56.二人でちょっとワルイコト
結局二人は夕食に、ぜんぜん“エモく”ない駅前のラーメン屋さんに行った。
「決まった?」
「う、う~ん……」
メニューをつかんで悩む桜子を、遼太郎はお冷を飲みつつ待っている。
「味噌と担々でまだ決心が……」
すると遼太郎、悩む桜子にかまわず、
「すいませーん」
「ちょ、りょーにぃ、待って……」
注文を取りに来た店員さんに、
「味噌ラーメンと担々麺、餃子二人前に、取り分けのお椀を」
ぽかんとする桜子に遼太郎は、
「両方食ってみて、好きにすればいいよ」
「え、でも、りょーにぃも食べたいのあったんじゃあ……」
「俺も味噌か担々だったんだよ」
そう言って笑う。
遼太郎は昔からこうなのだ。お菓子が二種類あれば、必ず桜子に先に選ばせてくれる。ひとつしかなければ、絶対譲ってくれる。
「お兄……りょーにぃって、やっぱりすごくカッコイイね」
「???」
ラーメン屋さんだけど、これ、めっちゃエモかった。
**********
「あー、お兄ちゃんのおかげで、食べたいの両方食べれて大満足だよ!」
「そりゃ良かった。なあ、帰りにDVDでも借りてく?」
「いーねえ!」
昨日買い込んだお菓子が、ゲームしてたせいで、ほぼ手つけずで残っている。今夜はダラダラ映画パーリィと洒落込もう。二人は駅前のレンタル店に寄って、
「何観るー?」
「そうだな。お互い好きなの選んでくるってのは?」
「あ、それ面白い。そうしよ、りょーにぃ」
店内で別れ、10分後――……
桜子セレクト、『ダークナイト』!
遼太郎セレクト、『IT~それが見えたら終わり~』!!
「ぶっ殺すぞ、てめえっ!」
「ジョージィ……ヘイ、ジョージィ……」
パッケージを見せられた桜子が、遼太郎の胸倉をつかんだ。
「昨日の二の舞じゃねーか。兄はそんなに人の失禁が見たいか。ならば即刻アダルトコーナに去れ。それとも実妹でないと満足できないか?」
「OK、そろそろ俺がゾンビにされそうだ」
「兄が特殊性癖過ぎて、桜子は悲しいです」
桜子の手を叩いてギブアップした遼太郎、妹の持ってきたDVDを見て、
「ん、それ選んだのか?」
「ほら、一緒に行った映画のパンフに載っててさあ、面白そうだなって。りょーにぃもバットマン好きだし……って、もしかして観たことある?」
「て言うか、DVD持ってる」
「ありゃ」
遼太郎はアメコミコレクションのひとつとして、このDVDは押さえてあった。1500円の廉価版だが。すなわち、もう何度観たかわからない。
桜子はDVDのパッケージを見下ろして、
「じゃあ、これはヤメて別のにしよう。あ、『IT』はナシね」
そう言ったが遼太郎は、
「桜子がそれでいいなら、家に帰って観よう」
「え、でも、観たことあるんでしょ?」
「俺は桜子とこの映画を観たいんだよ」
「ふえっ……?」
恋人ゴッコ的にからかわれたかと思ったが、遼太郎は真顔である。
「前に映画行った時、桜子と映画の話するのすごく楽しかったんだよ。やっぱ兄妹だよな、あれだけ映画話せる相手、他にいないよ。それ、俺が一番くらいに好きな映画だから、一緒に観てくれると嬉しいんだけどな」
(これ……聞きようによって、めっちゃエモくない……?)
お兄ちゃんの中であたしが一番なんだ。たかが映画を観る相手だとしても、お兄ちゃんの一番になれたんだあ……///
(がんばれ、桜子……お前がナンバー1だ!)
