57.告白は、酔いの間に間に
「だからさあ、あたしは純愛路線でいきたいワケよ、りょーにぃ」
「お、おう……」
「でも遼君……やっぱりいろんなことに興味を持つお年頃じゃないですかあ///」
「そうか……」
「もう! 桜子の話聞いてるの、お兄ちゃん!」
「聞いてます……」
(どういう酔い方なの、これ……?)
酔った桜子は、遼太郎の想定外の方向に手に負えなかった。
何だか知らないが、どうやら記憶のない時の”桜子”に戻ってる。ころころと表情が変わり、話し方が変わり、兄の呼び方が変わる。
(これは”妹”キャラの……あ、今度は”女の子”の……)
よくわからないが、”桜子同窓会”が始まったらしい。
テレビに目をやると、ヒース・レジャーが積み上げた札束に火を放ち、焼き払っている。
(なあ……アンタ、こういう状況は笑えるかい?)
彼ならこう答えるだろう。正気でいようとするから苦しむのさ、相棒。
ソファの上で、桜子ががばっと遼太郎にしがみついた。
「だから、聞いてるの、りょーにぃ?!」
「はい、聞いてます……」
横から抱きつかれて、上目遣いに見上げてくる顔が近い。
「やっぱり、あたしってエッチいのでしょうか、遼太郎さん……?」
「まあ、中学生だし、フツウなんじゃないかな(そやなー)」
「桜子は、好きな人にぎゅっとして欲しいの!」
「そうだね、お兄ちゃんがぎゅっとしようか(せやなー)」
「え……? でも、それでその気になっちゃたらどうしよう?」
「いや、兄妹だしそれはないだろ(それなー}」
知らんけどー(知らんがなー)――……
桜子は少しずつずり落ちて、今は遼太郎の膝にうつ伏せになっている。遼太郎は3本目をじゅるっとすすり、
(……斬新な酔っ払い方しやがって)
その背中を擦ってやる。
「お兄ちゃーん……気持ちいー」
桜子は目を細め、遼太郎にずっしり上半身を預けている。まるで猫だ。
しばし、桜子の肩から背中のラインに掛けて撫でてやって、パジャマ越しの柔らかさを感じていて、遼太郎は不意に我に返った。
(え……あれ……?)
……妹に何やってんだ、俺?
なんか、桜子が酩酊状態なのもアレだが、俺も酔ってない?
遼太郎は手にした缶を、改めて、焦点の合わない視界に睨んだ……リキュール|(発泡性)、アルコール度数9%。
(って、これ、ビールよりキツいのか……)
ジュースみたいな口当たりで油断した。思った以上に度数が強い。
桜子は2本空け、遼太郎に至っては3本目。これをビール350ml缶に換算すると、桜子は4缶、遼太郎は6缶弱を飲んだことになる。
(そりゃ酔うわ……)
いつの間にか兄妹二人、完全に出来上がってしまっている。
状況を把握し、遼太郎は努めて理性を呼び戻そうとする。
「桜子……お前、ベッド行った方がいいんじゃないか?」
まだ自力で歩ける間に、と促したが……
「やらー……もうちょっとこうしてるー……」
もうどの”桜子”かわからない桜子が、真っ赤な顔を遼太郎の胸にぐいぐい擦りつける。本当に猫だ。
「って、おい……アタマを揺するな……」
桜子が首を振る度、遼太郎の上半身が揺られる。
アカン、回る回る――……
**********
数分後、遼太郎の意識は、無事此岸と彼岸の境をさまよっていた。
消え残る理性で鑑みるに、二人の酔い具合も、体勢も、
「ねえ、お兄ちゃん……”一人でする”のってさー……」
妹から下ネタぶっ込まれているのも、何もかもオカシイ。
遼太郎は多分の努力を払いつつ、正常な思考を辿り、状況収拾を試みる。
「そう言やあさあ……」
「そいやっさッ!」
「うん……桜子、彼氏いないっつてたけど、好きな奴くらいいるんだろー?」
「えー///」
桜子が照れっ照れの表情で顔を上げた。赤くなっているのが、照れのせいか、アルコールのせいかは判別し難い。
うむ、エロ話から恋話への軌道修正とは、お兄ちゃん有能。
桜子は身を起こして、両手の指を組んで唇に当てた。
「うん……いるよ……///」
(うわあ……気持ち悪い……)
記憶のない時もちょくちょく見たが、桜子のはにかんだ表情の破壊力は割と凄い。気持ち悪いのは兄にそれを向けることだが、ちょっとドキッとする自分もまあまあ気持ち悪いと思う。
