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92.焼きそばとアメリカンドック

挿絵(By みてみん)

【妹が水着に着替えたら(7/10)】

 チョキチョキチョキチョキチョキ、パー。

「む……無念……っ」

「一発パー負けとは、さすが」

「逆にオイシイな、アズマッチ」




 **********


 ビーチボールで水中バレーをしたり、チーin浮き輪をメンズで代わる代わる牽引して浮き台まで行ってみたり。

「いえーい、しっかり引っ張れえ」

「桜子兄、これ、そのまま置き去りにしてもいいよ」

「サーセン、マジお願いします……」


 浮き台から飛び込みコンテストになったり。

「浮き輪をスポッと潜ったら高得点なー」

「あの……浮き輪流さないでね? 私、ここに永住になるから……」



 午前中いっぱいいっぱい遊び倒して、全員腹ペコの喉カラ。ケンタローがごろっとパラソルの陰に寝っ転がって、


「あー、こんな汗だくで遊び回んの、中坊ん時以来じゃねえかあ?」

「かもなー」


 横に腰を下ろした遼太郎を見上げ、ニッとする。

「遼ちん、俺さあ、中学生とは言え女の子と海来たんだし、正直下心っつうか、邪心ちゃんドロップキックはあったワケよ。それがどうよ、すっかり童心に帰っちまったぜ。俺はあの頃の純粋だった自分を取り戻したね」


 ケンタローはそう言うと、桜子達にスマホを突き出した。

「だから妹ちゃん達、またお兄さんと遊んでよ。ライン交換しようぜ」

「うえ? まあ、いいけど……」

「まだ少~し邪心が残ってそーな気がするなー」



 ケンタローは身を起こすと、砂をまぶした背中のまま言い出したのが、

「それはそれとして腹も減ったし、ここは少年の心で“第一回昼メシ買い出しジャンケン大会”開催と行くか!」

「おー、いいねえ!」


 そして東小橋君が狙ったかのようにキレイに一人負け。

「ん。じゃあ、悪いけど宜しく」

傑作映画『プラトーン』のラストシーンのように、両手のパーを掲げて膝から崩れ落ちた東小橋君に、遼太郎が笑いながら防水パックの軍資金を差し出す。



 東小橋君は膝を払って立ち上がると、

「えーと、では焼きそば六つで良かったでござるかな?」

「それと飲み物なー。俺、コーラ」

「あたしはポカリ系がいいかな」


 それぞれの注文を口の中で繰り返す東小橋君に、

「あ、私、焼きトウモロコシ食べたい」

チーがまた自由なことを言い出した。するとみんなも、

「だなあ……焼きそばだけじゃ物足りねえし、俺もそうしよ」

「だったら、アタシはフランクフルトがいい」

「あたしはあったらアメリカンドック、なかったら……」

「待て待て待て」


 言いたい放題の面子を、遼太郎が一旦止める。

「あんま無理言うなよ。焼きそば六つに飲み物でもそこそこ大変だぞ」

すると――……



 陸の上でも浮き輪にハマってくつろいでいたチーが立ち上がって、パンパンとお尻の砂を叩いた。

「しょーがない。私が一緒に行ってやるよ」

この申し出に東小橋君、

「や、チー殿。無理そうなら二往復しますゆえ……」

そう言うとチーにジロリと睨まれる。

「は? 私が行くっつったら、お前は黙ってついて来りゃいーんだよ」

「……――御意」


 何故かついて行く立場になった東小橋君、ラッシュガードに袖を通しながらスタスタ先に立つチーに、拾い上げたパナマハットを頭に乗せて従う。



 連れ立ってく二人を見ているサナを、桜子の肘が(つつ)いた。

「ねえ、サナ。前からちょっと思ってたんだけど、チーってさ……」

「うん、実はアタシもそーなのかな、って……」

桜子達は顔を見合わせ、またチー達と東小橋君を振り返ると、チーが何か話し掛けて、手加減なく東小橋君の腕をぶっ叩いたところだった。


「……仲イイよね」

「……よな。けどさー、あるかなあ?」



 あのチー(・・・・)あの東小橋君(・・・・・・)。ああして並ぶと誰が見ても“美女と野獣”、オマケに中身は“美女”が肉食系小動物で、“野獣”がチワワだ。でも桜子は、

