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74.此花家家系図

挿絵(By みてみん)

【西からやって来た“夏”と“春”(1/12)】

 縁日の夜のことを思い出すと、桜子は何度もベッドに突っ伏して足をバタバタしてしまう。

「うっせえ!」 ドン!

「うひゃあ?!」

とうとう隣室の遼太郎から壁ドンされた。少女漫画的な意味では、されたことがあったけど。


(だって……だってさあ///)


 遼太郎と二人きりで、手を繋いで、夏祭りの花火を見た。思い出の場所だった稲荷堂裏の小さな空き地を、二人の秘密の場所のまま思い出の中に残して、春になったら桜を見に来る約束した。



 サナとチー、遼太郎の旧友のオニーサン・オネーサン達、当のお兄ちゃんにだってすっげえ迷惑を掛けてしまったけど、桜子は幸せだった。

(反省はしている。後悔はしていない)

愛されてる、と感じた。二人の距離が、これまでよりもっと近づいた。あの時繋いだ手は、きっと今も離れていない。もうほんのちょっと手を伸ばせば、遼太郎に届くんじゃないかとさえ思えた。

(と、届いちゃったらどうすんのさ?! ひゃああああっ!)


「うっせえって!」 ドン!


 笑い混じりの怒鳴り声が飛んできて、桜子はベッドの上でビクリと跳ねた。知らない内にまた、バタ足金魚になっていたらしい。



 隣から笑い混じりの「ごめーん」が返ってきて、遼太郎も苦笑する。


 遼太郎の胸にも、桜子と同じ思いがある。祭りの夜あの場所で、振り返った桜子に幼い頃の面影を見て、遼太郎は桜子が自分にとってどれだけ大切な存在か、改めて確かめられた。

 ただ、一点で桜子と遼太郎の思いに、大きなズレがある。



 遼太郎が桜子を大事に思う、それは兄として“妹”を、だ。桜子を必死に探し回り、見つけた時、遼太郎の胸に迫ったのは、

「何かあったら、俺が“妹”(さくらこ)を守らないと……」

という責任感だった。あの夜、桜子の様子はどこかおかしかった。それも保護者的な感情を強くする。

 つまり遼太郎が桜子を大切に思うほど、むしろ恋愛感情とは真逆の方向へと遠ざかる。当然だが、遼太郎は桜子を“異性”としては見ていない。妹が自分に恋愛感情を持ってるとは夢にも思わない。


 そりゃあ、桜子はことあるごとに、暗にも直球でも、思わせぶりな態度を仕掛けてくる。しかし遼太郎は、生意気な妹がモテない兄をからかっているのだ、と解釈している。


 そんな、ズレ。



 遼太郎は善良なシスコンの道を歩んでいる。それはそれでどうだとも思われる。桜子は邪悪なブラコンである。片や健全、片や不適切な関係を目指している。だから二人の行く道はどこまでも平行線で、交わらない。


 交わっちゃったら(・・・・・・・・)レイティング上がるし。


 ともあれ血の繋がりは、桜子と遼太郎を強く結びつけている一方で、恋愛的には最大の壁でもある。

 今のままでは、桜子の望む未来はけっして訪れない。さりとてこの世に血の繋がりを断つ方法なんてない。さて……



 そんな二人の下に遠く西の方から二人、血縁をたどってやって来る。




 **********


「そうそう。哲二から連絡があってなあ」


 晩酌をしていた父・照一郎がふと思い出したようにそう言った。夏休みに入ってから、おとーさんの一人遅い夕食タイムに、子ども達がよくリビングにいてくつろいでいる。父は口には出さずとも、悪い気はしていない。


 此花家は一般的に見て、子ども達の歳の割に家族仲が近い。ところで……



 “遼太郎”という名は父方に因んでいて、慣習というほど大仰な話ではないが、此花家の男には“〇〇郎”と名付けることが多い(例:黙れドン太郎)。

 “桜子”は母の桃恵に合わせ、名に“花”が入る。苗字も“花”だからでもないだろうが、母娘ともに華のある性格で、基本物静かな男性陣は自ずと受け太刀にならざるを得ない。そして……


