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70.DKJK

挿絵(By みてみん)

【桜咲くあの場所で(4/7)】

 櫻岡神社に近づくにつれ、人通りが多くなり、桜子は自分の頬の赤みが増していくのを感じていた。

(りょーにぃーと繋がったままこんな街中歩くなんて、頭がフットーしそうだよおっっ///)

手のことですよ、手。


「お兄ちゃん、そろそろ手ぇ離そっか。友達とかとも会うし///」

「ん、そうか?」


 桜子が言うと、遼太郎はあっさりとつないだ手を離した。桜子はすごく名残惜しかったが、遼太郎は何でもないらしい。別にいいですよー、片思い(アクセラレータ)は慣れっこですから。



 遼太郎は桜子に歩調を合わせ、前を向いたまま言った。

「指輪、小指に着けてんだな」

「ふふっ、めっちゃユルユル」

桜子の上げた右手の小指のと同じデザインの、中央にアワビ貝殻(アバロンシェル)のラインの走るタングステンリングが、遼太郎の右薬指にもはまっている。

「もう二度と薬指には着けらんないよ。て言うか、お兄ちゃんも着けてきたんだ」

「折角だからちっとはお洒落してこうと思ってな。けど……」

桜子と遼太郎は顔を見合わせ、苦笑いをした。


「これ、人に見られたら死ぬね、りょーにぃ」

「ああ。死ぬな」


 兄妹でお揃いのリングとか。けれど……二人とも、外してしまうことはしなかった。



 やがて、遠く祭囃子が二人の耳に届き始めた。




 **********


 櫻岡神社は石段にもずらりと提灯が並んで、祭りの夜らしく、何もかもを赤く染めていた。考えることはみな同じで、石段下は待ち合わせの人込みでごった返している。


 約束にはまだ早く、サナとチーは来ていないようだった。



 と、がやがやとした人混みの中から、

「おーい、りょーちん!」

「おおー! 門真(モンマ)鶴見(ツルケン)! 関目(まーちん)、久しぶり!」

三人の高校生が手を振りながら抜け出て来るのを、遼太郎が迎えた。


 遼太郎がモンマとあだ名で呼んだ男の子は、

「何々? りょーちん、高校行ってめっちゃカッコ良くなってんじゃん」

「お前はあんま変わんねーな」

「言うよねー」

笑いながらパァンと遼太郎の肩をぶっ叩いた。桜子はギョッとしたが、遼太郎は平気な顔をしている。これが男子高校生ノリというやつなのだろうか。



 まーちんと呼ばれたがっしりした感じの高校生が、後ろで立っている桜子に気づき、首を落とすようにしてじっと顔を覗き込んできた。

「ん、もしかしてりょーちんの妹ちゃん?」

「え、あ、はい!」

桜子が戸惑っていると遼太郎が振り向き、

「関目、覚えてないかな。時々家に遊びに来てた奴だけど」


 桜子は目を細めて、まーちんさんの顔を見返した。

「……遊戯王カードいっぱい持って来る人?」

桜子の言葉に遼太郎達がドッと沸いた。

「そいつ、そいつ。まーちんと言えば遊戯王」

「遊戯王で覚えられてるw」

「うるせえな。言っとくが、俺は現役だぞ」

「まだやってんのかよデュエリストwww」

盛大に草を生やして盛り上がる。


(そっか……久しぶりでも、会えば“友達”なんだ)


 顔を合わせるなり小学生男子に戻った四人を見て、桜子は何だか少し嬉しい気持ちになった。 



 とは言え……

「つーか、すっげえ可愛くなったよねー、妹ちゃん」

「彼氏いんの、彼氏?」

「ふえっ?! あ、いや、その……」

「カーワーウィー! りょーちん、妹ちゃんカーワーウィー!」

男子高校生ノリのグイグイッぷりが、柴島君の比ですらなく、桜子はタジタジになる。

 頼りの遼太郎も、

「うるせえわ。あんまし人の妹イジんな」

それほど真面目に守ってくんない。男友達といる遼太郎からは、桜子が今まで知らなかった一面が覗いていた。


(サナ、チー、早く来てー……///)


