第10話 どうしてこうなった?!
日が沈む前に敵軍勢がエルフの隠れ村から少し離れた場所へと移動し、周辺の樹木を伐採して野営の準備を進める。設営する天幕の外側から最低でも10メートル以上の空白地を設けているのはエルフの夜襲に備えるためだろう。
それでも設営する天幕の数が多く、士官以下の全員で取り組んでも作業は夜遅くまで掛かる見込みだが、そのせいで数少ない楽しみである夕食が作業の合間に携帯食料を齧るハメになった兵士たちの士気はダダ下がりの一途を辿る。
野営地の内外には必要以上の松明をぐるりと設置して、三交替で巡回する見張りと合わせて十分な警戒体制を敷こうとしてるのが伺える。
10倍以上もの戦力差を誇る攻撃側の軍隊が、ここまで厳重に警戒するのは、余ほど昼間の襲撃が堪えたのだろう。
まだ太陽が沈んでからそれほど時間は経っていないが、敵軍の天幕から大きな物音や話し声は聞こえて来ず、気味が悪いくらいひっそりと静まり返っている。
本来であれば、戦力の多い攻撃側が夜襲を続けて守備側の疲弊を狙うのが常套手段の一つだが、入口門での戦いで多くの死者を出した上に、本陣である司令部を急襲され、そのうえ教会の希望だった勇者パーティが危うく殺されるところまで追い詰められた事が噂となり、それが兵士たちの間に急速に広まると、今度は自分達が夜襲で殺される側になるかも知れないと恐怖に怯えている状況では、守りに専念して部下たちの安全を優先させるしか他に手が無かった。
これまでの戦いでは勇者パーティの面々を先頭に立たせて敵の戦線に穴をあけ、そこから兵士を率いた騎士たちがゴリ押しするだけで簡単に勝利する事ができたのだろう。
先の戦闘では、人間の軍隊が勇者と数の暴力で猛攻を仕掛けて来たせいで、エルフらが敗北を喫したのも仕方が無い結果と言えるが、攻めに強い軍隊が守勢に回った時、必ずしも本来の実力を発揮できるとは限らない。
ましてや、これまで勇者パーティの力に頼って、聖属性魔術を主力とした力による一方的なゴリ押し戦法を、戦略か何かと勘違いしてる輩どもには、今回の手痛い敗北は良い教訓として語り継がれるべきものではある。
但し、生きて帰る事が出来たらの話にはなるが……。
夜の闇に紛れて一人で敵陣に侵入したオレは、例のボクっ子勇者とおっぱ聖女が潜んでいる天幕を探し出し彼女らの無事を確認する。
オレが「また会おう!」と言って去ったので、聖女の看病をする勇者たちの天幕の直ぐ側には、英雄剣士の二人が寝ずの番で彼女たち二人を守っていたから見つけやすかった。
オレは彼らの天幕から少し離れた場所で気配を殺し、遠目で確認しながら英雄剣士どもに察知されない距離を保ちつつ別の天幕へと向かった。
「出てこい」
オレが命じると、一際豪奢な天幕の中から昼間に会ったナイスミドルな将軍が姿を現す。
「ウu……アa……」
そう、昼間に出会ったナイスミドルの彼は既にオレの配下で、今は屍鬼に成り果てていた。
昼間にヴァンプエルフであるアルフィリオたちに噛まれた兵士たちのうち、直ぐに発症しなかった者たちも救護班に回収されており、夜になってから次々と発症して屍鬼に成っていた。
後は彼らが動き回って見回りの兵士を装い軍の高官たちの天幕へ潜り込み、次々と犠牲者を増やしていくと言うカンタンなお仕事だ。
出来るだけ静かに、そして襲ってる最中の天幕前には別の屍鬼が見張りに立つなど、一見して夜襲されてると感づかせない対応が功を奏し、ここで多くのアンデッドが誕生する夜となった。
この野営地には約2000人弱の敵兵が居るが、その全員をアンデッドにする必要は無く、今進めてる様に命令を出す上位者のみを支配下に置くだけで、その軍勢をオレの命令一つで動かせるようになる。