 父の言う“哲二”とは“哲二郎”、桜子達が“大阪の哲二郎おじさん”と呼んでいる照一郎の弟のことである。



 おつまみの炙った味醂干しをテーブルに出して、

「あら、哲二さんから?」

おかーさんが話の続きを促した。

「うむ。この前の時、春菜ちゃんが桜子達に会いたがっていたろう」

おとーさんが干物に手を伸ばし、ベタッと味醂が熱かったようで、慌てて引っ込めた指を擦り合わせた。

 “春菜ちゃん”とは哲二郎おじさんのとこの末っ子、確か小学校四年になる、桜子と遼太郎の従妹の女の子だ。


 夏休み前、おとーさんとおかーさんは夫婦で、親戚の法事で四国へ行った。その際、哲二郎おじさんの招きで大阪を訪ねている。桜子と遼太郎が二人きりでどう過ごしていたかは、【ふたりぼっちのお留守番】の章に詳しい。



 おとーさんはようやく味醂干しをつまみ上げるのに成功し、ひと口かじって、話を続けた。

「それで、夏休み中にこっちに来たいって言っているらしくてね。春菜ちゃんと千夏ちゃんの二人なんだが、みんなの都合はどうだろう?」


 ここで少し親戚関係を整理すると、哲二郎おじさんには三姉妹の娘がいる。結婚はおとーさんより弟のおじさんの方が早くて、従姉妹達と順に並ぶと、向こうの長女の美雪が高校三年、遼太郎が高二で、次女の千夏がひとつ下の高一。桜子が中二で、最後が少し離れて小学四年生の末っ子、春菜だ。


 イトコの中では、遼太郎が唯一の男ということになる。



 姪っ子達は自分の身内だが、もてなすのは妻で相手をするのは子ども達。こういう場合に勝手な安請け合いをしないのが、おとーさんの性格で、いいところだ。

「美雪ちゃんは来ないの?」

おかーさんがそう言うと、

「美雪ちゃんは大学受験だからねえ。今回は千夏ちゃんと春奈ちゃんだけ頼みたいと言ってきている」

おかーさんは首を傾げた。

「どこにお布団敷こうかしら」

既に決定事項で進んでいる。これがおかーさんの性格で、いいところだ。


 おとーさんはリビングの遼太郎と桜子に話を向けて、

「お前達も、千夏ちゃん達が遊びに来てかまわないか?」

「じゃあ、ハルちゃんとはあたしが寝るよ」

桜子の中でも、二人が来ることは決まっている。やはり母と娘は似ている。



 桜子と遼太郎が従姉妹達に会うのは、いつ以来か。


 昔は夏休みなどに行き来があった覚えがあるけど、今では冠婚葬祭でもないとそう顔を合わせない。今回の法事も参列したのは親達だけだったから、

(お兄ちゃんが中学生になってからは、会ってないことになるのか)

桜子は記憶の中にある、従姉妹達の顔を思い浮かべた。


 一番年上の美雪お姉ちゃんはおっとりと女の子女の子していて、よく遊んでいたのは遼太郎と千夏と桜子の三人だった。小さい春菜が、そこへ仲間に加えてもらっているという形だ。


関西(こっち)ではなー、こういう子、“ごまめ”()うんやで」


 千夏がニッと笑ってそう言っていたのを、桜子を思い出す。遊びの輪の中で特別扱いしてもらう小さい子、といった意味だったと思う。



 記憶の中で笑う千夏は、真っ黒に日焼けした、女の子か男の子かわからないような少女だった。さすがにもう高校生ともなれば、

(チナちゃんも、変わってるとは思うけど……)

桜子の目に浮かぶのは、走れば年上で男の子の遼太郎も追いつけない、あの頃の千夏の姿だった。

 不思議なもので、千夏を“チナちゃん”と呼び、自分が“さあちゃん”とか“さあ”と呼ばれていたことも、糸で引っ張るようにするすると思い出された。


 ちょっと“サナとチー”に紛らわしいかな、と桜子は微笑んだ。



 遼太郎も従妹が遊びに来ることに異存はないらしく、

「じゃあ、高校生同士、千夏とは俺が一緒に寝るかな」

しれっと軽口を叩く。桜子はギョッとして、


「ダ、ダメだよ! だって、お兄ちゃん、朝は“悪魔将軍”が……」

「冗談! 冗談に決まっているだろ!」


 妹が親の前であらぬことを口走りかけ、遼太郎は慌てて遮った。桜子の言う“悪魔将軍”が何を指すかは、【ふたりぼっちのお留守番】のお話に(以下略)。



 こうして家族の間、おとーさんと哲二おじさんの間で話はとんとん拍子にまとまって、8月に入るとすぐに……


 西の方から“夏”と“春”、二人の従姉妹がやって来た。


挿絵(By みてみん)

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