第9話 奴らに次の朝は訪れない
エルフたちが住む隠れ村の正面に、敵の重装歩兵どもが大きな盾を並べて隊列を整える。
前衛が二列横隊となり一列目の兵士と兵士の間から長槍を構えた二列目の兵士が居並ぶ。
攻撃魔術のある異世界で密集隊形なんてバカなんじゃないかと思うが、敵の魔術士たちが対魔術結界を張るには、味方が集まっていた方が守り易い。
魔術防御と物理防御の二重展開をしていないところを見ると、種族的に見て人間の魔術士らにそこまでの技術を持つ者が少ないのだろう。
別に対物理結界が無くても、敵が放つ弓矢くらいなら重装歩兵が持つ大盾で防げるし、何なら強風魔術で横から吹き飛ばしてやれば矢を一斉に無力化出来るので、無くても何とかなるという判断なのだろう。
高さ約6メートルほどある防護柵の上から、エルフ村の戦士たちが応戦を始めた。
ほとんどの矢は敵魔術師が放つ強風魔術によって煽られ明後日の方向へ飛ばされてしまっているが、中には精霊魔術で強化された風により螺旋状の回転力を付与された矢が、敵の強風魔術を貫いて前衛の背後に守られた魔術士たちを射抜くほどの射手が存在する。
辺りが森の中だというのに人間の魔術士たちは躊躇い無く炎系魔術による法撃を繰り返す。永年に渡ってこのエルフたちを守ってきた防護柵には防火対策が施されているが、それでも敵の魔術士は想定より数が多かったと言うべきか?
入口門の左右に並んだ重装歩兵たちが盾を上に構えて中央に通路を空ける。そして複数人で破城鎚を持ち突撃を繰り返す仲間たちの頭上を守る。
――ズシン!ズシン!!
と大きな音を響かせながら、先端を尖らせた直径60センチほどの丸太が何度も門扉に打ちつけられて、その度に扉が大きく振動して金属製の丁番が少しずつ変形してゆく。そして扉の内側にある一辺が60センチもある閂が大きく湾曲し、破城鎚による衝撃の凄さを窺わせた。
(あれくらいなら、まだ大丈夫そうだな)
防護柵の上とその周りで戦闘が始まってから少しの時間が経過したが、まだ防衛側の戦力は疲弊の色を見せておらず、人間の軍が圧倒的な戦力差を十分に生かす事が出来す膠着状態になろうとしているが、ここで安心するのはまだ早い。
オレとしてはこのまま夜まで待ちたいところだが、木製の入口門が破られるか防護柵を乗り越えて村の中にでも侵入されたら、それだけで一気に決着が付いてしまいそうな戦力差がある。
オレたちが村の援護を始めるにはまだ少し早い時間だが、敵軍の中で勢い良く入口門を攻め立てている部隊だけでも何とかしないと、夕刻を迎える前に村が陥落してしまう可能性があり、これは少し不味い状況だと判断しヴァンプエルフたち3体に攻撃命令を出す事にした。
「アルフィリオ、作戦変更して敵部隊の一部を切り崩しておく。全員出撃だ」
「「「はっ!」」」
ヴァンプエルフの3体には敵陣の背後へ回るオレとは別ルートを辿って入口門の付近まで到達し、そこに取り付いてる重装歩兵どもと破城槌の破壊を命じておいた。勿論だが彼らが纏う漆黒の遮光コートには、光学迷彩と気配遮断の機能が盛り込まれているから、途中で敵に察知されるなんて事態にはならないと思う。
たった3人で敵の前衛部隊を蹴散らすには戦力的に少し心細い気もするが、入口門の破壊作業に従事している最中であれば、ほぼ確実に成功する先制攻撃を皮切りに、まだ自分たちの部隊に何が起こったのか把握出来ない時間を有効に使う事が出来ればオレのアイデアが役に立つはずだ。
後はヴァンプエルフたちの頑張りに期待するとして、オレは敵司令官が居ると思われる近衛騎士どもに守られた本陣の裏手へと到着した。オレの目の前に無防備は背中を晒してくれているのに、ここを襲撃しない訳は無いよな?