「まあ、アズマ君はカッケエとこあるからなー」

「う、うん? ……あ、そっか。桜子、元カノか」

サナの言葉に桜子はきょとんとしたが、

「そう言われれば、ヒロ君元カレだった!」

交際期間2日、狂言のカップルではあったけれど。


「で、桜子は実際どう思う?」

「うーん、どうだろう……」


 チーは普段があんな(・・・)な分、親友の二人にも恋愛(そっち)方面の本心が読めないところがある。小声でボソボソ話し合っていると……

「何が“どう”なん?」

「各々方、お待たせにござる」

当人達が帰ってきてしまった。

「何がって、その……(グゥ~)……」

ソースと、焦がし醤油と、ケチャップの匂いを引き連れて。


「……アメリカンドックあった?」



 美味しそうな「これぞ夏!」な匂いが、鼻から腹に抜けた。

「来た来た。ういっ、焼きそばと箸、順に回してー」

「二人ともご苦労さん、お金足りた?」

「あー、焼きトウモロコシの匂いヤバいなー」

遊んで泳いで汗かいた空腹が、一気に呼び起こされる。ワッとばかりに、サナも桜子も、もうそっちに夢中だ。

「で、何の話だったん?」

「えーと……何だったっけ?」


 今となっては、どーでもいいことだったよーな気がした。




 **********


 がしっとアメリカンドックの棒を右手につかみ、焼きそばを左手で貰って、そして桜子は途方に暮れた。

「焼きそば食べられない……りょーにぃ、アメリカンドック持ってて」

差し出された棒を思わず受け取った遼太郎、


「俺が食えねえじゃねーかよ」

「じゃあ、あたしが焼きそば食べさせて……やると思ったか、甘えんな」

「いいよ。コレ食うから」

「ダメーっ!」

「棒の根元のカリカリの部分だけ食ってやる」

「そこだけはダメ―っ!」


 があっとかぶりつく真似をすると、桜子が慌てて取り返そうとする。



 それを見ていたケンタロー。

「やっぱいいな、妹―」

「そうかあ?」

遼太郎はひょいとアメリカンドックを桜子の鼻先に突き出す。

「つうか、こっち先に食やあいいだろ」

「そっか……あ、やっぱり持ってて。これだと焼きそば食べる合間に、アメリカンドックも食べられる」

「だから俺が食えねえだろ、それじゃあ」

ガブッと桜子が食いついたを幸い、遼太郎は手を離す。


 ケンタローは笑って、


「俺んとこは男兄弟だからな。俺と兄貴だとこん時点で手が出てるぜ」

「そんなもんか」

「それはそれで、仲が悪ィんじゃねーんだけどな」


 桜子は頑なに手を使うことを拒み、ドックに噛みついたまま、

「もあ、おほほほおんふぁのほうはいは、はふりはいひあはははいほへ」

「いや、わからない、桜子ちゃん」

訳:まあ、男の女の兄妹じゃ、殴り合いにはならないよね。

「な? 女キョ―ダイってもこんなもんだよ」

そう言って、遼太郎は桜子の口から頬がケチャップでベッタリなのに気づき、当たり前のように手を伸ばした。


「お前、口元ホアキン・フェニックスになってるぞ――……」



 その途端、桜子が反射的に、遼太郎の指を避けるように身を引いた。口からやっとアメリカンドックを外して、

「……だからあ、人前でそーゆーのヤメてってば」

「ご、ごめん」

半分以上無意識のアクションだった遼太郎は、慌てて手が宙に浮く。



 サナとチーがチラ見する。ケンタローは割り箸を横に噛んで、片手でパキッと割りながら、

「遼ちんさあ、妹ちゃんのこと、コドモ扱いし過ぎじゃねえ?」

「えっ?」

「いやあ、桜子ちゃんが可愛いのはわかるけどさ、中学生の女の子の口のケチャップ指で拭おうとすりゃ、怒られるって」

ケンタローが焼きそばを手繰りながら顔も上げずに言ったが、遼太郎はギクッとさせられる。


 触らぬ妹に祟りなし、なんて思った傍から、またオレ何かやっちゃいました? あれ、口元を拭う(こういう)のってオカシイんだっけ? 待てよ、妹のとの適切な距離感って――……



 桜子の記憶のない時は……頬にチューされたり、泣かれたり、「お兄ちゃん、だいしゅきぃ///」だったり、そんな感じで……


 記憶が戻ってからは……一緒に風呂入ろうって言われたり、一緒のベッドで寝たり、千夏(イトコ)達とまた頬にチューされたり……


(……わからん、“妹との正しい距離感”がわからん……)


「……怒られるかあ」

「そりゃそーよ」



 ケンタローに笑われ、笑い返し、遼太郎は焼きそばのパックを開いた。食べる方に口を使っている分には、これ以上失言しないで済む。


 そんな思いをソースとマヨネーズの間にかき混ぜる遼太郎は、桜子が、時折チラッチラッと横顔を見てくる視線には気づかない。




挿絵(By みてみん)

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