55.兄と妹、カレカノ問答
土曜日の朝はチ○コから始まった(最低)。
爽やかではないスタートを切ったが、朝食には桜子が予告通り照り焼きサンドを作ってくれ、ヨーグルトとコーヒーもテーブルに並んだ。
「お、米にも合ったけどパンもいいな。マヨネーズにからし入ってる?」
「うん。照り焼き和風だから、やっぱマスタードよりからしだよ」
普段の朝はトーストをコーヒーで流し込んで終わりの遼太郎が、早くも二つ目に手を伸ばすのを、桜子は新妻のような顔をして眺めてる。
と、桜子がテーブル越しに手を伸ばして、
「ほら、お兄ちゃん。マヨついてる」
クスッと笑いながら、遼太郎の口元をすっと指で拭った。遼太郎が頬を掻く。
「そう言えばさー、二人で映画行った時、お兄ちゃんあたしの鼻についたクリーム指で拭いて、ペロッと舐めちゃったことあったね」
「あったなー。あれは完全無意識だった」
カタンと椅子を鳴らして立った桜子が、身を乗り出し、小さく舌を出す。
「あたしは直に取ってあげよっか?」
遼太郎がサンドイッチのからしマヨをすくい、桜子の舌に乗せた。
「やったなあ///」
「バカ言うからだろ」
桜子に記憶が戻ってこちら、割とこんな感じの二人だが、昨日からいろいろあり過ぎて更に距離感がバカになっている。そのキャッキャウフフは仲良し兄妹で片づけていいやつなのか。
親御さんが帰ってきたら、ちょっと心配しそう……
**********
朝食の後は親のいないのをいいことに、そのままゲームに雪崩れ込んだり……
「でも、また一人で寝られなくなるかもー」
「ならまた俺の部屋で寝ればいいだろ……その箱にアイテムあるぞ」
一度超えると、ハードルは下がるもののようで。
その後、桜子が昨日のミネストローネ風ポトフにカレールーを投入して、お昼に即席のなんちゃってトマトカレーに仕立て……
「もしかして、二日目のアレンジ込みで作ってたん?」
「そだよ。ハヤシっぽくなったね」
「旨いな、というか発想が料理デキる奴だな」
「えー? 褒めてもお尻くらいしか出ないぞっ?」
「しまっとけ。何の一等賞狙ってんだ」
ずっと一緒にいるわけでもなくて、別々に部屋に引き取って宿題をしたり……
「お兄ちゃん、数学教えてー」
「5分と経たず来るな」
やっぱりずっと一緒にいるようで……
それから、また二人でゲームの続きをしたり……
暴風雨の吹き荒れた一夜が明けて、本日の此花家は比較的穏やかな一日となる模様です。優しいお兄ちゃんと可愛い妹の午後は、他愛もなくのんびりと過ぎていくでしょう。
ただ、夜になりますとにわか雨、場合によると激しい降りとなる可能性もございますので、傘などのご用意を忘れずにお出掛けください――……
**********
「ところで晩メシどうする?」
並み居るゾンビを撃ちも撃ったり、そろそろ夕方。ゲームの手を止めないまま遼太郎が言った。
(お兄ちゃんがやると、逆にゾンビの方がカワイソーになるなあ)
桜子のプレイと違い、主人公はゾンビ蠢く地獄に戦いを挑む生存者でなく、目についたゾンビを淡々と射殺する処刑人、いや、もはや虐殺者と化している。
「昨日は作ってもらったし、今日は食べ行くか?」
「いいねえ。何にしよう?」
遼太郎はまた一体、ショットガンのヘッドショットで吹っ飛ばして、
「金余ってるし、焼き肉とかどう?」
「いや、サイコパスかよ、お前?!」
思わず叫んだ桜子に、遼太郎はきょとんとして振り返った。
「何が?」
「ゾンビの血飛沫と肉片が飛び散る画面見ながら、お肉食べたいとか言わないで! 怖えよ!」
遼太郎は桜子と、基本色“赤と黒”の画面を見比べ、
