89.Hi,Freiends!
さて、約束当日――……
それぞれのメンバーとは駅で待ち合わせでも、一緒に暮らす桜子と遼太郎は当然一緒に家を出るのだが……
リュックひとつを肩に掛けた遼太郎は、桜子のビックサイズのトートに、何が入ってんだと首を傾げる。
「そろそろ出られる?」
まあ、男と違って、女子は海に行くとなれば水着とタオルさえあればいい、とはいかないのだろう。
「あ、ちょっと待って……」
桜子は既にぱんぱんのトートに最後にポーチを押し込み、ヘアゴムをはむっと口にくわえ、後ろ髪をまとめ出す。ぼけーっと見ていた遼太郎の視線に気づき、桜子が横目で睨んだ。
「……な、何じっと見てんのさ」
「へ? あ、いや、じっと見てたつもりは……」
遼太郎が目をぱちくりした。
桜子は手早くポニテに髪を括って、
(く……自然体に過ぎた)
ちょっと気恥ずかしくなる。けど、兄とはいえ好きな男の子の前で無防備に首筋をさらした自分もどうかと思うが、妹とはいえ無遠慮に見てるお前もどうなんだ。
「兄の目は時々エロい」
「は?!」
桜子にジト目をされ、遼太郎は慌てる。
(まあ、そんなつもりはないでしょうけど……)
ない、とハッキリ言われるのも、それはそれでなあ。
だって……今日は水着になるんだぞ?
ようやく支度が済んで、立ち上がった桜子はクシュ感のある麻のブラウスワンピが夏らしい。
「さ、グズグズしてないで、行くよ」
「……さんざ人を待たせといて……」
呆れた遼太郎は、シンプルなプリントTにゴツイめハーフカーゴ。
「りょーにぃ、最近そればっかだね」
「あー、楽だからな。お前が選んでくれた服だし」
桜子の指導で多少はダサ脱却し、背が高くて何着てもそれなりになるが、本質は変わりなく買う服はまだ妹任せである。
と、桜子と遼太郎は、何となく互いの指に目をやった。
(さすがに今日は……)
(着けてないな)
相手の手に探したのは、同じデザイン、つまりお揃いの指輪だ。
タングステン製のハワイアンリングで、二人とも普段使いに身につけている、が……
お互いの友達の前で、兄妹ペアリング。ちょっと正気の沙汰じゃない。桜子と遼太郎は顔を見合わせ、意を酌み合って微妙な笑いになる。
兄と妹でお揃いの指輪を持っているのが、そもそもオカシイのだが、そもそもと言うなら二人の間に桜子の記憶のない日々があって、その指輪はここにある。遼太郎が“今はもういない桜子”から貰ったプレゼントだ。
と、桜子はコーデの仕上げに、リネンのキャスケットを頭に乗せた。遼太郎は鼻の下を指で擦って、
「お前こそ、それヘビロテだな」
「ま、気に入ってるからね」
「……そか。それなら良かった」
それは遼太郎から“今はもういない桜子”へのプレゼント。記憶のない時の桜子と遊びに出た先で、気まぐれ半分で買ってやった帽子だった。
いなくなっても、ずっと覚えている――……あの子とそう約束した。だからいつも、遼太郎の右の薬指に、その指輪はある。その帽子を今もそれを妹が気に入ってくれているなら、嬉しいとも思う。
桜子の中には、“あの子”はいなくなるどころか、今も元気に居座っている。
**********
「あ~づ~い~ぃ……」
「海に行くんだし、暑いくらいがいいだろ」
家を出た瞬間、強烈な日差しに頭をぶん殴られた。遠景に入道雲を背負い、ぎゅっと青色の濃い夏空。最っ高の海水浴日和に恵まれたわけだが、道中ではダメージゾーン以外の何物でもない。
二人が駅に着くと、サナとチー、それから東小橋君は先に来て待っていた。サナ達は桜子の姿を見ると、
「おーい、こっちこっちー!」
騒がしく大声で手を振る。
少し離れたところにいた少年が、弄っていたスマホから顔を上げた。
