表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/66

64.肉食系小動物VS陽キャ暴走車

挿絵(By みてみん)

【桜子、告白される(6/8)】

 東小橋君に倣い、桜子も身を低くした。東小橋君と違い、桜子はそれほど屈まなくても棚の陰に隠れてしまうが、こちらも柴島君の姿は見えていない。

「どうしよう?」

相手がどこにいるのかわからず、東小橋君の頬に口を寄せるように囁くと、

「狭い店の中でやり合うのは避けとうござる。見つかる前に抜け出そう」

事態は本当にステルスゲームの様相を呈してきた。



 しかしさすがの忍者も、透視チート(ウォールハック)は使えない。スマホを取り出して本棚に見立てると、

「柴島殿はおそらく通路を奥まで行こうから、我々はあちらが棚を曲がるタイミングで抜けるでござるよ」

画面の長辺と短辺を指でなぞる。桜子は神妙に頷く。

 東小橋君は通路のこちら側に桜子を促しつつ、

「或いは、後ろから隙を突いて首をひねる、という手もござる。桜子殿が『やれ』と仰せなら、色恋沙汰ともども、一挙に片をつけても良うござるが」

桜子は振り返った東小橋君を、じっと見ていたが……


「やれ」

「御意」


 即答した東小橋君に、桜子は慌てた。

「じょ、冗談だよ、アズマ君」

「いや、拙者も冗談にござるが」

「アズマ君、本当にやりそうな目をするから」

「やるか。拙者を何だとお思いか」

アズマ君は苦笑しつつ、棚の陰からカメラ起動したスマホをすっと差し出す。

「……曲がった。今にござる」

「何、その技……アズマ君、本当に忍者みたい」

目を見張る桜子に合図して、東小橋君は小太りに似合わない軽快さで、身を屈めたままレジ前を抜ける。


 脱出クエスト、無事コンプリートだ。



 同じ姿勢で続く桜子は、柴島君には見つからなかったが、店員さんや他のお客さんからは、さぞ怪しいアホの中学生に見えることだろうと思った。




 **********


 本屋の外で東小橋君が周りに目を配ると、斜向かいのドラッグストアから、チーとサナが手を振った。東小橋君はすっとそっちに駆け寄ると、

「フードコートに向かうでござる」

「わかった」

立ち止まらずに言い捨て、さっさと歩いて行く。


 桜子はちょっと足を止めて、

「今、アズマ君、本屋さんで柴島君を暗殺するとこだった」

「そ、そうか……」

サナを何とも言えない顔にして、東小橋君を追っ掛けて行った。


 チーとサナは二人が行ってしまうと、再びドラッグストア店内に戻って、

「……暗殺?」

「まあ、桜子の言うことだから」

こっちは本屋に残された柴島君を待つ。



 ところが、肝心の柴島君が本屋から出て来ない。

「まだ二人を探してんのかな?」

「トロくせーな、早くしろっての」

先に行った桜子達を見失われても、それはそれで予定が狂う。ヤキモキしたチーが棚から首を伸ばす、と……


「……都島?」


 間の悪いことに、本屋さんから出て来た柴島君と目が合ってしまった。



 これは頂けない。季節商品の棚の後ろでサナが「あちゃー」という顔をする。桜子達の前に、自分達が見つかってどーすんだ。


 柴島君の一瞬驚いた顔も、すぐ状況を察して、険しくなる。

「そこ、平野もいるだろ。何してんだよ、お前ら」

サナは首をすくめたが、チーは悪びれもせず店先に出て行った。

「ん? 仲良し二人組で買い物だけど? 女子的な?」

「ふざけんな。お前ら、俺のこと尾けてたんだろ?」

空とぼけたチーを、柴島君が睨んだ。

 が、それしきで怯む肉食系小動物ではない。

「尾けてた? そりゃどっかの誰かさんの方じゃないの?」

「は? どういう意味だよ?」

図星を突かれ、バツの悪さを隠そうと、柴島君が肩をそびやかす。


 普段は男勝りのサナだが、男子が強い態度に出ると、内心結構焦る。

(うわ……チカ、何で平気な顔してられんだ……?)

