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54.休日、爽やかな朝の語らい

挿絵(By みてみん)

【二人ぼっちのお留守番(10/14)】

 ……――目を閉じたままでも、桜子には部屋が薄明るいのがわかった。


(おはよう……って、もう朝かよ)


 時間はわからないけど、早く過ぎるよな、幸せな時間ってやつはよう。けれど今日は土曜日で、“幸せな時間”はまだまだたっぷり残ってる。

 昨夜……正確には日付が変わっていて今日になってたけど、眠りに落ちる前、懐かしく優しい気持ちに包まれた桜子には、心の余裕があった。

(どうしよう? 起きようかな、もうちょっと寝ていようかな……)

思案しつつ目を開けると……



 零距離に遼太郎の寝顔があった。



(え……あ……えっ……うわわわっ?!)


 声は出なかった。いや、出せなかった。


 眠る時には背中に寄り添っていたはずの遼太郎が、夜中に寝返りを打ったのか、こっちを向いて、その上両腕を桜子の肩に回して抱き寄せるようにしている。

(な……な、な、な、何じゃこりゃあああ……?!)

心の余裕は全て消し飛んだ。


 幼き日の思い出に満たされて眠りに就いた桜子同様、遼太郎もまた昔を思い出して、無意識に妹をハグしたのかもしれない。だが桜子は主張したい。

(それはあたしからならともかく、お前からやっちゃダメだ!)

だって、“一度も砦に攻め込んだことのない兵士”と、“一度も兵士に攻め込まれたことのない砦”の喩えもあるじゃん? あれ、今は関係ない?


(両手でハグしてるってことは、100万パワー+100万パワーで200万パワー! いつもの2倍の近さが加わり、200万×2の400万パワー! そして、いつもの3倍の温もりを加えれば、400万×3の……)


 ダメだ! 今のお兄ちゃん、バッファローマンより強え!



 どうしようったら、どうしよう?


 “妹”として最高に幸せな気持ちで眠ったのに、目が覚めると“女の子”として最高に幸せな状態とか、どんだけ……?

(お兄ちゃんが、眠りながらでもあたしを殺しにくる……!)

眠る前にはほんの少しだけど、自分の気持ちに”整理がついたように思ったのに。一夜明けると寝返りを打つようにたやすく、ころんと引っ繰り返される。


 “本当の気持ち”なんて、そう簡単に片づけられるものではないのだ。


 でも、あの夜の幸せ、この朝の幸せ。みんな違ってみんないい///


 カーテン越しに差し込む朝の光の中、あたしはあなたの腕の中。ダイレクトに伝わってくる体温に、桜子は身も心もアイスクリームみたいに溶かされそうだ。

(くふっ……えへへ……うへへへ///)

脳みそと顔は、既にだいぶ溶けている。

(やあん、ハグだ、ハグぅ/// ベッドの中でハグされてるとか、これもう完ッ全に恋人以上兄妹未満だよう……///)


 それがどういう関係になるのか、ちょっとわからない。



 寝息の掛かる近さで見る遼太郎の寝顔は、やっぱりカッコ良くて、年上なのに無防備でカワイクて、桜子の胸のキュンキュンが止まらない。自然、目が引き寄せられるのは……規則正しく呼吸をするその唇だ。

(お兄ちゃん、男の子なのに結構ツヤツヤだな。リップとか使うのかな)

遼太郎は男らしく、二本で幾らの深緑のを愛用している。持ち忘れて出先でちょいちょい買うので、家中あちこちにM36チーフスペシャルに装填できるくらいの数が転がっているけど。


(……チューしたらバレるかな?)


 思考が当然のようにその流れを辿り、桜子はハッと赤くなった。

(だ、ダメでござる……拙者、妹故にい……っ!)

思い余って東小橋君が召喚された。

(だって、そんなお兄ちゃんの寝首を掻くなんて……!)

それでは謀反である(言いたかったのは“寝込みを襲う”)。


(けど……昨日はいっぱいイジワルされたし、ちょっとくらい仕返ししても……)


 殿、謀反でござる。



 首を、ほんの少し伸ばせば届く。届いてしまう。

(けど、するならちゃんと、目を覚ましている時に……)

そうやって桜子は、しない理由を一生懸命探している。いろいろ言い訳しながら、桜子は“怖がり”だから……

 だからやっぱり、桜子と遼太郎の唇の間には無限の距離があって、背中にひっつくほど「えいやあ」とは跳び越えられないのだ。


(その代わりと言っては何ですが)


 ハグを返すくらいは、してもいいんじゃないかな。それで遼太郎が目を覚ましたとしても、寝ぼけたフリをすればいいし、先にハグしてるのお兄ちゃんだし、

(最悪、「お兄ちゃんが襲ったー」とでも騒げば、有耶無耶になるだろ)

保身に思いを巡らせる。いや、マジでこの妹サイアクだ。

(では、ちょっと失礼しまーす///)

桜子は遼太郎の腰に腕を回して、ぴたりと体を寄せた。

(あ~……幸せえ~///)



 思えば記憶を失って恋に落ちた日、記憶の戻った日、桜子にとって大切な瞬間は常に、遼太郎の腕の中にあった。

(お兄ちゃんの胸、どき、どき、どきってしてる///)

桜子の胸も、どき、どき、どき。二つの鼓動が合わさって、桜子は遼太郎の匂いに包まれ、体温を感じて、太ももに何か当たって……


(ナニコレ……?)


