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90.妹が水着に着替えたら

挿絵(By みてみん)

【妹が水着に着替えたら(5/10)】

 ターミナル駅まで在来線に乗り、そこから出ているローカル線に乗り換えて、桜子達の町から海までは、ざくっと一時間半の小旅行である。


 ローカル線はものの10分もしない内に、田んぼと畑ばかりの景色の中に桜子達を運んだ。

「何かもう、いきなり田舎だねえ」

「なあ、まだちょっとしか来てねーのに」

タローズなどは通学で毎日乗る市街地を走る電車ではそうでもなかったが、こうなると俄然お出掛け感が出てくる。

 座席も桜子が“遠足列車”と呼んでいるボックスシートで、乗客も少なく、車両も少なく、ガタンゴトンの音もどこか単調で長閑で、これこそ夏休みの一頁、小学生が色鉛筆で描いた絵日記の中にいるような気分だった。



「♪ア゛~~~ッ、夏休みぃ~~! チョイト泳ぎ疲れ胸に~ぃ!」

「早えよ。まだ“少年時代”くらいの空気だろ」


 タローズがさっそく長閑さを破壊した。



 四人掛けシートということで、とりあえず通路を挟んだ両側の席に、男女で別れて収まることになった。

「アズマー、お前、こっち来たいなら来ていいぜー? 中学生組と高校生組で分かれてもいーんだし」

「いやいや、平野殿。そう綺麗所に囲まれては、拙者、海に着く前にクラゲになってしまい申す」

「ヒヒッ、ウミウシみてーなツラして」

「ちょ、チー……えーと、結構カワイイよね、ウミウシ……」

チーの暴言に、桜子が微妙なフォローを入れる。良太郎殿達への緊張も解けた東小橋君、既に根来忍者の末裔であること隠れもない。



 席分けにケンタローから不平が出るかと遼太郎は危ぶんだが、

「リョータロー兄、ケン兄、ガムいるかー?」

座席から身を乗り出したチーがくれたガムを噛みながら、

「ふッ……まだまだ慌てるような時間じゃない。本番は海に着いてからよ、海に」

ケンタローは不敵に、向かいの席の遼太郎と東小橋君を見返している。

「逃げねえよ、海と夏の恋はよ……」

言葉の意味はよくわからないが、おとなしいなら結構だ。


「まずは男同士、友情深めとくのもいいもんよ、アズマッチ」


 遼太郎殿とは全くタイプが違うけど、ケン兄さんはケン兄さんで高校生ってオトナ感がある、と東小橋君はちょっと見直した。



 と、ケンタローはぐっと前に身を乗り出して、

「で、どーよ? お前らぶっちゃけ、誰狙い?」

ほんの数秒も、東小橋君の尊敬を保ってはくれなかった。


 目を丸くする東小橋君、いつものことで慣れっこの遼太郎。

「俺は妹と、昔から知ってる妹の友達だしな」

「“お前はそこで乾いていろ”」

「……“あんたといると退屈はしねえな”」

東小橋君が呟くと、ケンタローがニッと笑った。

「拾うねえ、ニンジャボーイ。で、アズマッチは誰狙いよ?」

「いや、その拙者は……」


「チーちゃんさー、一見ちっちゃくてカワイイけど、見た? ガムくれるのに前屈みになった時……意外とワガママよ?」

「怪しからん……!」

「サナちゃんはスラッと背が高くて、スレンダーでオトナっぽいねー。あのボーイッシュ、たぶん水着になった時のギャップ破壊力スゲェぜ?」

「破廉恥……!」


 そこが中坊と高校生の差か、同級生の女子当人を真横にしての直球に、東小橋君は焦って赤くなり、声と太ましい体を小さくする。

「したり。ケン兄殿の“獣の槍”は自由闊達に過ぎる」

「言うだろ、股間の獣からは一発抜いても牙は抜くなって」

「寡聞にして初耳」

常識人とバカ野郎の差かもしれない。



 バカ野郎は心友に向かって、

「でもって、桜子ちゃんがまたポイント高えのよコレが。正統派って感じでよ。なあ、りょーちん。俺、妹ちゃん狙ってもいい?」

「いいワケあるか」

遼太郎が今度こそ呆れると、ケンタローがすっと真顔になる。

「何よ、りょーちん、桜子ちゃん狙い?」