自分と比べてもちっこい友人は、頭ひとつ分違う柴島君にも負けていない……ようにサナには見える。

(いや、お前らが場外乱闘してもしょうがないだろ)

険悪に睨み合うチーと柴島君に、サナは途方に暮れて、桜子達の方へ目を向ける。と――……



「あ……“本命”」



 思わずそう言って、口を押さえる。サナの呟きを耳にして、チーと柴島君も振り返る。その視線の先には、桜子と東小橋君、そして向こうの方から歩いて来る高校生の男の子の姿があった。

「おー……」

それまで平静を保っていたチーも、頬をひきつらせた。柴島君は二人の様子に気勢をそがれ、困惑している。


思い掛けない登場は誰あろう、ある意味この状況の元凶とも言える、“桜子兄ちゃん”――……此花遼太郎その人であった。



 三人の見ている前で、遼太郎が桜子と東小橋君に声を掛けた。何やら話しているようだが、ここまで声は届かない。


 やがて東小橋君が桜子達から離れ、まっすぐこちらへ歩いて来る。


 一人戻って来た小橋君に、サナとチーが目を見交わす。桜子達が何を話し、どうしてアズマだけが引き返して来たのかわからないが、柴島君の前で余計なことを言われると困るし、さりとて自分達も下手なことが言えない。


 東小橋君は二人の心配をよそに、

「や、柴島殿」

当たり前のように手を振って、柴島君は更に毒気を抜かれた。

「東小橋……え、誰、あの人?」

困惑しながら当然の疑問を口にする。サナとチーはちょっと身を固くしたが、東小橋君はそれとなく二人に目配せして、さらりとこう言った。



「ああ、あれは、桜子殿の”近所のお兄さん“でござるよ」




 **********


「りょーにぃ?!」


 学生カバンを肩に掛け、目の前で立ち止まった高校生に、桜子は大声を出した。“りょーにぃ”さんと呼ばれた高校生は、桜子に二ッと笑って見せ、

「君がアズマ君?」

東小橋君にフレンドリーに話し掛ける。

「アズマ君、この人、あたしのお兄ちゃん」


見知らぬ相手に少し警戒を抱いていた東小橋君に、桜子が耳打ちした。

 これを聞くと東小橋君、逆に慌て、緊張してしまう。

「あ、その、僕は桜……此花さんのクラスメートの、東小橋といいます」

お兄さんの手前、桜子からさりげなく身を離す。


 と、桜子が驚愕して叫んだ。

「アズマ君がフツウにしゃべったあ?!」

「そりゃ普通にしゃべるよ、初対面の人の前じゃ。僕を何だと思ってるの?」

「“僕”とか言ってるし……」

東小橋君の“忍者”は素ではなく作り(キャラ)だ。クラスメートの女子のお兄さんの前で貫き通す度胸はない。しかし桜子はアズマ君の“ござる”に慣れ、違和感があり過ぎて逆に違和感がなくなって、普通に話される方が変な感じだった。



 桜子さん(・・)のお兄さんは、そんな二人を笑いながら見ていたが、

「桜子の兄の遼太郎だよ。よろしく。アズマ君のことは妹から聞いてる。根来衆なんだって? 伊賀甲賀を外す辺り、中学生らしくていいねー」

そう言うと、周りからはそれとわからないように、軽く頭を下げた。


「ごめんな、妹が妙なことに巻き込んだらしくて」


 なるほど、遼太郎殿は桜子殿の兄上に相応しく、漫画やアニメでいう知的クール先輩タイプの人だった。

(ううむ、眼鏡系の最上位クラスのようなお方だな)

