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80.絶対チョコミント食べるハルナちゃん

挿絵(By みてみん)

【西からやって来た“夏”と“春”(7/12)】

 ぐに……ぐに……右頬を押される感覚に、遼太郎は目を覚ました。しばしの混濁を経て、自分がリビングで寝ていること、従姉妹達が遊びに来ていることをゆっくりと思い出す。

(……また、あいつらか)

今何時だ?と思いながら、遼太郎は薄っすら目を開ける。


 視界の端に、桜子の真っ赤な顔が超至近距離であった。

「あ、起きたで」

「桜子ちゃんの負け~」

「うう……」


「……何やってんだ?」


 パジャマ姿の遼太郎を囲むのは、既に着替えを済ませた膝丈サマーワンピの桜子、ショートパンツにTシャツを合わせた千夏と、チュニックシャツを合わせた春菜だ。



 遼太郎の当然の疑問に、従姉妹達は当然のような顔で、

「遼ちゃん危機一髪」

「チューして遼兄ちゃんが起きたら負けや」

寝起き早々、平穏な一日は終わりを告げたらしい。

 首を動かすと、妹と歯磨き粉が匂う距離で正面合う。

「で、お前が負けた、と」

「……うん……二週目で……」

「一周はやられ済みなのか」

遼太郎は右の頬に触れ、ため息をついた。

「昨日からめちゃくちゃ実妹(おまえ)にチューされてるな」

桜子が真っ赤なままでうなだれた。


「何か、チナちゃんとハルちゃんといて……何がダメで何がダメじゃないのか、わかんなくなってきた……」

「そうか……」


 遼太郎は嘆息し、思った――……



 俺の名前は此花遼太郎、ちょっとオタクで平凡な高校生だ。ところがひょんなことから高校生・中学生・小学生の従姉妹と実妹に取り囲まれ、俺の平和な日常はドタバタなラブコメ状態に……


(うん、俺には無理。早晩死ぬわ)


 漫画やアニメではうらやましく思えるハーレム主人公も、我が身に降り掛かるとけっしていいモンじゃなかった。本編18巻、続編18巻に渡って“トラブル”に巻き込まれ続けた“アイツ”なんか、どんだけ強靭な精神力だよ、と思う。