オレが襲撃を始める寸前にヴァンプエルフたちに精神感応を送り、攻撃開始を命令する。
初撃を担当するのはアルフィリオとベルムントの2体で、自分たちの姿を隠蔽したまま入口門への攻撃を繰り返す破城槌を粉々に破壊すると、激しく動いたせいで隠蔽が解けてしまった2体を、やや離れた位置から援護するクリディオには、馬上から兜の面を上げて大声を発してる指揮官を狙撃するように命じてあり、彼が使用する鏃にはオレの血がたっぷりと染み込ませてある。
入口門に突撃を繰り返していた重騎士どもが、自分たちの知らないうちに手にしていた破城槌が急に切り刻まれて粉々になり、それまで力を込めていた腕と上半身が急に軽くなれば全身を支えていた足から負荷が消えてバランスを失う。
その結果破城槌を運んでいた6人全員が折り重なるように転倒して、柔らかい地面にいくつもの筋を描く。
その結果勢いがついていたせいで兜が脱げてしまった者や、利き腕が折れて変な方向に曲がってしまった者たちも居るが、中には打撲程度で済んだ者が同じ小隊である仲間の状況を確認しようと、少し変形して上がらなくなった兜の面にイラつき、それを脱ぎ捨てて周りを見る。
そこには黒いコートを纏った正体不明の人物が倒れた騎士たちの近くにしゃがみ込んでいたので、てっきり味方の魔術士が治療に駆けつけてくれたのだと思ったが何か変だと想い、もう一度見直してみると、黒コートの人物は兜を脱がせた騎士の首元へ顔を近づけており、何か語りかけているにしては少し距離が近すぎると思ったが、それもそのはず。
彼らは剥き出しになった首筋へと噛みつき、仲間の血を吸っていたのだから。
「きゅ、吸血鬼だ。吸血鬼が出たぞーー!!」
騎士の一人が仲間の窮地を救うため、まだ打撲で痛む身体を引きずるようにして剣を抜き、黒コートの吸血鬼を仕留めようと近づくが、それを危険と判断した小隊長が、彼の背後から肩を押さえて止めようとする。
「隊長! 早くあのバケモノを討伐しろと部隊に命令を!!」
──してください。と声を発する事が出来なかったのは、また別の黒いコートを纏った人物が彼の首に牙を立てたからで、とても人間の力とは思えない腕力で背後から締め付けられた状態の彼に、今の窮地を打破するだけの力は無かった。
その直ぐ後に彼は地面へ崩れ落ち、ほんの数秒後には同胞に襲いかかるバケモノへと変貌する。
ヴァンプエルフの牙によって屍鬼となった元騎士たちが、それまで味方だったはずの兵士に襲いかかる事態があちらこちらで発生するが、クリディオの鏃によって兵士より先にアンデッドとなっていた隊長らが、これらの報告を本陣へ届ける事はなく、その被害は急速に広がってゆく。
屍鬼に対して剣や槍のでの攻撃など精々手傷を負わせる程度のもので、聖属性魔術で存在ごと消し去らない限り、何度でも立ち上がって向かって来るから、魔術が使えない一般兵では倒すには至らない。
まだ日差しが強く、遮蔽コートを持たない屍鬼たちの皮膚が、強い日差しに焼かれて『シューシュー』と白い煙を立ち登らせるが、意識や自我を持たないアンデッドなど、言い方は悪いが消耗品として扱わせて貰う。
何故なら今回の屍鬼の役割は敵に混乱を招くのが主な目的で、後は元同輩どもに切り刻まれるも良し、太陽に焼かれて滅びるも良しという作戦なのだが、どんどん増えていくアンデッドの数によってヴァンプエルフたち3体の印象を薄めて、彼らに敵の攻撃を集中させない為の方策だからだ。
ある程度まで混乱が広がると、再び光学迷彩と気配隠蔽の機能によって周囲に溶け込むように姿を消すようヴァンプエルフたちに命じておいたのは、ここで無理をして回復が追いつかないくらい負傷すると、夜の反攻作戦には従事させてやれないからだ。
あの黒コートには、ある程度の切創から身体を守ってくれる程度の防刃性能はあるが、魔術とスキルがあるこの異世界では何が起こっても不思議ではないからな。
入口門辺りの敵攻撃部隊に混乱が広がった頃を見計らって、オレも行動を始める。
敵の司令部も、まさか自分たちが背後から突然襲撃されるなんて考えていないだろうから、オレの血爪が近衛騎士の胸元から生えた時、それを直ぐに敵襲だと考えられる者は一人も居らず、そのせいで被害者の数は増えていく。
「なっ、司令部が攻撃されているだと!?」
「卑怯なエルフどもめ! 後ろから攻めて来るとは聖なる戦いを何だと考えている!!」
「誰か!誰でも良い! 閣下をお守りしろ!!」
「敵は少数だ! 取り囲んで殲滅しろ!」
やはりここには軍を統括する総司令官が居たみたいで、後はそいつの首をサクっと狩ってやれば命令系統が混乱し次の総大将を決めるまで時間が稼げそうだ。
オレは守備隊に囲まれて偉そうに鎮座している、50歳くらいの豪奢な鎧を纏ったナイスミドルを標的に定めて、認識阻害と光学迷彩の効果を継続させたまま近づいて行く。
あと少し、あともう少し。あとちょっとであのオッサンの首を綺麗に斬り落とせる。
そう確信した瞬間に、そいつらはやって来た。
まんまと閣下の後ろへ回り込み、今まさにその素っ首を叩き落とそうとした瞬間、長く伸ばした血爪ごとオレの右腕が斬り飛ばされる!