同じ眼鏡系の東小橋君にとって遼太郎は、言わばスライムにとってのゴールデンスライムに位置する存在で、一発で好感を持てた。

 もしほんのちょっと前の“未改造””進化前”の遼太郎を見ていれば、東小橋君はより一層の親しみを抱いたに違いない。



 一方の桜子は、遼太郎を前にして、向こうに片思いされている男子、ここに彼氏のフリをしている男子というこの状況は、まさしく修羅場だ。

「て言うか、何でりょーにぃがここにいるのさ!」

赤くなって詰め寄ると、遼太郎はいつものクセで鼻の下を擦りつつ、

「それな。さっき駅を出たとこで、お前を見掛けてさ」

桜子を押し返した。


 電車通学の遼太郎、駅の改札を出たところで遠目に妹を見掛け、

「そしたら早苗ちゃん達二人も、離れて後から来るだろ。それでン?と思ってよく見ると怪しい男子が一人、間にいる……」

そこで遼太郎は少し笑って、東小橋君を見た。

「いや、二人か」

「これは手厳しい」

笑った東小橋君、僅かに口調が戻っている。

「あ、これはロクでもないことしでかしそうだなって、お兄ちゃん過保護だとは思ったけど、老婆心ながらついて来ちゃったってワケさ」

どうやら尾行は二重ではなく三重になっていたらしい。



 これを聞いた桜子、途端にふにゃっと頬が緩んだ。

「何だよー。お兄ちゃん、桜子が心配でついて来ちゃったのかー。どんだけ“妹大好き兄”なんだよう///」

嬉しそうに兄に絡む桜子が子どもっぽく、しかも自分を名前呼びして、東小橋君の目を丸くさせる。


 友達になって、案外天然なところがあるとは思うようになったが、それでも桜子殿のイメージは“落ち着いたしっかり者”。こんなふうにお兄ちゃんに甘々する妹キャラを見せられると、正直驚くし、萌える。

「桜子殿、お兄さんの前ではキャラ変わるね?」

「ふえっ?!」

アズマ君の指摘に、桜子は我に返った。ヤベえ、りょーにぃが来てくれて嬉しくなって、今めっちゃ素の“桜子(いもうと)”が出ていた。



 赤くなる桜子、面白がる東小橋君。あまりピンときていないのが、見た目は変わっても変わらない、遼太郎クオリティ。だが、しかし……

「もしかして自分達、その柴島君が後を尾けてるとこ押さえて、吊るし上げみたいに桜子のことを諦めさせようとかしてない?」

状況推理の方は大方で当たっていて、桜子と東小橋君が顔を見合わせた。

 遼太郎が小さくため息をついた。

「やっぱりか……うーん、それはどうかな? 余計に話がこじれそうだと、お兄さんは思うけど」

桜子と東小橋君がお互いを見る。そう言われてみると、柴島君を傷つけるばかりの作戦であるような気がしてくる。


 と、遼太郎が肩越しにチラッと振り返り、

「お、千佳ちゃん達が柴島君と接触したようだぞ」

桜子と東小橋君が見ると、チーと柴島君が胸を反らせて向かい合い、サナがおろおろとしている様子だった。



 東小橋君が「ヤバ……」と呟き、桜子がキッと遼太郎を振り向いた。

「遼太郎ッ! 君の意見を聞こうッ!」

「そうだな……」

遼太郎は桜子の小ボケを流して、少し考えてから訊いた。

「柴島君は小学校一緒?」

「ううん、別」

桜子の中学校、遼太郎にとっての母校には、校区に四つの小学校がある。

「なら、バレないか……」

遼太郎は独りで納得したように頷いて……


「桜子、“俺”ってことにしよう」


 桜子がきょとんと首を傾げた。

「何が?」

「お前が“好きな人”」

桜子は目をぱちくりして、遼太郎の顔を見つめて、

「え……えええええっ?!」

胸の中でどきんと心臓が跳ね上がり、否応なく頬が染められるのを感じた。



 それって、みんなの前で“本当のこと”を告白しろってことですか?!




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