 桜子は落ち着かない気分で、心の中で助けを求める。そこへ……



「あれえ! モンマ達じゃない?」



 黄色い声がして、浴衣姿の女子高生が二人、遼太郎達に近づいて来た。

「お、枚方(ひらかた)上牧(かんまき)?」

「変わんねえな、お前らも」

「シツレーな、変わっただろー! こちとら天下無敵のJKだぞ!」

そう言ってケラケラと笑う。二人も遼太郎の同窓生のようだった。

 そう派手な子達ではなく、ばっちりメイクを決めていても子どもっぽさが残る顔立ちだったが、中学生の桜子にはものすごくオトナに見えた。


 天下無敵を標榜するだけあって、女の子達はパワフルに遼太郎達に合流した。気圧された桜子は、何となく輪から押し出されたようになる。

 と、上牧という子の方が遼太郎をまじまじと見て、大きく目を見開いた。

「って、え? もしかして此花?」

「おう、久しぶり」

遼太郎が指輪を着けた手を上げると、二人がギャーっと叫んだ。


「ウソだあー! 此花が超絶進化してるぅー!」

「あはは、此花がイケメソだー! 超ウケる!」


 お兄ちゃんが、指差されて爆笑されている。これに関しては、桜子も笑う気持ちはわからないでもない。

(でも、それ(・・)、あたしの“作品”なんだけどな……)



 年上のオネーサン二人が現れてから、桜子はオニーサンに囲まれていた時以上に落ち着かない気分だった。

(……何だよー……)

オネーサンが来て、オニーサン達はともかく、りょーにぃまで桜子のことを忘れてしまったようだ。


(そりゃあ、二人とも、あたしよりキレイでオトナっぽいけど……)


 オネーサン達は浴衣の着こなしもギャル風で、おかーさんにキチッと着付けてもらった自分よりお洒落に、桜子の目には映った。それに、遼太郎と並んでいても自然だ。

 遼太郎が同年の女の子といるところを目の当たりにすると、どうしたって自分が横に並んでも、“お兄ちゃんと妹”にしか見えないことを痛感する。


 実際、“お兄ちゃんと妹”なんだけど……



 何だか祭囃子が遠のいたような気がして、寂しい気持ちになる桜子の肩が、ポンと叩かれた。

「早いな、桜子。待った?」

「お待たせー。お、やっぱ桜子と言えば桜色だな」


 サナとチーだった。




 **********


 桜子の浴衣の色に触れたサナとチーも、バッチリ浴衣姿だった。


 サナは裾に白抜きの麻の葉柄をあしらった、深緑の浴衣。帯は鬱金色を締めている。総じて町娘という印象で、スレンダーでショートカットのサナに凛としてよく似合っている。

 チーの方は白地に黄色の七宝柄の間に金魚の泳ぐデザインで、帯は萌黄。トレードマークの二つ括りを、今夜は縮緬ゴムでまとめている。シトラスを思わせるフレッシュな色合わせで、チーの可愛らしさを引き立てていた。



