88.交友関係ライン大混線
今回はお兄ちゃんは単なるダシだ。
自分にそう言い聞かせている間に、ようやく握ったスマホの振動が静まり、桜子はしびれた手でポチポチを返す。
『桜子:でさ、りょーにぃも友達誘いたいって言ってるんだけど』
『桜子:男子なんだけど、いいかな?』
返信に、少しの間があって……
『サナ:高校生? 男子はちょっとなあ……』
海となれば水着。知らない高校生の男子の前で水着になることに、どっちかと言うと奥手なサナの尻込みが画面から感じられる。
『チー:別にいーんじゃん?』
『チー:リョータロー兄の友達だったら』
どっちかと言わなくても肉食系のチーは、屁でもないようだ。
『桜子:りょーにぃの友達ならおそらく草食(笑』
『サナ:かなあ? だったら、まあ……』
『チー:けど、それだと男と女で2・3になるよね』
むしろチーにとって問題なのはそっちらしい。腕組みして考え込むスタンプが送られてきて、しばし……
ピロン♪ 『チー:アズマ誘わね?』
思い掛けない提案が送られてきた。
(ほえ、アズマ君?)
桜子は、自分と顔を見合わせるサナが見えるような気がした。
『サナ:アズマか』
『サナ:うん、いいんじゃん?』
今度はサナもあっさり承諾した。
三人にとって東小橋君は、クラスで一番遠慮のいらない男子で、草さえ食わねえ絶食系で、数合わせには……というと少々カワイソウだが最適任な人材だった。
『桜子:あたしもアズマ君ならいいよー』
桜子がそう送ると、
『チー:OK、じゃあアズマには私からラインしとく』
一瞬の間もなく返事が戻ってきた。
続くチーのラインからは、
『チー:アズマ、女子と海なんか絶対初めてだぜ(笑』
『チー:この先も一生ねーだろ』
『チー:私らが誘ってやんなきゃさー』
『チー:(指差してゲラゲラ笑うスタンプ)』
喜々としてアズマ君をディスる表情が、目に浮かんだ。
チーはなぜか誰によりもまして、東小橋君に傍若無人だった。
桜子はスマホから顔を上げて、遼太郎を振り向いた。
「りょーにぃ、サナ達いいってー」
「了―解」
「それと、アズマ君も誘うって」
「アズマ……ああ、例の忍者君」
東小橋君緒とは、遼太郎も一度会ったことがある。小太りでキャラ特化型のあの少年には、好感と親近感を持っていた。
遼太郎は再びスマホを取り上げ、
「って、何でこっちが許可を得る側になってんだか……」
ぼやきつつポチっと通話を掛ける。
♪ぴろりぴろりぴろろーん……
『おう?』
「よう、俺だ」
『え、遼ちゃん?! どしたの、事故ったの、どこ振り込めばいい?』
「面倒臭えな、毎回毎回」
遼太郎はため息をつく。コイツに連絡すると、とりあえずこういうひとくさりがないと、話が始まらない。
「んなことよりよ、なあ、海行かねーか?」
遼太郎が用件を切り出すと、通話の向こうはしばし沈黙して……
『何で青春真っ只中の高二の夏に、ヤロウと二人で海行かなきゃなんねーんだ。頭腐ってんじゃねーのか』
文字にするとボロクソな言い草だが、口調からやり取りを楽しんでいるのがわかる。遼太郎も心得ていて、
「いいじゃねえか。男二人で海ってのも青春だろ」
『ヤダよ、そんな夢も希望もねえ青春は。それともお前、あんまりモテなさ過ぎてそっち方向にBLっちった? 俺のケツ目当て?』
「そういうBLり方はしねえ。よしんば腐っても、お前だけは対象外だ」
遼太郎の軽口に、妹の首がぐりっと回った。
「え、お兄ちゃんBLってるの? あたしというモノがありながら?」
「ナチュラルに割り込んでくるんじゃねえよ」
「ヤダなあ。あたし、お兄ちゃんのそういうとこ、見たくないよ……あれ、ちょっと見たい? 待って、考えをまとめる……」
「まとめてどうする気だ?」
『おい、今の可愛い声、何よ? 妹ちゃ――……』
ピッ。遼太郎は通話を切った。
♪ぴろりぴろりぴろろーん……ピッ。
『ちょ、遼ちゃん、ヒドくねえ?』
「とりあえず話が前に進まん。俺に話させろ」
『おう、話せ』
