第13話 身体はイヤがってなかったぞ?
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こうして無事に『デスナンチャラ』を返還して戦いが終わると、まだ夜中だと言うのに寝ていたはずの兵士たちがみんな起き出して来て、オレたちの姿を遠巻きに見て様子を伺っていた。
その中には黒衣のゴシックロリータを纏ったプリンと、胸元と腹部の他に肩や太腿が大きく開いた黒い魔女姿のドロシーを見て興奮する愚か者も居たが、そいつらは後で呼び出し個別指導をしてやろうと心に決める。
「みなの者、静まれぃぃぃ!」
すると、先ほどの戦闘では全く役に立たなかったナイスミドル吸血鬼がやって来て、周りに居並ぶ兵士たちに向かって大声で語り始めた。
「この方……いや、このお方は天使のニセモノを退治して下さった勇者様のお仲間であり、当教会の勇者様であるリン様の窮地を知って、態々この地まで駆けつけて下さった我が軍の恩人である。一同の者控えよ!」
今回の戦争はこれで終わり「翌朝、全軍帰投する!」と告げられた兵士たちは誰もが喜び合ってお互いの無事を確かめ合う中、もうオレたちの事なんてもうどうでも良い雰囲気となる。ナイスミドル吸血鬼には今後も彼の才能を生かして自国へ戻って貰い、あの国にオレたちが戦略拠点を作るのを任せたいと考えるが、オレのせいで多くの兵士を失ってしまった彼の身が果たして無事に済むのかと言う問題もあるが……。
「これでも国を代表する、古い侯爵家なので大丈夫でございます。ただ今回の責任を取る事で今後直ぐに軍の統括は任されないでしょうが、某の能力があれば何とか成るでしょう」
当初は2000人以上は居た国軍の兵士たちが、今では1000人を切るまでその数を減らしてしまっている。
(殺された者たちは、ほぼ全員がうちのゾンビ新兵になってるからな)
ヴァンプエルフたちに噛まれた元騎兵の屍鬼約200体は天使によって全滅させられてしまったが、その代わりに今度は約800体もの新兵を補充する事ができたのは僥倖だった。
そして彼らが夜中にも関わらずナイスミドル吸血鬼の命令によって帰投の準備を進める中、オレはおっぱ聖女が眠っている一般兵のモノより一際大きな天幕へと移動すると、その大きな天幕の中には剣聖と聖騎士の遺体が既に運ばれており、勇者リンの生首も身体と一緒に安置されてオレの到着を待っていた。
先ず最初に処置が必要なのは、おっぱ聖女だ。
一目しただけで、もうかなり症状が進行しており、いつ全身の細胞が崩れ落ちて溶け出してもおかしくない状況だ。簡易ベッドの上で目を閉じ横たわったままの彼女には、もう自我と呼べそうな意識は残っていない。
本当であれば着衣を全て脱がせて全身隈なくキレイに洗浄してから契約の儀を始めたかったが、今回ばかりはそうも言ってられない。
(オレは空気が読める、高位の吸血鬼だからな)
聖女の頤に手を当てて、彼女の顔を少しだけ横に向ける。すると露になった彼女の血管が透きるような白い首筋を見て思わず唾を飲み込む。
――ゴクリッ!
