表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/66

94.夏の日の忘れ物

挿絵(By みてみん)

【妹が水着に着替えたら(9/10)】

 楽しい時間は足早に過ぎて、まだ夕方には早いけれど、太陽と空の色は幾分変わりかけている。中高生男女が六人、砂浜に並んで座り、

(じゃあ、そろそろ……?)

誰が口にするでもなく、そういう空気が漂い始めている。


 ケンタローが立ち上がり、何度往復したかわからない浮き台を眺めた。

「さて、と。みんな、満喫したかー?」

遊びに来て帰りを切り出すのって、ちょっとタイミングが難しい。こうやって引き受けてくれるのもまた、ケンタローという兄ちゃんだ。



 メンバーはお互いの顔を見ながら、

「もう泳ぐのはじゅうぶん、クタクタだよ」

「混む前に早めに着替えて、駅前とかブラッとしてくか」

「アズマッチはどーよ? やり残したことはねえ?」

東小橋君も立って、ケンタローに並んで腕組みする。


「CGは全回収(コンプリート)したのでござろうか?」

「それだなー」


「取り逃してる気もなー。誰かが溺れて人工呼吸とか、ポロリとか、そういうエモい系のイベント何も起きてないもんな」



 ケンタローは嘆息して振り返った。

「分岐次第じゃ、岩陰でチューくらいはあったんかな、遼ちん?」

遼太郎はチラッと視線を傍らにやって、

「……あったんじゃねーかな」

「ポロリも?」

「いや、さすがにそこまでする気は……」

そう応じた側頭部に、超至近距離からビーチボールがぶつけられた。

「バカ言ってないで、りょーにぃ、さっさとそれの空気抜いて」

ぶつけた桜子の頬が、何故か赤いのにサナとチーは気づいている。


 ……あったのかよ、分岐次第では。



 浮き輪とフロートをしぼませて、パラソルを返して、シートをたたんで荷物を肩に掛けると、今日という一日をすっかり片づけてしまったようで、少し寂しい。

 サナはきらめく波や、まだ遊んでいる人達を名残惜しく見ながら、

「……できたら来年も、このみんなで来れたらいいな」

何となく、目の前にあったケンタローのTシャツの背中を引っ張った。


 と、遼太郎が振り返り、

「来年か。俺達みんな受験だな」

「りょーにぃ!」

「リョータロー兄!」

「遼ちん、そういうとこだぞ?」

言葉と荷物と膝で、袋叩きにされた。



 制裁を済ませたケンタローが、中学生組にニカッと笑顔を向ける。

「よし、忘れ物と心残りはもうねーな? じゃ、行くか」 




 **********


 “忘れ物”と心残りはもうねーな?