「あー……それで俺、肉食いたいと思ったのか……」
「ひいっ?!」
さすが内なる魔物を飼う遼太郎、水族館で魚を見て「お、旨そう」と言うおっさんとはワケが違う。
遼太郎はコントローラーを置き、怯える妹を見た。
「桜子は何食べたい?」
「うーん、そうだなあ」
お兄ちゃんと久しぶりに外で食べるんだったら……
「エモい系?」
「ゴメン、ちょっとわからない」
遼太郎が首を傾げると、桜子はじれったそうに、
「だからあ、傍から見てデートしてるなって感じの、ラブい雰囲気の店だよ」
指を組んで上目遣いを作って、いつもの調子でふざけ掛かってみると、思い掛けず遼太郎がじっと見つめ返してきた。
「前から思ってたけど、桜子、割とお兄ちゃんにそういうの求めるよな」
「えあっ?!」
そ、それ口にしちゃう? 遼太郎の指摘は桜子を焦らせる。冗談めかした言葉の裏には、いつだって本気を半分隠してる。気づいて欲しいけど気づかないでも欲しい、そんな気持ちの裏表を。
が、遼太郎は鼻の下を擦りながら、こう続ける。
「それって中学生女子の見栄的なやつなの?」
「あ、うん。そ、それだよっ」
桜子はホッとしたような、残念なような裏表の気分だ。
「あたし、まだ彼氏とかいないしね。りょーにぃは見た目だけはイイから、ちょっと羨ましがられそうだもん」
「だけって失礼な」
「だって、中身はオタクでドSで碌なもんじゃねーじゃん」
「ぐ……」
反論できない遼太郎に、桜子は生意気そうににやりとする。
「りょーにぃの”無駄なイケメン“を有効活用してやるんだ、感謝しろよ」
妹の散々な言い様に、遼太郎はムッとする。
「無駄なとは言ってくれる。本気を出した兄の恐ろしさを知らないな?」
遼太郎の“本気”の恐ろしさは、割と想像のつく桜子だ。
「じゃあ、彼女とかいんのかよ?」
だが追撃を掛けると、
「いや……いません……」
案外遼太郎はあっさり沈んだ。
ガックリうなだれる遼太郎だが、桜子は表情が緩まないよう必死だった。
(いないかあ。お兄ちゃん、彼女……えへへ、いないんだあ……?)
桜子の一番怖いこと、いつか遼太郎の魅力に気づいた誰かが自分からお兄ちゃんを奪ってしまうことは、想像するだけで胸が苦しくなる。
だって、その子は、妹じゃないってだけで、遼太郎を取っても許されるんだ。あたしから取っちゃうんだ。一番遼太郎のことが好きなのは、妹ってだけで赦されないあたしなのに……! でも、今のところは……
(もー、りょーにぃってば、ホントに残念なイケメンだなー///)
今はまだ、お兄ちゃんは“妹”だけのモノ……
内心のウキウキが隠し切れず、
「じゃあ、Win-Winじゃん。りょーにぃだって、こんなカワイイ子の彼氏だと思われたら悪い気しないでしょ?」
「ええ……それはどうかな……?」
「何よ、ヤダっての?」
遼太郎に肩をぶつけると、納得いかない声が返ってきて、納得いかない。
「そりゃまあ、桜子の見た目だけはいいのは兄も否定しない」
「やった! ……ん? “だけ”?」
「けど、やっぱ高校生が中二の彼女連れてたら、ロリコンの誹りは免れねえ。しかもそれが実妹と知れてみろ。二重の極みで兄は死ぬ。一生“ユウちゃんのお兄ちゃん”の烙印を捺され続ける」
「“ユウちゃんのお兄ちゃん”はマズいな」
「……“実-妹-Fuck You”……」
「ヤメろ、その発音は」
遼太郎の論旨は理解した、が、ただ一点桜子には納得できない部分がある。
「て言うかさ、あたしってそんなにロリい? 見た目子どもっぽい?」
自分では、それなりに育ってると思うんですけど?