オレたち吸血鬼は睡眠欲以外の食欲や性欲、それに排泄などの欲求は存在しない。
美味しい物を食べたりエッチな事もやろうと思えば出来るのだが、そもそも食べなくても死なない永遠の生命を持つオレたちが、態々子孫を残す必要性を余り感じない。あと食べないから出るものも無いからな。何がとは言わないが大事な事だから、これもちゃんと言っておく。
だがその代わりと言っては何だが、オレたちが行う『吸血』という行為には、食欲と性欲それと相手への敬愛の情が合わさった特別な欲求として存在するが、ここで我を忘れてカブリつくようではお里が知れている。
オレは鋼の意思を保ちながら、白くて細い首筋に優しく牙を立てる。この吸血行為によって彼女の身体が反射で動き突き立てた牙で余計に傷が付かないよう上から抱き抱える。
オレの唇で濡れた極薄の皮膚が麻痺したのを確認してから、二本の牙を軽く押し当てて血管の位置を把握し、そこから皮下組織の更に下にある動脈を貫通するまでゆっくりと沈めていく。ゆっくり急がす、あくまでも優しく痛みを感じさせないように……。
「ぅうっ……」
時折りおっぱ聖女の身体がビクリと震えて、無いはずの意識が一瞬だけ戻りかけたのは、オレの牙が与えた甘い痛みが麻薬のような快楽として脳へ伝わったせいだろう。
彼女の頸動脈の中は血液が固まりかけでほとんど流れていなかったが、それでも構わずオレの牙を通して不死因子を含んだオレの血を暗黒の魔力と共に注ぎ込む。
死を目前にして体温が急激に下がり弱り切っていた彼女の心臓にオレの不死因子が届くと、それまでポンプとして機能を果たせなくなっていた心臓が古い役目を終える。
普通なら、このまま放っておいても下位吸血鬼くらいにはなれると思うが、彼女も脳の根幹と魂に刻まれた【聖痕】が、不死因子を取り込み再生を始めようとする細胞の活動を邪魔して自壊プログラムを実行させてしまう。
言ってみれば、細胞の変化を感知した【聖痕】が不死因子に身体の主導権を奪われる前に、細胞の蛋白質に過剰な成分変化を促し次々と自壊させる状態を引き起こしてしまう。
だからオレは、吸血鬼がもつ精神感応と念動力をフルに動員して、脳幹に刻まれた細胞よりも小さな【聖痕】を探し出し、それを癒す必要がある。
だがその痕跡を完壁に消してしまえば人格に影響が出そうなので、聖属性の呪いで彫られた細胞を、そっくりそのままオレの闇属性魔力で中和しながら不死因子で創り変えた細胞に置き換えてゆく。
こうして傷痕が薄っすらと判る状態にしておけば、彼女の精神を安全に残してやれる事は過去の経験から既に判っている。
そして今回もアイゼンとプリンを治療したの時に経験が多いに役立ち、この世の神とやらが残した聖なる呪いを無効化する事に成功した。
「汝に聞く、聖女ディアーネ。古き血の契約に従いオレに永遠の忠誠を誓うか?」
「はい、お方様。闇の聖女ディアーネは貴方様に永遠の愛を誓います」
(『吸血鬼の花嫁』ではない彼女が、オレに忠誠ではなく愛を誓うのは、アホ神の呪いが悪い方向にでも作用したのか? 今後の経過観察が必要だな……)
彼女の様に血を分け与えられた者が、与えた者に対して親愛の感情を抱く例は珍しく無い。
それは与えられた不死因子が、創造主であるオレに対して親愛の情に近い感情を抱かせるからだと考えているが詳しい事は判っていない。
だから眷属となった者の好意とは、あくまで血の契約によって得られたモノであって、それが彼女たち本来の感情では無いと言う事を決して忘れてはいけない。
元々白かった聖女の素肌がより白さと透明度を増し、皮膚の裏側にある皮下組織まで透けて見えるほどうっすらと紫色を帯びた女性らしい肌の色となり、深い胸の谷間には契約の証として黒い翼と牙を想起するような模様が浮かび上がるが、これは彼女が無事にオレの眷属となった事を示す。
そしてもう二度と脈動する事の無い彼女の心臓だが、姿形は同じでも今は魔石のように状態となり不死因子と暗黒魔力を全身に循環させるモーターとして身体中の細胞へ永遠の活力を与え続ける。
魔石となった彼女の心臓は、例え白木の杭で破壊されたとしても七日目の夜には完全復活する、万一の時の心強い完全サポート機能付きだ。
