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91.裸足で波を蹴って

挿絵(By みてみん)

【妹が水着に着替えたら(6/10)】

 さて、全員が水着に着替えたら、もう夏の海への突撃を阻むものはない……と、その前に。

「浮き輪、浮き輪」

それぞれチューブを口に、しばし無言の行。


「りょーにぃ、これ」

「え、それ?」


 桜子が四次元トートから引っ張り出し、遼太郎に突きつけたのは、人一人が横になれるサイズのたたまれたフロートマットだ。

「それを、俺が、口で? 足で踏む黄色いヤツは?」

「かさばるから持って来なかった。りょーにぃがいるし」

「鬼か、お前は」



 ミチミチとひっ()がしながら広げると、まあまあの容積だ。

「今日一日分の呼吸、これで使い切るぞ……」

「全集中、全集中」

するとチーがこれもデッカイ浮き輪から口を離して、

「そうだ。アズマが仰向けでチューブくわえて、それを上から踏めば良くね?」

「名案にござるな」


「いっそ、アズマ浮かべて乗れば早くね?」

「悪魔的発想……」



 遼太郎は黙々粛々と、

「コォォォオオ……」

「フロートが水弾いて浮きそうだな」

無間地獄へ息を吹き込んでいたが、ふと顔を上げて、

「ところでケンタロー、“現地調達”はいいのか?」

周りを見回すと、同年代のグループが結構いる。中には女の子だけで遊びに来てるらしい子達も、ちらほらと。


 ケンタローは一瞬女の子達(そっち)に視線を取られたものの、

「ああ、今日はいいや」

そう言って、屈んで遼太郎の肩をトンと拳で突いた。


「今日は妹ちゃん達と遊びに来たんだから。そういう約束っしょ、遼ちん」

「……そうか。サンキューな、ケンタロー」


 桜子達がこれに「へえ」という顔をしたが、続く言葉が、

「な? 俺みたいなのがちょっといいこと言って、遼ちんがイイ感じで返してくれっと、すっげえイイ奴に見えねえ?」

「あー……言わなきゃいいのに、ケン兄さん……」


 たぶん、江坂健太郎はこれで照れ屋なのだ。遼太郎の見る限り、ケンタローが彼女いないのはモテないと言うより、真剣な場面ですぐ“逃げを打つ”ことに概ね起因する。



 そんなケンタロー、残念がる中学生組に、

「それに桜子ちゃん達がこんだけ可愛けりゃ、よそに目移りはしねえよ。ほら、アズマッチ。これ見ろよ」

向けたスマホで動画を再生する。

「こ、これは……!」


「これがスク水桜子ちゃんだろー。そんで、これが恥ずかしがってしゃがみ込んでるサナちゃんの……」

「ちょっ?! 撮ってたの?!」

「消せえっ! この馬鹿あっ!」


 ケンタローが砂を蹴ってダッシュする、サナの全力疾走が追い掛ける。


 それを見送って、桜子は遼太郎とフロートに目を落とした。

「えー? まだ3分の1くらいしか膨らんでないじゃん。だらしないなあ」

「いや、お前。これキツいぞ。つうか代われ」

間接キスになるじゃん、と思いつつ桜子は、

「りょーにぃ。さっき海の家の横、通ったじゃん?」

「うん?」

空気入れ(コンプレッサー)あったよ」

「……てめえ……」

波打ち際の寸前、陸上部の脚にケンタローがとっ捕まった。



 チーはと言うと、我関せずと荷物の中から日焼け止めを取り出し、

「アー・ズー・マっ♪」

「またそれを塗れなどと、拙者をからかうおつもりにござるな?」

「バーカ、違えよ」

動揺こそあれ、慣れで幾らか余裕もある東小橋君に、肉食系小動物はニイッと笑って……胸元にツーッとUVローションを垂らした。

「こーして塗ってやろうか、ってんだよ」

「ぬあっ?!」

東小橋君撃沈、まだまだ力関係は歴然。



 桜子はペタペタと持参のを腕に塗りつつ、

「りょーにぃも使う?」

「や、俺は別にいいかな」

「男はむしろ焼きに来てるとこあるからなー」

ひと足先に砂浜を満喫したケンタローが戻ってきた。その後から、奪取したスマホを削除操作しつつサナがついて来る。

「けど首筋だけは塗っときな。そこ焼けやすいし、後でめっちゃ疲れるから」


 そう言って、サナは桜子から受け取った日焼け止めを手に出し、男三人の首の後ろにベチャベチャとなすりつけた。

「ほら、伸ばす伸ばす」

「これは、かたじけない」

言われるがまま首筋を擦る東小橋君、

「さっすが。やっぱ日焼けと言えばサナちん」

「ホンットいい加減にしろよ、エロ兄」

余計なことしか言わないケンタロー。ちょっと男子が苦手なとこのあるサナが、アホさに却って身構えることを忘れている。



 身構えることを忘れると言えば、サナから返された日焼け止めを、桜子はそのまま遼太郎に手渡し、

「りょーにぃ、背中」

「へいへい」

遼太郎が言われるがまま、桜子の素肌の背中にペタペタ……

 それを見ていたケンタロー達が、

「ふうん、やっぱ兄妹だとそーゆーのフツーなんだな」

「まあ、御兄妹でござるし、別にそこは」

そう言い合うのに、桜子と遼太郎は表情を変えないまま、僅かに肩を震わせた。


(う……うええ……油断した……)

