92.焼きそばとアメリカンドック
チョキチョキチョキチョキチョキ、パー。
「む……無念……っ」
「一発パー負けとは、さすが」
「逆にオイシイな、アズマッチ」
**********
ビーチボールで水中バレーをしたり、チーin浮き輪をメンズで代わる代わる牽引して浮き台まで行ってみたり。
「いえーい、しっかり引っ張れえ」
「桜子兄、これ、そのまま置き去りにしてもいいよ」
「サーセン、マジお願いします……」
浮き台から飛び込みコンテストになったり。
「浮き輪をスポッと潜ったら高得点なー」
「あの……浮き輪流さないでね? 私、ここに永住になるから……」
午前中いっぱいいっぱい遊び倒して、全員腹ペコの喉カラ。ケンタローがごろっとパラソルの陰に寝っ転がって、
「あー、こんな汗だくで遊び回んの、中坊ん時以来じゃねえかあ?」
「かもなー」
横に腰を下ろした遼太郎を見上げ、ニッとする。
「遼ちん、俺さあ、中学生とは言え女の子と海来たんだし、正直下心っつうか、邪心ちゃんドロップキックはあったワケよ。それがどうよ、すっかり童心に帰っちまったぜ。俺はあの頃の純粋だった自分を取り戻したね」
ケンタローはそう言うと、桜子達にスマホを突き出した。
「だから妹ちゃん達、またお兄さんと遊んでよ。ライン交換しようぜ」
「うえ? まあ、いいけど……」
「まだ少~し邪心が残ってそーな気がするなー」
ケンタローは身を起こすと、砂をまぶした背中のまま言い出したのが、
「それはそれとして腹も減ったし、ここは少年の心で“第一回昼メシ買い出しジャンケン大会”開催と行くか!」
「おー、いいねえ!」
そして東小橋君が狙ったかのようにキレイに一人負け。
「ん。じゃあ、悪いけど宜しく」
傑作映画『プラトーン』のラストシーンのように、両手のパーを掲げて膝から崩れ落ちた東小橋君に、遼太郎が笑いながら防水パックの軍資金を差し出す。
東小橋君は膝を払って立ち上がると、
「えーと、では焼きそば六つで良かったでござるかな?」
「それと飲み物なー。俺、コーラ」
「あたしはポカリ系がいいかな」
それぞれの注文を口の中で繰り返す東小橋君に、
「あ、私、焼きトウモロコシ食べたい」
チーがまた自由なことを言い出した。するとみんなも、
「だなあ……焼きそばだけじゃ物足りねえし、俺もそうしよ」
「だったら、アタシはフランクフルトがいい」
「あたしはあったらアメリカンドック、なかったら……」
「待て待て待て」
言いたい放題の面子を、遼太郎が一旦止める。
「あんま無理言うなよ。焼きそば六つに飲み物でもそこそこ大変だぞ」
すると――……
陸の上でも浮き輪にハマってくつろいでいたチーが立ち上がって、パンパンとお尻の砂を叩いた。
「しょーがない。私が一緒に行ってやるよ」
この申し出に東小橋君、
「や、チー殿。無理そうなら二往復しますゆえ……」
そう言うとチーにジロリと睨まれる。
「は? 私が行くっつったら、お前は黙ってついて来りゃいーんだよ」
「……――御意」
何故かついて行く立場になった東小橋君、ラッシュガードに袖を通しながらスタスタ先に立つチーに、拾い上げたパナマハットを頭に乗せて従う。
連れ立ってく二人を見ているサナを、桜子の肘が突いた。
「ねえ、サナ。前からちょっと思ってたんだけど、チーってさ……」
「うん、実はアタシもそーなのかな、って……」
桜子達は顔を見合わせ、またチー達と東小橋君を振り返ると、チーが何か話し掛けて、手加減なく東小橋君の腕をぶっ叩いたところだった。
「……仲イイよね」
「……よな。けどさー、あるかなあ?」
あのチーとあの東小橋君。ああして並ぶと誰が見ても“美女と野獣”、オマケに中身は“美女”が肉食系小動物で、“野獣”がチワワだ。でも桜子は、
「まあ、アズマ君はカッケエとこあるからなー」
「う、うん? ……あ、そっか。桜子、元カノか」
サナの言葉に桜子はきょとんとしたが、
「そう言われれば、ヒロ君元カレだった!」
交際期間2日、狂言のカップルではあったけれど。
「で、桜子は実際どう思う?」
「うーん、どうだろう……」