「俺もお前と二人、夏の海に悲しい思い出を作りに行く気はない」
電話口でちょっと考えるような間があって、
『何よ、ナンパしに行くってハナシ?』
遼太郎は電話口のこちらでニヤリとして、
「いいや、“持参”だ」
またしばし、相手の沈黙……
『遼太郎サン、俺、ずっと前から遼太郎サンのことが……』
「ヤメろ」
相手のテンションが明らかに変わった。
『何よ、遼ちん? え、遼ちんがセッティングしてくれってこと?』
「ふっ……俺はこう見えて、割とモテるんだ」
年下とか、身内とか……ウソは言ってない、ウソは。
『遼ちんセッティング、俺ペッティングくらいは期待していいってこと?』
「それはお前の頑張り次第だ」
まあ、その努力は青少年育成条例に基づき、全力阻止するがな。
「で、どうする? 予定空いてるか?」
『バカヤロウ。親の葬式があってもその日は空けるわ』
「バカはお前だ」
こっちの予定が固まったら、また連絡入れると告げ、「待ってるぜ、アンド、愛してるぜ遼ち……」という相方の返事の途中で、遼太郎は通話を切った。
その様子をじっと見ていた桜子が、
「……何か、漏れ聞こえた感じ、ちょっとイメージ違うかも……?」
おずおずと首を縮めて言う。確かに、アイツは“THE アホの男子高校生”と呼べる男だ。女子中学生と引き合わせるには、多少不適切な面もあるかもしれない。
が、遼太郎はケンタローを知っている。
妹やその友達に会わせたら、まあバカはやるだろうけど、断言できる。お調子者だけど害はない男なんだ。
「大丈夫。俺はアイツのこと、ちゃんと制御できるから」
遼太郎が笑って言うと、桜子は深刻な顔をして……
「それって……エントリープラグ挿入!的な……?」
「頭腐ってんのか、バカ妹」
キョドりながら赤くなる妹に、遼太郎は呆れ顔をする。
「はあ……むしろ、俺にはお前の方こそ制御不能だわ」
「えッ?!」
遼太郎の言葉に、桜子がビクッと肩を震わせた。
「エントリープラグ……?」
「ヤメなさい」
海に行けるとなってテンションが上がったのか、妹のジョークがキワドイ。
「お兄ちゃん……桜子をそんなふうに言うこと聞かせる気……?」
「なワケねえだろ」
「でも……後ろだったら、ギリセーフ?」
「いい加減にしろよ?」
ぱぁん! 遼太郎のツッコみが、突っ込み禁止の妹のお尻に見舞われた。桜子はぺたんと床に尻をつく。
「ほらあ……お兄ちゃん、お尻好きじゃん……///」
「いや、違う……」
「何やってるの、あなた達……」
あ、母さんがいた。
硬直した遼太郎をイケニエに、桜子がおかーさんにしがみついた。
「おかーさぁん! りょーにぃ、いっつも桜子のお尻叩くの!」
「おま……いや、母さん……」
「遼君?」
抱き寄せた娘の、ニヤリとした顔は、息子を見る母の視界の外だ。
「遼君と桜子の仲がいいのはね、いいと思うんだけど。でも桜子は女の子だし、もう中学生だし、お尻を叩いたりとかは、お母さんどうかと思うわ」
「ぐ……ああ、うん、わかった。気をつける……」
腑に落ちないことこの上ないながら遼太郎も、桜子と自分のこの頃の妙な距離感を、疚しいとは言わないが、母が納得する説明ができるとも思えない。
敗北に沈み、睨む遼太郎に、桜子が口パクを寄越す。
(ゴメンね、りょーにぃ。ホントは桜子、りょーにぃのお尻好き、妹として受け入れる覚悟はあるからさ///)
(そうかよ、大問題だな……じゃあ、後でしっかり受け入れてもらうぞ)
遼太郎のアイコンタクトに、桜子がわざと顔を赤らめる。
(エントリープラ……)
(それを妹として?)
(ダミープラグなら……)
(自分が何言ってんのかわかってんのか?)
(持ってそう……)
(何をだよ?!)
後で5発叩かれた。
こうして数日間あっちとこっちで連絡が交わされ、自然、桜子と遼太郎が繋いで幹事役になる。当初の桜子達の計画からは、ちょこっと変更はあったけど、ともあれ夏だ! 海だ! 青春だあ!
六人六色の思いが集まる、その中心にある思いは、さて……?