桜子の脳内で、M字ハゲのオッサンが親指を立てて祝福してくれた。
思わずぼうっとした桜子に、遼太郎が少し苦笑いした。
「けどこれ、女の子ウケしない映画としても有名なんだけど」
「いいよ。りょーにぃがあたしと観たいなら、何だって」
「じゃあ、『IT』でも?」
遼太郎が顔にパッケージを突きつけてきて、桜子はニッコリ笑って兄の頬をちぎる勢いでつねった。
「それ以上見せたら、マジでお風呂も一緒になるからな」
**********
結局、立ち寄ったものの手ぶらでレンタル店を後にする。
すっかり暗くなった帰り道、並んで歩いていると、遼太郎が言う。
「アマプラ入ろうかなあ、たまに一緒に映画観るなら」
「いいね、これからも時々一緒に観よう」
「あたし、りょーにぃと一緒だったら、きっと何観ても楽しいなあ」
そう可愛いことを言うものだから、遼太郎は思わず妹に頭をポンポンした。すると桜子はニッと笑って、
「ところで、エッチなDVDは持ってないの?」
遼太郎の足を止めさせた。
「モッテナイヨ……」
チョットシカ。
遼太郎の棒読み台詞に、桜子の目がキラキラと輝き出した。
「りょーにぃ、それも今日一緒に観よう!」
「アホなこと言うな」
「あたし、りょーにぃと一緒だったら、きっと何観ても楽しいなあ」
「いや、アカンわ。兄妹でエロDVD観て楽しくなったら」
「楽しいコト、しちゃう?」
「泣かすぞ」
「ヒィヒィと?」
この流れになると桜子が強い。劣勢の遼太郎、安易に桜子の手を引いて道の端に誘導、よそ様の塀に壁ドンするという軽挙に出た。
「オマセな小猫ちゃんだな。けど、好奇心は猫も殺すと言うぜ……?」
「兄の”悪魔将軍“をナメるなよ……?」
桜子がビクッとして、首から上を真っ赤にして、震えながらうつむいた。
「お兄ちゃん……あたし、“そんなこと”できないよぅ……」
「え……あッ!」
遼太郎は自分の言葉に含まれる……というか直球に気づいた。
「フェ……って言うの? 恥ずかしいよう……」
「違う! 違います! そういう意味じゃない!」
双方自爆、この戦いに勝者はなく、ただ屍だけが地に転がった。
遼太郎は桜子からそっと身を離し、二人はしばし無言。やがて桜子が、
「あたし、お兄ちゃんがどういう女の子がタイプなのかな、って……」
「兄の女性の趣味を、それで計ろうとするな」
実際のところ遼太郎は、出演者の容姿よりシチュエーションを重視する派だ。故に手持ちのDVDを二人で観た場合、画面の内と外で“時が止まる”。
ちなみに遼太郎の持つDVDの出所の概ねは、Z指定ゲーム同様、親友の江坂健太郎その人である。
チラッと、見上げる桜子から、遼太郎は顔を背ける。妹よ、男の心の内側を、女の子が覗き込もうとするもんじゃない。外からは見えないものなんだ。古いアニメソングにもあるだろう? ♪男には自分の世界がある……
♪喩えるなら空を駆ける、マジックミラー貼りになった車――……
**********
家に帰って、今夜は滞りなく順番にお風呂を使って、遼太郎は部屋にDVDを取りに行き、桜子はお菓子の準備をして、此花兄妹は二日目の、二人での最後の夜を万全の態勢で迎える構えだ。
DVDをセットして、ソファに座った遼太郎は、
「もう観れる?」
キッチンの、パジャマ姿の桜子に声を掛ける。すると桜子は冷蔵庫を開けて、
「お兄ちゃーん、こんなの見つけたよ~?」
カウンター越しに、悪い顔と声を返してきた。その手にあるのは……
缶チューハイ、ピーチ&マンゴー味。
確かそれは、母さんが何かで貰ってきて、1か月ほど前から冷蔵庫に入れっぱだったやつだ。父さんは甘い系はやらず、母さんは基本的に飲まないので、ずっと冷蔵庫の肥やしになっていたのだ。
「酒か……」
「えへへ、ダメかな……?」
ダメかと言われれば、まあ、ダメだろう。自分も桜子も未成年です。
(うーん……)
けど、桜子なんか飲んでみたい年頃だろう。好奇心、あるいはオトナ気分。自分も覚えはある。遼太郎は頭の中でリスクの算盤を弾く。
まず親バレ。両親ともに放置していた酒だし、なくなってもすぐには気づかないかなあ。後でバレても、時間が開けば開くだけ今更感が出るし、
(最悪、俺がコッソリちょこちょこ飲んでたと、ひっ被ればいいか)
中学生の妹に飲ませたよりは、お咎めは少なそうだ。
次に飲酒そのもの。チューハイ1本くらいどーということもないと思うが、万が一桜子が目を回したとしても、
(明日も休みだし、母さん達が帰ってくるのは夕方だろうし)
それも何とかなるだろうと思う。
最大の懸念は、酒飲んだ桜子がどうなるんだ、ってことだ。
普段でさえ暴走超特急が、酔うとどうなるか、考えると興味深いと同時に怖ろしくもある。
(♪汽車は闇を抜けて、光の海へ……)
地上からテイクオフして、暴走列車が銀河鉄道になりかねない。
何か、脱ぎそうだし。
とは言え……
(いくら桜子でも、チューハイ1本で前後不覚になりもしないか)
遼太郎とて、大きな声じゃ言えないが、ビールの1本2本飲んだことはあり、別にそこまで酔いはしなかった。
(どうせ寝落ちしちまうくらいだろ)
後始末はできそうだ、と遼太郎は踏んだ。父さん母さんがいないのも今夜だけ、固いこと言いっこなしだ。
「……他に何があんの?」
「後ねー、グレープフルーツとブドウとー」
「じゃあ、グレープフルーツ」
正直、自分もちょっと飲みたいし。
遼太郎がそう言うと、桜子がイヒッと笑った。
「いいの、りょうにぃ~?」
「ま、今夜は特別ってことで」
遼太郎が片目をつむると、桜子は満面の笑みで両手に缶を持ってきた。ポテチをパーリィ開けにする。DVDをスタートする。
カシュッ……缶を明けて、軽くぶつけ合う。
桜子はお酒を飲むこと以上に、遼太郎とワルイコトしてる、二人で秘密を分かち合うことが嬉しいようだ。
「乾杯っ、りょーにぃ!」
「おう、乾杯」
画面に、WとBのログマークが映し出される――……