「な、何者だ!!」
「それはこちらのセリフですよ、正体不明の暗殺者さん!」
斬り飛ばされた右腕に向かって念動力を発動させると、斬り飛ばされたはずの二の腕が元の位置まで戻って来る。
こうすれば新たに切断面から生やすより修復に時間もかからず、魔力の消費も少ない。
オレくらい高貴な吸血鬼になるとエコロジーの概念くらいはあるのだ。
たった数秒で切られた腕は復活し、完全とはいかないが直ぐに動かせるくらいには回復できた。これで引き続き、第2ラウンドの開始と行こうか。
「その回復力! もしかして高位の魔族なのか?!」
「その聖剣、もしかして勇者の一人か?」
オレの右腕をキレイに斬り飛ばしてくれたのは、人間の女勇者だった。
ショートヘアで中性的な風貌だが、将来は美人になりそうな全体的に細身でスラリとした美脚は間違いなく女性のもので間違いない。
それに警戒したまま構えた諸刃の剣は、とても目の前に居るような華奢な女子の筋力で振り回せるような代物では無いし、その波紋に浮かぶ神々しく光る神代文字からはオレたち不死者が嫌うアホ神の臭いがプンプンと漂ってくる。
「リン! 大丈夫?!」
リンと呼ばれたボクっ子勇者の後ろには、おっぱ……胸部装甲が異様に大きな聖女と、戦うのが非常にメンドクサそうな英雄クラスのオーラを持つ剣士が二人もやって来て、彼女の横へ並んだ。
「こいつはきっと高位の魔族だよ。どんな能力を持ってるか判ったものじゃないけど、必ずここで仕留めておかないと後で大変な事になる!」
女勇者と聖女以外にも英雄クラスのオーラを纏う剣士が更に二人も居るような熟練パーティをオレ一人で相手をするのは、かなりダルい気がするな。
やって殺れない事は無いと思うが、これほどの手練れたちだ。出来れば全員キレイな身体のままオレの配下に加えたい。
それにこいつらの脳幹にも、きっとあの胸クソ悪い聖なるアホ神とやらの呪いが刻み込まれていると思うから、プリンの時のように必ず上手く行くとは限らないと思うと本当に嫌になる。
「おっと、逃がさないと言ったよね?」
まだ若干の違和感が残る右腕を気にしながら仕切り直そうとしたオレの背後に、ボクっ子勇者が素早く回り込み包囲しようと動く。その隣にはおっぱ聖女が並んでこちらを注視している。
「ロウザ師とアビゲイル団長は、あいつを挟んで二人で動きを封じて下さい! あとはボクとディアの聖魔術で何とかします!!」
この二人の英雄剣士らは中々の実力者みたいで、ヤツらより刃渡りが短いオレの血爪だけでは受けに回るだけで手一杯になる。やっぱりコイツらも是非配下に欲しいが、二人から何ともイヤな感じがするのは気のせいだろうか?
オレが英雄剣士どもと攻防を繰り広げている間に、ボクっ子勇者とおっぱ聖女が何やらブツブツと呪文を唱え始める。
今の状況で勇者と聖女たち二人が渾身の聖魔力を込めた攻撃魔術に晒されれば、ちょっと洒落にならないケガを負うかも知れないな。
だが、よく見ればどちらも種類の違う美少女だから、この二人から同時に攻められると云うシチュエーションは、元の世界に居た高貴な趣味を持つ方々には『ある意味ご褒美』だと言えるだろうが、さすがに己の存在が消し飛ばされるかも知れない『ご褒美』を、素直に受け入れられるほど今のオレは上級者では無い。
「テレポ!っと」
現状、呪文詠唱中で無防備な二人のうち先に倒しておくべきなのは勿論ボクっ子勇者なのだが、このパーティには立派なアレを持つおっぱ聖女が居るので、二人の英雄剣士に守られながら回復魔術を使われたら意味が無い。なので今回の様なケースなら迷わずおっぱ聖女を……と見せかけて、ボクっ子勇者の首を狙いオレの血爪を斬り下ろす!