チーは普段があんなな分、親友の二人にも恋愛方面の本心が読めないところがある。小声でボソボソ話し合っていると……
「何が“どう”なん?」
「各々方、お待たせにござる」
当人達が帰ってきてしまった。
「何がって、その……(グゥ~)……」
ソースと、焦がし醤油と、ケチャップの匂いを引き連れて。
「……アメリカンドックあった?」
美味しそうな「これぞ夏!」な匂いが、鼻から腹に抜けた。
「来た来た。ういっ、焼きそばと箸、順に回してー」
「二人ともご苦労さん、お金足りた?」
「あー、焼きトウモロコシの匂いヤバいなー」
遊んで泳いで汗かいた空腹が、一気に呼び起こされる。ワッとばかりに、サナも桜子も、もうそっちに夢中だ。
「で、何の話だったん?」
「えーと……何だったっけ?」
今となっては、どーでもいいことだったよーな気がした。
**********
がしっとアメリカンドックの棒を右手につかみ、焼きそばを左手で貰って、そして桜子は途方に暮れた。
「焼きそば食べられない……りょーにぃ、アメリカンドック持ってて」
差し出された棒を思わず受け取った遼太郎、
「俺が食えねえじゃねーかよ」
「じゃあ、あたしが焼きそば食べさせて……やると思ったか、甘えんな」
「いいよ。コレ食うから」
「ダメーっ!」
「棒の根元のカリカリの部分だけ食ってやる」
「そこだけはダメ―っ!」
があっとかぶりつく真似をすると、桜子が慌てて取り返そうとする。
それを見ていたケンタロー。
「やっぱいいな、妹―」
「そうかあ?」
遼太郎はひょいとアメリカンドックを桜子の鼻先に突き出す。
「つうか、こっち先に食やあいいだろ」
「そっか……あ、やっぱり持ってて。これだと焼きそば食べる合間に、アメリカンドックも食べられる」
「だから俺が食えねえだろ、それじゃあ」
ガブッと桜子が食いついたを幸い、遼太郎は手を離す。
ケンタローは笑って、
「俺んとこは男兄弟だからな。俺と兄貴だとこん時点で手が出てるぜ」
「そんなもんか」
「それはそれで、仲が悪ィんじゃねーんだけどな」
桜子は頑なに手を使うことを拒み、ドックに噛みついたまま、
「もあ、おほほほおんふぁのほうはいは、はふりはいひあはははいほへ」
「いや、わからない、桜子ちゃん」
訳:まあ、男の女の兄妹じゃ、殴り合いにはならないよね。
「な? 女キョ―ダイってもこんなもんだよ」
そう言って、遼太郎は桜子の口から頬がケチャップでベッタリなのに気づき、当たり前のように手を伸ばした。
「お前、口元ホアキン・フェニックスになってるぞ――……」
その途端、桜子が反射的に、遼太郎の指を避けるように身を引いた。口からやっとアメリカンドックを外して、
「……だからあ、人前でそーゆーのヤメてってば」
「ご、ごめん」
半分以上無意識のアクションだった遼太郎は、慌てて手が宙に浮く。
サナとチーがチラ見する。ケンタローは割り箸を横に噛んで、片手でパキッと割りながら、
「遼ちんさあ、妹ちゃんのこと、コドモ扱いし過ぎじゃねえ?」
「えっ?」
「いやあ、桜子ちゃんが可愛いのはわかるけどさ、中学生の女の子の口のケチャップ指で拭おうとすりゃ、怒られるって」
ケンタローが焼きそばを手繰りながら顔も上げずに言ったが、遼太郎はギクッとさせられる。
触らぬ妹に祟りなし、なんて思った傍から、またオレ何かやっちゃいました? あれ、口元を拭うのってオカシイんだっけ? 待てよ、妹のとの適切な距離感って――……
桜子の記憶のない時は……頬にチューされたり、泣かれたり、「お兄ちゃん、だいしゅきぃ///」だったり、そんな感じで……
記憶が戻ってからは……一緒に風呂入ろうって言われたり、一緒のベッドで寝たり、千夏達とまた頬にチューされたり……
(……わからん、“妹との正しい距離感”がわからん……)
「……怒られるかあ」
「そりゃそーよ」
ケンタローに笑われ、笑い返し、遼太郎は焼きそばのパックを開いた。食べる方に口を使っている分には、これ以上失言しないで済む。
そんな思いをソースとマヨネーズの間にかき混ぜる遼太郎は、桜子が、時折チラッチラッと横顔を見てくる視線には気づかない。




