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79.元気娘のウラオモテ

挿絵(By みてみん)

【西からやって来た“夏”と“春”(6/12)】

 恐る恐る帰宅した遼太郎を、玄関で桜子・千夏・春菜がうなだれて迎えた。

「りょーにぃ……その、ゴメン……」

「ウチら、ちょっと調子乗り過ぎたわ。カンニンな?」

「怒ってへん、遼兄ちゃん……?」

殊勝な様子の“妹達”に遼太郎はホッとしつつ、コンビニの袋を差し出した。

「別に怒ったワケじゃないから。ほら、アイス買ってきた」


 わっと歓声が上がり、瞬く間にコンビニ袋がひったくられる。どうやら、嵐は過ぎ去ったらしい。今のところ、一旦は。



 しかし……



 その日の夕食は、おかーさんが腕を揮い、おとーさんも早めに帰宅し、テーブルの上も周りもいつにもまして賑やかである。


 足りない椅子は、桜子と遼太郎が部屋からそれぞれのデスクチェアを下ろしてきた。食卓にはちとチグハグだ。

「大阪弁の女の子って可愛いわねえ」

食事中、小鳥のさえずるようにしゃべる春菜に、おかーさんがおっとり微笑む。

「哲二の奴も、今やネイティブに大阪弁だからなあ」

お父さんが大皿の唐揚げに箸を伸ばしながら言った。

 これを聞いた千夏が、ちょっと意外そうな顔をする。

「そっか。お(とう)て、生まれ大阪やないんやな」


 哲二郎おじさんは大学を出て関西で就職し、そっちで結婚して家庭を持った。

 20年近く向こうで暮らすおじさんは、桜子達どころか娘から見ても、完全に“ナニワのオッサン”である。


「まあ、哲二は昔から語学が得意だったらなあ」

「大阪弁って語学力なの?」

「英語に、フランス語も少々話せたはずだぞ」

「似合わねえ!」


 遼太郎と桜子が目を丸くしたのも、失礼だが、あの熊みたいな叔父が「ボンソワール、マドモアゼル」とか言うの?

 わあ、似合わない。むしろ「ん~、セシボ~ン」って感じだ。


 そんなふうに、此花家の夕餉はお客を交えて和やかだった、けど……



 食事が終わると、また春菜が無邪気に桜子に迫った。

「桜子ちゃーん、一緒にお風呂は入れへん?」

「うえっ?」

突然のお誘いに、桜子が困惑する。

 すると遼太郎が先手を打つ前に、千夏はニヤッと笑って、

「ほな、遼ちゃんはウチと入るぅ?」

「言うと思った」

「期待してたん?」

「バカを言え」

苦い顔をする遼太郎に、千夏がしなを作ってウインクする。


 黙っていないのは妹組だ。

「えー?! じゃあハルが遼兄ちゃんと入る!」

「ダ、ダメだよ!」

屈託なく挙手した春菜に、桜子が真っ赤な顔して叫び、遼太郎を振り向く。

「だったら、あたしがお兄ちゃんと……」

「ダメだっての」

「じゃあ、ウチが!」

春菜に続いて千夏がビシッと手を上げ、

「じゃあ、ハルが!」

桜子もおずおずプチョヘンザ。

「じゃあ、あたしが……」


 そこへ台所から、

「じゃあ、お母さんが」

「「「どうぞ、どうぞ!」」」

「ヤダよ。参戦すんなよ」


 本気でイヤそうにする遼太郎から、女四人の視線がリビングに向けられた。食後の湯呑を取り上げていた父・照一郎が、それに気づき、しばし躊躇してから、

「じゃ……じゃあ、私が?」

「「「「どうぞ、どうぞ!」」」」

「いや、父さん、無理すんな」

「う、うむ……」

「赤くなるな、親父……」

照れるイケオジに、息子が呆れ、女衆が涌く。


 結局、「じゃあ、もういっそ四人で入ろか」という千夏を遼太郎がグーパンで沈め、桜子と春菜、千夏、当然遼太郎は一人で風呂に入った。

(四人……まあ、うん……)

正直、多少は心が揺れたのを、遼太郎は否定できないし、誰も非難できない。



 そんなこんなで兄妹と従姉妹は、主に遼太郎の犠牲の上で、久しぶりの楽しい時間を過ごしている。けれど、桜子と遼太郎が気になるのが……


(ねえ、お兄ちゃん……チナちゃんとハルちゃんさ……)