 桜子はしばしきょとんとしていたが、ふとその正体に思い至り、

(超人硬度10、ダイヤモンドパワー……っ?!)



「ぎいやあああああああああっ!」




 **********


 時ならぬ絶叫に遼太郎が飛び起きたのと、桜子がベッドの端から転げ落ちたのは同時だった。腕の中の悲鳴に、遼太郎の頭は一気に覚醒する。


「ど、どーした?!」

「お前こそどーした、それ?!」


 それ……どれ? 遼太郎はベッド下のマットレスにひっくり返った桜子の視線を追って、

「あ……これ……」

乗り出してた身を、ベッドの上に戻して、さりげなくアレを妹の目から遠ざける姿勢を取った。



 桜子はマットレスにお尻をついて座り、真っ赤な顔を両手で覆い、しかし指の間からしっかりこっちを見ている。

「何で“そんなこと”になってるの……?」

「いや、これは朝は“こーゆーもん”で……」

「“こういうもの”は万能のマジックワードじゃないよ!」

妹が兄に向ける目はかつてないもので、遼太郎の胸をえぐり散らす。


「お兄ちゃん、あたしのこと抱き締めて寝てたんだよ? それで“そんなん”なるなんて……」

「いや、違……え、俺、お前抱き締めてた?」

「抱いてたよ! 寝ながら妹のカラダを抱いて“そんなん”なるとか、ケダモノだよ。お兄ちゃんがファンタスティック・ビーストで、桜子は悲しいです……」

「待て、誤解だ……」

「一回でじゅうぶんですう……」

「そうじゃない! いや、一回でもダメだわ!」



 目覚めからこの状況に襲われ、遼太郎はガクッとうなだれる。

「起き抜けにツッコむのはキツい……」

「起き抜けに突っ込……っ?!」

桜子がビクッとして、マットレスの上で後ずさった。


「オマエ、サクラコ、クウ……」

「だから、そうじゃない。説明させてくれ……」


 いや、ヤだよ? 何が悲しくて爽やかない休日の朝っぱらから、実の妹に、男性の生理現象を説明しなくちゃならないよ?


 だがもう、このままでは治まりがつかん。ナニもかも。


 桜子が逃げ腰なので、遼太郎も退がって壁に背中をつく。

(……何だ、この桜子の、実の兄に対する警戒心は)

それも桜子が遼太郎を“一人の男の子”として意識しているからなのだが、そうとは思いもしない遼太郎、ちょっと傷つく。



 遼太郎は憮然|(本来の意味の方)としつつ、右の中指で鼻筋を撫で上げた。

「今の何?」

「いや、眼鏡がなかった」

眼鏡のレンズを光らせられないと、若干説得力の低下が懸念されるが、

「妹よ、聞いてくれ」

「この期に及んで申し開きがあるなら聞いてやる」

妹の兄に対する不信感が半端ない。


「その……今問題となっているこの器官だが……」

「お兄ちゃんの“悪魔将軍”が」

「“悪魔将軍”……俺の“悪魔将軍”は、だな」


「言うまでもなく、生物学上最重要の役割で言うなら“ソッチの機能”だろう。だが日常的な用途では、コレは“排尿用のホース”だ」

「ハイニョー……」

「“ハイキュー!!”みたいなイントネーションで言うな」


「その用途として、主な機能は“放水の導管”、または“照準の調整”だ。それからある程度なら“緊急止水弁”の役割も果たす。全幅の信頼は置けないがな」



 遼太郎のチ〇チン談義に、桜子が興味津々に身を乗り出した。いやだからどうして、爽やかな休日の朝に、妹にチ〇コの仕様を説明せにゃならんのだ。

「すげえ。男の人って、チッコの向き変えたり、途中で止めたりできるの?」

興味をお持ち頂けたなら、兄も救われますよ。

「便利―。何か、そーやって聞くとさ」


「桜子も、オ〇ンチン欲しくなってきちゃ――……」


 兄と妹が、同時にさっと制するように手を上げた。

「ヤメましょう」

「ええ。ヤメましょう」

不適切、不適切。



 遼太郎はコホンと咳払いをして、談義を続ける。

「で、その止水バルブのメカニズムなんだがな」

「ほうほう」

「平たく言うと、小さい方を我慢してる時……特に就寝中は漏洩を防ぐために“悪魔将軍”は“そうなる”んだよ。性的とは関係なく、泌尿器的な生理現象で」

「ヒニョーキ……」

桜子は腕組みして、眉間にシワを寄せた。

「なるほど……兄の言い分はわかった。その辺りの男性の生理機能を(かんが)み、状況を総合的に判断すると……」


バルブ作動してる(トイレいきたいんじゃ)ねーか。さっさと行ってこい!」

「そうさせて頂ければ……」



 桜子の理解と許可を得て、遼太郎はひょいっとベッドを飛び降り、それとなくソレを妹の視界から遮蔽しつつ部屋を出た。残された桜子は思う。


 この世界はまだまだ脅威に満ちていると。


 寝起きから何の話だったんだよ、と。


 そして、もし自分にも“悪魔将軍”が付いていれば、昨日の夜の惨劇は避けられたのでは、と――……




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪魔将軍wwwwww 相変わらず言語センスのキレが凄いですわーwww [一言] これからも期待し続けてますよ!
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