正直な理由を言うと、余り多くのアンデッドを一度に大量に創り出しても、全員を意思疎通が可能なレベルの高位アンデッドとして創造するにはオレの血が足らないし、それにオレが男の首筋に牙を突き立てるなんて絶対にやりたくないからな。
「貴様には特別にオレの血を授けてやろう」
軍の司令官を務めるこの男にはオレの指先から伸びた蒼い血爪を突き刺して融解し、相手の体内に不死因子をドバっと注ぎ込んで死鬼より強力な吸血鬼にしておく。
だが、ただの吸血鬼とは言っても人間の数十倍以上の能力はあるから大抵の任務はこなせるようになるだろう。
これでナイスミドルなオッサンも屍鬼から一気に吸血鬼へとクラスチェンジした事で思考力もアップしたはずだし、軍の司令官を務めるほどの彼ならいずれオレの役に立ってくれるはず。
あとは明日の朝まで、ここでゆっくり時間を潰してから、何か適当な理由をつけて本国に帰って貰う予定だ。
彼らにはオレが新たな使命を与えておいたので、アルニード教国には近い将来波乱が巻き起こるだろう。
まだあの国にこれと言った恨みは無いが、オレたち不死者を滅ぼす事が可能な聖属性魔術を『神の祝福』として広めているクソ神の信徒どもを、このままのさばらせておく訳にはいかないからな。
オレの血を体内に注ぎ込んだナイスミドルが吸血鬼になれたように、ここにはもう一人オレの血を身体に取り込んでしまった人物が居る。そう、あのおっぱ聖女様だ。
あの時、勇者の救急治療によって外傷は塞がったみたいだが、元の世界で二度に渡る核攻撃から生き延びたオレの血が、あれしきの聖魔術で浄化されるなんて有り得ないから、今もジワジワとおっぱ聖女の細胞を侵食して身体の構造を徐々に創り変えている最中だと思う。
最初は全身から血の気が失せて唇が紫色になり、どうしても止まらない震えに全身を襲われながら意識が失われるのは、オレの血が熔けて彼女の体細胞に不死因子を組み込み生命の在り方を改変するからで、通常ならこのまま屍鬼になるのだが、彼女たちのように聖なる神を自称する輩に祝福と偽って魂の根幹に呪いを刻まれた者は細胞が自壊して死に至る事が既に判っている。
あれから時間的に見て、そろそろ処置を施さないと手遅れになってしまう時間だが、先日うちのアイゼンとプリンも経験した症状なので対処法は既に確立している。だから安心して死んでくれ。
(そろそろ迎えに行ってやるとするか)
オレは頃合いを見計らって、ボクっ子勇者たちが居る天幕へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「な、何しに来たんだ?!」
ボクっ子勇者(の名前は確かリンと言ったか?)が恐ろしい見幕でオレを睨んでくるが、彼女を本当の意味で救えるのはオレだけだと知ったら、どんな顔を見せてくれるだろうか。
ボクっ子勇者は今も、おっぱ聖女の看病と治癒で手が離せない状態だと思うが、剣聖と聖騎士から昼間の魔族が現れたと聞いて天幕から飛び出して来た。
「お前の治癒魔術だけでは、そのおっぱ……聖女を救えないんじゃないかと思って様子を見に来てやった」
「そ、そんな事信じられるものか! 今まで何度もピンチになったけど、四人で力を合わせてここまで頑張って来たんだ!!」
「人間の国から依頼されてエルフの奴隷を狩りに来ただけだろ? それをみんなで何か凄い事を成し遂げたかのように言うのは止めてくれないかな……聞いててヘドが出そうだ」
「な、何を!!エルフは精霊魔術の力を独占して、ボクたち人間が住む土地を奪いに来るから……だからボクたちは正義の力で人間の生活圏を守ってる。それの何が悪いと言うの?」
一瞬で理解した。いや、してしまったと言うべきか?
