63.駅前モールの追跡劇
放課後、桜子と東小橋君が並んで校門を抜けると、校舎から柴島君が姿を現し、一直線に校庭を横切って行った。
「あー……」
サナが声にならないため息を漏らす。花壇脇に立っていたサナとチーに、桜子達しか目に入っていない柴島君は気づかずだ。
「やっぱ行ったかー」
チーも苦笑半分残念半分といった顔で、
「しゃあない、私らも行きますか」
サナを促すと、急ぐふうもなくぶらりと歩き出した。
桜子達を追う柴島君、それを追うサナとチー。一行は大通りに出ると、打ち合わせ通り、桜子は家ではなく駅の方向へ足を向ける。
「なかなかに挙動不審だな」
サナが呟く通り、柴島君は桜子達を見失わないよう、気づかれないよう、さすがに電信柱の陰から陰へ飛び移ることはないまでも、かなり動きは怪しい。
「あれなら、こっちに気づく心配はないなー」
チー達の方は、大通りの向こう側に渡って、ごく自然に歩いている。柴島君は尾行に集中して、周りが見えていない。後ろからついて行くのは楽ちんだった。
「まさか、自分が尾けられてるとは、思いもしてないんだろうな」
「ふん。撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけさ」
呆れてるサナにそう返し、チーはスマホを取り出して操作した。
「アズマの奴、大丈夫だろーな……」
ピロン、ラインの返信音がして、チーは思わず鼻で笑った。
「あいつ、どこでこんなスタンプ買うんだよ」
そう言って向けられた画面をサナが覗くと……
『尾行、気づいてる?』
『言うに及ばずッ(筆書きに劇画調の侍)』
いかにも東小橋君らしいスタンプが返ってきていた。それを見ながらサナは、
(あれ……チカの奴、いつの間にアズマとライン交換したんだ?)
首を傾げたが、あえて今触れることはしなかった。
**********
スマホを制服シャツの胸ポケットに落とし込むと、
「チー達から?」
桜子が小さく囁き、東小橋君は後ろを気にしながら振り返らずに頷いた。
さっき信号待ちのタイミングで、さりげなく柴島君の姿を、視界の端に確認している。頑張ってはいるが、かくれんぼは得意とは言えないようだ。
(角を曲がったところで待ち伏せしたら、容易く殺れそうにござるな)
修羅の道を行く者は、発想が物騒。
わざわざ駅前まで行かずとも、早々に“GAME OVER”にするのも武士の情けかと思うが、都島殿に無断の独断で動くこともできない。
(ま、拙者は武士ではなく忍びにござるからなw)
忍者だけに“草”を生やし、初心者スネークを引き連れていく。
そうして追跡者のことを考えながら東小橋君が足を運んでいると、
「ねえ、アズマ……ヒロ君。もう少し、ゆっくり……」
「え……あ。これは失礼つかまつった」
見れば横を並ぶ桜子がやや早足で、慌てて歩く速さを緩める。東小橋君は中二にしては縦にも横にも大柄で……実はこのところ少しヤセてきたのだが……さっさと歩くと桜子などは置いて行かれてしまう。
同じカノジョいない歴=年齢でも、遼太郎は妹がいるから自然とそういう気遣いができる。東小橋君の場合いるのは姉で、小さい頃は追い掛ける立場だったし、最近は一緒に出歩くこともそうはない。
更に言うと、東小橋君がこれまで仲良くしてきた女の子達は、なぜか画面の中から出てこないし、そもそも移動はスキップされるので、歩く速さというものは完全に配慮の外だった。
その一方で桜子とデートのフリをすること自体には、
「それで、ヒロ君、駅前に着いたらどうする?」
「そうでござるな……モールのフードコートで、お茶でもするのは如何かな」
東小橋君は意外にも気後れなく、桜子をリードする。
「場所が開けている故、守りには打ってつけでござる」
現実の女子は自分には高嶺の花、と思い込んでいる東小橋君。変に下心がなく、自分を良く見せようと気負わない分、平常心が保たれている。
「地の利を活かすは、兵法の基本にござるよ」
「な、なるほど。ヒロ君は頼りになるなあ」
そう、東小橋君は恋愛的には桜子のことを“逆に相手にしていない”。拗らせているのが一周回ると、むしろ余裕が生まれるのだ。
ところが桜子の方は言うと、
(何だよぅ、アズマ君てば、めちゃくちゃフツウだなあ……)
実はちょっと不満である。
(りょーにぃだって、“恋人ゲーム”の時はドギマギしてたのにさ。あたしってそんなに魅力ない?)
自分は遼太郎が好きで、勝手なのはわかっているけど、これはこれで気に入らないのが複雑な乙女心というやつだ。
“訓練されたいい人キャラ”――それは東小橋君の強スキルでもあり、また残念さでもあった。
大通りを挟んでこっちのサナとチーには、二人の会話は聞こえないが、話している空気感は何となくわかる。
「ふぅん……あいつら、フツーに仲良さそうだよな」
「いいんじゃん? 柴島、上手くダマされてるし」
サナが面白がって言うと、チーはニコリともせず答える。
(やっぱチカの奴、機嫌悪くない……?)