 若干壊れ気味の妹、やりたい放題の従姉妹達に囲まれ、

「……顔洗ってくる……」

遼太郎はとりあえず、眠気と疲れと、頬っぺたのチューを洗い流すことにした。


 しかしこの日の“トラブル”は、遼太郎の思いとは別の方向からやって来る。いや、全く懸念していなかったわけではないが……




  **********


「くっ……メテオ! 遼ちゃん、貴様このゲームやり込んでいるなッ!」

「答える必要はない」

「あ、あれ? あたしのキャラどこ?」

「今、めっちゃ独りでステージから落ちてったけど……」


 今日も今日とて予定もなく、リビングでまったり“大乱闘”だ。

「くそ、遼ちゃん強いな。よし、こうなったら袋叩きや! ガイア! オルテガ! マッシュ! ジェットストリームアタックを掛けるで!」

「いや、お前は誰やねん」

画面のカービィに、三体の敵が一斉に襲い掛かる(内一名戦力外)。しかも場外乱闘で、三本の足が遼太郎本体をぐいぐい攻撃する。が……



「ちいッ、効いとらへん!」


 遼太郎のコントローラー捌きは一切乱れない。焦った千夏は、

「なら奥の手や、食らえ、遼ちゃん!」

またも千夏のキス(上・必殺技)が遼太郎の頬にヒットする。が、

「小細工に堕したか」

遼太郎は動じることなく、三人を順番にステージから叩き落とした。

「これも効かんやと~?!」

「ちいねえ、めっちゃ楽しんどんなあ」

悔しがる千夏に、早くも3撃墜を喫した桜子がコントローラーを置いた。

「お兄ちゃんって一度受けた攻撃、二度は通じなくなる特性があるんだよ」

「マジか……聖闘士(セイント)みたいなやっちゃな」



 つまるところ、慣れるのだ。


 桜子にも覚えがあるが、遼太郎の恐ろしさは戦いの中でどんどん進化して、耐性を身につけていくことにある。一度や二度はうろたえさせた攻撃も、すぐに利かなくなるのだ。


 当人は否定したが、割とハーレム主人公に適性があるようにも思える。



 千夏は「うーん」と唸り、

「かくなる上は、パンツでも見せるしかあらへんか」

と、遼太郎がコントローラーを置いて、振り返った。

「千夏」


「そこまでやったら、俺も本当に怒るぞ?」


 遼太郎の静かな声に、千夏の顔から笑いが滑り落ち、桜子と春奈もビクッとなって首をすくめた。

「ゴ、ゴメン、遼ちゃん……」

これにはさすがの千夏も謝ったが、遼太郎の真顔をじっと見つめて、

「けど、遼ちゃん……そういう優しいて厳しい感じこそ、ウチの求めとった“お兄ちゃん”かもしれへん……」


 遼太郎はフッと笑うと、前髪をかき上げ、その手で千夏の顎をすっと押し上げた。

「あっ……?」

「だったら、ちゃんと“お兄ちゃん”の言うことを聞けよ」

「は……はいぃ……///」

(出た……お兄ちゃんの“俺様”モード……!)

桜子はごくっと息を飲んだ。自分以外にされるのはイヤな反面、客観的に眺めるのもそれはそれでイケる気がして、複雑な心境だ。



 さて、遼太郎の“俺様”に少しぽうっとなった千夏だが、

「いや! せやからこれ、“お兄ちゃん”ちゃうやろ!」

ハッと我に返り、ツッコんだ。

「すんのんか、これ、桜子(さあ)に?!」

桜子と遼太郎が顔を見合わせる。

「まあ、たまに?」

「っても時々だよね?」

「すんのかい! オカシイやろ、自分ら兄妹! いや、よその兄妹知らんけど!」


 第三者的意見に、二人は困惑した。桜子の方は、自分がオカシイのは自覚している。遼太郎は、妹のオカシサに慣れて「まあ、こんなもんなのかな」と思っている。二人だって、よその兄妹は知らない。



 母・桃恵は、この一部始終を何とも言えない思いで傍観している。

(遼ちゃんがモテモテだわ……モテてもしようのないところで)

おかーさんの息子への評価が、“残念なイケメン”から“無駄なイケメン”に昇格した。




 **********


 その後の一連の出来事は、いわばドミノ倒しのようなものだったけれど、起点はおかーさんの何てことのないひと言だったかもしれない。



 テレビゲームをやって、またドンジャラもやって、そういうところマメな遼太郎が用意していた“ラブレター”というカードゲームでも盛り上がって、その日の午前は楽しく過ぎていった。


「そろそろお昼よー」


 そう言っておかーさんが用意したお昼ごはんは、鍋物用の土鍋にサッポロ一番の味噌ラーメンを5袋ぶっ込み、そこへ卵入りの野菜炒めを山盛り叩き込む“簡単だけど絶対美味いやつ”だった。


