤児院のみんなと離れる方が堪らなくさみしいらしく、泣いてばかりでとても手が付けられない状況だった。
だって大泣きするリンの周囲には聖なる光の結界が展開して、誰も近寄れなかった。
リンはいつも元気で生傷が絶えない活発な女の子で、将来必ずスラリとしたボーイッシュな美少女に育つと思う。
そんな、いつまで経っても泣き止みそうにないリンを見ていると、何故か私の隠された母性本能が刺激されて、気がつけば思わず彼女を抱き締めてしまった。もちろん私は聖属性結界なんて簡単にスルーできた。
(おかしいな? 私にこんなユリ属性は無かったはずなんだけどな……)
「リン、ここで少しだけ待ってて。きっと私も一緒に行ってあげられると思うから」
そう、この私も元を辿れば聖女様の遺伝子を持つ立派な謎生物の端くれ。だから、あのヘンな玉に触れればきっと何とかなると信じていた。
玉に触れる時に手の先へ身体中から寄せ集めてきた真っ白な色のオーラが集まり、それが玉の周りを覆っていく。
すると、やっぱり私もリンの時と同じか、それ以上に眩しく真っ白な光が玉を輝かせて……そして割れた。
うん、判ってはいたけどね。判ってはいたけど、鑑定の宝玉って一体いくらするんだっけ? 魔術に関する知識は産まれた時から持っているんだけど、前世でも物の値段とかって興味が無かったから全く判らないけど、多分大丈夫よね? だって私って聖女様だし?
でもこれで、あの寂しがり屋のリンと一緒に神学校へ行けると思うと、何故か嬉しくなって彼女と一緒に抱き合って泣いて、そして笑った。
リンとは同じ歳だったけど、いつも何故か私の方がお姉さんみたいな感じになっていて、神学校でも聖堂騎士団でも、何処へ行くのも何をするのも二人一緒に過ごす事が楽しかった。
勉強も運動もいつも二人で競いあってた学生生活は本当に楽しくて、こんな生活がこれからもずっと続けばいいなぁなんて思うようになっていた。
人ではない謎生物の私が……だよ?
でも魔術学の中には錬金術という学科があって、その課程には生命創生に関する科目があるんだよね。
よせばいいのに興味が湧いて仕方が無かったけど、後から考えると知らなければ良かったと思った。
私はそれらの生命の謎に関する学術論文を始め様々な分野の魔術書や秘術について、まるで何かに憑りつかれたかのように読み漁った過去を今では後悔してる。
ほんとに知らなければ良かった……。
知らないから知りたくて、知ってしまえばもうそれを知る前には決して戻る事が出来ないというジレンマに私の精神がゴリゴリ削られる日々。
今の魔術技術では生命創生の『とっかかり』までしか解明が進んでおらず、過去に創り出された私以外の生命体は既に全て死に絶えてしまっていたんだけど、その原因はよく判らないとしか解っておらず、このままだと私もあと何年先まで生きられるのか心配で夜も眠れない日々が続く。
元々ヒトではない私だから自分の運命を呪うなんて気はちっとも起きなかったけど、あの寂しがり屋のリンをこの世にたった一人だけ遺して先に逝くなんて私には絶対に出来なくなっていた。
もし私が普通の人間だったら、これから先の人生もずっと一緒にリンと生きてく事が出来たと思う度に、人の手で造られた自分の身体が恨めしくてしょうがない。
将来もしリンと同じ人を好きになったら『一緒に結婚しようね』なんて学生寮の部屋で話した思い出とか、二人の子供同士が結婚してくれれば『本当の家族になれる』なんて話し合ってた未来は絶対に来ない事を彼女にはまだ告げていない。
もし、もしだよ? こんな私の願いを聞いて、リンと一緒に生きられる未来をくれる神様が居るなら、この魂も身体も全てを差し出すわ。それは別に神様じゃなくてもいいし、それこそ悪魔でも邪神でも何だっていい、誰か私に未来を下さい……。
そして私たちも大人と認められる年齢になり、いよいよ聖堂騎士団へ配属される時期になる頃に、今代の教皇様に直接お願いして『勇者と一緒に人間社会を護る仕事をしたい』って言ったら、勇者パーティを結成して教会が後ろ盾になってくれると言ってくれた。