サナは肉食系小動物の、尻尾のように揺れる二つ括りを横目に見つめる。
そんなふうに桜子と東小橋君は、サナとチーにも、割とイイ感じに見える。たぶん柴島君の目にもそう映っているだろう。
それぞれの思いがぞろぞろと、追いつ追われつ駅前へ……
**********
駅前のモールは、1階がスーパーマーケットの食料品売り場と、レストラン街にフードコート。2階は半分が同じスーパーの衣料や雑貨のフロア、残りに各種の専門店が入っている。
桜子が映画を観に行った大型モール(【シーズン1】)と比べれば、小ぢんまりとしているが、来れば日常の大抵の用は片づく。遼太郎と二人で留守番の日に買い物にきたのは1階のスーパーだし、
(りょーにぃの髪切りに連れてきたのも、ここの1000円カットだ……)
そう思った桜子は、考えているのが遼太郎絡みの思い出ばかりだと気づき、顔を赤くした。
仮にも今の自分は、アズマ君が恋人役。“彼氏”の隣で別の男の子のことを考えるのは不誠実というものだろう。
(ゴメンね、アズマ君……)
申し訳なさそうに見上げてくる桜子に、東小橋君は不思議そうな顔をする。
駅の連絡橋を使うと、モールには2階フロアから入ることになる。重いガラスドアをさりげに紳士に支え、桜子を通した東小橋君は、背後でドアが閉まると素の大きさの声で言った。
「桜子殿、一度本屋か何かに入るでござるよ」
「え、何か買うの?」
桜子がトボケたことを言うと、
「柴島殿に、少し追いついてもらうのでござるよ。撒いてしまっては元も子もござらぬし、店舗の中からなら敵の動きが窺いやすうもござる」
東小橋君は潜入任務中の暗殺者のような思考で答えた。
ぽかんとした桜子は、いつの間にかアズマ君と“恋人のフリをすること”に一生懸命になっていた。それでは手段と目的が逆である。
(あたしって、もしかしてアホの子なんじゃ……?)
今更ながらに思い、桜子は少し落ち込んだ。
その間に東小橋君はチーにラインを飛ばし、書店の方へ桜子を促す。
(せめて、足を引っ張らないようにしよう……)
桜子は後ろ向きに決意をして、東小橋君に続いて本屋に足を踏み入れた。
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さて、本屋さんで東小橋君に、
「桜子殿は自然にしててくだされ。見張りは拙者がするゆえ」
そう言われ、桜子はこくっと頷く。東小橋君はゲーム雑誌を手に取り、表紙を見るフリをしつつ、
(へえ……お兄ちゃんほどじゃないけど、アズマ君も背が高いな)
棚越しに外を窺うのを見て、桜子はそう思った。自分は頭のてっぺんくらいしか棚の上には出ていない。
(えーと、ジャンプをすれば……)
非常に不自然だろう。さすがに東小橋君にも殴られそうだ。
結局、桜子にできるのは“自然に”の部分の分担だ。
「アズ……ヒロ君って、結構本屋さん来るの?」
「ん? いや、拙者は読むと言っても、漫画かラノベ。それも電子で買うことが多うござるから、実際本屋で買うのは雑誌くらいでござろうか」
「あたしのお兄ちゃんも漫画好きで、部屋に雑誌が山積みになってるよ」
雑談をしても、嬉しそうに話すのは遼太郎のこと。しかも無自覚。
「ほう、桜子殿は兄上がおられるのか」
なるほど、桜子が少年漫画ネタに詳しいのはお兄さんの影響なのか。
「兄上様は、雑誌は何をお読みなのかな?」
「えっと、この前にお兄ちゃんの部屋にあったのは、確か……」
東小橋君に訊かれ、桜子は天井を見上げて少し考えた。
「……快楽天?」
「待って、詳しく」
女子の口から出てはいけない誌名が出た。
東小橋君が唖然として、桜子は“自然に”過ぎたことに気づく。
「さ、桜子殿もそのようなモノをお読みになるので……?」
そう言われ内心慌てたが、そこはすっと悲しげに目を伏せて、
「ヒロ君……それはセクハラだよ?」
「えッ?! いや、その、拙者左様なつもりでは……!」
胸の前で指を組む、“桜子ポーズ”でキメる。
「それは、ヒロ君だってオトコノコだもんね? けど、いきなりそういうエッチなことされると、桜子、困ります……」
「えええ……? ご、誤解でござるよ……?」
攻撃は最大の防御なり、自分以上に慌てふためく東小橋君に、ホッとするのだからタチが悪い。しかも、
(最近りょーにぃが強くなってきたから、反応が新鮮で楽しい……)
内心ほくそ笑んでいるから、とんだ桜子ダークネスだ。
まあ、あまりイジメても可哀そうなので、
「アズマ君はラノベとかも読むんだ?」
話題を変えてあげると、東小橋君は助かったとばかり、
「それと、“なろう”とかも読むでござる。桜子殿はご存知かな、”小説家になろう“というサイトがござって……」
「あ、知ってる。異世界転移とかのやつでしょ?」
小説投稿サイトで、リゼロとか、アニメも“なろう”原作のやつが結構あると、遼太郎から聞いたことがある。
「何か面白いオススメのやつってある?」
「そうでござるな……マイナー作品でござるが、この前読んだ『コトレットさんの不思議なお仕事』というが結構面白かったでござるな……」
おい、東小橋、自重しろ。
「“コトレットさん”……?」
東小橋君の口にした作品タイトルに、桜子が首をひねった。
「どっかで聞いたことのあるような……?」
詳しくは【シーズン1】 “番外編.桜子、異世界へ行く”を参照のこと。
と、東小橋君がすっと本棚の陰に身を屈めた。
「どーしたの?」
問い掛けた桜子に、口元に人差し指を立てて見せ、東小橋君が小声で言った。
「むう……敵もなかなか大胆にござるな」
「桜子殿、柴島殿が店内に入って参られたぞ」




