第1話 ちょっと長めのプロローグ
深い後悔の念や恨みを持ったまま死ぬと、死にきれず別の存在として生まれ変わる事がある。
肉体が滅びて霊魂と精神が消え去る時に稀に周囲の自然エネルギーが集まり魔力の塊となり原初の生命が生じる。
原初の生命には終わりが無く無限の生を持つとされているが、この世の神による祝福を持たぬそれらは不死者と呼ばれ忌み嫌われた存在となった。
オレが覚えているのは約二千年前の朧げな記憶の一部。
思い出せないほど古い記憶の中で、約束の地から逃れ出て只ひたすらに太陽が登る方角へと旅を続けて来た。最初はいくつもの氏族と共に歩んで来たが旅の途中で留まったり、敵に滅ぼされたりして日出る国まで辿り着いた時はオレたちだけとなっていた。
オレに親は居ない。
旅の途中で失ったのでは無く最初から存在しなかったのだが、その理由は今も解らない。気が付いた時は既に両方とも居なかったからだ。
この国から先は大海原が広がっているだけで、もうこれより先へ進む事が出来なくなったオレたちはこの地を終焉の住処と決めた。他国から渡って来たオレたちに対して、この国の者たちが何度も戦いを挑んで来たが、”ただの人間”やこの国の妖怪などオレたちの敵では無く相手にならないと侮っていたが、時には神の力を宿す者たちが現れて激しい戦いとなった事もある。
あれから千年以上もの時を掛けてこの国に居る敵どもを一掃し五百年ほどの静寂を得たが、その後にオレたちを待っていたのは外なる国から来る”神の尖兵”どもだった。
配下や眷属たちに自らを”主”と呼ばせ、天界から一切降りて来ずに”使徒”を差し向けて来るヤツがこの世の神を名乗っており、信徒たちの魂を供物に捧げる事によって”神の尖兵”(エンジェラン)をこの世に送り込み、自ら定めた教義に反する者たちを次々と滅ぼしていった。
元よりこの国には八百万の神々が居ると考えられており、万物全てに神が宿るという考え方は”主”が定めた教義と相容れるものでは無く、虎視眈々と侵攻の機会を伺っていたヤツらは戦争によってこの国そのものを破壊してしまおうと考え、これまでその機会を虎視眈々と伺っていたのだろう。
近年になり戦争を回避出来ないと悟ったこの国の指導者たちは、圧倒的な国力の差がある事を承知の上で一年以内に戦果を挙げ停戦条約を結ぶ事を目標として開戦の道を選んだが、敵の方が一枚上手であったのか戦線は広がり続けて戦力は消耗し最後には護国の為の主力艦隊まで失ってしまった。
その頃のオレたちも敵に命を付け狙われており、異次元から次々と送り込まれて来るハンターたちによって仲魔たちが一人また一人と倒されて行き、最後は住んで居た館まで焼かれて海に面した街道を西へと逃げ続ける事態へと追い込まれてしまう。内海に面した街で逃げ場を失ったオレたちは敵の包囲網に捕まり、まだこの段階ではそれほどの危機とは考えておらず時間さえあれば抜け出せると安易に考えていたが、オレがその間違いに気づいたのは天から"あれ"が降って来た時だった。
海に面した美しい街並みの中を追い立てられて、気がつけば朝となっており、それでも敵の攻撃の手は緩まず朝日にこの身体を焼かれながら応戦していたが、辺りに居たはずの仲魔たちは陽の光と敵の攻撃によっていつの間にか壊滅しており、最後まで残っていたのはオレ一人だけになっていた。
それでも諦めずに戦い続けたオレの身に地上六百メートルから核の光が降り注ぐ。
咄嗟に地面の中へと逃れたが身体のほとんどの細胞を破壊され死に至り、その七日後の夜に再び目を覚ます。
蘇って直ぐの状態では能力の著しい弱体化は免れず、このままでは戦えない状態となっていたオレは最後の精神力を振り絞って転移を繰り返して、この国の西端まで逃げ街はずれのボロ屋の中に身を隠していた。しかし、太陽が中天に差し掛かる半刻ほど前、再び天空からの核攻撃を受けて二度と目覚める事の無い深い眠りへと落ちていったはずだった。
◆◇◆◇◆
あれから半世紀以上の時が流れてオレはまた目を覚ました。
あれほど激しい敵国からの攻撃によって荒れ果てていた国土は何故か目覚ましいほどの復興を遂げており、空から眺めた夜の街は人々の生活の明かりで光輝いていた。目覚めてから少しの間は身体能力などの弱体化が見られたが、月日の流れと共に回復し今では核の光を浴びる前と同じどころか以前より強靭になっており、もしかしたら核に対する耐性まで備わった気さえする。
見た目の変化と言えば漆黒の髪が白銀色に変わり果てていたが、ハゲていなかったから良しと考える事にした。何故ならそんな事よりもっと重要な変化が身体に起こっていたからだ。
最初の核攻撃はウランを使用した核爆弾だったが、あの攻撃で滅びていなかったオレに対して今度はプルトニウムを使用した新型核爆弾による殲滅作戦が行われた。