そんな私の行動を見てリンはスゴイって誉めてくれるけど、本当は教皇様に私の秘密とか先代様がやらかした色々な不祥事、それに今の教皇様が孤児院に住まう幼い少年たちだけを集めて特別なミサをしている事の他にも、色々な事を話し合った結果として最大級の支援をして頂ける事になっただけよ。
その勇者パーティには余計なお荷物……じゃなくて、私たちを見張る……でもなくて、何と言うんだっけ? そうそう護衛よゴ・エ・イ。決してあの清廉潔白なイメージを何より大切にされる教皇様の有ること無いことを各地で吹聴しないように、私を監視する為じゃないの、本当よ信じて。
でも、リンに剣術を教えてくれたアビゲイル団長とロウザ師の実力は凄いの一言に尽きた。あの人類最強のステータスを持っているリンの反射神経と運動能力を持ってしても、魔術が無ければ勝てない程の強さって一体何なのよ。
リンは性格が素直過ぎて、それが剣術にもしっかりと反映されているから良く言えば愚直、悪く言えば……そんな気が滅入る様な事はどうだっていいわね。とにかく私が言いたかったのは、私たち四人が揃った勇者パーティを相手に出来る敵なんて全然居なかったって事なの。だから戦う相手がエルフだろうと、ドワーフだろうと、魔族だろうと、獣人族だろうと、敗けた事なんて全然無かったし、それどころか苦戦させられた事すら記憶に無いわね。
だから少しだけ思い上がっていたのかも知れないわ。この世界にあんなに強いバケモノが居るなんて思わないわよ、普通は。
そして私たちがアルニード教国の軍隊に同行して悪逆エルフの隠れ村を攻撃していた時、そいつはブラリとやって来た。まるで普段着のまま近所を散歩する様な雰囲気で。
その時の私たちはエルフの隠れ村を取り囲み、そのまま殲滅させるべく全軍が戦闘体制になっていた。緊張の糸がピーンと張り詰めた極限状態の中、司令部の真っ只中に全身黒ずくめの如何にも暗殺者めいた感じがする、フザけた若い男がフラフラとまるで物見遊山でもしているかのような足取りで、総司令官を背後から暗殺しようと近づいていたの。
ここには100人もの近衛騎士と士官が大勢詰めかけた状態の中、誰にも気づかれる事なくそいつは総司令であるバ=ロッティ侯爵様の背後に近づいて、あの鋭い爪状の刃が付いたガントレットで斬殺すつもりだったんだわ。だって60センチくらいある刀身には毒でも塗ってあるのか蒼くキラキラしていて、とても綺麗だけど普通の武器には見えなかった。
そして、その男の右腕を斬り飛ばしたのがリンだったというわけ。
そこで初めて周りに居る騎士たちが、その男の存在に気がついて騒ぎだしたんだけど今さら遅いわよ。でもその男が斬られた右肘を地面に転がった二の腕に向けると、それが戻って来て瞬時に引っ付いたのを見た時、目の前に居る存在が途轍もなく強い敵だと知ったんだけど正直これは本当にヤバイ奴だった。
作戦は団長とお師匠様の二人掛かりでヤツを足止めしているうちに、私とリンの二人掛かりで聖属性の最強魔術で倒すしかない。
もしそれが出来なくても最悪腕の一本くらいは消し炭にしておかないと、この敵に攻撃の機会を与えたら味方の誰かが犠牲になると思った。
人類の頂点に立つ私たちが勇者パーティが四人掛かりで行った攻撃を何なく回避されて、まだ詠唱を続けてるリンが攻撃されると閃いた瞬間、私が無意識に動いてしまい身体に致命傷を負ってしまう。
女のカンが閃きそれまで詠唱中だった魔術を即座に破棄し、隣で無防備な姿を晒してるリンを守るべく彼女の前に割り込めたのは運が良かった。でも正面からあの蒼くキラキラした刃に斬り割かれて、首の左側の付け根から胸の中央辺りまでスッパリとキレイに斬られてしまい、傷口から溢れ出る真っ赤血で全身が染まってゆくのが見えた。
「リン、ごめん……」
私に意識があったのはここまで。ここから先は私の無意識の中での出来事なの。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
意識が暗い霧に包まれて眠いような、それでいて頭のどこか一部だけがハッキリしている感じでがして、それは言葉では言い表せないヘンな気分だったわ。
何故か斬られたはずの首とか胸の痛みは無くなっており、燃え盛る炎を心臓に流し込まれたような熱さだけは覚えているけど、今それを感じないのはリンが治癒魔術で治してくれたのかな?