 二人と会って、桜子は寂しかった気持ちを忘れて笑った。

「いーじゃん、サナ。すっごく似合ってるよ」

「いやあ……アタシはやっぱ苦手だな、こんな格好。動きにくくて」

桜子に言われ、サナは照れ臭そうに頬を掻いた。

「アタシは別に普段着か、せめて甚平でいいったんだけど、お(かあ)がどーしても浴衣着ろってうるさくてさ。似合わねえってんのにさ」

サナはどうしても、この女の子っぽい恰好に言い訳が要るようだ。


「歩きにくくてしょーがねえよ」

「サナってば、そんなこと言ってさ」


 チーがクスクス笑いながら、サナの足元を指差した。

「結局、ビルケンシュトック履いてきてやんの」

「そんなポックリ履いて、まともに歩けねーよ、アタシは」

浴衣の裾を割ってひょいとサナが足を上げる。和装にコルクと革のサンダルはミスマッチでいて、意外としっくり可愛らしい。しかし当のサナは、

「アタシはチカみたく、可愛いのは着らんないな」

肩をすくめてそう言った。



 チーは浴衣の両袖を上げ、片足を軽く曲げてポーズを取る。

「そりゃあ、サナ。やっぱカワイイと言えばチーちゃんでしょ」

「よく言うぜ」

「金魚がいいよね」

桜子に浴衣の柄を褒められ、チーはニッと笑った。


「ちょっと子どもっぽいのはわかってるけど、私は己を知っているからね。背が伸びねえ、だから背伸びもしねえ。カワイイ路線こそ私の正義なの」


 桜子とサナの手が伸びて、チーの頭をナデナデした。

「自分の強みがわかってるのは、やっぱ強いなあ」

「チー、ロリキュート」

「いや、ロリ言うな」



 きゃっきゃっと互いに褒め合って、不意にサナとチーが声を落とした。

「桜子、遼太郎兄と来たんだな」

「うん。でもお兄ちゃんは、小中の友達と久々に会うからって」

「なるほど……で、アレは桜子的にはいいんか?」

チーがチラッと横目にしたのは、男女5人になってワイワイ話している遼太郎達の様子だ。

「それは……お兄ちゃんだって女友達くらいいるだろうし……」

桜子が口ごもり、サナとチーが複雑な顔をした。



 本当は、いいワケなんてなかった。


 遼太郎が他の、それも自分よりオトナでキレイに思える同年代の女の子と親しくしている姿に、桜子は気が気じゃない。

 けれど、兄の交友関係に口を挟む筋合いもまた、ない。カノジョであればいざ知らず、桜子は“ただの妹”なのだ。誰と遊ぼうと遼太郎が妹に断る必要もなければ、そもそも桜子が気にするとも思っていない。