 生ぬるく勢いも微妙なシャワーを使い、更衣所でトートを開いた桜子は、

「……あ……」

「どうかしたか?」

隣でショートの髪をドライしているサナが振り向いたが、

「う、ううん、別に」

桜子は首を振り、麻くしゅワンピをぽそっと頭から被った。


 脱ぐのも早けりゃ着るのも早く、身繕いもテキトーな男子達、ターバンタオルを頭に巻いた桜子達が戻って来る頃には、

「お待たせ―」


『ポン』


「った、またかよ。忍者君。鳴くねえ」

「遼太郎殿、背中が煤けてござるよ」

「♪うぇいうぇいPONうぇいPONうぇいうぇい」

既にスマホ通信の麻雀で盛り上がってた。



 一行は恋之浜海水浴場を後にする。と、チーが膝丈ワンピを物ともせず、堤防の胸壁によじ登った。

「また来るぜ、“Love Beach”―ッ!」

両手をメガホンに絶叫するチーに、砂浜の人達が何人か振り返る。


 サナが呆れ顔でチーを見上げ、

「何やってんだ?」

「いやあ、海の見納めに叫んどこうと思って」

「チビと煙は高いとこ好きだよな」

「それを言うならバカと煙だ、って、誰がバカじゃあ!」

「間違いなくお前だよ」

まったく、友達に奇行種しかいねえ。



 お調子者のケンタローなどはニヤッとして、

「けどいいねえ、青春ぽくって」

「でしょ、でしょ? アズマー、桜子―、登ってこいよー」

「……御意、っと」

身は軽くなさそうだが上背のある忍者、ひょいっと堤防の上へ。

「ほら、桜子も早く」

「手を貸し申そうか?」

東小橋君がしゃがみ込んで手を差し出したが、桜子は頬を赤くして、


「そ、そんなアブナイことできないよ!」


 慌てた様子の桜子に、東小橋君が振り返ってチーと顔を見合わせる。

「危ないって、そんな高さでもないでしょ」

「高さの問題じゃなくて……いや、高さの問題なんだけど……」

「じゃあ記念に、そこにワンピースのポーズで並んで撮ってもらう?」


 渋る桜子をよそに、遼太郎がそう言い出した。

「また余計なことを……」

ジョーダンじゃないーわーよう……



 結局六人は堤防に並び、後ろ向きに拳を突き上げたポーズで、通り掛かった同年代のグループに記念撮影を頼んだ。


 ここにその写真がある――……おわかり頂けただろうか? (BGM映画『サイコ』のテーマ曲)


 左拳を上げた桜子の、右手が、いつもよりシッカリとスカートのお尻の部分を押えていることが。




 **********


 車窓の風景が、田園から郊外、市街へと移っていく。ローカル線の終点、ターミナル駅までもう間もなくだ。

 向こうを早めに出たのが功を奏し、混雑をかわした車内。窓際に頬杖を突く遼太郎のところに、ケンタローが顔を出した。

「楽しかったけど疲れたなあ。俺、ちょっと寝てたわ」

「めちゃくちゃ泳いでたもんな、お前」

ケンタローの顔は、今日一日でかなり焼けている。頬のヒリヒリ感からすると、自分も同様なのだろう。


「これ、確実に皮がむけるでござろうなあ」

「アズマと桜子兄、元が白いから赤くなってるもんな。インドア派」

「フッ、夏休み明けにはひと皮ムケた東小橋にござるよ」

「それ下ネタ?」

「ふぁっ!? お言葉が過ぎますぞ、チカ殿!」


 二人が話していると、サナとチー、東小橋君も集まってきた。

「よう。さすがに元気な中坊組も、お疲れの顔だな」

ケンタローは三人を振り返り、また遼太郎に向き直る。

「それにしても……」


「無防備だな」



 みんなの視線の先には、遼太郎に寄り掛かり、完璧に熟睡している桜子。安心しきっているのは、兄の肩に預けた寝顔と、兄の肩に染みを作るヨダレが物語る。

「ホンットお兄ちゃんっ子だなあ、桜子ちゃん」

「ふっふっふっ、可愛いだろ?」

妹の頭を肩に乗せ、窓から振り返った遼太郎が不敵に笑った。


「リョータロー兄ってさあ……」

「妹カワイイとか、フツーに言うよな……」


 チーとサナが小声で囁き合った。それが“いつものフツウ”なのか、太陽を浴びて変な方向にひと皮ムケたのか、遼太郎は平然としている。



「まあ、いずれにせよ」


 東小橋君が、スマホを二人に向けた。

「これが最後のCG回収でござるな」 パシャ。



 しばらくして、車内アナウンスで目を覚ました桜子は、スマホのグループライン通知に気づき、

「……ふええっ?!」

添付された写真に悶絶し、笑っているみんなを睨む。

 しかし後々になって、桜子は何度もこの写真を見返し、

「ふへへへ……///」

また別の悶絶をし、ほくそ笑むのだった。


 ヨダレを垂らした情けない自分の寝顔と、それを見ているお兄ちゃんの優しい目が、恥ずかしかったり、嬉しかったり。




 **********


「じゃ、またな。遼ちん、中坊ズ」

「うん。今日はありがとね、ケン兄さん」

「夏休み中にさ、また一回くらい遊ぼうぜ、エロ兄」


 桜子達は同じ駅だが、高校は校区が広く、ケンタローが降りるのは二つ手前だった。ぽいっとホームに降り立ったケンタローは、サナの呼び掛けに立てた親指を突き出して応えた。