遼太郎を置いて小走りに近づいた桜子が、合流したサナはロンTに短パンのいつもの男の子っぽい恰好、チーは膝上ワンピのいつものカワイイ系の恰好。
「おはよー、サナ、チー。アズマ君も」
「此度のお誘い、感謝してござるよ」
そして東小橋君もいつもの通りだが、着ているのは和柄の派手なアロハに、ダボ目のサーフパンツ、仕上げに頭にパナマ風のハットを乗せている。
桜子は目を丸くして、
「アズマ君って、いつも結構お洒落だよねえ」
「案外攻めるよな」
サナが感心とも呆れともつかない顔で言う。夏祭りの浴衣もそうだったが、東小橋君のお洒落は我が道をいくモノだった。それが彼の体形と、何よりキャラクター性でしっくり似合っている。
東小橋君のお洒落は、コーディネートというよりキャラメイクだ。オタク特有の尖り目のセンスが、上手くハマった稀有な例と言えよう。
そして、サナは大きめのリュックを背負い、東小橋君はリュックにナイロントートを下げている。チーは手ぶらだ。
「チー、アズマ君の持ってるトートって、もしかしなくても?」
「私のだよ」
桜子の問いに、チーがさも当然のように答えた。
「折角荷物持ち来てんだから、サナも持たせろってんのに」
「アタシにはそんな血も涙もないマネはできねえ」
「桜子殿の荷物もお持ち致そうか?」
「い、いいよ。てか、チーも自分で持ちなよ」
「えー?」
首を振るサナ、こちらも当然のように申し出る東小橋君、不平そうなチー。チーってば、何でアズマ君にはここまで強気なんだろ?
そこへ遼太郎が追いついて、声を掛けた。
「よっ、千佳ちゃんに早苗ちゃん、それに忍者君」
「縁日ぶり、リョータロー兄。相変わらずカッケえな!」
「桜子兄、今日はありがとなー」
サナとチーにとって、遼太郎は小学生から知ってる“トモダチのにーちゃん”。保護者役を頼んでいても、今更気兼ねはない。
「遼太郎殿、お久しぶりです」
東小橋君は会ったのは一度きりで、遠慮がある……割に殿付けで呼ぶ。
「おー、今日はよろしくなー。アレだろ、忍者君も俺と同じく、こうやって女子とグループで遊ぶとかあんまないんじゃん?」
遼太郎がニヤッと自虐すると、東小橋くんは首をすくめた。
「って、遼太郎殿がオタク側とか、信じられないんですけど」
東小橋君は、理想の眼鏡キャラ兄さんの遼太郎にある種心酔している。実はオタクだと桜子殿も言っていたが、とてもそんなふうには……
「俺は割とあるぜ、女子との絡み!」
**********
唐突な声がカットインした。全員が振り向くと、さっき近くでスマホを触っていた兄ちゃんが、何かポーズを決めていた。
「よお、ケンタロー」
「主役は最後に現れる。待たせたな、江坂健太郎の登場だ!」
「うるせえな、お前はいつもながら」
遼太郎は苦笑し、中学生組は唖然としている。
「ケンタロー……さん?」
“登場”したお兄さんは、スポーツランニングにプリントシャツをはおり、長めの髪を雑貨屋さんで売ってそうなサングラスを額に後ろへ流している。
何というか、遼太郎の友達にしては予想外なタイプで、東小橋君とは対極の方向に濃い。
お兄さんはニッと笑うと、
「君らが遼ちんの妹ちゃんの友達だったのね。いやあ、さっきからカワイイなあって見てたのよ、お兄さん。ラッキー♪」
「お、おお?」
初対面からかなりグイグイで、さすがのチーを引かせている。
「江坂健太郎。遼ちんとは、“心の友”と書いて“心友”よ。いや、どっちも“太郎”じゃん? ガッコでは二人合わせて“タローズ”とか括られれちゃってんのよ」
ペラペラと名乗ってケンタローは、困惑の中二ガールズにぐっと身を乗り出す。
「じゃ、そっちも名前教えてくれっかな?」
「……此花遼太郎だ。バカで困った友人が、一人いる」
「テメーには訊いてねえよ! てか、“バカで困った友人”って誰よ?! 俺も知ってる奴か?」