 桜子が切なさ乱れ撃ちを持て余している、と……

「じゃあさ、此花達、ワタシらと一緒に回らね?」

JKの一人がそう言って、胸の内でドクンと鼓動が跳ね上がった。サナ達が両側から、ぎゅっと桜子の手を取った。



 遼太郎がまーちんやツルケンを見ると、仲間達はニヤリと頷いた。遼太郎は中指でくいっと眼鏡を押し上げ、そして……


「悪ィ、上牧。今日男子会なんだよ」


 遼太郎がそう言うと、男子達も、

「そーそー。久々に積もる話もあるってか、男同士の友情を確かめ合うってか」

「だから、イケメンりょーちんはアタイらのモンなんさー」

中でも男臭い感じのまーちんさんが、妙な声色で遼太郎をハグすると、遼太郎もすかさずガシッと抱き返し、それはそれで桜子を仰け反らせる。



 体よく断られた女子二人は、顔を見合わせ……ぶふーっと吹き出した。

「男の友情wwこいつら小学生のまんまかwww」

「超ウケる。此花とか、すっごいカッコ良くなったけど、マジ中身まんまだねー。いひひ、お前らモテねーだろー?」

「うっせぇわ」

枚方さんが遼太郎の腕を、ぱっしんぱっしん叩いて笑っている。遼太郎も鼻の下を擦りながら笑っている。


「じゃあさ、後でまた会ったら、みんなで花火観ようか」

「OK、ウチらはそれで全然いいよー」


「桜子、良かったな」

「……ん」



 サナがぐっと手を握ってきて、桜子も強く握り返した。

「お兄ちゃん。あたし達、行くねー」


 桜子が声を掛けると、遼太郎が振り返って軽く手を上げた。

「おう、じゃあな。帰りは別々(バラ)でいいか?」

「うん、大丈夫だよ。途中までチー達と一緒だし」

サナとチーが手を振ると、遼太郎が頷いた。

「じゃーねー、妹ちゃん」

「おー、妹ちゃん、友達もカワーウィーねー!」

男子高校生ノリが飛んできて、サナとチーもさすがに面食らっている。



 と、上牧という子がつかつかと近づいて来て、桜子達をジロッと見た。

「何、此花の妹? どの子?」

振り返って訊かれた遼太郎が、

「その、ピンクの浴衣の。その二人は妹の友達で……」

もう一人の枚方さんも来て、桜子達はビビりながら身を寄せ合う。JK二人は居丈高な視線で桜子達をジロジロ見回していたが……


「マジでー?! めっちゃ可愛いー!」

「二人、友達? 三人ともカワイー! 浴衣の中学生マジ萌えー!」

「うええっ?!」

「え……あ……うわあ?」



 アッと思う間もなく、桜子とチーは枚方さんに、サナは上牧さんに抱きすくめられてアワワワともがいていた。

「超カーワーイーイー! 妹ちゃーん、お姉さん達、お兄ちゃんにフラレちゃったから一緒に回ろー! 慰めてー!」

「ふえええ?!」

「此花あ、お前、こんだけカワイイ妹とその友達いりゃ、そりゃちっとやそっとじゃ靡かねーわなー」

「いや、そういうワケでは」


 女子から揶揄され逃げ腰の遼太郎に、

「そうかあ……いや、りょーちん、昔から妹ちゃんにめっちゃ優しかったしな」

「シスコンにロリコン併発してんのか……お巡りさーん!」

「おい、ヤメろ」

男子からの追撃が入る。JKの押しにわやくちゃにされつつ、桜子達は、いつも弁が立ってクールな遼太郎の劣勢が面白い。



「妹ちゃん達、写メ撮っていい、写メ!?」

「え、あ、はいっ」

「お姉さん達と一緒に取るよ、イチ足すイチはあ!」

「に、にぃ?」


 がばあっと肩を抱かれ、桜子とサナとチーは、ひきつった笑顔で女子高生と同じフレームに収まる。

「あ、俺らも俺らも!」

「おーし、来い来いっ」

「妹ちゃん達も笑ってえ!」

「は、はいっ!」

遼太郎と桜子を中心に、賑やかな集合写真が撮られた。

「妹ちゃん、写メ送るからライン交換しよー」

「うあ、はいっ」


 桜子はもう、「はい」しか言えてない。




 **********


「じゃあーなー!」


 男子高校生達に手を振られ、桜子達は石段に足を掛ける。

「……何か、すげえパワーだな」

「JK恐るべし。私らも二年後には、あんなんなれるんかな?」

サナがぐったり焦燥し、さすがの肉食系小動物も圧倒されている。


 そのJK二人は、遼太郎達を離れ、桜子達と一緒に石段を上る。

「ゴメンねー、妹ちゃん。無理矢理写メまで撮らせちゃって」

「いえ、ちょっとビックリしたけど、楽しかったです」

上牧さんがぱしっと両手を合わせ、桜子は微笑んだ。ちょっと敵愾心を燃やしたのが申し訳なくなるくらい、オネーサン達はいい人達だった。



 上牧さんはふふっと笑って、桜子と、隣の枚方さんを交互に見た。

「ははっ、強引だったけどさあ、あの写真撮りたくてさー」

「???」

きょとんとする桜子に、枚方さんが慌てたようにそっぽを向く。

「こっちのオネーサンさ、実は中学生の時、此花のことが……」

「や、ちょ、黙れし!」

ニヤッニヤしてる上牧さんを、枚方さんが羽交い絞めにした。


「あー……」

「ちょ、ヤメて、妹ちゃん……いや、言わないでよ?」


 キレイでオトナのお姉さんが、額から湯気が上がるような顔をしていて、桜子は何だか親近感が涌いて嬉しくなった。

「りょーにぃは、残念な鈍感ですから。兄に代わって申し訳ないです」

「それな……マジそれな」

枚方さんが笑い、桜子も笑い返す。この人も、自分と同じ思いをしてたんだな、と思うと、恋敵というより戦友のように思える。


「もー、昔の話だからね? ああ、もう何か、妹ちゃんの前とか恥ずかしー。焦ってハラ減るわ。焼きそば食べない? 奢ったげるぜ」

「マジすかー、姉貴―!」

波長が合うのか、チーがJKに既に馴染んでいる。

「マジだぜえ! ♪あー、焼きそば食いてえな、濃!厚!濃!厚!」

「♪おはよーおっっ!」

馴染み過ぎている。



 桜子は石段下を肩越しに振り返り、男同士で盛り上がってるだろう遼太郎に呆れた思いを投げ落とす。

(やっぱ、お兄ちゃんのカッコ良さに気づく人、いるんだな)

枚方さんが言った「一緒に回らね?」がどれだけ決死の思いだったか、桜子にはよくわかる。そんなの遼太郎が察するワケがないのも、よくわかる。

 ああ、残念なイケメン。りょーにぃはホント、残念なイケメン。

(これだけ女をダメにする、男がはたしているかしら……)

なんて、おかーさんがカラオケで歌ってた、昭和の歌謡曲。


 ♪あなたひと言、言わせてよ。罪作り、罪作り――……


 けど桜子達はオネーサン達と焼きそばを食べて、わっと笑って、これを平成のヒットソングで迎え撃つ。それも、桜子には既に懐メロなのだけど。


 ♪想い出はいつもキレイだけど、それだけじゃお腹が空くわ――……



 昔の片思いも、今の禁断の恋も、ソースとマヨネーズをぶっ掛けちまえ。この幻想の夜は、それが赦される。さあ、お祭りが始まった。




挿絵(By みてみん)

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