こうして眠っていると熱い痛みはもう感じなくなっていたけど、その代わり今度は寒くて死にそうになる。斬られた傷の部分からとても冷たくて凍りつくような、とにかく身体の芯から凍えて震えが止まらないの。
(私、ここで死ぬのね……)
漠然とそう感じた。
まだこの身体に残されていた寿命はもう少しあったと思うけど、最後の生命をリンの為に使えたのならそれでいいわ。
もし今日死ななくても、いずれ近いうちに私の短い生命が尽きてリンとはお別れする運命だったからもういいの……いいのよ、もう。
これで心の整理がついた私の意識は更に深い奈落の底へと向かって深く深く沈んで行く。
やがて意識は薄まっていき自我と呼べるものも意識も維持出来なくなり、私を形作る要素の輪郭が段々と薄まり周囲の闇と同化して行く気がした。
暗黒より尚暗い闇が私の自我の端と徐々に混じり合い、魂魄が闇の色に段々と染められていく。もう今は私が消えてしまったのか、それともこの闇こそが私なのか自分でも判らなくなる。
こうして私は最後の時を迎えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
でもおかしい。
確かに死んだと思ったんだけど、さっきから身体の中から火照って仕方がない。死ぬ寸前はあれほど凍えて寒かったはずなのに、それが今では身体の芯から熱いものが止めどなく溢れて私の身体中を巡る。
《まだそこに居るんだろ?》
絶えず全身の震えが止まらず両手と両足の指先がビリビリと痙攣を繰り返す。
身体中の細胞が悲鳴を上げながら死に絶え、崩壊した細胞がそれを取り込み再生を繰り返す。
そうする事で私の中にあった純粋な細胞が正しく分裂して身体の各所を創り治してゆく。
麻酔を打たれたように意識が切り離されてるおかげで、生きたまま内蔵を喰らい尽くされるような激痛を感じる事は無かった。もし痛覚があれば発狂して死んでしまう。
この痛みは私の首にある動脈から注ぎ込まれた『それ』が心臓まで到達し、そこから全身へ向かって送られたのが原因で、私は『それ』が何なのか知らないけど、もう理解し始めていた。
《もっと生きたくはないか?》
今なら身体の何処を触れられても即座に失神してしまうほどの快感に包まれて、まだ体験した事が無いほどの刺激を持つ脳内分泌物によって私の意識が押し流されてしまう。
だから私の身体をそんなに強く抱き締めないで、気がヘンになってしまうから。そんなに強くキスされたら堕ちてしまうじゃない。
《お前は普通の人間ではないな?》
リンが……リンさえ生きてるのなら、私はここで死んでもいい。もともとその為に生きてきたから後悔なんてしない。
《先に言っておくが、お前が守ったリンなら既に天使どもに殺されたぞ?》
天使様とは人間たちが奉っている女神アルミダ様の御使い様の事で、光の勇者や聖女である私たちを守護する存在だったはず。私たち勇者パーティはこれまでずっと神の教えに従って生きてきたはずなのに何故?
《神の悪戯によって、この世に産み出された忌むべき生命とはお前の事か?》
確かに私は人間の営みによって誕生した生命ではない。
《異世界の勇者と聖女なのに、不要となれば直ぐに廃棄された気分はどうだ?》
そんなの絶対に許せる訳が無い。
でも自分が出来損ないの聖女だったのが悔しい。出来損ないの存在だった事が恨めしい。そして最後までリンを守ってあげられなかった事が悔やまれる。
こんな私を生み出した教会が嫌い、そしてリンを殺した天使を遣わせた神が更に憎らしい。このまま消えるなんてやっぱりイヤ。誰か……誰でもいい、私に力をくれるなら魂でも何でも私の全てをあげる、だからお願い。
《せっかく老いる事も死ぬ心配も無い永遠の生命が手に入るんだぞ? そんなつまらない事に使うなんて勿体ないと思わないか? 別に復讐をするなと言ってるんじゃない、その不幸せな願いが叶った後はどうするんだ?》
「わたしは……私は……」
それは正に悪魔の囁きだった。
もう失ってしまった生命の復讐ではな無く、もっと楽しい事に使ってはどうかと、この声の主は私に問う。
「私はリンと一緒に生きていきたい」
《あの勇者の事ならオレに任せておけ。他に望みは無いか?》
「こ……」
《こ?》
「恋がしてみたい」
《これから長く生きていれば、必ず運命の出会いはある》
「あ……」
《あ?》
「貴方がいい」
《オレは余りオススメはしないぞ?》
だってまだ異性を知らない私の中に真っ黒なアレをいっぱい注がれて、身体が熱く火照ってとても気持ちが良かった。あの快感を一度でも体験してしまったら、もう他のヒトではダメかも知れない。きっとダメだと思う。だから責任を取って貰わないと……今さらイヤだなんて言わせないから。
これでも身体には自信がある方なの。
今まではただ重たいだけで邪魔で肩凝りの原因でしか無かった二つの脂肪の塊が、生まれて初めて武器になると思ったのは悪くない気分ね。
え、主様って胸より脚派なの? ホントに? マジで? どうしよう……。
こうして、生き返ったと……言うより一度死んで生まれ変わった私の新しい人生(?)は、これまで通りリンと一緒に生きる事以外に新しい目標が出来た。
一つ目の目標は、やっぱり天使と神が許せない。
あの楽しかった思い出が、最後はリンを殺されて捨てられるまで全部仕組まれていたなんて最初は信じられなかったけど、リンの後ろから首をはねる映像を見せられて、私が信じていたモノの正体を悟った。それに団長もお師匠様も決してあんな死に方をすべき方たちでは無かったはずなのに。
そして二つ目の目標は恋をしたい。
──と言うより必ずする、これは決定事項かつ最優先事項よ。自分の事を『脚派』だと公言して憚らないあの方の心を、私の胸で絶対に改宗させて見せる。
もしダメでも私には、人類最高の美脚を持つリンという頼もしい味方が居るから、何ならオプションとして彼女を付けてもあげてもいいわ。
それなら人類最高の美乳&美脚がセットで揃うからとってもお得だと思わない? これならどんなライバルが近寄って来たとしても私たち二人が負ける理由が見つからない。
「汝に聞く、聖女ディアーネ。古き血の契約に従いオレに永遠の忠誠を誓うか?」
「はい、お方様。闇聖女ディアーネは永遠の愛を誓います」
やっと見つけた私の運命の相手……絶対に逃がさないんだから……。