 桜子と遼太郎が小声で言い交わす。春菜は桜子達にうるさいくらい話し掛け、千夏も軽口を叩くけど、心なし二人の間に言葉が少ないように思う。

(うん……やっぱまだちょっと、昼のこと引きずってんのかな)

千夏にすれば、ほんの僅かに遼太郎(おにいちゃん)の前で気を緩めるのを、妹が邪魔をした形だ。それが少し、わだかまりを残しているのかもしれない。




 **********


「ええ? エエのん、自分の部屋にウチを独りきりにして?」



 部屋に通した千夏が、ワルい顔で遼太郎を見る。春菜は桜子の部屋で寝ることになっているが、遼太郎と千夏が同室というわけにもいかない。

 そこで遼太郎は千夏に部屋を明け渡し、自分はリビングに布団を敷く段取りになっていた。

「テッテー的に漁り倒すで?」

「ヤメろ。廊下で寝かせんぞ」

「例えば、こんなベッドの下にアヤシイもんがっ!」

「ああっ?!」


 ベッドに向かってヘッドスライディングする千夏に、後ろからついて来ていた桜子が思わず叫んだ。桜子はまさにその場所から、エッチな漫画(アヤシイもの)を発見したことがあるのだ。

 が、遼太郎は落ち着き払って、 

「ねえわ。よしんば持ってても、お前を部屋を入れるのに残しておくか」

「信用あらへんなあ」

「どの口が言う」


 実際、周到な遼太郎は二日前、その手のモノ(・・・・・・)をビニール袋に二重に収め、ナップサックに入れて、何と櫻岡神社の稲荷堂の下に押し込んでいた。

 “思い出の場所”がまさかそんなふうに(けが)されてるとは、桜子は夢にも思わない。



 ケラケラと笑う千夏は、もういつもの千夏に戻っているように見える。内心のところは、わからないけれど。

「まあ、その手のもんは出てこないけど、大事なもんはあるからな。あんまり漁るのはカンベンしてくれ」

遼太郎は棚のフィギュアやコミックなどコレクションを、不安げに眺めた。

「安心し。冗談言うたけど、ウチは人の大事なもんに勝手に触ってええか悪いかくらいは、ちゃんとわかってる」


 そう笑って口にした言葉の含みが、桜子と春奈には伝わらなかったけど、どこへ向けられているものか遼太郎には感じられた。



 遼太郎が見つめると、千夏はすっと視線を逸らした。遼太郎はそのことについては触れずに、

「そっか。じゃ、千夏を信用して、俺は下で寝るわ」

「遼ちゃん……」

遼太郎に戻す千夏の目には、また悪戯っぽい光があった。


「2時くらいまでやったら、ウチ、待ってるから」

「うん、寝てくれていいから」

「お兄ちゃん、こっちの部屋に来るんだったら、あたし寝ててもおか……起こしていいからね?」

「お前、今どエライ言い間違いしかけなかった?」

「ハルは……えーと……よくわからないけど、待ってる!」

「うん、いい子だから早く寝よう」


 またも騒ぎ出す”妹達“に、遼太郎はさっさと逃げ出すことに決めた。

「つうか、お前らこそリビングに来るなよ?」

「遼ちゃん……それ、またダチョウ倶楽部?」

「絶対押すなよ的な?」


「マジでもう休ませて……」




 **********


 リビングに下りた遼太郎は、既にテーブルを端に寄せて敷いてある布団にどさりと身を投げた。ソファでニュースを見ていた父さんが、

「もう寝るのか? テレビ、消した方がいいかな?」

「テレビ点いてても、電気点いてても、今日は寝れそう……」

「ゴメンね、遼ちゃん。朝もうるさくて目が覚めるかもしれないけど」

「大丈夫……二階のが百倍うるさい……」

遼太郎はぐったり疲れていた。

 いつもからして桜子に振り回され加減のところ、今日一日は三人掛かりでブン回された具合だ。


 そんな遼太郎に、父さんはのん気に、

「しかし、“娘”が三人もいると華やかでいいもんだなあ」

「それ、哲二郎おじさんの前で言える?」

布団から横目で見上げた遼太郎に、父さんは眉根を寄せた。この前会った時、娘達の間で大柄な体躯を縮めていた弟を思い出す。