これでプリンに続いて、二人目の聖属性魔法の適性を持つ上位吸血鬼が誕生した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
こうしておっぱ聖女との契約が無事に終わると、次はボクっ子勇者を復活させる順番になるのだが、こいつはアホ天使どもに背後から首をスッパリ斬り飛ばされ、かなりの量の出血をしていたので少し手間が掛かりそうだ。
だが異世界勇者で聖属性魔法が使える上、筋力などのステータスが普通の異世界人と比べて軒並み高い彼女なので、今から施す蘇生術が上手く行けば最強ランクの不死者に成り得る貴重な人材となる。
なのでここは是非とも仲魔に成って欲しいが完全に生命を断たれた状態から、魂が宿った上位アンデッドとして復活出来るかどうかはオレの頑張り次第だろう。
とりあえず先に蘇らせたディアーネの治癒魔法によって、離ればなれになっていた勇者の頭と胴体を綺麗に繋げて貰ってから、今度は胸元のボタンを外して襟元を大きく開けると少しだけ日に焼けた健康そうな小麦色の素肌が顔を覗かせた。
先ほど見た聖女の透き通るような白い肌とは全く違う印象だが、勇者の首筋も細くてむしゃぶりつきたい程の美しさに思わず目を瞑る。
特にあの細い頸動脈が堪らないほど蠱惑的な流線形を描き出しており、オレは1から順番に思いつくだけ素数を数えて気持ちを落ち着かせる事に成功する。
そして少しだけ血と汗が付着した勇者の首のエロチックな薫りを楽しんでから、彼女の細い頸動脈に牙を突き立ててやった。
頭部を切り離されて脳の信号が完全に断たれた状態のまま放置されていたのが原因で、ディアーネが施す最高レベルの治癒魔法でも、それだけで彼女の意識は元に戻らなかった。
やはり脳が酸素を断たれた状態で長く放置された結果、脳の大部分と記憶を司るシナプス細胞の多くが壊死してしまっており、肉体の側からアクションを起こしてもボクっ娘勇者の記憶を再生させる事は不可能だと考えた。
またディアーネの治癒魔法によって細胞同士が物理的に復活しても、脳内の信号パルスまで完全に元通りとはならないらしく、新たに生まれ変わった脳細胞からは記憶情報が完全に失われていたが、アホ神の呪いが効力を失っていたのは天使による殺害が原因だと思う。
だからと言って治癒魔法が完全に役に立たなかったという訳ではない。
脳の状態が元に戻ったのであれば、そこに再び記憶情報を読み込んでやればいいだけの話で、それは新しくなった記憶装置に新たなOSとバックアップしてあったデータを再インストールする作業と同じ理屈だ。
だがここで問題となるのは失われたデータにバックアップが無いという事だが、生物は肉体と精神それに魂魄(アストラル体)の3つから成り立ってるので、肉体以外のどちらかから引っ張って来れば良いだけの話で、この場合はまだこの世の何処かを彷徨ってる魂魄(アストラル体)を探せば何とかなると思う。
それとオレたち不死者は永劫の時を生きるので、出来る限り健康寿命は伸ばしておいてやりたい。
せっかくの不老不死ライフなのに不自由な身体で生活するのは、楽しいどころかストレスばっかの人生を送る事になってしまうからだ。
いくら何でもそんな不自由な人生……この場合はゾンビ生か? それが幸せでなければ人の魂はわざわざ黄泉路から戻って来てくれない。
先ほど天使どもと戦ってる最中に吸血した時、ボクっ娘勇者の血液を貰う駄賃にオレの不死因子を彼女の体内に潜り込ませておいたので、死者となった彼女の体内に侵入したオレの不死因子は拒絶反応を起こす事も無く彼女の全身へと侵食していた。
完全に死体と成り果て肉体から遠く離れてしまった魂魄(アストラル体)を、再びボクっ娘勇者の中へ呼び戻す作業はさすがに高位吸血鬼のオレでも難しいが、今は幸いな事にオレの仲魔には闇聖女ディアーネの他に冥界神官プリン、それと地獄賢者ドロシーの三人が居る事を忘れてはならない。
刻一刻と薄れて行くボクっ娘勇者の魂魄の軌跡を追尾して、現在進行系で溶けて薄れゆくアストラル体を全て回収し、それでも尚欠損してる魂魄を周囲の情報から解析を行い不足分を充当する。