「そうだな。割かしタイプだし、アリっちゃあアリ……って、ドアホウ」

いつもの二人での調子で遼太郎がノリツッコミする、と……



「おーい。だから丸聞こえだっつうの、そこの3バカ」


 チーのひと声に、男どもが座席から飛び上がる。と言うか、とうとう女子中学生に“3バカ”で括られた。

 慌てて振り向くと、桜子がヒエッヒエの目で遼太郎をジッと見て、フイッと顔を背ける。お兄ちゃん、ちょっと落ち込む。



 こちら女子席、サナが苦笑しつつ桜子を窺う。

「何つーか桜子兄、男友達(ケンタローさん)といると感じ違うなー」

「そお? 家じゃあんなもんだよ、りょーにぃ」


 そう言って桜子は、車窓の外へ目をやった。

「……――あ」

電車はしばらく小さな川と並走していて、今ちょうど鉄橋で斜めに渡るところ。その土手沿いにたくさんの向日葵が咲いていた。



 近くに住む人の丹精だろうか、花は小ぶりだったが、みな同じ方向にちょいと顔を上げ、身を寄せ合って風に揺れている。


「わあ……」


 桜子の顔が我知らず綻ぶ。向日葵は、桜子の好きな花だった。

 自分の名前だけに、もちろん桜への思い入れも強いが、夏の日差しの中で見る山吹色は、いつだって気持ちを元気にしてくれる。


「♪向日葵の、花束を、持って会いに来てね……」

「ん? 桜子、それ何の歌?」

「えーと……何だったっけ?」


 思わず口ずさんだ歌を、サナに問われたが、歌った本人も首を傾げた。



「なー、アズマッチ。忍者の仲間っていんのー?」

「……電車の窓から外を見ると、屋根とか電線を走っている忍者がいるでござろう? あれ、拙者の一派でござるよ」

「マジかよ?! 超有名人じゃん」


「チー、屋根とか電線を走っている忍者って何だ……?」

「わっかんねえ……」


 聞こえてくる男子達の話は取り留めもなくバカだ。そんなことをしている間にも電車はガタゴト走り続け、やがて……




 **********


「うーみーだーあっ!」

「うっせえよ、チカ!」

「海が見えた瞬間、一番に叫ぼうと待ち構えていたからね!」


 川沿いの風景を、急に両側から迫った山間(やまあい)が一瞬遮ったかと思うと、次に開けた時には遠く水平線が広がっていた。

「おー、海だぜ」

「ついにキターでござるな」

ボーイズも通路に立ち、海側のガールズ席に身を乗り出す。青い空がお日様に溶ける、白い波が青い海に溶ける……なんて昔の歌があるけど、この輝く青と青の光景には誰もがテンション一気にアガる。



「りょーにぃ、あと何駅?」

「えー……と、二駅。みんな、恋之浜で降りるぞ」

遼太郎がドア前まで行って、路線図を見上げる。

 ローカル電車は既に賑わう海水浴場のパノラマを車窓に映しながら、のんびりガタンゴトンと六人を目的の駅へと送り届けた。




 **********


 真っ先に電車から飛び出したケンタローとチーが男女を代表し、

「しゃあッ着いたあっ!」

「いえーっ!」

盛り上げ切り込み隊長を自ら任じる。

「駅名がいいよなっ、“恋”の浜! トキメキの予感!」

「訳して“Love Beach”ッ!」

「どーだっていいだろ、名前は」



 しんがりでホームに降りた遼太郎を、ケンタローが振り返る。


「けどよ、ここが“死霊ヶ浜”とか“七人岬”なんて地名だったら、俺はあんまり来たくねーぜ」

「まあ、確実に殺人事件が起きましょうな」


 東小橋君がネタを引き取ると、チーがケラケラ笑って、

「アズマみてーな人の好いデブは真犯人か、一人目が殺されてめっちゃビビッてから死ぬ二人目だな」

「ちょ、ヒドいよ、チー。アズマ君はキャラが立ってるから、終盤で犯人の正体に気づいた直後に殺されるまで生き残るよ」

「どっちにしてもヒデえ」

三人娘が好き勝手イジるこの位置が、東小橋君には居心地がいい。



 ローカル線で来られる恋之浜は、昔ながらの地元(ローカル)の海水浴場だ。観光地の海のような派手さはない代わりに、お盆シーズンのニュースに観るような芋の子を洗うごった返しもしていない。