「ここでサクっと死んでおけ女勇者め!」
「キャッ!!」
「ディア!? なんで?!」
何が起こったのか?
あのまま素直におっぱ聖女を狙っても、詠唱を途中で破棄したボクっ子勇者がその身を挺して聖女を庇うと考えたので、その逆の行動を取ればボクっ子勇者を庇ったおっぱ聖女の首をポロリと落とせると考えたのだが……惜しい事に、ちょっと外れておっぱ聖女の首元から腹部までをスッパリと切り裂く結果となった。
「ディア! 今助けるから死なないで!!」
おっぱ聖女の白いローブを真っ赤に染めた赤い血が彼女の生命の終わりを刻々と告げる。彼女の身体が痙攣し始めたのは生命が尽きるまで、もう幾許の時間も残されていない事の証左だ。狙いが外れてキレイに首チョンパとはいかなかったが、あの出血量なら彼女の首と心臓を繋ぐ大動脈までしっかりと刃が届いているのが確認できて安心した。
おっぱ聖女の生命は持ってあと数分だろう。あれくらいキレイな傷口なら、後でキレイに消してやるから、ここは安心して死んでおけ。
いくらテレポが奇襲に便利だと言っても、高ステータス揃いのボクっ子勇者たちを相手に、そう何度も通用するなんて思ってはいない。
だから最初に回復魔術の使い手であるおっぱ聖女を始末して、一番攻撃力がありそうなスキルを持つボクっ子勇者が回復要員と成らざるを得ない状況を先に作り出しておいた。
「聖なる神に勇者リンが祈りを捧げる──」
これで平和な元の世界の感覚が抜けていないボクっ子勇者は、目の前のおっぱ聖女を救う為にオレの目の前でその無防備な背中を晒すしかない。
(このまま治療を後回しにしていたら、大事なおっぱ聖女様がおっ死んでしまうからな)
しかし英雄剣士の二人が勇者と聖女を護るべく駆けつけて来るが、あの位置からだと一手遅くなるからこれで積みかな?
「そうはさせぬぞ! この悪魔め!!」
しかし戦いとは最後の瞬間まで判らないとは良く言ったもので、英雄剣士の一人がまだ彼の間合いには遠いにも関わらず、手にした片刃剣から斬撃を飛ばして来た。
(おっと危ない!)
こちらの世界の熟練者なら『それ』くらいの技術は持ってるだろうと、ネット小説の知識で知っていたオレは咄嗟の判断でそれを回避するが、もう一人の剣士がそのタイミングを見極めボクっ子勇者とオレの間に入って大盾を構える。
「こっちは大丈夫だ! リンは聖女様の治癒に集中しろ!」
そして斬撃を飛ばして来た凄腕剣士がオレの背後には回らず、そのまま勇者と聖女の後ろ側へ移動したのはオレのテレポを警戒した行動だろう。
(もうテレポ奇襲の対処方法を思いついたのか)
ボクっ子勇者による必死の治癒魔術によって命だけは取り止めた状態のおっぱ聖女だが、それまでに失った血液までは元に戻らない。
彼女の顔色はまだ真っ青で紫色の口がガチガチと小さく震えているが、あの状態なら放っておいても、いずれはオレの配下になれそうだな。
勇者と聖女、それに恐らくだが剣聖と聖騎士あたりだろうか? 彼らの事は貴重な人材として後で必ず不死者にしてやると心に誓った。
ちょっとゴタついて当初の予定より時間が掛かってしまったが、敵の勇者パーティをここで足止めしてる間に、ヴァンプエルフたちが破城槌の破壊と敵の前線部隊にかなりの損害を与えてたみたいなので、ここで一度引き上げる決断をする。
「それでは勇者ども、また会おう!」
「逃がすと思うか?」
逃がすも何もオレが引き上げると言ったら、それは決定事項なんだよ。君たち勇者パーティのお相手なら、オレが最初に血爪を与えておいた近衛騎士たちが務めさせて貰うから、心ゆくまで堪能してくれ給え。
これでオレたちの奇襲によって勢いを削がれた敵軍は一度体制を建て直す為に軍議を開き、話し合いと調整にはそれなりの時間を必要とするはずなので今日中に再攻撃をしようとは考えず、明日の日の出と共に再度の侵攻を開始となるだろう。
だが、奴らに次の朝は訪れない。