「おう、サナちん。この江坂健太郎、お呼びとあらばいつで」 プシュー。


 言ってる途中でドアが閉まった。最後まで締まらなさでキレイに締める男だ。



 動き出した車窓越しに、5人で手を振ると、

「おー、走っておられる」

「ホンっと、アホだなー」

ケンタローは結構な間電車と並走して、やがて後方へ消えていった。




 **********


 駅に着いて幹線道路をしばらく行くと、今度は此花兄妹とサナ、チーと東小橋君で別れる。

「そんじゃ、後でラインするね。リョータロー兄、今日はありがとー」

「ああ」

「これに懲りず、また荷物持ちにでもお声をお掛けくだされ」

東小橋君が人の好い顔で言うと、サナがしれっと、

「アズマー。暗くなってきたし、チカ、家まで送って行けよー」


「心得申した。チカ殿、拙者が道中お供で宜しゅうござるかな」

「うむ、苦しゅうない。よきに計らえ」

「アズマ殿、ご無礼なきように。何しろその御方は」

「天下の“忘れん坊将軍”、上様にござる」

「アズマ、こいつら斬れっ! 手討ちだ!」


 桜子とサナに茶化され拳を振り上げたが、機嫌は良いようで、チーの当然のようにお供の東小橋君の先に立って去っていく。桜子はその背中に、

「チー!」

振り返ったチーを、桜子とサナは指差して……



「「……バレバレ」」



 ぴこん、と二つ括りが跳ねて、チーは顔を真っ赤にした。

「な、なな、何がだよっ?!」

慌てふためいたチーに、東小橋君がきょとんとする。

「何の話にござる?」

「あ、アズマはいいんだよ! 控えてろっ!」

「……御意」

上様の仰せにあらば仕方なし。東小橋君、怪訝そうに桜子達を見つつも、首を縮める。

 チーは親友二人を睨み、

「お前ら、覚えてろよー……」

恨みがましく言うや、東小橋君の厚みのある手をぎゅっとつかんだ。


「何ボサッとしてんだ。行くぞ、お供っ!」

「ふぁっ?! ちょ、如何なされた、チカ殿……?」



 ちっさいのがズンズンとおっきいのを引っ張っていくのに、

「……そうなの?」

遼太郎が呟いた。桜子とサナも半信半疑だったが、今の様子じゃ、どうやら……


「……意外と、お似合いじゃないかな」


 桜子はクスッと笑って、サイズ差のある二つの影を見送った。




 **********


 ほんの少し回り道をして、サナのマンションの下。

「別に送ってくれなくても大丈夫なのに」

サナが肩をすくめると、遼太郎が真面目な顔で言う。

「ダメだよ、早苗ちゃんだって女の子なんだから」

「ははっ。アタシなんてパッ見、男か女かわかんねえって」

照れたサナが言うと、遼太郎は眼鏡を押し上げて……


「このご時世、それはそれでキケンが危ない」

「桜子―、コイツちょっと殴っていいか?」 ピロン♪



 妙なタイミングで、サナのスマホが鳴った。

「ケン兄からだ……んなっ?!」

桜子と遼太郎が覗き込むと、サナがケンタローのスマホから消したはずの、太ももを隠してうずくまった動画が添付されている。

「うええっ?! あたしのスク水動画も!」

「ど、どうして?! アタシ、確かに消したはず……」 ピロン♪


「……『興味ないね』……って、どういう意味だろ?」

「うん? ……あ、”クラウド”か?」


 それは大作RPG“ファイナルファンタジー”のキャラの台詞。つまり、

「アイツ、早苗ちゃんに見せる前にクラウドサービス(グーグルドライブ)か何かに保存してたな」

「くああっ、バカのくせにバカじゃないのがバカだ!」

「あたしのスク水動画も……」

遼太郎の説明に、サナがスマホを握り締め、桜子が悲しそう。



 遼太郎が鼻の下を人差し指で擦り、

「な? やっぱり早苗ちゃんを女の子と見る奴もいるから……」

話を戻そうとしてみたが……


「思ッタヨリ早ク、奴トモウ一度会ウコトニナリソウダ……」


 ビキッ。引き締まったサナの腕、手の甲に血管が浮いた。

「あ、じゃあ早苗ちゃん、またねー」

「できたら、あたしの動画も消しといてー」

「任せとけ。アイツごと消してやる」



 ニコッと笑ったサナに恐れをなし、此花兄妹は逃げ出した。




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