「すご。やっぱ男の子のおるん()のゴハンてちゃうなあ、ちいねえ」

「なあ。あ、“お姐さん”、七味ありますう?」

「味噌はマヨ足しても合うぞ」

「桜子はごま油のひと垂らしを推します」


 鍋料理のように取り分けながら、思い思いに薬味や調味料でアレンジして、大量のラーメンは瞬く間に子どもたちのお腹に収まった。

 その後だった。おかーさんが、

「お粗末様、食後にアイスでも食べる?」

最初のドミノをつんと突いたのは。



 「わーい」と他愛もなく、妹組が冷蔵庫に走って行った。遼太郎と千夏はダイニングテーブルで、「何がある?」と妹達に物色を任せている。

「えっとねえ……ハーゲンダッツ(ハーゲ)のマカデミアとー、バニラとー、クリスピーのヤツでしょー? それと、スーパーカップの高いヤツー」


 桜子が冷凍庫を掻き回しながら答える。冷蔵庫がピピッピピッと不満声を上げ、

「ちょっと、桜子。中身が溶けるから、開けっ放しにしないで」

おかーさんの小言が飛ぶ。桜子は一旦引き出し冷凍庫を閉めて、

「ハルちゃんは何が良かった?」

そう言って振り向いて、春菜の微妙な表情に気づいた。

「あれ? 食べたいのなかった?」

「うん……今、ハルな……」


「チョコミントの口やねん」

「そう来た……?」



 桜子が振り向くと、おかーさんが困った顔をした。

「あらー、チョコミントは買ってなかったわねえ」

まあ、好き嫌いの分かれる“攻め”のフレーバーだ。おかーさん世代は、あまりこういう時のチョイスには加えないだろう。


 春菜はわかりやすく不満顔で、

「えー? 桜子ちゃんはチョコミント嫌い?」

「うーん、あたしはあんまりかな……」

遼太郎は割と好きらしいが、桜子はスースー系はちょっと苦手だ。

「わかってへんなあ。ハルがチョコミントの良さを教えたるわ。蒼く爽やかな香りで、幸せに導く神の御菓子、故に“最 of the 高”や!」

「……せやな~(理解)」



 桜子は春奈の力説に苦笑しながら、関西弁を真似してみたが、そこへ千夏の声が飛んできた。

「ちょう、ハル。自分ホンマいい加減にしいや」

昨日からの積み重ねもあってか、千夏の口調はかなりキツ目だ。

「折角叔母さんが()うてきてくれたはるのに、文句言うとか、自分ナンボほどワガママやねん」

「別に……文句言うてるワケやないし……」


 春菜は唇を尖らせて、姉から目を逸らす。


 拗ねた春菜と、言葉静かながら怒り気配の千夏に、

「気にしなくていいのよ、その時食べたい味ってあるわよね」

お母さんが取りなし、桜子も慌てて、

「じゃ、じゃあ、一緒にコンビニまで買いに行こっか?」

「ホンマ? やったあ!」

春菜は顔をぱっと明るくして笑ったが、千夏の冷ややかな視線が桜子に移る。

「叔母さんも桜子(さあ)も、あんましこの子甘やかさんといてくれます?」

「ご、ごめん……」

怒られた桜子は首をすくめて……



 こういう時、当然のように助けを求める目を向けられ、遼太郎はため息をついて口を開いた。

「まあ、言い出したことだし、桜子、ハルちゃんと行ってやれ」

「うん……」

どうすべきか迷っていた桜子がホッとすると、遼太郎は続けて、

「それと、次からは先に千夏にお伺い立てた方がいいな」

「……ん、わかった」


「千夏も、それでいいかな」

「うん、まあ……」


 千夏がやや納得のいかないふうに、微かに頷いた。なるほど遼太郎の仲裁は妥当だが、結果的に春奈の我が通った形になる。



 そこは遼太郎もわかっていて、

「じゃあ、俺らは二人でゲームでもして待ってるか」

何げないふうに気に遣ったが、千夏は少し考え、首を振った。

「いや……ウチも行く」



 千夏がそう言うのを聞いて、

「ちいねえも来るん?」

「アンタのワガママやのに、桜子(さあ)だけ行かせられへんやろ」

春菜は一瞬ホワッと頬を緩めたが、すぐに素っ気ない口ぶりを作って、

「別に、ハルは桜子ちゃんと二人でええねんけどー」

姉のため息に憎まれ口を返しながら、ちらっちらっと顔色を窺っている。


 遼太郎が椅子から立ち上がり、尻ポケットに財布が入ってるのを確かめる。

「じゃ、みんなで行くか、散歩がてら」

春菜はニッと笑った。結局、みんな自分の思い通りにしてくれて、お姉ちゃんも怒ったみたいだったけど、春菜のことをもう許してくれた。いつもみたいに。

 妹はすっかり元気になって、いそいそと玄関へ走っていく。でも……



 姉の方は、いつもよりちょっと本気で、妹に腹を立てていた。




挿絵(By みてみん)

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