「クラスメートとか?」
「ううん……年上なんだあ……///」
「先輩?」
桜子はふるふると首を振り、酒のせいだろう、目を潤ませて笑った。それから、急に真剣な顔になり、ためらい、そして意を決したように……
「……お兄ちゃん、だよ……」
そう言って、桜子は探るように試すように、少し不安げに、遼太郎を見つめた。妹から突然の愛の告白を受けた遼太郎は、予想外のことに目を見開く。
(また、からかわれた……)
上手くはぐらかされた、というべきか。かわし方としては、王道かつ完璧。酔っているくせに、そういうとこはやっぱり、女子なんだなあ……
してやられた兄を、桜子はとろんとした目で見つめて、
「お兄ちゃんは、桜子のこと、好き……?」
その方向で押し切るつもりらしい。遼太郎もここはおとなしく乗り、
「ああ、お兄ちゃんも桜子が大好きだよ」
頭をナデナデしてやると、桜子はウットリと目を閉じる。
「やったあ……両思いだー、嬉しいなあ……」
と、不意に桜子は再起動し、ひょいと、遼太郎の膝に体を滑り込ませた。
「っと、危ないって」
お互いフラついていて、遼太郎が危なっかしく抱きかかえる。すると桜子は、ゼロ距離の遼太郎に更に接近しようとする。
「ねえ……チューしよう、お兄ちゃん……///」
「ちょ……こら、酔っ払い……!」
むーっ……と近づいてくる桜子の、顔を遼太郎はがしっと止めた。このバカ、お兄ちゃん大好きで誤魔化すのはいいが、酔って、明らかに口を狙ってきている。
「えー? いいじゃん、”両想い”なんだからー……」
そう言われ、まあまあ飲んでる遼太郎、一瞬思考に空白ができる。
えーと……桜子は俺のことが好きで、俺も桜子は可愛い妹だから……
(んー……それは”両想い”でいいんだっけ……?)
抵抗する力が緩み、桜子の柔らかそうな唇が近づいて来て――……
ゴンッ!
「いだあっ! お兄ちゃんがぶった!」
「ぶつわ。いい加減にしろ」
辛うじて、兄としての理性がアルコールに勝った。
「ドSティックバイオレンスだあ……」
「お前、殴らなきゃ止まらなかっただろ……」
両手で頭を押さえて涙目の桜子に、遼太郎は途中から全く見れていなかったDVDを止めた。
「なあ……俺も結構酒回ってるし、もう寝ようぜ……」
チューハイの度数を読み誤り、遼太郎も、もはや意識を集中しないと思考がおぼつかない。最初は飲んでも桜子の面倒を見るつもりでいたけど、このままじゃ二人仲良くソファで寝落ちコースだ。
(桜子のケツ……膝の上だしな……)
「ぷっ……ははは……」
ホロ酔いをかなり前に通り越した脳が、よくわからないツボにハマる。頭を押さえていた桜子がふと顔を上げて、
「ねえ、お兄ちゃん……」
「うん、何だ?」
「ドメスティックバイオレンスとコスメティックルネッサンスって似てるよね」
「ぶふうっ!」
世にも珍しい遼太郎の大笑いに、膝に乗った桜子が無表情で揺れている。
「ねえ、お兄ちゃん?」
「今度は何?」
「”起爆装置を寄越せ””10分前にすべきだったことをしてやる”」
「お?」
それは今夜観ていた映画の台詞ネタだった。ほんのチョイ役の台詞だが、遼太郎は屈指の名シーンだと思っている。
「何をするんだ?」
「あのね、トイレ行く」
「限界なんじゃねーか。早く行け、バカ」
膝の上の桜子の顔を見ると、薄笑いで目がマジだ。
「え……その段階……?」
「お兄ちゃんが揺らすから……」
「ちなみに上から、下から?」
「両方……ヤバい……かも……」
はい、待ったなし。遼太郎は火事場の何とやら、桜子をいつかのようにお姫様抱っこに担ぎ上げた。幸い足元は確かで、このまま緊急搬送を試みる。
「おにっ……揺ら……振動……出……」
「我慢だぞ、我慢」
「かゆい……うま……」
「気をしっかり持てえ」
遼太郎は自身も思考力の低下した頭で思う。
(昨日から、チューとオシッコに翻弄されてる気がする……)
しかし献身の甲斐あって、今回は何とか妹に再び、非難される事態は回避された。
「ありゃあ……お兄ひゃん、らいじょうぶ……?」
「だ……大丈夫……」
桜子がトイレから出てくると、酒の回った状態で急に動いた遼太郎、前の廊下でうずくまっていたけれど。