(完全無意識でやってた……)

(フツーなワケねーだろ、此花兄妹……)

(これこそ動画で撮っときたいヤツだった)


 出ました、“距離感ナチュラルにバカ”。桜子と遼太郎、サナとチーはそれぞれの思いを押し殺しつつ、ペタペタ……

「こんな感じ?」

「おっけえ。さんきゅー、りょーにー」

この場とウォータージェルはサラッと感とがベスト。



 夏の海の解放感、気が抜けねえ――……




 **********


「つうワケで、行くぞ、テメエらあっ!」

「おおーっ!」


 何だかんだを経て、ようやく全員が海へ向かって走る。手に手に浮き輪やビーチボールを持った桜子達を、なぜか既に砂まみれのケンタローが追い抜いて行き、先陣切ってかなり浅いところで飛び込みの水しぶきを上げた。

「……アホだ。逆立ちしとる」

「体張るなあ……」



 フロートの前後で掲げて走る遼太郎と東小橋君、

「荷物、置きっぱで大丈夫でござるかな?」

「財布も置いてないしね、貴重品っつっても……」

こういうところ気のつく遼太郎、軍資金としてみんなから千円ずつ集め(ケンタローと自分は二千円で)、防水パックに入れて身に着け、財布はまとめて駅のコインロッカーに突っ込ませてある。


「……女子の着替えの下着くらい?」

「……“ありったけの夢”ではござらぬか」


 遼太郎と東小橋君が、肩越しにちらっと後ろを振り返る。こんなところに“ひとつなぎの大秘宝”が……同時に二人、砂に足を取られてつまづいた。



「ひゃあっ、意外と冷たあっ」

「お、見ろ見ろ!」


 桜子達は波打ち際で足を止めたが、遼太郎と東小橋君は申し合わせたようにフロートを投げ出し、ケンタローも立ち上がって、50メートルほど先にある浮き台目指して泳ぎ出した。

「ってアズマ、バタフライ?!」

「すげえ、めっちゃ速え!」

「負けるな、お兄ちゃーん!」


 その大柄さもあり、ダイナミックな泳ぎを見せた東小橋君が一番に、クロールで追い掛けたタローズがほぼ同時に浮き台を叩いた。

「あー……りょーにぃ負けたあ」

「アズマの意外性の引き出しは中身尽きねえな」

手を振る遼太郎達に、足の着く辺りで桜子達も振り返す。



「ところでさ、アタシらアズマのことデブデブ言ってるけど、ああして見るとあんまりデブって感じでもないな」

「かなー? 確かに服着てる時よりは、太って見えねえな」

「桜子兄とケンタロー兄は、細マッチョだな」

「あの二人と並ぶと、まあ、ポッチャリだなー」


「てかお二人とも、意外としっかり“視”てますな?」


 桜子がイヒッと笑って小声で言って、論じ合ってたサナと、さすがにチーも顔を赤くする。

 少年達よ、お前が長く女の子の水着を見つめるなら、女の子も等しくお前を見返すのだ――フリードニヒ・ニーチェ。



 のっけからフルを出し切った3バカが、息を上げて戻って来た。桜子とサナはヘソの線まで海の上、チーは大きめの浮き輪に仰向けにスッポリはまって迎える。

「お疲れー」

「見事なアホっぷりだったぜー」

「はっはっは、如何でござったかな、拙者の泳ぎは?」

東小橋君がザブザブ波をかき分けながら笑うと……


「トド感が足りねえ」

「泳ぎ上手くて、しぶき全然立ってねーんだよ」

「アズマ君は、もっとザッパンザッパンして欲しいよね」


 泳ぎ上手かったのに、評価が芳しくない。そこで東小橋君、

「なるほど……こうでござるかな?」

「きゃあっ! あははは、すごっ、ひゃあっ///」

「ちょっ……ははは、すげえな! うわっ!」 

「私逃げられねえ! こっち来んな、アズマ、てめえっ!」

本気を出す(・・・・・)と、辺り一面水柱、まさに水遁の術。狙われたチーがとうとう転覆させられる。


「てめー! アズマあーっ!」


 これに「それっ」と遼太郎とケンタローが参加し、男女入り混じって、ひとしきり水の掛け合いっこになる。

 “リア充爆発しろ”な場面が続いております、しばし舌打ちしながらお待ちください――……



「そう言えば、妹ちゃん達は泳ぎどーなの?」

「あたしは小学生の頃、スイミング行ってましたー」

「走るほどじゃねーけど、まあまあ自身あるぜ」


「私は……泳げなくはないけど、25メートル?」

「…………」


「チカさあ……」

「そんな立派な“浮き”が二つも……」

「あー、はいはい! 言うと思ったよっ」




挿絵(By みてみん)

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