「たぶん、よく知ってると思うぞ」
割って入った遼太郎に、ケンタローがノリノリで返す。さすがタローズ、息ピッタリだ。遼太郎は妹達を振り返り、
「見ての通りのお調子者だが、見た目ほど害のない奴だから安心してくれ」
「そ、そ。こう見えてお兄さん、ジェントルだから」
そう言ったケンタローさんを、どう見たものか、ここは遼太郎の人を見る目を信じるしかない。
桜子はおずおずと、噛むかもしれない犬に近づく心境で、
「えっと……りょーにぃの妹の桜子です」
「その友達の、平野早苗です……」
「都島千佳です。チカかチーでいいッスよ」
サナはかなり警戒してるが、チーの方は持ち前の人懐っこさで、この調子のいいお兄さんに調子を合わせ始める。
ケンタローはチーに向けてパチンと指を鳴らし、
「お、いいねー、チーちゃん。サナエちゃんも妹ちゃんも、三人とも可愛いし、妹ちゃんは遼ちんのこと“りょーにぃ”って呼んでんだ? じゃあ三人とも俺のことは“ケンにぃ”でいーぜ」
「うえっ?!」
まだ会って数分なのに。会って数秒で実のお兄ちゃんにひと目惚れした、桜子に言えることじゃないかもだけど。
ガールズに続き、東小橋君が、
「あ、僕は東小橋博之です。桜子さん達と同じクラスで……」
「男の名前なんざ覚える気はねえ」
「えっ?!」
名乗るも、ケンタローは真顔で言い放ち、困惑させる。
が、すぐに、
「冗談、冗談。軽いジョークよ」
笑顔に戻って年下の少年の肩を気安げに叩く。
「まあ、男の名前に興味はねえってのは、冗談じゃねえけど」
「……キライじゃないッス、“ケンにぃ”」
「お前にそう呼ばれても嬉しくねえよ!」
属性は真逆そうなのに、キャラの濃さで共通してしまうケンタローとアズマ君。意外にさっさと打ち解けたようだ。
と、ケンタローはリョウタローの首にガッと腕を回し、桜子達から引き離して声を潜めた。
「なあ、遼ちん。俺はさ、お前から女の子連れの遊びのお誘いがあった時、そりゃあすっげえ嬉しかったワケよ」
「おう……」
「それが後んなって、中坊の妹とその友達のお守りだって聞いた時にゃ」
「俺は休み明けに、お前が”ミスター・シスロリコン“だってガッコで広めてやろうとさえ思っていたさ……!」
「そんなこと考えてたのか」
確かに、ケンタローにはオンナを匂わせて巻き込んでから、そのオンナが妹達だと後出しにしたけども。またシスロリコンの語呂の良さよ。
「でも、俺が間違ってたよ。三人とも、めっちゃくちゃカワイイじゃねーか! いや中学生アリだよアリ! 歳なんて10歳差くれーはカンケーねーな!」
「間違いなく間違ってるからな。中二どころか小二まで入っちまうぞ」
「今日からお前のこと、“マスター・ロリコン”って呼ぶわ。そんで弟子入りする。師匠……!」
「こっち見たまま頭下げんな、喧嘩お辞儀じゃねーか。つうか俺は弟子は取らん。つうか俺はロリコンじゃねえ」
「リョータロー兄、ケンタロー兄、丸聞こえてるぞー」
「あの人、バ……個性的だよな」
「うーむ、遼太郎殿になら僕も弟子入り志願致そうかな……」
普段のノリで言い合ってると、チーの呆れ声が飛んできた。振り向くと、思いがけず妹の目がジトッと注がれている。
「りょーにぃ……シスコンとロリコン併発すんなよ、キモい」
「なっ……?」
なし崩しの橋渡しの位置、ここはどうやら野郎どものアホさと妹と友達の冷たい視線を、一身に受けねばならない場所らしい。
「ちょ……ちょっと待って、桜子……」
「もー。いい加減にして行くよ」
口ごもると、桜子にドンっと肘で小突かれた。愛する妹も助けてはくれない。マジで待って、もしかしてだけど……
これまた、俺一人だけシンドイやつなんじゃねーの……?