遼太郎は不服そうな妹を、なだめるように言う。
「そーゆーわけでもないけどさ、高校生と中学生で並ぶと、やっぱ差がな。自分で考えてみて。小学校5年くらいの男の子、彼氏にできる?」
「ショタ! 思わぬカップリング!」
桜子はちょっと想像してみた。脳内劇場の出演者は、“小学生5年当時11歳の遼太郎”にオファーしてみる。
『お姉ちゃーん、一緒にお風呂入ろーよー』
『お姉ちゃーん、怖いから一緒に寝よー』
「い……いいよー……お姉ちゃんが、洗ったげるのだー……」
「え、アライさん……? ちょ、桜子、鼻血!」
上の空になって呟く桜子の鼻腔からつーっと赤い筋が流れ、遼太郎は慌ててティッシュを何枚か引き抜いた。
遼太郎に上を向かされ、盆の窪を押えてもらう桜子は、右の鼻の穴にねじったティッシュを差し込んで惚けている。
「お前はいともたやすく体液が漏れ出し過ぎる」
「ほえー……悪くないっすねー、小学生……」
「お前、その発言、男だったら即懲役食らうやつだよ?」
「お兄ちゃん……あたし、兄も弟もどっちもイケちゃうタイプかもしんない。ジャンル的には」
「OK、ジャンル的には」
残念ながら、遼太郎の喩え話は桜子には刺さらなかったが、
「まあ、あれだ。行くとしても駅前とかだろ? んなとこで兄妹で彼氏彼女のフリとか、バレたら事故じゃ済まねーぞ」
「うん、ちょっと正気の沙汰じゃないよね」
「前の時もバレたし」
これには桜子もギクッとする。
絶賛記憶喪失中の頃、二人出掛けた先で恋人同士のフリして遊んでたら、桜子の友達にバッチリ見られてたことがある(【シーズン1】)。
「あれ、あの後大丈夫だったん?」
「いや、結構エライことになりました」
桜子と遼太郎は顔を見合わせ、苦笑を交わした、
「メシはフツウに食おうぜ」
「だね、お……“りょーにぃ”」
桜子は“お兄ちゃん”と言いかけて、わざと“りょーにぃ”と呼び直した。
言い直したのは、昨日からずっと“お兄ちゃん”呼びをしていたからだ。
(……知ってる)
自分が遼太郎に対して油断してる時、”お兄ちゃん”呼びになることは。
つまり昨日からずっと、“お兄ちゃんラブだだ洩れ状態”。
(ああああっ! 全身の穴から汁だけでなくラブも漏れているっ!)
ラブはたぶん、感覚的に耳から出てきそうだと思う。
遼太郎と話をしてて、そう気づき、桜子は悔しくなる。
お兄ちゃ……りょーにぃのことを忘れて好きだった“旧桜子”らと違って、今の桜子は、遼太郎の好きなところと同じくらい、ダメな部分も思い出している。全て知った上で好きなんだけど、それだと悔し過ぎるから、
(もっと心が中立でいないと……!)
それが昨日からの体たらくは何だ。お兄ちゃんのために頑張って、お兄ちゃんベッタリで、お兄ちゃんの思い出に浸って、今日もお兄ちゃんラブ全開で……デレしかねーじゃねーか。
(あるまじき! 兄に恋する妹は、もっと毅然と、ビッと凛々しく!)
ツンが足りない! もっと“ツン”を……!
そんなこと言われても、ゲーテも困る。
「じゃあ、りょーにぃ。ラーメンでも食い行く?」
「お、いいねえ」
けどさ、お兄……りょーにぃ。
りょーにぃがそーやって鈍感でさ、女心わかってないからあたし、安心してバカやってられるんだ。冗談のフリしてホントのこと言っても、わかってないフリしてワガママをぶつけても、受け止めてくれるもんね。
ありがと、りょーにぃ。大好きだよ……
なーんて、言わないけどな! 気づけよ、鈍感! ばぁーかっ///