それはとても緻密な作業で、ピコ単位での細胞組織の復元を闇の回復魔法を巧みに操りながら細胞組織の復活の進める。
そんな時、冥界の入口付近にある黄泉の坂道を下っている最中の、ボクっ子勇者本人の魂を見つける事に成功した。
「おい勇者、そんなとこで何してる。早くこっちへ戻って来い!」
「ボクの事はもう放っておいてくれないか……。ボクはこの手で多くの亜人たちを苦しめて来たのを思い出したから、このまま地獄へ落ちて罪を償わないといけないんだ。だからこのまま逝かせてくれると嬉しい。それにいろいろとゴメンね。ディアにもよろしく言っといて。それじゃバイバイ……」
「何を寝ぼけた事を言ってる。例え地獄に落ちたってお前の罪は消えないぞ? むしろ地上から逃げたと皆に批難される事になるが本当にそれでいいのか? 後悔しないか?」
「……」
「お前自身が罪を償いたいと思うなら、地上へ戻ってお前をそんな風に洗脳したヤツらを一掃し、今も生き残ってる亜人種たちが生きやすい世の中を作るべきではないのか?」
「でも……」
「お前の身体ならディアーネがキレイに治してくれた。もし戻って来ないのなら、そこら辺に漂ってるテキトーな魂でも憑依させて、毎晩ア~ンな事やこ~んな事をさせてやるから覚悟しておくんだな!」
「そ、それはちょっと……」
もうここまで来たら意地でも戻って来て貰うしかない。このまま勇者の魂に逃げられたりしたら、何だか負けた気がするからな。
オレはプリンとディアーネに命じて、聖と闇の二重螺旋状の結界を作らせ勇者の身体を包み込むよう頼んでおいてから、彼女の首から啜った血液からDNA情報を引き出しオレとの主従契約を一方的に且つ無理矢理結んでやる事に決めた。魂の方はまだ迷っているようだが、身体の方は嫌がってはいないみたいだぞ?
だが、これで全ての準備が完了した。
「古き血の契約により汝、勇者リンの魂魄をここに召喚する! 何でもいいから早く戻って来い! ディアーネも待ってるからな!!」
簡易寝台の上で仰向けに寝かされたままのボクっ娘勇者の身体を、暗黒色の魔力が霧となって包み込み、彼女の薄い胸元に青白い六芒星の光を浮かび上がらせる。その光は徐々に形を変えて悪魔の翼に牙を模ったマークとなり、琥珀色の胸元には黒い焼印の痕が残される。
魔力の霧はボクっ娘を中心に渦となり徐々に彼女身体の中へ吸い込まれるが、渦の反対側は細い竜巻となり何処か遠くへ伸びて行く。そして暗黒魔力で構成された細長い渦がボクっ娘勇者の魂を捕らえた時、彼女の停まってしまった心臓が『ドクン!』と大きく跳ね上がる。
それこそ最後の鼓動を打ち終えた心臓がその役目を終えた瞬間で、今後はディアーネたちと同じ様に不死因子を含んだ暗黒魔力を全身に循環させるモーターとして機能し始める。
そして、ゆっくりと目を開いたボクっ子勇者が何もないはずの空中を見つめる。
黄泉路から戻って来たばかりの魂がまだ身体に馴染んでいないから、もう少しの間はディアーネとプリンの聖魔結界で身体に封印……じゃなくて保護して貰う必要がある。でもこれでボクっ子勇者も立派な不死者の仲魔入りをしたのだが、そう言えばオレはまだ彼女がどの様な不死者になったのか確認してないが、それは後でも出来るから今は素直に彼女が帰って来た事を喜ぼう。
いくら不眠不休でも活動できる吸血鬼でも、二人続けて面倒なアホ神の呪いを解いたので、そろそろ疲れて来た。でもこのまま勇者エルフの無事と村の被害状況を確認してからじゃないと、後で必要な支援を考える時にまた来なくてはいけない状況になるから、もう少し頑張ってから帰る事にする。
そして貴重な人材だと期待した剣聖と聖騎士の二人なら、もうこの世どころかあの世にも居ない。オレが倒した彼らの魂は、既に天使どもに喰い散らかされていたから手遅れだったんだ。
天界へと逃げ帰った天使どもの抜け殻は、聖なる呪いによってゾンビにすら成れず白い砂となり果てていた。
あれほどの腕前を持つ剣士たちだったのに、本当に惜しい事をした。
オレは少しの哀れみを持ちながら、元人間だった二つの白い砂山がサラサラと風に攫われて行くのを暫らくの間ずっと眺めていた。