 海の家があれば、遠からずコンビニもある。周辺の店は道路に向かってテイクアウトフードのカウンターを開いている。つまり必要じゅうぶん。


 中高生が日帰りで遊ぶには、ベストなちょうど良さなのだ。



 パラソルをレンタルし、

「ほら、どいてどいて―」

桜子が大荷物から引っ張り出したシートをバサッと広げれば、拠点(ベース)の完成。


「じゃあ、荷物見てるから先着替えて来なよ」

「そーそ、男の着替えは一瞬だからな」


 シートに腰を落としたタローズが言うと、チーとサナが顔を見合わせた。

「いひっ、それには及ばねー。ほら、サナ?」

「う、うん……」



 言うなり、チーが「えいっ」と膝丈ワンピを捲り上げ、サナもためらいがちに短パンをするっと下ろした。

「お、おわっ……?!」

驚きと期待で男ども(Guys)が焦ったが、当然、二人とも下に水着を着込んでいる。


「へっへー♪ どうよ、ドキッとしたか、アズマー」

「チ、チカ……やっぱ恥ずいぞ、これ……///」

「サービス、サービスぅ」


 ワンピを脱ぎ捨ててニヤニヤするチーの隣で、慣れないことに乗ってしまったサナが頬を赤くして男子達から顔を背ける。

 男性陣の方も、リュックのストラップが肩からズレる東小橋君、遼太郎でさえちょっと頬が緩んでいる。



 と、ケンタローがおもむろにスマホを取り出し、

「悪いんだけど二人とも、もっかい着て脱ぐとこからやり直してくんない?」

「んなっ? どんだけ欲望に忠実なのさ!」

「ケン兄は裏表がなさ過ぎて、いっそ清々しいな」

「おう! 俺の心はどこまでいっても表しかねえからな」

「メビウスの輪みたいな男だな」


 サナがますます赤面し、チーが呆れ、ケンタローがボケて遼太郎がサゲる。東小橋君はまだ再起動の途中だ。



 そんなガールズの水着姿だが、チーはオレンジの元気色ビキニに、同系色のパレオを腰に巻く。その最大武力は自他ともに認める、

「あー、見ちゃうかあー。まー、しょーがないかー」

小柄さに反して主張する、注目を集める“たわわ”である。


 対してスラリと手足の長いサナは、黒系ロゴ入り、飾り気のないスポーティなワンピ水着だが、

「エロい」

「うん、エロい」

「うあっ? ちょ、ジロジロ見んなって……」

チーとケンタローの視線から慌てて隠した太ももは、膝上20センチで白と小麦色のツートンになっている。陸上部の部活焼けの跡だ。


「サナ……意外にマニアックな武器をぶつけてきたね」

「そんなつもりはねえって! てか、これ武器なん? だから見んなって!」


 とうとううずくまったサナに、チーが東小橋君を振り向いた。

「って感じですが、いかがですか、アズマさん?」

「ギャップ萌えが加点対象でござるな」

「お前ら死ねっ! 沖に流れてっちまえ!」

「後醍醐~」

「ガンダーラ―」



 サナが思わぬ高得点を叩き出し、さて、全員が申し合わせたように桜子を振り向いた。桜子は、特に一人の目を強く意識しつつ、

「や……そんな期待されても困るんだけど……」

ブラウスワンピのボタンを外し、肩を抜いてストンと落とす。


[2年1組 此花桜子]


「スク水―!」

「ちょ、おまっ?!」

真夏の砂浜に、ネイビーブルーが映える。



 桜子はしばし腰に手を当ててポーズしていたけど、やがて顔を赤くして、

「あ……じゃあ、アタシ着替えてくるから///」

そそくさとトートからバスタオルと水着を取り出す桜子に

「あ、着替えんの?」

「そりゃそうだよ。公衆の面前でこんなカッコしてたら完全にヘンタイだよ」

「自覚があるならいいよ」


「って感じですが、いかがですか、遼太郎さん?」

「実妹のスク水とか、ちょっと狙い過ぎ感は否めませんね」



 結局、荷物番をサナとチーに任せ、桜子は男子と一緒に海の家併設の簡易更衣所へ向かう……いや、バスタオルを肩に掛けてイの一番にすっ飛んで行った。

「恥ずかしいなら、ネタ仕込まなきゃいいのに……」




 **********


 やはり男の着替えは早くて、拠点に戻って来た遼太郎達とサナ・チーで、最後に桜子を迎える形になった。

「ゴメン、みんな。お待たせー」

「笑い取ろうとするから」

手を合わせながら小走りで来る桜子は、フリルをあしらったセパレートの水着。

 桜子定番のピンクカラーで、中学生というお年頃にオトナ過ぎず可愛過ぎない。


 遼太郎はつい二人でいる時の調子で、

「ふうん、いいじゃん」

素のフツウにそう口に出した。すると桜子は、一瞬パッと顔を明るくしたように見えたが……

「妹の水着見てイイとか言うな、キモい」

すぐにまたジト目で睨まれて、遼太郎は鼻の下を擦った。



 いつもは服や髪を褒めると大喜びする、と言うか、褒めて欲しい時に遼太郎が気づかないとぷうっとムクれるのに。

(今日は何か当たりがキツイ……)

思えば、記憶喪失を経験する以前の、“思春期桜子”がちょうどこんなだった。

 自分から頼んだものの、やっぱり友達の前でお兄ちゃんと一緒は恥ずかしいのか、それとも俺がケンタローとバカやるのが気に入らないのか。


(とりあえず、そっとしとこ……)


 触らぬ桜子に祟りなし、YES妹NOタッチ。そう(うそぶ)いた遼太郎は、自分と桜子、互いに“距離感がナチュラルにちょっとバカになっている”という自覚はあまりなかった。




挿絵(By みてみん)

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