あの洗脳のされ方は、この世界へ転移ではなく転生させられて来たクチだろう。
元居た世界で戦争や殺し合いを経験する事も無く、平和主義という名のお花畑で純粋培養されたアホが、こちらの異世界で日々行われている目を背けるような残虐な行いを目にして、自分たちこそが正義の体現者だと教え込まされ、いつしかその嘘が真実かのように錯覚して脳に焼き付いてしまったという訳か……。
「何も悪くないと思うぞ、力ある者が無い者を虐げるのはこの異世界の理だと思うからな。ただお前たちのように自分に嘘をついてまで醜い行いを正当化するのはどうかと思うな。エルフの土地が欲しければ力で奪えば良いし、エルフの奴隷が欲しければ力ずくで犯せば良い、ただそれだけの事だ。間違ってもオレの前で正義がどうとか変な理由をつけて自己弁護だけはするんじゃない、人間臭くて本当にイヤな気分になる」
オレの指摘が正鵠を得ていたようで、ボクっ子勇者の顔色が真っ赤になり手にした聖剣を無造作に抜き放つ。
「ボ、ボクだってそんなの分かってる! それでも人間の、光の勇者という重責が人々の未来を守れってボクの頭の中で響くんだ!」
恐らく元は同じ世界からやって来たオレの良き隣人だったはずだが、こちらの異世界で教え込まされたウソの常識に完全に染まっており、もう手遅れに近い。
このボクっ子勇者を本当の意味で救えるとしたら、それはオレしか居ないと思った。
女勇者である彼女がムリをして、男所帯である軍隊の中で認められる為に少年のようなナリをしているのだろうが、良く見れば顔立ちとスタイルは悪くないから、あのショートカットの髪をもう少し伸ばして女らしくすればスラリとした細めの美脚もあり、おっぱ聖女とは違った方向の美女になれる資質を持っていると見た。
「人間の未来を守る前に、後ろの天幕の中で死にかけてる聖女の未来を救ってみてはどうかな?」
それまでは怒気を張らんでいた勇者の表情が一変する。
「ダメなんだ。これまでボクとディアの治癒魔術で直せない怪我や病気は無かったのに、ディアの病状は悪くなる一方……。きっとお前に斬られた傷が原因なのは判っているんだけど、どうすれば治るのか全然判らない。このままディアが死んだらどうしよう、ボク一人では勇者なんて続けられないよぅ……」
さっきまで怒っていたのに今度は泣き出したボクっ子勇者を見て、彼女にはカルシウムが足りてないと思ったオレは、きっと人としての何かが足りないのだろう。
「もしオレが、その女を死の運命から助ける事が出来るとしたらお前はどうする?」
「魔族の言う事なんて、素直に信じられる訳無いじゃないか……」
確かに、あのおっぱ聖女を瀕死の状況へと追い込んだオレの事を、今さら信じろと言っても無理だよな。うん解る。
それにオレもOP教徒では無いから、おっぱ聖女を何が何でも助けたいと考えてる訳ではないし、もしかしたらプリンと同じ様に太陽の光の元でキャキャウフフ出来る配下が増えたら嬉しいな……くらいの思いしかない。
「お前の言う通りだ。オレが手術をしても救えない可能性もあるからな。それなら、もうここでやる事も終えた事だし帰るとするか」
今から確実におっぱ聖女を失って三人となる勇者パーティだが、もし運命の糸が繋がっていたらどこかでまた逢い見える事もあるだろう。
彼らを不死者にするのは次の機会でも良い、それまで心を強く持って頑張るんだぞ。但し、エルフやドワーフ、それにモフモフ獣人たちを狩って奴隷にしていたら、今度はもっと酷い目に遇わせてやるから真っ当に生きて行くんだぞ?
「ちょま、ちょっと待ってよ、いや、待って下さい!」
もう、あのボクっ子勇者と話す事は無いく、オレは振り向かずに立ち去ろうとしていたが生まれて初めてツンからデレになる瞬間に遭遇し、つい後ろを振り返ってしまう。
これが未知との遭遇と言うヤツか?
心の準備が出来ていなかったから、デレた瞬間のあの何とも言えない表情の変化を見逃してしまったので、ここは恥を忍んででも今さっきの『デレ』をもう一回やって貰えないか聞くべきだろうか?
だがオレはこれでもヴァンパイアロードの端くれだ……。それなのに、今さらどの面を下げて光の勇者であるボクっ子に、この高貴なる頭を垂れる事が出来ると言うのか?
「貴方ならディアを救えますか? 出来るんですよね?!」
「確かにオレならそのディアとやらを(聖なる神の軛から)救えるかも知れない」
「貴方ならディアを生かしてくれるんだよね?」
「ああ、オレならそのディアとやらを(永遠に)生かしてやれるかも知れない」
「またディアと話せるようになるのならお願い! ディアを、彼女を助けて下さい! このとおりお願いします!!」
そんなオレに届いたのはボクっ子勇者の声……では無くて、目を開いたままの彼女の生首だった?!
(どうしてこうなった?!)