「……父さんは、お前が息子で良かったよ」

自分はあの立場はご免だな、と照一郎は思った。



 と、ようやく平穏のひと時を迎えたと思った遼太郎の耳に、ドタドタと階段を下りてくる足音が届く。遼太郎の頬が露骨にひきつる。

 春菜を先頭に、千夏、桜子がリビングに雪崩れ込んできた。

「遼兄ちゃん!」「遼ちゃん!」

「何しにきた……?」

桜子を見ると、多少は申し訳なさそうに首をすくめる。

「遼兄ちゃんに『おやすみ』言うてなかった!」

「ああ、そう……おやすみ……これでいい?」

そう言った遼太郎に、ぽーんと全幅の信頼で春菜が飛びついた。


 慌てて受け止めた遼太郎の頬に、小さな唇が押しつけられる。

「な……?」

と、驚く間もなく、反対側で千夏が腰を折り、チュと音を立てる。

「おやすみのチューやー! 遼兄ちゃん!」

「こらエエ夢見られるなあ、遼ちゃん。て、ヤラシイ夢見たアカンでえ?」

無邪気な笑顔の春菜、千夏は小悪魔のように笑って、振り返る。

「ほら、桜子(さあ)も」



 遼太郎がギクッとすると、桜子が胸の前で指を組んで顔を赤くしている。

「いや、お前はいいだろ……」

思わずそう言ったのが、逆効果だった。

 桜子はムッとした表情になり、ずんずんと遼太郎に迫り、布団の上に膝をつく。

「何、桜子はいいって?! 桜子もするもん!」


 そう言って、頬に押し当てられる妹のチュー。

「きゃー!」

「イエー!」

騒ぐ従姉妹達。いや、ホントもう寝かしてくれ。



 ゲンナリしていると、桜子は火照って目を回しつつ、遼太郎を睨む。

「み、みんながしろって言ったからしただけで、別にお兄ちゃんにチューしたかったワケじゃないからねっ!」

「いや、いらねえよ、妹のツンデレ……」

その言葉が、更なる逆効果を招く。


 桜子の顔に、遼太郎も知っている“ヤバイ表情”が浮かぶ。桜子は遼太郎の頭をがしっとつかむと、再び口を頬に近づけて……ベロッ。

「この味は! ウソをついてる『味』だぜ……」

「うあっ?! お前、マジで何考えてんだ!」

たぶん、何も考えていない。今の桜子は近接自動操縦(イモートコントロール)型スタンドだ。



 千夏と春奈はまたキャーキャー言ってから、

「なあ、オッちゃん。オッちゃんにもしよか、おやすみのチュー?」

「遠慮せんでもええで、オッちゃん」

不意におとーさんに矛先を変えた。照一郎は虚を突かれ、

「い、いや……オッちゃんは、いい……」

思わず腰を浮かせて、姪っ子達に笑われる。息子と娘は各々にフリーズしている。



「ほな、おやすみなー」


 騒々しく千夏と春奈が退散する後ろで、遼太郎と桜子の視線がしばし絡み合う。二人の頭にあるのは、二人で留守番したあの時、こっそりお酒を飲み、酔って、“おやすみのチュー”と称して口と口でキスをしたことだった。


 けれどお互いに、お互いが、酔って覚えていないと思っているから、視線はそっと解けた。それは良太郎と桜子の間の、互いに自分だけのものだと思っている秘密なのだった。



 夜分の嵐が過ぎ去って、リビングには父と息子が残される。

「……モテモテだな、遼太郎」

「“娘”が三人もいると華やか?」

「いや……うむ……」

照一郎が唸った。どうやら、両手に余る花は、傍から見るほどいいものでもないようだ。


 ほどなく父さんも母さんもリビングを引き払い、遼太郎は独り、我が家ながらあまり見慣れない天井を見つめている。

(ひと晩寝て、元に戻ってりゃいいけど……)

ぼんやり考えるのは、千夏と春奈の間のギクシャクとした空気だ。


 やがて遼太郎は目を閉じ、夢も見ない眠りに落ちていった。



 遼太郎の懸念が的中するのは、明けて次の日のことだった。




挿絵(By みてみん)

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