一発目の攻撃によって弱っていたオレの身体は二発目の攻撃に耐える事が出来ず完全に滅ぼされたと考えていたが、この二度に渡る核熱反応の地獄を生き延びたオレは太陽の光をモノともしない身体となっていたのだ。
しかし歴代吸血鬼たちの誰もが欲したこの能力を手に入れた代償はオレの記憶だった。
オレには二度の核攻撃によって滅ぼされた日以前の記憶が大きく欠落してしまっており、オレには遠い約束の地から共に逃れてきた仲魔や配下たちが居たはずなのだが、何故か誰一人として思い出す事が出来ていないのだ。
元居た屋敷も敵の手によって焼かれた事までは覚えているが、今となってはそれが何処だったのかすら思い出せない状況だ。たった一人この世に残されてしまい寂しくて悲しいのだが、親しかった者たちの顔すら覚えておらず、涙を流す事すら出来無かった。
これまでは自分の事をただの不死者だと思っていたが今なら判る。
オレは今、本当の意味で生まれ変わったのだろう、血を吸う鬼と呼ばれる存在に……。
◆◇◆◇◆
あれから目立ち過ぎる銀髪を元通り黒く染めてから、この国の古都へ移り住む事にした。
ここなら人間たちの重要な文化財が多く、オレ一人を滅する為だけに核兵器を使用される事は無いと考えたからだ。街の中心地から北側に位置する小高い山の近くに、大きな古い屋敷を持つ老夫妻の孫として人間社会へと潜り込む事にした。
吸血鬼には魔眼というとても便利な能力があって、相手と目を合わせれば魅了したり記憶を改竄したりする事が出来る。
この老夫妻に目を付けたのは元医師で裕福そうだったのと、大人になった子供たちが他府県に出て行ってしまい二人きりで暮らしていた事が理由だった。ご近所の皆様には都会の学校でイジメにあって精神に傷を負った孫が、簡単祖父母の家に引き取られたという設定にしておいた。
これならオレが屋敷の二階で引き込もっていても誰も怪しまないからな。
オレが目覚めたこの国にはインターネットという便利なシステムが普及しており、自室に籠りっぱなしでも世の中の事が手に取るように判ったし、必要なモノもほとんど全て取り寄せる事が出来たので何も不自由はしなかった。
ただ、時々だが喉が乾く時があって、それはネットで取り寄せたどんな飲料でも潤す事が出来なかったが、今の世の中には”人工血液”なるモノが存在している事を知り、老夫婦が通う公立病院に夜な夜な忍び込んで輸血用パックをチューチューすれば、人を襲う事無く生きて行けるのだから戦前よりは大分生きやすい世の中になったものだ。
それに鏡やカメラに姿が写らない吸血鬼の身体は現代の警備システムを掻い潜るのにとても都合良く出来ていて、理由は良く解らないが物体感知系のセンサーにも捕捉される事が無かった。こうしてオレは人間たち、取り分け生前の敵やハンターたちの目に触れる事無く生活基盤を手に入れる事に成功したのだった。
老夫婦たちのようにオレと接点を持つ人間は魔眼による記憶操作のみを行い配下とはしなかった。これはオレが人道的な何かに目覚めた訳では無く、戦う必要が無くなった世の中で下手に下位アンデッドを生み出す事による新たな火種を抱え込むデメリットを考えた結果だった。
もうリアルで血を流して戦う時代は終わったのだ、戦いはネットの中だけで十分。そう、オレはネトゲの世界にドハマリしていたのだった。
しかし、ネットによるVR系のMMORPGも極めてしまえば飽きが来るのは仕方が無い。最近ではクエストよりもネトフレとのチャットが主な時間潰しとなっていた。
「ねぇ、このゲームに隠しイベントがあるって知ってる?」
ネット掲示板で囁かれ出したこのフレーズが流行して、今では誰もが会う度に話をするようになっていた。
この隠しイベントが発生したプレイヤーが行方不明となり、それ以降パッタリとログインして来なくなるという内容に始まり、異世界へ旅立ったとか、リアルで事故に巻き込まれたとか、突拍子もない噂だけが一人歩きして都市伝説になっていた。
「そういえば、このクランでも先週からエルフの女の子が一人行方不明になっているよね?」
エルフやドワーフ、それに獣人族や魔族なんかも同じ街で暮らしているのは、ここがネトゲの世界だからだろう。オレは自分が吸血鬼だという事にプライドを持っているので、例えゲームの中で不利な条件が課されていようと、種族は必ず吸血鬼を選んでプレイしている。
クラン・ハウスの一階にあるロビーの端で、挨拶程度の付き合いしか無いメンバーたちがチャットしてる内容に興味が無くなったオレは、自分の個室へと戻って来た。
《システムメールが届いています、開封しますか? Yes or No》
システムメールには見覚えの無い添付アイテムがあったが、また運営の謝罪プレゼントだと思い開封を指示すると、床面いっぱいに広がった魔方陣の向こう側から声が聞こえて来た。
《助けて下さい》
その瞬間、室内が真っ白な閃光に包まれて、目の前がホワイトアウトした。